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<title>深谷隆司の言いたい放題</title>
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<description>政治家47年。精一杯生きてきて、今改めて、国の内外の諸問題に思いをはせています。言いたいこともたくさんあります。もうこの年代ですから、歯に衣着せることも無いし、誰に気兼ねもありません。ざっくばらんに思うことを語りたいと考えています。</description>
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<title>第310号「東京スカイツリーに登った」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第310号「東京スカイツリーに登った」　5月17日、招待客になって女房と、タワー世界一（ギネスブック認定）、建造物日本一（建造物ではブルジエ・ハリファに次いで世界2位）のスカイツリー初体験となった。　はっきり言って私は高所恐怖症、狭所・閉所も駄目で、高さ634メートルなんて高いところには頼まれても行きたくないと思っていた。　ところが今月の22日からいよいよ開業、7月10日分まで完全予約制となっている天望デッキへのチケットはすべて完売、抽選に当たった一部..</description>
<dc:subject>言いたい放題</dc:subject>
<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-05-18T16:29:44+09:00</dc:date>
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深谷隆司の言いたい放題　第310号<br />「東京スカイツリーに登った」<br /><br />　5月17日、招待客になって女房と、タワー世界一（ギネスブック認定）、建造物日本一（建造物ではブルジエ・ハリファに次いで世界2位）のスカイツリー初体験となった。<br />　はっきり言って私は高所恐怖症、狭所・閉所も駄目で、高さ634メートルなんて高いところには頼まれても行きたくないと思っていた。<br />　ところが今月の22日からいよいよ開業、7月10日分まで完全予約制となっている天望デッキへのチケットはすべて完売、抽選に当たった一部に人を除いて、当分の間は外から眺めるだけと聞いて、俄然、行く気が起こったのである。<br />　和泉区議の強いおすすめと配慮もあって、一層行く気になったのだが、持つべきものは良き後輩と改めて思ったものである。<br /><br />　NHKと在京民間テレビ5社が、超高層ビルの林立での電波障害や携帯機器向け放送の為に新タワー建設推進プロジェクトを発足させたのは2003年の事であった。<br />　東京タワーに代わるこの計画が話題になると、ぜひ誘致したいと各区が一斉に動き出したが、台東区も例外ではなかった。<br />　当時私は現職通産大臣で選挙に敗れ浪人中で、タワー誘致で若干は動いたが、格別の力を発起するには及ばなかった。<br />　そして何よりも、浅草に600メートルを超えるタワーが立つことに懐疑的でもあった。浅草観音様を信仰してきた私から考えると、そこから見上げるタワーには違和感もあった。あれは遠くから見るに限るとの思いも強かった。<br />　結果的には墨田区押上の今の場所になったのだが、あの威容を浅草から眺めて、やっぱりこれで良かったと改めて思っている。<br />　最近の浅草への観光客の増加ぶりは大したもので、これからは更に多くの人々を、どう台東区に呼び込むかが大事な課題だと思っている。<br /><br />　まず4階までエスカレーターで登って、さて、いよいよ350メートルまで40人乗りのエレベーターに乗って展望デッキを一気に目指す。外部が一切見えないから私の心臓の鼓動が一層激しくなる。　　<br />　しかし、分速600メートル、なんとわずか50秒で、あっという間に到着した。<br />　第一展望台に出ると、どうも揺れているようで体のバランスがとりにくい感じである。<br />　天気はまあまあで薄曇りだが、見渡すと広大な景色が広がり、関東一円が見渡せる。<br />　眼下の隅田川はキラキラ輝いていて美しい。駒形橋から田原町に向けて目で追うようにして我が家を探したが見つからない。まわりのビルに遮られて四階建ての家が見えるわけもないのだが・・・。<br /><br />　更にエレベーターに乗って、450メートルの第2展望台に行く。ここは40秒足らず、分速240メートルと比較的ゆっくりだ。<br />　フロアーに入ると坂を上るようにして空中回廊が続いている。世界一高い場所で坂を上る体験は勿論初めてだが、まさに空中散歩といった趣であった。<br />　ガラス床があって、その上に立つと足下に迫力ある眺めが広がる。なによりもタワーを創る鉄骨が見事で、世界一の日本の技術が垣間見えるような思いであった。<br />　つい数日前、京都に行ったばかりだが、その時、久しぶりに東寺を訪ね、国宝五重塔を見学した。この塔は4度焼失しているが地震で倒壊したことは無い。心柱を中心に五重塔の塔身が各層ごとに,軸部、組み物、軒を組み上げ、これを最上階まで繰り返す積み上げる構造になっている。全体が柔構造で、地震のエネルギーは接合部分で吸収され、上に行くほど弱くなる。下と上の層が互い違いに振動し、柱も各層で短いため復元力が大きくなって，地震に強い構造物となっているのだ。<br />　なんと、近代建築の粋を集めたこのスカイツリー建設では、法隆寺五重塔の心柱、制震構造を見習っているという。反りの美的要素を含めて日本の伝統的建築の発想を駆使していると聞いて、東寺の情景を思い出し、先人達のすばらしさを噛みしめるのであった。<br /><br />　次第に高さには馴れてきたが、十分感動したからもういい。一刻も早くこの高いところから脱出だ。<br /><br />　ツリーに隣接して関連商業施設、オフイスビルがあり、これを含めて東京スカイツリータウンと称している。<br />　ドームシアター、水族館と楽しむ場所が続くが、気になるのは「東京ソラマチ」だ。<br />　22日までは開業していないが、310店舗が軒を連ね、ありとあらゆるものを売っている。<br />　ソラマチ商店街は、それこそ何でもありの、デパートやスーパマーケットだ。2階の「フードマルシェ」は生鮮食料品、和洋惣菜をそろえ、謳い文句も「地域の台所」だ。<br />　全てここで賄えることはお客にとってはいいのだが、押上周辺の商店は一体どうなるのか。<br />　スカイツリーで地域が発展するものと信じていた筈だが、これではお客は素通りではないか。年間3000万人の人が集まると予想されているが、落とす利益はスカイツリータウン内の店が独占して、町は人込みで混乱するばかりでは救いようがないではないか。<br /><br />　前述したように、ここに集まる全国からのお客は、浅草に必ず寄ってくれそうだ。台東区全体がもっと魅力ある街になっていく必要があるが、なによりも観光客誘致の政策が急務だ。<br />　いずれにしてもスカイツリーが浅草でなくてよかった。遠くから美観を毎日ゆっくり楽しもう。<br />　日本一のタワーに上っての感想は、「また行きたい」ではなくて、以上のようなものであった。
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<title>第309号「台東区葬に思う」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第309号「台東区葬に思う」　去る5月9日、浅草ビュ―ホテルで、名誉区民故内山栄一氏の台東区葬が行われた。　台東区議4期、議長を2度務め、その後、東京都議会議員を4期、昭和50年には、初の公選区長選挙に出て当選を果たし、平成3年退職するまで4期16年務めた。典型的な地方政治家であった。　彼と私には、政治家としての歩みの中で、多くの関わりを持っている。　1時間余の葬儀の間、様々な思い出が走馬灯のように私の頭を過ぎていった。　私が初めて区議会議員になったの..</description>
<dc:subject>言いたい放題</dc:subject>
<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-05-17T00:00:00+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第309号<br />「台東区葬に思う」<br /><br />　去る5月9日、浅草ビュ―ホテルで、名誉区民故内山栄一氏の台東区葬が行われた。<br />　台東区議4期、議長を2度務め、その後、東京都議会議員を4期、昭和50年には、初の公選区長選挙に出て当選を果たし、平成3年退職するまで4期16年務めた。典型的な地方政治家であった。<br />　彼と私には、政治家としての歩みの中で、多くの関わりを持っている。<br />　1時間余の葬儀の間、様々な思い出が走馬灯のように私の頭を過ぎていった。<br /><br />　私が初めて区議会議員になったのは昭和38年（1963）27歳の時だが、2年後の昭和40年、東京都議会は汚職事件が摘発され、解散選挙という未曽有の事態になった。<br />　一番関与していたのが台東区選出の議員だったが、なんと平気で再出馬すると聞いて、私は義憤を感じ、直ちに区議を辞め自ら立候補したのであった。<br />　29歳という若さで無所属、無謀ではあったが良い戦いをして、わずか260票差まで追いつめての次点であった。<br />　更にその2年後に、当選した都議が亡くなり補欠選挙になったのだが、自民党支部は私に敵意むき出しで、区議であった内山氏を公認候補にして、今でいう刺客にしたのであった。<br />　残念ながら私は又次点となったが、さらに2年後、次の選挙でトップ当選を果たした。私が28,987票、内山氏16,517票、大差をつけて完全に雪辱を果たしたのであった。<br /><br />　昭和47年、私は無所属で衆議院議員に初当選する。37歳であった。<br />　昭和50年、初の区長公選が決まった時、内山氏から出馬したいので応援して欲しいとの強い懇請があった。<br />　私の衆議院初出馬の時、熱心に応援してくれた上野観光連盟会長の田中幸太郎氏（故人）にも出馬の噂があったので、まず彼のもとを訪れて立候補しないことを確認した上で、内山支持を決めた。<br />　ところが選挙直前になって、急遽、田中氏が出馬したいと私の家を訪れた。すでに内山支持を公表していた私は、心を鬼にして丁重に断った。<br />　結局、彼は出馬しなかったが、私はそのことで大物応援者を失った。私の次の選挙に大きく響いたこと言うまでもない。<br />　私にとっては、一つの犠牲を払っての内山区長誕生劇であった。<br /><br />　平成２年に私は郵政大臣になったのだが、突然大臣室に内山区長が訪れた。<br />　彼曰く「4期順調に務めて、再立候補しようと準備していたが、対抗馬が名乗り出て、この男が執拗にいやがらせをする。デマを流し、最後は脅迫じみた言動までかけてきた。これ以上耐えられない。晩節を汚したくないから出馬を断念する」と、最後は涙ながらに訴えるのであった。<br />　「ついては後任は大臣に任せたい。どうか決めてください」。<br /><br />　私はまっ先に、当時、都議会議員であった保坂三蔵君に連絡し、区長出馬を促した。しかし、彼は「自分は国政に出たい。すでに動いている都議の飯村恵一氏に決めてはどうですか」と言うのであった。私は飯村氏と連絡を取って、彼を全面的に推すことを決めた。<br />　この選択は正しく、後に飯村区長誕生、保坂参議院議員の実現となっていったのである。<br />　この時の区長選挙は波乱に富んだものであった。<br />　区長候補は飯村氏と中山よしかつ氏であったが、私と一緒に飯村候補を担いでいた鳩山邦夫代議士が、直前になって中山支持に豹変したのである。<br />　それも、浅草ビューホテルで最後の決起大会を開こうとした前夜、鳩山氏から飯村氏に電話があってのことである。おまけに同日同時刻、目の前に在ったＲＯＸビル宴会場（今は無い）で中山氏の決起大会を開くという。政治の世界は非情なものであるとはいえ、あまりにもひどい話であった。　<br />　飯村氏夫婦は、「頼りは深谷先生しかありません」と涙を流していた。<br />　こうなると血気盛んな私は夢中になる。見事に飯村新区長を誕生させたのであった。いつも他人の選挙で割を食う？私なのである。<br />　今は、自民党公認で初当選させた吉住弘氏が二期目の区長だ。色々なドラマがあるが、その話は又の機会にしたい。<br /><br />　故内山氏とは、政治上、様々な面で協力しあってきた。東北上越新幹線の上野駅誘致、特に23区の自治権獲得の実現は、私が自治大臣時代の成果である。いつの間にか随分長い年月が流れたものである。<br />　内山氏享年100歳・・・、私も長生きしたいとしみじみ思った。</font>
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<title>第308号「中東問題の現状について～その4　サウジアラビア訪問～」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第308号「中東問題の現状について（最終回）～その4　サウジアラビア訪問～」　さて、最近の中東問題を語ってきたが、2000年1月14日、私がかの地を訪れた時の話題について書く。今回の講義の本題である。　　その頃、私は通産大臣で64歳、一番脂がのっている時代だった。　丁度、日本のアラビア石油がサウジとの契約が切れ、更新についての結論が出るかという最後の段階に来ていた。交渉はかなり難航していて、もう駄目かと言われていた。　本来なら民間会社の事であるから、政..</description>
<dc:subject>言いたい放題</dc:subject>
<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-05-15T10:00:00+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第308号<br />「中東問題の現状について（最終回）～その4　サウジアラビア訪問～」<br /><br />　さて、最近の中東問題を語ってきたが、2000年1月14日、私がかの地を訪れた時の話題について書く。今回の講義の本題である。<br />　<br />　その頃、私は通産大臣で64歳、一番脂がのっている時代だった。<br />　丁度、日本のアラビア石油がサウジとの契約が切れ、更新についての結論が出るかという最後の段階に来ていた。交渉はかなり難航していて、もう駄目かと言われていた。<br />　本来なら民間会社の事であるから、政府が関与すべきではない。しかし、アラビア石油は、日本とサウジとの友好の象徴的存在であり、仮に交渉がまとまらなくても、石油輸出大国として、これからも日本国への供給が安定的に継続されることが大切と考えたからである。　<br />　<br />　1957年、山下太郎という伝説的人物が、サウジとクエートの中間地帯のカフジ油田での採掘権協定を結んだ。<br />　なんと最初の採掘で成功という稀な幸運に恵まれ、以来、40年間操業し、日産28万バーレル、日本の消費量5％を補ってきたのである。<br />　2000年2月28日が期限切れ、おまけに更新の規定はなく、期限が来れば終わりという契約であったから、交渉は最初から無理があった。<br /><br />　私は広大なリヤド迎賓館に、およそ50人にも及ぶ通産省のスタッフと3日間滞在した。<br />　見たことも無いような、まさにアラビアンナイトかといった豪華さで、私には最高のスイートルームが3室も用意されていた。（そんなのあっても仕方ないのだが）<br />　但し、何処にも盗聴器が仕掛けられているとかで、自由な打ち合わせなど出来ない。大事な相談は、もっぱら、外に出て散歩しながらであった。日本人はなんと散歩が好きかと思われたに違いない。<br />　<br />　日本の提案<br />　１.今後10年間で事業規模6000億円の直接投資を実現する。この事業に対する公的支援を行う。<br />　２.日サ投資促進委員会を設立し、対象案件の共同決定を行う。<br />　３.ガスの分野で我が国企業が10億ドルにのぼる事業への投資を行う。<br />　４.サウジのＷＴＯ加盟について他国に先立ち2国間合意する。（実際に私が調印し、後にサウジの加盟が決まった）<br /><br />　サウジはこれらの提案を歓迎するも、別に鉱山鉄道建設に全面的に協力して欲しいなど、会議の度に要求がエスカレートしていった。<br />　半島北部内陸部から海岸部まで1400km の鉄道を敷きたいが、維持費も含めて全額日本で引き受けてくれと言うのである。<br />　建設費2310億円、維持費年間110億円、それも25年間にわたって贈与してくれという途方もない要求である。 <br />　これに対して、私は、「国際協力銀行から融資させ、利子補給を日本が行う」などギリギリの譲歩をした。<br />　砂漠でテントを張っている実力者アブッドーラ皇太子（現国王）にも面会を求め、2時間かけて星ひとつ出ていない砂漠を車で走り続けたりもした。<br />　この時の会談はNHKで中継され、その時、机代わりに使用した大きな宝箱は、土産で頂き今でも家にある。<br />　大歓待を受けるのだが、答えは少しも変わらない。<br />　要は石油油田はすべて国営で行う、「石油の国家支配」という大前提が出来上がっていたのである。確かにアメリカ資本のアラムコも期限切れですでに国有化されていた。<br /><br />　合計5000億を超える鉄道資金を、あわよくばとは考えていた節はあったようだが、基本は国策、外国資本は認めないということなのである。<br />　更に調べてみると、アラビア石油の売り上げの90％以上がサウジへのロイヤルティ、税金、操業経費などで占められていて、平成10年は利益－18億円、もはや限界であるとことも判ってきた。<br />　なによりも国民の血税を、これ以上断じて出せない。私は「NO」と決断することにした。<br /><br />　帰国後、色々な反応があった。「NOと言った外交」が評価されたり、「国民を第一に考えてよかった」とかである。<br />　勿論批判もあり、中央大学の伊藤教授などは「サウジの関係にヒビが入った。これで日本離れになる。選挙を控え実業界に気兼ねした云々」とまるで的外れの論評をしていた。<br />　会談が決裂した後、私がもっとも考慮したことは、サウジとの関係を円満な形で継続させることで、様々な交流で腐心し、大丈夫と確信を持つに至っていた。<br />　あれから、皇太子や総理大臣がそれぞれ行き来したり、国王が奨学金を出して日本への留学を進めたり、東日本大震災の時には2000万ドルの義捐金が送られるなど、極めて順調である。<br />　勿論、日本の石油調達先はサウジがトップ、2010年で29.1%のシェアで揺るぎない。<br />　ちなみに、メッカ・メトロは中国が建設し評判はいいのだが、度々の仕様変更で約497億円の損失になって、目下賠償交渉中という。<br /><br />　時の流れは本当に早い。あれからすでに12年の年月が流れている。<br />　関西大学講義のお陰で、あの頃の「おさらい」が出来たようなもので、併せて若い頃を振り返り、感慨無量であった。　</font>
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<title>第307号「中東問題の現状について～その3　サウジアラビアの状況～」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第307号「中東問題の現状について～その3　サウジアラビアの状況～」　さて、今回のテーマはサウジアラビアが中心なのだが、この国は「アラブの春」の影響をどのように受けているのであろうか。　2011年2月以降、デモの動きはあったが、現政権への批判や王制の転換を求めるものではなかった。一つの特徴であると思う。　サウジの動きを大別すると、民主化を求めるものと、宗教間差別の撤廃を求めるものである。　2003年頃から、学者や知識人による要求表明の動きはあったが、雇..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第307号<br />「中東問題の現状について～その3　サウジアラビアの状況～」<br /><br />　さて、今回のテーマはサウジアラビアが中心なのだが、この国は「アラブの春」の影響をどのように受けているのであろうか。<br />　2011年2月以降、デモの動きはあったが、現政権への批判や王制の転換を求めるものではなかった。一つの特徴であると思う。<br />　サウジの動きを大別すると、民主化を求めるものと、宗教間差別の撤廃を求めるものである。<br />　2003年頃から、学者や知識人による要求表明の動きはあったが、雇用や給与格差是正、女性の社会進出を求める小規模なデモであった。<br />　宗教間差別は東部に住むシーア派に対して厳しいことで、公務員採用や待遇の差別、モスクの建設禁止などのを撤廃してくれといったものであった。<br /><br />　民主化の動きに対して、政府は首謀者の拘束や要求取り下げ、デモ禁止令などで抑えたが、一方で、賃上げ、社会保障や住宅ローンの拡大、雇用創出の為、総額1,700億ドルの大規模な経済政策を立てるなど、様々な政策を矢継ぎ早に示した。<br />　しかし、シーア派の人口は200万人、人口比10％程度だけに、こうした対策の中には、格別シーア派に対するものは無かった。<br /><br />　サウジで混乱が起こらないであろうと言われる根拠は、イ、巨額オイルマネーが国民に広く分配され、社会福祉がある程度整っていること。ロ、貧富の差はあるが生活は困窮していない。ハ、失業率は高いが選り好みが多く職が全く無いわけではないこと。二、治安当局や軍が王族に抑えられていて、治安が徹底いる。ホ、アブドッラー国王が国民から広く支持され敬愛されていること、等が挙げられる。<br /><br />　不安材料としては、国王の後継問題がある。アブドッラー国王87歳、スルタン皇太子83歳といずれも高齢で、次が円満につながるのか不明である。<br />　欧米などで民主主義を体験した留学生が、イスラム教育に不満を持たないか、更にネットの普及なども懸念材料になっている。<br />　周囲の国からの影響も心配されるが、私は特にバーレーンの動きが気にかかる。<br />　この国の観光に訪れるサウジからの人は90％に及ぶ。油田の共同所有など経済のつながりも大きい。財政面での資金援助も行っている。<br />　1995年、この地で起きた暴動鎮圧の為サウジは軍隊を派遣したが、今回も同様である。<br />　ここはシーア派が多数を占めている。（少数のスンナ派の王家が統治している）。もし、このシーア派がサウジ東部のシーア派と手を組んだら自体が大きく変わりかねないのだ。<br /><br />　最近、4月20日から、バーレーンでF1が2年ぶりに開催されたが、反対派が10万人規模で大デモを行った。<br />　「ダウン、ダウン、ハマド（国王）」と叫び、治安部隊と衝突した場面が、日本のマスコミでも報道されたが、危険な種が多いとの印象を受けた。<br />　アラブの大国サウジのこれからを、しっかり注視していく必要があると思っている。</font>
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<title>第306号「中東問題の現状について～その2　中東における民主化の波～」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第306号「中東問題の現状について～その2　中東における民主化の波～」　中東および北アフリカ諸国では、昨年来、反体制の動きが活発である。　まず、2010年暮れから起こったチュ二ジア騒乱は、1月14日、べン・アリ大統領の亡命で、23年続いた長期政権を崩壊させた。　国を代表する花にちなんで「ジャスミン革命」と言う。　一人の青年が無許可で果物や野菜を街頭で売っていたことに対して、警官が暴力をふるったり賄賂を要求した。この青年は抗議のために焼身自殺を遂げたのだ..</description>
<dc:subject>言いたい放題</dc:subject>
<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-05-10T00:00:00+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第306号<br />「中東問題の現状について～その2　中東における民主化の波～」<br /><br />　中東および北アフリカ諸国では、昨年来、反体制の動きが活発である。<br />　まず、2010年暮れから起こったチュ二ジア騒乱は、1月14日、べン・アリ大統領の亡命で、23年続いた長期政権を崩壊させた。<br />　国を代表する花にちなんで「ジャスミン革命」と言う。<br />　一人の青年が無許可で果物や野菜を街頭で売っていたことに対して、警官が暴力をふるったり賄賂を要求した。この青年は抗議のために焼身自殺を遂げたのだが、これがきっかけになって民衆の怒りが爆発し、大規模なデモとなって広がっていった。<br />　経済成長は3.8％と決して悪くはなかったが、失業率14％、特に若者の失業率は30％近くもあり、鬱積していた不満が爆発したのである。<br />　この革命に誘発されて、まさかの大混乱に陥ったのがエジプトであった。<br />　ムバーラク独裁政権は30年も続いていた。<br />　彼は第4次中東戦争で、パイロットとしてイスラエル陣地を電撃的に攻撃した国民的英雄であった。サダート大統領の暗殺後大統領になる。<br />　その後は親米、親イスラエルの立場をとり、湾岸戦争では米英と軍事行動を共にした。パレスチナとの中東和平交渉を行い、シナイ半島の返還に貢献した。<br />　2000年以降経済自由化を進め、5～7％の経済成長となったが、国内の貧富の差は激しく、貧民層は４割近いと言われていた。物価高（特に食料品）、失業率も高く、ついに2月11日、100万人規模のデモとなり辞任に追い込まれた。<br />　彼は欧米などに多数の不動産や銀行口座を持っていたことが分かった。ちなみにその額5兆8400億円になるという。カイロ刑事裁判所は死刑を求刑している。<br />　特異な存在として注目を集めていたカダフィ大佐率いるリビアも、2011年2月、人権活動家の釈放を求めるデモがベンガジで発生した。<br />　これに対してカダフィ大佐は、自国民に対して無差別虐殺、徹底弾圧を加えた。<br />　国連安保理は制裁決議を採決したが、「天安門事件のように叩き潰す」と強硬姿勢を崩さなかった。<br />　最後はNATO軍の支援で攻撃を受け、排水管に隠れているところを引きずり出され殺されたのである。<br /><br />　いずれの革命を見ても、結局は余りに長期政権であったこと、独裁がつづいて強権で抑え込んでいても、最後は民衆の力に抗しきれなかったということなのである。<br /><br />　ただ問題は、こうして革命に成功しても、1年経った今、前より国民生活がよくなったかというと、必ずしもそうではないという点である。<br />　チュ二ジアの場合は、制憲議会選を経て、昨年12月暫定政権が発足したが、生活向上の果実は行き渡っていない。主要産業である観光は四割減り、失業率はさらに酷くなっている。このままでは第2の革命かとの憶測も飛んでいる。<br />　エジプトの場合は、暫定統治中の軍最高評議会と、いわゆる民主活動家との対立が続き、新憲法づくりや大統領選挙も定まらず、民政移行も未完のままである。<br />　共通の敵がいなくなって、宗教を中心とするイスラム国家か、市民国家かで、世代間の対立を招きかねない状況になっているのである。<br />　観光は大打撃を受け、1日当たりの損失は258億円という試算まである。アメリカとも緊張が生まれつつある。<br />　アラブ世界の随一の大国、イスラエルと平和条約を結ぶ数少ないアラブ国、中東とヨーロッパを結ぶスエズ運河を擁する国、しかし、目下のところ、新体制をつくる有力指導者も政党も無いのである。<br />　<br />　リビアはどうか。ここは元々豊富な石油と天然ガスを背景に、富をある程度分配してきた。又、カダフィ大佐は反目しあう部族間を巧みに統制してきたのだが、国民議会にその力が無いから、各所で部族間の衝突が起こっている。<br />　革命は偉業だが国家の再構築は、大変なエネルギーを必要とする。<br />　民主主義の経験がほとんど無いから、どうやって法治国家をつくればいいのか皆目わからない。<br />　むしろ、全体的に言えるのは、民主主義の開花ではなく、イスラム勢力への回帰ではないのかと思えるぐらいだ。<br />　「アラブの春」の動きは、比較的宗教色の薄いものであった。しかし、今は逆に、イスラム教が政治を左右するようになりつつあるのではないか。現にチュ二ジアでは女性の権利縮小が声高に言われているし、エジプトでは民主化勢力を排除しつつある。<br />　大衆は「自分の価値はコーランにある」と思っている。欧米的な「個人」と言った自覚は無い。この先どうなっていくのか、片時も目が離せないのである。</font>
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<item rdf:about="http://www.fukayatakashi.jp/article/267658646.html">
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<title>第305号「中東問題の現状について～その1　イラン核開発への対応～」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第305号「中東問題の現状について～その1　イラン核開発への対応～」　4月27日、大阪の関西大学で、私は去年に引き続き「中東問題」についての講演を行った。これは産経新聞の協力で行われる「寄付講座」で、一般公開でもあり、翌日の新聞に写真入りで紹介された。　縁とはありがたいもので、私が通産大臣時代の番記者だった巽君がこの口座の担当者で、私を招いてくれたのである。　「元閣僚の視点から」というサブタイトルがついているが、かつて「アラビア石油」の交渉で、サウジア..</description>
<dc:subject>言いたい放題</dc:subject>
<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-05-07T00:00:00+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第305号<br />「中東問題の現状について～その1　イラン核開発への対応～」<br /><br />　4月27日、大阪の関西大学で、私は去年に引き続き「中東問題」についての講演を行った。これは産経新聞の協力で行われる「寄付講座」で、一般公開でもあり、翌日の新聞に写真入りで紹介された。<br />　縁とはありがたいもので、私が通産大臣時代の番記者だった巽君がこの口座の担当者で、私を招いてくれたのである。<br />　「元閣僚の視点から」というサブタイトルがついているが、かつて「アラビア石油」の交渉で、サウジアラビアを大臣として訪問した時の話などが中心である。こうした具体的な経験談はめったに聞けないと、多くの学生や一般人の参加者が大層興味を持ってくれたようである。<br />　この講演の内容を数回に分けて書いてみたい。<br /><br />　国際社会が今注目している問題は、イランの核開発とアメリカを中心とするせめぎ合い、そしてアラブ全体に起こっている民主化の波である。<br />　1980年代からイランは核開発の動きを指摘されていた。自国の核関連施設で高濃縮ウランを製造しているとの疑惑がもたれているが、高濃縮ウランは原子爆弾に必要なものだから、世界は警戒している。<br />　2003年にはIAEA（国際原子力機関）が非難決議案を全会一致で採決、2006年には国連安保理事会が核開発中止を求める議長声明を採択している。<br />　2010年には、国連安保理で追加制裁決議が賛成多数で可決した。しかし、イランはこれを無視して核開発を継続する姿勢を見せた。<br />　2012年、アメリカ、レオン・パネッタ国防長官は、「イランは間もなく地下施設に高濃縮ウランの貯蔵を完了する。その為、イスラエルがこの核施設を攻撃する可能性がある」と分析した。<br /><br />　イスラエルは自衛のためにイラク原子炉爆撃（1981）、シリア核関連施設の空爆（2007）など、実際に行動を起こし、核保有に対してこれを阻止してきた。だから、当然イラン先制攻撃があり得るのである。<br /><br />　一方、イランは、こうした動きや、経済制裁に対抗し、報復として、ホルムズ海峡の封鎖を行うのではないかと言われているのだ。<br />　ホルムズ海峡封鎖となれば、石油の流通が途絶えて世界経済が混乱する。<br />　特に日本の場合は、原油の九割、液化天然ガス(LNG)の二割がここを通っているから大変だ。まだ石油は200日以上の備蓄があり、世界の他の国から調達できるが、LNGは在庫2週間程度だし、輸入出来る体制が無いから深刻である。（北米産LNGの購入や、ロシアからのガスパイプライン敷設など急ぎ進めるべきだと思う）。<br /><br />　福島原発事故以来、国内原子炉稼働ゼロとなって、今年の夏の計画停電は勿論、電気料金値上げなど、大きな問題を抱えている。<br /><br />　ホルムズ海峡封鎖で使われると予測されている潜水艦や魚雷は北朝鮮が開発したものという情報もある。<br />　先の長距離弾道ミサイル実験は失敗したが、北朝鮮の陰の経済を支えるのは軍事産業、武器輸出だ。<br />　ホルムズ海峡閉鎖を含む中東問題は、こう考えてくると、決して日本にとって遠い国の出来事ではないのである。しっかりこれからの動きを注目していかなければならない。<br /><br />　こんな大問題の最中、鳩山元首相がイランを訪ね、又大きな混乱と不信を招いた。<br />　「イランに対してIAEAは不公平な態度をとっている」と鳩山氏が発言したと、相手の大統領に都合よく発表されてしまったのだ。<br />　「そんなことは言ってない、捏造だ」と、いつもように鳩山氏、必死で抗議したが後の祭り、世界の顰蹙を買っただけでなく、イランとの関係もおかしくなってしまった。<br />　大体、IAEAの事務総長が日本人の天野之弥氏であることも知らないのか。こんな男を民主党外交顧問にしているのだから責任は重い。</font>
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<title>第304号「猫ひろし？」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第304号「猫ひろし？」　もともと話題にもならないピン芸人の事など、書く気も無かったが、そうは言っていられないような状況である。下手をすると国際問題にもなりかねない、それが「猫ひろし」の五輪出場問題なのである。　すでにマスコミは、カネで買った五輪切符と書き始めている。　近頃のテレビのお笑い番組等を見ていると、なんでこんな芸の無い連中が毎日出ているのかと不思議でならなかった。　例えば落語にしてもそうだが、世に出た人は、苦労して鍛え上げた本物の芸を持ってい..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-05-03T10:00:00+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第304号<br />「猫ひろし？」<br /><br />　もともと話題にもならないピン芸人の事など、書く気も無かったが、そうは言っていられないような状況である。下手をすると国際問題にもなりかねない、それが「猫ひろし」の五輪出場問題なのである。<br />　すでにマスコミは、カネで買った五輪切符と書き始めている。<br /><br />　近頃のテレビのお笑い番組等を見ていると、なんでこんな芸の無い連中が毎日出ているのかと不思議でならなかった。<br />　例えば落語にしてもそうだが、世に出た人は、苦労して鍛え上げた本物の芸を持っている。一方で、素晴らしい力量があるのにそのチャンスをつかめない不遇な人も大勢いる。<br />　私の場合、立場上、何人もの芸人たちと交流が深かった為に、つまらない楽屋ネタで得意がっている「無能」な芸人？を見ると、無性に腹が立ってくるのだ。<br /><br />　一体、あいつの芸のどこが面白いのかと、見るたびに思う一番手が猫ひろしであった。<br />　ただ、それでも走れるタレントとして話題になると、その必死な姿も芸の内かと、好意的に見ようという気になっていた。<br />　ところが、何回かマラソンに出場しているうちに、いつの間にか、オリンピックに出たいとなって、選手層の薄いカンボジアに目をつけた。ひょっとしたら、自分でも出られるかもしれないと考えて、なんとカンボジア国籍変更という、とんでもない行動となったのである。<br />　ロンドン五輪に出るためには、標準記録を上回る必要がある。然し、その国の陸上全種目で誰も標準記録を突破できなかった場合、男女一人ずつの出場が出来るという「特例」がある。<br />　いわば力の無い国を救済するための特例なのだが、なんと幸運にも猫ひろしは、この特例枠でカンボジア代表に内定したのである。<br /><br />　カンボジアには、彼の記録より上のヘム・ブンティンという選手がいて、彼の怒りの告発から、カネで買われたとの疑惑が明るみに出てきた。<br />　実際は猫のスポンサーと言われる「ホリエモン」がらみの人物が、協賛金名目で、同国の五輪委員会に約2万ドル（160万円）以上の金を払ったのである。人口1400万人、ＧＤＰは日本の0.2％、平均年収約5万円のカンボジアでは大金なのである。<br />　一番いけないことは、カンボジア人になったと言っても、それは書類上のことだけで、この国に骨を埋める気が全く無い点だ。<br />　終ったら日本に帰り芸人生活を続けると、本人は公言している。<br />　オリンピックに出たいためだけで、カンボジアの国籍を買ったとなれば、世界中から批判を招くこと必定ではないか。しかも、批判され糾弾されるのは彼ではない、日本及び日本人なのだ。国辱ものなのだ。<br /><br />　カンボジアは、長い内戦が続き、ポル・ポト政権になるや、150万人といわれる国民が虐殺された悲劇の国である。<br />　今も混乱は続き、安定した国にはなっていない。そんな中、自国の選手がオリンピックで頑張る光景が映れば、きっと国民に自信と誇りと勇気を与えるに違いない。<br /><br />　国際陸連は、国籍変更した国での居住期間が1年を切っている場合は、例外を除いて出場できないということになっている。<br />　猫の場合、期間が足りないからと、陸連から問い合わせが来ているようだ。私は国際問題になる前に自ら辞退すべきだと強く思っている。芸人の洒落？では世界に通用するわけもないのだ。</font>
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<title>第303号「ゴールデンウィーク」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第303号「ゴールデンウィーク」　今朝（4月29日）の朝日新聞朝刊に、「自民、ベテラン前職に苦慮」と言うタイトルで、私を含む4人の記事が載っている。　久しぶりに漫画の似顔絵入りだ。　サブタイトルに、「衆議院公認　若返りを進めたいが…」「分裂恐れ調整難航」とある。　私のところは、実際の話、そんなごたごたは目下のところない。　確かに、新聞で書いているように、自民党が野党に転落後、「勝てる候補」の発掘に力を入れるとの考えから、前職の公認内定の条件を、原則とし..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-29T14:29:56+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第303号<br />「ゴールデンウィーク」<br /><br />　今朝（4月29日）の朝日新聞朝刊に、「自民、ベテラン前職に苦慮」と言うタイトルで、私を含む4人の記事が載っている。<br />　久しぶりに漫画の似顔絵入りだ。<br />　サブタイトルに、「衆議院公認　若返りを進めたいが…」「分裂恐れ調整難航」とある。<br />　私のところは、実際の話、そんなごたごたは目下のところない。<br />　確かに、新聞で書いているように、自民党が野党に転落後、「勝てる候補」の発掘に力を入れるとの考えから、前職の公認内定の条件を、原則として「65歳以下」「惜敗率70％以下」としている。」<br />　私の場合は惜敗率に問題はないが、当然、年齢制限には大幅に引っかかる。<br />　大体、65歳以上を老人扱いしたのは50年も前の国連である。<br />　あれから時代が変わって、今や長寿社会、今の70歳は当時の50歳代ではないか。<br />　年金問題で、お年寄りの存在を負の部分と捉え、如何にも邪魔扱いすることが、まるで最近の流行だが、それはとんでもない間違いだ。<br />　日本の高齢者は、長い経験と知識を持ち、しかも、もっと社会に貢献したい、働きたいという意欲は、世界に類のないくらいに大きいと言われている。これは日本人ならではの美徳であり、これを国力として生かすことこそ大事なのである。<br />　歳をとっても、働く人から年金を納入させたり、しっかり税金を払って貰えば、国が潤うことはあっても困ることもないではないか。<br />　<br />　最近の国会議員には確かに若い人が増えているが、それで政治が良くなったと本気で思っている人がどれだけいるのだろうか。<br />　特に、政権交代の絶好の波に乗って出てきた民主党の若手議員を見よ。将来望みが持てる人も何人かはいるが、本気でこの国を思い、この国の為に人生のすべてを捧げようとする人が何人いるというのか。<br />　多くの人は次の自分の選挙の事ばかり考えて明け暮れし、その為にどう動けばいいか、少しでも有利な方にと右往左往している。党利党略私利私欲が目立ちすぎる。<br /><br />　私は、立派な若手を育てたくて、自民党政経塾を7年も続けてきたが、本気で頑張る人材を育てることが目的で、若ければいいなどといった安易な考えは微塵もない。<br />　かつての中選挙区時代を勝ち抜いてきたベテラン後援会組織は、今でも盤石だ。<br />　勝てる候補を、と言うならむしろベテラン政治家たちを出すべきなのである。<br /><br />　記事で、深谷隆司元通産相（76）は、今月9日、東京都内での出版パーティーで、「政治家になって50年。もう良いとも思うが、今のお粗末な政治を見ると、こうしては居られないという気持ちになる」と語った、と書いている。<br />　記者が私のパーティーに来ていたとは知らなかったが、確かにそんな思いを、率直に語ったことは事実だ。<br /><br />　と、まぁそうは言っても、私としても何が何でも出たいと言っている訳ではない。「終わりの美学」を私は誰よりも考える性格でもある。<br />　国のこと、地元のこと、そして、いつも心配して我がことのように必死で応援してくれた支持者の事など、様々なことを思いめぐらせながら、私なりの結論をつけたいと考えているところである。<br />　今日は昔で言えば（昭和）天皇誕生日、今は「昭和の日」となっている。<br />　2007年に制定されたこの祝日は、「激動の日々を経て復興を遂げた昭和の時代を顧み、国の将来に思いを致す」日と定められている。<br />　3日が憲法記念日、5日はこどもの日、長いゴールデンウィークだが、私は自分の箱根の山小屋で過ごそうと思っている。<br />　本や原稿用紙をたくさん持って行って、自然に囲まれた静かな山で、たまった仕事をしっかりこなしたいと考えている。<br />　そして何よりも、2度とない人生を、これからどう生きたらよいか、心穏やかに思案したい。</font>
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<title>第302号「猛烈朝稽古」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第302号「猛烈朝稽古」　25日朝８時半、船橋市にある松ケ根部屋の連合稽古に出かけた。　松ケ根親方から、二所の関一門の連合稽古の時は、後援会長として是非見学に来て欲しいと言われていたからだ。　　放駒親方はじめ、一門の親方衆がずらりと座り、目を光らしている。力士たちが何十人か勢揃いで、激しくぶつかり合って稽古を始める。まことに壮観である。　３０分もすると、しきりに女房が私に肘をつついて合図する。大関琴将菊、稀勢の里、琴欧洲の登場だ。　若い連中にひとしきり..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-26T12:02:53+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第302号<br />「猛烈朝稽古」<br /><br />　25日朝８時半、船橋市にある松ケ根部屋の連合稽古に出かけた。<br />　松ケ根親方から、二所の関一門の連合稽古の時は、後援会長として是非見学に来て欲しいと言われていたからだ。　<br />　放駒親方はじめ、一門の親方衆がずらりと座り、目を光らしている。力士たちが何十人か勢揃いで、激しくぶつかり合って稽古を始める。まことに壮観である。<br /><br />　３０分もすると、しきりに女房が私に肘をつついて合図する。大関琴将菊、稀勢の里、琴欧洲の登場だ。<br />　若い連中にひとしきり胸を貸した後、大関同士の対戦になる。琴欧洲と琴将菊は共に佐渡ヶ嶽部屋の所為か、１番取っただけだったが、鳴門部屋の稀勢の里と琴将菊との稽古になると闘志むき出しで、大変な迫力である。<br />　一般に３番勝負なのだが、負けた方が「もうひとつ」と繰り返し、なんと１６番も続いた。稽古なのに、稀勢の里の強烈な張り手が「バシッ」と、すさまじいばかりの音で決まって、場内の力士たちが一瞬凍りつく。<br />　琴将菊は左手首を傷めていたこともあってまだ練習不足で、後半息が上がって１０敗、よく「練習は嘘をつかない」と言うが、本当にそうだと思った。<br />　稀勢の里は、私が最も期待する日本人横綱候補、白鵬の連勝記録をストップさせる力があるのに、何故かつまらぬところで負けて、いま一つと言った感がある。<br />　しかし、この日は、色白の顔を真っ赤にして気合十分、得意の四つ相撲に徹して頑張っていた。<br />　稀勢の里は最後に又、若手に胸を貸していたが、特に一人の力士にこれでもかとばかりに責め続けていた。苦悶の表情で、もう立ち上がれない力士に、親方の罵声が響く。それでも容赦しない。<br />　琴欧州が力士の顔に柄杓で水をぶっかける。<br />　一体、あれは誰なのかと聞くと、なんと新入幕の早大出身 皇風（きみかぜ）関で、十両優勝して上がったばかりの関取であった。<br />　この世界で、いわゆる「可愛がる」と言うことなのだが、新入幕を祝っての荒稽古だ。普通の人が見たら「いじめ」と間違えるであろうが、越えなくてはならない関門の一つで、こうした苦しい稽古の積み重ねで本当に強くなっていくのだ。<br />　最近の世の中、みんな安易な道ばかりを選んで通ろうとする傾向にある。特に政治の世界等、ろくな苦労を積むことなく、議員バッチをつけて一人前の顔をしている連中が多くないか。<br />　さしたる経験もなく、軟弱な政治家に国を任せていてよいのかと、そんな思いが頭をよぎる。時には、こんな相撲の猛稽古を見せたいものだと秘かに思うのだった。<br /><br />　早大出身の関取は、大関にまでなった笠置山だけで、実に７７年ぶりのことである。この間、森元首相がお祝いの座布団を彼に贈ったが、ぜひ強くなって欲しいものである。<br />　余談になるが、私も早大時代、相撲部に居たことがあった。必須科目の体育で「相撲」を選んだが、相撲部からスカウトされたのだ。<br />　その折、晩年の笠置山が指導に来ていたものである。懐かしい思い出である。<br /><br />　全ての練習が終わって、ちゃんこ料理のもてなしが始まる。同行の秋田夫妻、飯塚税理士、澤田君らと、力士のサービスで最高のチャンコを味う。特に、どんぶりで飲むビールは最高、日本酒も進められてご機嫌で、こんな時があってもいいかと、朝から至福の一日となったのである。<br /></font>
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<title>第301号「しっかりせよ、自民党」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第301号　「しっかりせよ、自民党」　去る4月20日、田中直紀防衛大臣と前田武志国交大臣の問責決議が、参議院本会議で可決された。　無能大臣ならぬ無脳大臣、防衛問題も全く分からず、質問があるとしどろもどろで何も答えられない。大臣席の彼の周囲はいつも答えを教える人で埋まっている。しかも北朝鮮のミサイル発射など、日本の危機が叫ばれていた時だ。こんな重大な時だけに、問責は当然のことであった。　前田大臣の場合は、大臣の肩書を使って所管業界に選挙の応援を頼んだとい..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-25T12:07:05+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第301号　<br />「しっかりせよ、自民党」<br /><br />　去る4月20日、田中直紀防衛大臣と前田武志国交大臣の問責決議が、参議院本会議で可決された。<br />　無能大臣ならぬ無脳大臣、防衛問題も全く分からず、質問があるとしどろもどろで何も答えられない。大臣席の彼の周囲はいつも答えを教える人で埋まっている。しかも北朝鮮のミサイル発射など、日本の危機が叫ばれていた時だ。こんな重大な時だけに、問責は当然のことであった。<br />　前田大臣の場合は、大臣の肩書を使って所管業界に選挙の応援を頼んだというのだから、これは公職選挙法に触れる疑いがある。呆れた話ではないか。<br />　当然、野田総理は彼らを更迭または罷免をするかと思っていたら、そのまま続投させるという。任命責任を問われることを恐れたのか、単なる厚顔無恥なのか分からない。<br /><br />　自民党は、審議拒否に入ったが、これは当然の対応だ。参議院で大臣の資格なしと断定したのだから、そのような人に質問し答弁を求めるわけにはいかないのだ。<br />　ところが、２３日になるとあっさりその方針を撤回してしまった。<br />　自民党の全面審議拒否戦術がわずか４日で崩れたのだから、さすがの私もびっくりである。<br />　野田総理を本気で追い込もうとしたのではなかったのか。<br /><br />　今更言っても仕方のないことだが、そもそも、会期半ばで問責決議を出すのは無理がある。２ヶ月も会期を残して、いつまで審議を止められるか、当然マスコミや国民の批判が起こってくる。出すなら本来、会期末と言うのが常識なのである。<br />　しかし、せっかく出したのだから、とことん頑張るものと期待したが、決意も度胸も無かったということか。<br /><br />　おまけに肝心の野党の結束が出来ていない。足並みが揃っていなかった。最初から公明党は「やり過ぎ」と言っていた。<br />　しかも、その公明党の対応を「邪論」と、めったに使わない言葉で切って捨てたのが脇雅史参議院自民党国対委員長だった。幾ら慌ててお詫びに言っても、時すでに遅しであった。<br />　<br />　自民党は何が何でも解散選挙に追い込みたいとの方針で突き進んで来た。解散選挙で必ず勝てるわけでもないのに、この主張には無理があると、かねがね、自民党の同僚や後輩に言ってきたのだが、なんで判らないのだろうか。<br />　野田政権を追い込む切り札が問責カードだったが、今後はあまり効果的ではなくなってしまった。<br /><br />　消費増税と社会保障の一体改革の関連法案を審議する特別委員会が、これから設置される。特別委員会の委員長は、私もやったことがあるが、相当重い役割である。まして今度出される法案は、年金の一元化や、税金や社会保障の共通番号制度の導入等、重要法案がずらりと並んでいる。ここで扱う法案は、なんと１１本という異例ずくめになのである。<br />　おそらく会期中だけでは無理で、会期延長というのが常識だと私は思っている。<br />　いずれにしても、こらからの審議の中で、野田政権の誤りはいくらでも指摘できるし、国民目線で堂々の論陣を張る事も出来る。<br />　名誉挽回、自民党の魅力を有権者が再認識できるようになんとか頑張ってほしいものである。<br /></font>
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<title>第300号「小さな旅」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第300号「小さな旅」　随分昔から、夏は大磯ロングビーチ、冬は苗場でスキーと決まっていたが、近頃は、孫の方が学校行事で忙しく、私に付き合ってくれず、だんだん足が遠のいている。　今年は久しぶりに、スキーに行ったが、３０度のギャップで転倒して、その横を小学３年生の孫が笑って通り過ぎていった。　自分では若さが自慢であったが、確実に足腰が弱くなっている。　毎回、世話を焼いてくれる湯沢に住む高谷由行君から、「先生、もっと鍛え直しましょう」と言われて、その後、奮起..</description>
<dc:subject>言いたい放題</dc:subject>
<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-24T16:00:25+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第300号<br />「小さな旅」<br /><br />　随分昔から、夏は大磯ロングビーチ、冬は苗場でスキーと決まっていたが、近頃は、孫の方が学校行事で忙しく、私に付き合ってくれず、だんだん足が遠のいている。<br />　今年は久しぶりに、スキーに行ったが、３０度のギャップで転倒して、その横を小学３年生の孫が笑って通り過ぎていった。<br />　自分では若さが自慢であったが、確実に足腰が弱くなっている。<br />　毎回、世話を焼いてくれる湯沢に住む高谷由行君から、「先生、もっと鍛え直しましょう」と言われて、その後、奮起しているが、今年の冬までには、なんとか孫をびっくりさせる、往年のスキーのように華麗な？滑りを見せたいと思っている。<br /><br />　その高谷君に誘われて４月２２日、双方の妻も一緒に、４人で１泊の小さな旅をした．<br />　新潟県松之山温泉は、上野から新幹線で湯沢駅まで１時間余り、そこから車で４０分程度、こんな近くに素敵な田舎があるなんてと、感激しきりであった。<br /><br />　ここは草津、道後に次いで日本３大薬湯で、大伴家持、上杉謙信の隠湯とか・・・<br />　豪雪地帯で昨年など４メートルの積雪であったという。<br />　雪といえば都会の人間から見れば、ロマンチックで美しい世界だが、地元の人達から見れば、想像を絶する苦労の種のようである。今年も各所の豪雪で、雪下ろしや除雪作業中に何人もの人が亡くなっている。<br />　温泉への道すがら、まだ残雪を排除する為に何台ものトラクターが活動していた。その費用と労力は大変なものであろうと想像できる。<br />　しかし、すべての主要な生活道路は、降雪と同時に除雪されて、常に整備されるという。地方の力は素晴らしいが、未だに、各所に「田中道路」といった通称がついている。<br />　かの田中角栄元首相が作ってくれたということなのだ。この厳しい環境の中から躍り出て、天下を握った角栄氏の面影を思い出し、「大したものだ」と改めて感無量の思いを抱くのであった。<br /><br />　ひなびた宿「千歳」は、もちろん温泉が素晴らしい。ナトリュウム、カルシウム塩化物泉だから、少し「しょっぱい」が、なんと１２００万年前、太古の海が閉ざされ、今、噴出しているのである。<br />　夕食は新潟牛のステーキ以外は、ほとんど山采類でヘルシーだが、酒が美味く、飲み過ぎて、トータルすればカロリーオーバーだった。<br />　考えてみれば、今年のスキーは八海山スキー場で、以来すっかり日本酒、それも「八海山」好みで明け暮れて、夫婦ともに体重増加の傾向にあった。<br />　限られた人生、あと幾らも残っていないのだから「まあ、いいか」と言うと、高谷君、「駄目です。みんなの事を考えて、あと２０年は生きてください。これから、私が厳しくトレーニングを指導します」。<br /><br />　朝食は特に自慢で、「とろろの朝まんま」、「里山のっぺ」と、どれも美味だ。「みらい納豆」は塩で食べるが、ご飯は丹精込めた棚田米、さすが本物のコシヒカリだから、「もう堪らない」といったとこらであった。<br /><br />　旅の途中で寄った魚沼の禅寺、西福寺と開山堂は見応えがあった。<br />　天井に「道元禅師猛虎調伏」が見事に彫られている。幕末の名匠石川雲蝶の終生の大作だ。迫力ある透かし彫り、岩絵の具で色鮮やかに塗り上げられ、まさに安政年間の華やかさがそのまま伝わってくるようであった。日光東照宮にも劣らないことから「越後日光開山堂」とも呼ばれている。<br />　此処の檀家は豊かで、生活の面倒を全てみるということで江戸から雲蝶を招いた。嘘か本当かわからないが、特に酒と女（女房）を保証したというから、いかにも田舎のお金持ちの発想らしくて面白い。<br />&nbsp;<br />　帰途、高谷君の家に寄ったが、１０年以上前、ここに泊ったこともある。よその家に泊まるなどということは全くないのだが、ここは例外中の例外で、居心地がよかったことを覚えている。<br />　彼は長年勤めたプリンスホテルを退職したばかりだ。その支配人を務めていたことから親しくなったのだが、もう３０年もの長いつき合いになる。<br />　子供がいないこともあって、本当に優雅な暮らしで、音響効果抜群の部屋でクラシック音楽を聴いたり、コヒーや紅茶を自分流にブレンドして味わったりしている。<br />　年金は少ないが、湯沢で暮らす限りは何の不自由も無いと言う。<br />　「先生も無駄なお金を使わずに、老後に備えて、もっとつましくしないと・・・」。<br />　なんだか息子に説教されているようだったが、心楽しい響きであった。<br /><br />　この２７日には、大阪の関西大学の講義がある。元ＮＨＫの政治部記者で、私の番記者であった秋田君が同行してくれることになっている。<br />　彼も、ＮＨＫ関連会社の社長などを務め、定年退職したばかりである。皆６０歳そこそこで、まだ十分働けるのに惜しい。<br />　拙著「道のり　はるか」でも書いているが、高齢化高齢化といって追い出し、まだまだ十分に働ける人材を、あたら無駄にしている現状は間違っている。経験豊富で、十分に働く意欲を持つ人々を、国力として使わないことは、国家の損失ではないか。<br />　と、まあ、言いたいところだが、退職した良い仲間が、私を大事にしてくれるのだから、私にとってありがたいことではある。<br /><br />　これからも、時々、女房共々良き仲間と、小さい旅をしたいものである。<br />　その為には身体を鍛え、無駄を省き、か・・・・。<br /></font>
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<title>第299号「石原都知事講演の波紋」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第299号「石原都知事講演の波紋」　アメリカ・ワシントン訪問中の石原知事は4月16日、現地で講演して、「東京都が尖閣諸島を購入する」と発言して、今大騒ぎになっている。確かに意表を突く発言だが、大阪の橋下市長の言うように、「都知事らしいですね。普通の政治家では思いつかないこと、石原都知事にしかできないような、そういう判断と行動だと思う」と、同じような感想を私も持っている。　　そもそも、尖閣諸島とは沖縄県八重山諸島の北約170キロにある五つの島と岩礁の総称..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-17T19:00:59+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第299号<br />「石原都知事講演の波紋」<br /><br />　アメリカ・ワシントン訪問中の石原知事は4月16日、現地で講演して、「東京都が尖閣諸島を購入する」と発言して、今大騒ぎになっている。確かに意表を突く発言だが、大阪の橋下市長の言うように、「都知事らしいですね。普通の政治家では思いつかないこと、石原都知事にしかできないような、そういう判断と行動だと思う」と、同じような感想を私も持っている。<br />　<br />　そもそも、尖閣諸島とは沖縄県八重山諸島の北約170キロにある五つの島と岩礁の総称である。<br />　1895年、どこの国にも支配が及んでないことを確認した上で、日本の領土に編入する決定をした。勿論この時、異議を唱えた国は皆無であった。これは国際法に基づいた決定で、まぎれもなく日本の領土なのである。<br /><br />　第二次大戦に敗れて、沖縄と共に一時期アメリカの施政下に置かれたが、1972年日本に沖縄の返還とともに戻ってきたのである。<br />　その後、この周辺に石油資源があることが分かってから、にわかに中国と台湾が領有権を主張し始めた。誰が見ても筋の通らない主張である。<br />　日本は一貫して、これはまぎれもなく日本の領土で、だから、「領土問題はそもそも存在しない」との立場をとってきたのである。<br />　<br />　ところが、近年、この日本の主張も立場も怪しくなってきた。<br />　2010年9月に起きた中国漁船衝突事件での、菅政権の対応は、全くの弱腰外交で、明らかな領海侵犯であるのに、中国の圧力に屈して、船も船員も直ちに返してしまった。<br />　その後、隠ぺいしていたビデオで明らかになったが、日本の巡視船に自ら衝突して逮捕された船長さえ、不当にも釈放してしまったのである。この船長は帰国後英雄扱いになったという。<br />&nbsp;　こんなへっぴり腰で、日本の領土はとても守れない。中国は着々と軍事力を強化し、経済面も含めて強くなっている。よほどの覚悟と勇気を持って事に当たらなければ、じりじりと後退を余儀なくされるばかりである。<br />　<br />　この島は、民間人が所有していて、国が借りている形になっている。当初、この民間所有者は手放す気持ちは無かったというが、今は了解しているようである。<br />　<br />　私が塾長をしている自民党政経塾を出た中山義隆氏が、実は今、石垣島の市長である。彼は「領土領海を守る上で、個人所有よりは国や県が所有管理する方が得策だと考える］と語っているが、まさにその通りだと思う。<br /><br />　あの島を都民の税金で買うことがいいのかどうか、これから都議会で当然議論され決められることではある。<br />　しかし、石原氏が言うように、「尖閣諸島周辺は豊饒な漁場で、自然エネルギー開発でも大きな可能性を持っている。島々を舞台として様々な施策を展開する」と、これが都民と密接につながるものになれば、理解を得られるのではないか。<br /><br />　玄葉外務大臣は、石原氏が、「今の政府の姿勢では（領土保全は）危ない」と発言したことについて、「全く当たらない」と反論しているようだが、一体どんな根拠があっての事なのか。大見得を切るほどの実績も無いのに、「よく言うよ」といった感じではないか。<br />　本当は、中国側の反発への不安が見え隠れしているのである。<br /><br />　一体、これから中国がどう出るか。一石を投じたこの発言に対する動きに、注目したいものである。<br /></font>
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<title>第298号「北朝鮮問題、腹の立つことばかり」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第298号「北朝鮮問題、腹の立つことばかり」　故金日成主席生誕100年、そしてなによりも金正恩新体制発足の祝砲として用意された長距離弾道ミサイルの発射実験が、大失敗に終わった。　一体、この事態を北朝鮮はどう発表するのか、私は大いに興味を抱いていた。何しろ過去2回の「衛星？」打ち上げに失敗した時も、平気で成功と言い続けた国である。　ところが今回は、4時間半後にあっさりと失敗を認めたのである。　よほど自信があったのか、今回の実験に当たって170人を超える記..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-14T13:42:23+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第298号<br />「北朝鮮問題、腹の立つことばかり」<br /><br />　故金日成主席生誕100年、そしてなによりも金正恩新体制発足の祝砲として用意された長距離弾道ミサイルの発射実験が、大失敗に終わった。<br />　一体、この事態を北朝鮮はどう発表するのか、私は大いに興味を抱いていた。何しろ過去2回の「衛星？」打ち上げに失敗した時も、平気で成功と言い続けた国である。<br />　ところが今回は、4時間半後にあっさりと失敗を認めたのである。<br />　よほど自信があったのか、今回の実験に当たって170人を超える記者を各国から呼んで、自由な取材を許していた。おそらく新指導者の寛大さを示すためであったろうが、これがすっかり裏目に出てしまったのだ。隠すことが不可能だったのである。<br />　国威掲揚の為のミサイル発射実験に失敗して、一体だれが責任を問われるのか、何しろ、オリンピックに出場した選手が負ければ、監獄に送られるという国だ。かなりの制裁が待っているだろうことは疑いの余地もない。恐ろしい国である。<br /><br />　それにしても、このミサイル発射実験の為に大変な費用が掛かっている筈である。韓国政府の発表を見ると、690億円にのぼると言う。<br />　北朝鮮の年間輸出額からみて、1年間輸出で稼ぐ分の約56％の巨費を投じたことになる。<br />　それでなくても国民は慢性的な食糧難、エネルギー不足で塗炭の苦しみに喘いでいる。かかったお金は食糧不足の3年分に相当するとのことだが、それならばこのお金を国民のために使えば、どんなに救いになったことか。<br />　もっとも、北朝鮮には表に出ない裏経済が存在し、それが軍需産業というのだから、この実験も、彼らから言えば、国家国民の為なのだ。<br />　<br />　かつて、アメリカのジョージ・W・ブッシュ大統領は「悪の枢軸」発言で、イラン、イラク、北朝鮮をテロ支援国家と指定した。その後アメリカは2008年になってこの指定を解除した。北朝鮮との核開発を止めるための交渉の故である。<br />　しかし、北朝鮮は相変わらずの武器輸出国家であり、核開発をちらつかせては、交渉を有利にしようとの魂胆は見え見えで、危険国家であることに変わりはない。<br />　今度の打ち上げ失敗で、急いで交渉力を回復させなければならないから、さらなるミサイル発射や、核実験を一層進める危険がある。<br />　ヒラリー・クリントン国務長官は、再指定を検討すると言っているが当然のことである。<br /><br />　国連安全保障理事会は緊急会議を開いたが中国が慎重で、非難決議や制裁決議がなかなか難しいようである。事務総長は非難声明を出したが、それだけでは国連の役目を果たしたことにはならない。<br />　私は、昔から国連は無能力、と言ってきたが、今大事なことは国際世論を喚起させることと、具体的制裁を含む強い対応を各国に取らせることだと思う。<br />　こういう時こそ、日本は外交政策で活躍しなければならないのだが、残念ながらその意欲も力もない。<br />　民主党の外交担当最高顧問があの鳩山氏で、イランにまで出かけて世界の顰蹙を買うのだから話にもならない。<br />　腹の立つことばかりの毎日である。</font>
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<title>第297号「弾道ミサイル失敗と日本の教訓」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第297号「弾道ミサイル失敗と日本の教訓」　13日の朝から緊張が走った。　最初は韓国から、北朝鮮の人工衛星と称する長距離弾道ミサイルが発射されたという報道で、ほとんど同時にアメリカからも同様の発表があった。　その時の日本は「まだ未確認」とあったから、又、後手に回っているのかと腹立たしかった。　　結果的には、発射はされたが失敗であったとのニュースが流れ、なにはともあれ、よかったとほっとしたのである。　肝心の北朝鮮からは、目下の時点（12時現在）で何の発表..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-13T14:32:39+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第297号<br />「弾道ミサイル失敗と日本の教訓」<br /><br />　13日の朝から緊張が走った。<br />　最初は韓国から、北朝鮮の人工衛星と称する長距離弾道ミサイルが発射されたという報道で、ほとんど同時にアメリカからも同様の発表があった。<br />　その時の日本は「まだ未確認」とあったから、又、後手に回っているのかと腹立たしかった。　<br />　結果的には、発射はされたが失敗であったとのニュースが流れ、なにはともあれ、よかったとほっとしたのである。<br />　肝心の北朝鮮からは、目下の時点（12時現在）で何の発表もない。国家の威信をかけての結果だからなんと言い訳をするのか、今から楽しみである。<br /><br />　北朝鮮は、4月12日から16日までの間に、金日成主席生誕100年にあわせて人工衛星を打ち上げると発表していた。<br />　日本は勿論、韓国、アメリカは激しく非難したが、今回は友好国中国やロシアまで警戒感をあらわにして非難した。<br />　北朝鮮が弾道ミサイル技術を磨くその先には、まぎれもなく核弾道ミサイルの開発があるからである。<br />　数千キロもの射程距離を持つ核弾道ミサイルは、日本や韓国は勿論、アメリカ海兵隊の基地があるグアムまで届くのだ。<br /><br />　万が一、不測の事態が起こった時、日本は大丈夫なのかという心配があるが、残念ながら備えは日本には無いと言わざるを得ないと私は思っている。<br />　あの小沢一郎氏が、「危機管理の仕組みが日本には全く定められていない。何日もかけてＰＡＣ3（地対空誘導弾パトリオット3）を沖縄に持って行ったようだが、そういう事態は予告なしにくる。何日もかけて運ぶなんてナンセンス。日本政府は、しっかりとした自らの意見も政策も打ち出せてない」と言ったというが、これは私と同意見ではある。<br />　ただ、「あんたも政治家なのだから、それをやらせる責任があるだろう」と思うのだが・・・。<br /><br />　それにしても、こんな大変な時に、よりによって田中直紀防衛大臣では話にならない。<br />　一応、野田首相を議長とする安全保障会議（私も国家公安委員長時代メンバーであった）の決定に基づき、田中大臣は「破壊措置命令」を出した。<br />　ただ、「迎撃ミサイル発射の判断は、現地指揮官に任せる」ことにしたことは、大きな問題として残ると私は思っている。<br />　要するに責任回避だ。国家存亡の危機に、少なくとも、「全ての責任は俺がとる」という防衛大臣の決死の覚悟が伝わってこない。シビリアンコントロールの決意が全く見られないのだ。<br /><br />　もっとも、迎撃ミサイルを打って当たらなかったら、日本の防衛力の足元が見られる。しかも、その後の対応を想像するに、政府はただ右往左往するだけであったと思う。<br />　北朝鮮のミサイル発射が失敗に終わって、日本が醜態をさらけ出さないだけでもよかったといったところか。<br />　この機会に、国の守りについて政府は真剣に取り組まなければならない。与野党を問わず、国防態勢を整える為に真摯な協議を重ね結論を出す必要があると強く思っている。<br />　それにしても、後継者、未熟な金正恩第一書記の動向は一層目が離せない。</font>
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<title>第296号「盛況　出版祝賀会」</title>
<description>深谷隆司の言いたい放題　第296号「盛況　出版祝賀会」　昨日（4月9日）、ホテル・ニユーオータニで、私の10冊目の本「道のり　はるか」の出版祝賀会を開いてもらった。　久しぶりの会であったが、ホテル側のメンバー曰く、「まれにみる大盛況」で、およそ1000人近い参加者であった。　この種の会合は、つい数年前までは多かったが、政権交代以来、すっかり少なくなって、特に自民党議員の衰退が目立つという。　会には、山崎拓氏、武部勤氏、大島理森氏など私と仲のいい友人たちが駆けつけてくれた。　会..</description>
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<dc:creator>深谷隆司</dc:creator>
<dc:date>2012-04-10T11:02:45+09:00</dc:date>
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<font size="3">深谷隆司の言いたい放題　第296号<br />「盛況　出版祝賀会」<br /><br />　昨日（4月9日）、ホテル・ニユーオータニで、私の10冊目の本「道のり　はるか」の出版祝賀会を開いてもらった。<br />　久しぶりの会であったが、ホテル側のメンバー曰く、「まれにみる大盛況」で、およそ1000人近い参加者であった。<br />　この種の会合は、つい数年前までは多かったが、政権交代以来、すっかり少なくなって、特に自民党議員の衰退が目立つという。<br />　会には、山崎拓氏、武部勤氏、大島理森氏など私と仲のいい友人たちが駆けつけてくれた。<br />　会場を埋めた参加者は、私のよく知っている長年の応援者で、変わらぬ愛情が嬉しかった。特に、大震災の後、苦労を続けている仙台の竹内廣氏まで駆けつけてくれたことは感激であった。<br />　<br />　「次回の選挙には、必ず出馬して欲しい」と、随分多くの人に言われたが、私は挨拶で、次のように語った。<br />　「政治家になって50年経つ。区議、都議を経て、衆議院議員を9期務めた。五つの大臣を拝命し、在職25年表彰も受け、旭日大綬章も頂いた。やることはやった。もういいのではないかと思う。<br />　しかし、一方で,今のお粗末な政治の動きを見ると、こうしては居られないといった、いたたまれない気持ちにかられる。<br />　名曲「少年時代」を作った井上陽水が、今年の全国ツアーを行うにあたって、「舞台で死ぬまで歌い続けるべきか、いや、このまま消えるのも粋ではないかと考える」と言っていたが、今の私の心境に似ている。<br />　ただ政治家の場合は、バッチをつけていようといまいと、政治家であることに違いはない。今の政治のありように、厳しい批判や提言を続けて、世論を喚起させることや、若い人を育てることなど、今の私のやるべき仕事は山積している。<br />　何が何でも選挙に出たいなどとは思っていない。それはまさに天の定めるままに従うまでだ。<br />　<br />　論語に「任重くして道遠し」とある。<br />　私の政治家としての任務はまだ果たし終わってはいない。これからも使命感を持ってこの道を貫くのみだ。<br />　「もうこれでいい」と納得できるのは死ぬ時かもしれない。<br />　そんな思いを込めて、本の題名を「道のり　はるか」とした」と結んだ。<br /><br />　手伝ってくれたメンバーと、別室で打ち上げ会を開いたが、中に船田宗男氏や佐藤浩市氏といった早稲田大学の後輩がいて、私や女房と戦った最初の頃の選挙の思い出話など熱弁をふるってくれた。<br />　涙と笑いの連続であった。<br />　打ち上げ会でも、司会と挨拶は服部征夫、中屋文孝両都議で、お陰で全て順調、素晴らしい雰囲気であった。<br />　<br />　美空ひばりが歌った、「お祭り済んで日が暮れて・・・」ではないが、なんだか少しさびしい思いが、こうして書いている私の心に忍び寄ってくるようである。</font>
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