第809回「トランプ大統領大相撲観戦」

 深谷隆司の言いたい放題第809回

 「トランプ大統領大相撲観戦」

 安倍首相が令和初の国賓として招いたトランプ大統領が3泊4日の日程で来日し、初日はゴルフ、大相撲観戦、夜はなんと炉端焼き屋で会食した。

 世界一忙しいはずの大統領が、こうして日米の絆を世界に示すことは、中国、北朝鮮問題等を抱える日本にとって好ましい事である。

 思えば岸信介元首相は62年前アイゼンハワー大統領とゴルフをし、個人的な関係を生かして日米安全保障条約の改定につなげた。孫としてその外交で信頼と強調を根付かせたということか。


 大相撲で私が一番気にしたのは、不測の事態が起こらないようにという点であった。1995年、私は国家公安委員長になったが、当時開かれる予定のサミットで万全を期するため、大阪に全国のSP等を千人以上集めて大訓辞をした。あの頃を懐かしく思い出していた。大歓声に包まれ何事もなくてほっとした。


 安倍首相が優勝した朝乃山関に、総理大臣杯を直接手渡した。小泉元首相の例はあるが、一般的には代理として官房副長官や総務副長官が行っていた。私は千代の富士に2回、琴風に1回、代理を務めた。なにしろ40キロもある大杯だから、手渡すのも大変だ。安倍首相も危なかったが、朝乃山関は両腕でしっかり受け止めていた。さすがである。

 トランプ大統領からも大統領杯が渡されたが、朝乃山関は幸せな人である。富山県連会長の友人桑山氏は万々歳であった。


 私は二所ノ関部屋の後援会長だが、友人の松村氏が応援する関係で、横綱白鵬や友綱親方ともよく会食する。その横綱の弟子、今売り出し中の炎鵬関と二所ノ関部屋の松鳳山関が、最終日、勝ち越しを掛けた大一番を演じた。

「死ぬほど疲れました」と倅隆介にメールがあったが、素晴らしい取り組みで見事に勝ち名乗りを上げてくれた。

 千秋楽は何時ものように祝賀会に出席したが、一山本も十両に入るようで、親方を中心に盛り上がった。このところ耳鳴りで不調だが、この夜はお酒もすすんで上機嫌であった。耳鳴りは病気では無い。「全ては気の持ちよう」か・・・。


 27日、トランプ大統領は皇居を訪れ天皇皇后両陛下に会われた。皇室を大事に思う心がしっかり伝わってくるようで嬉しかった。

 首脳会談では、様々な問題が話しあわれたようだが、心配された日米貿易交渉については夏の参議院選が終わるまで、合意締結を待つ考えを表明したようだ。

 日米の絆がさらに強くなるよう見守りたいものである。



第808回「ついに石塚君議長に」

 深谷隆司の言いたい放題第808回

 「ついに石塚君議長に」

 5月16日、台東区議会自民党太田幹事長らが来宅、「お陰で石塚猛君が議長に決まりました。さらにわが党の鈴木純君も副議長に決まりました」と嬉しい報告があった。今度こそと思って、私なりに様々な人に頼んできて、ようやく共産党を除く区議全員が了解したとの情報は得ていたが、改めて決まったと聞いてほっとした。前回は望月元美副議長1人であったから鈴木副議長の同時決定は上出来である。

 石塚君は専修大学の時、アルバイトで私の手伝いをしてくれた。当時、私は汚職事件で解散になった都議会の状況に憤慨し、区議を辞めて出馬、260票足りずの次点で浪人中であった。

 やがて私は最高点で都議になり、知事として人気を誇った美濃部亮吉氏と対決し、「美濃部キラー」と言われたものだ。37歳で国会議員になったが、数年後、石塚君は再び私の秘書になり、通産大臣の時、大臣秘書官になった。大臣秘書官には中屋都議や稲見、辻代議士政策秘書などがいる。

 台東区議4期、72歳になり、今年が最後のチャンスと思っていたから、家内共々家中で喜んだ。任期2年、ワールドカップ、オリンピックなど国家的行事が続くから活躍の場は大きい。

 鈴木副議長は故鈴木昭司区議の息子で3期目、最高点当選など何時も上位で当選した若手の有望株である。

 和泉ひろし君も区議に返り咲き、私も服部征夫区長の依頼を受け「台東区顧問(無給)」になったから、これからの台東区政は面白くなると思う。


 ところでこのブログ、ちょっと遅れたので色々な方から心配された。最近、少し体調が優れなかったことは事実だが、特に病というわけではない。

 激しかった地方選挙が終わってほっとしたのか、自宅風呂場で転倒、CT検査は異常なかったのだが、数日後から「耳鳴り」が始まった。

 杏林大学病院で治療を受けているが、加齢も含めて耳鳴りは起こって当然という状況であったらしい。これはどうも簡単に治るというものではないらしい。結構大勢の人が耳鳴りで苦労しているようだ。友人などの体験者から聞くと、「共に生きる」、つまり慣れるしかないようだ。医者も病気では無いのだら、通常の暮らしをして馴れて下さいと言う。

 5月は色々な仕事が山積している。自民党政経塾、温故知新塾、30日は神戸の関西学院大学の講義もある。二所ノ関部屋後援会長として大相撲関連にも顔を出す。そうだ21日はテレビに映る場所に座っている。6月には自民党新人議員研修会、旭秀鵬関の結婚式・・・やがて参議院選挙だ。

 ともかく気合を入れて頑張るのみ、と思っている。



第807回「令和時代幕開け」

 深谷隆司の言いたい放題第807回

 「令和時代幕開け」

 10日間の連休、前半は空いているとの交通情報を信じて、28日御殿場の冨士霊園にまずお墓参り、なんと40キロの渋滞であった。2日間箱根の山荘で過ごし、30日、「退位礼正殿の儀」のテレビ中継を見るため帰宅、天皇として最後のお言葉を伺った。「象徴としての私を受け入れてくれた国民への感謝と平和への祈り」、最後に「幸せでした」と言われた時、私は滂沱の涙であった。上皇陛下への感謝こそ国民全体の思いである。

 昭和天皇の「大喪の礼」を経験し、特に「即位の礼」の時、私は郵政大臣であった。崩御された昭和天皇のお声をお聞きすることは勿論無い。喪に服した1年間、世は全て自粛ムードで悲しく暗いものであった。

 令和元年5月1日の新天皇の御言葉を伺い、これから10月の即位の礼まで、お祝いの明るい日々が続く。改めて生前譲位の良さを噛みしめたものだった。



 それにつけても「令和」と言う元号は素晴らしい。1200年前、奈良時代に作られた日本最古の歌集「万葉集」からの新元号、初めて日本の古典から作られたことが特に嬉しい。

 4500首からなる歌集は、天皇、皇族のみならず農民から防人まで、あらゆる社会層に及ぶ。まさに民主主義が芽生えているではないか。万葉集は日本の豊かな国民文化と長い歴史と伝統を象徴している。

 民主主義の発生は古代ギリシャとかローマと言うが、奴隷の上に成り立った国にそんなものなどありはしない。日本こそ民主主義発祥の国なのである。

 「令」は清々しい、整って美しいの意で、令夫人令嬢などと使われる。「和」はやわらぎだ。「清々しく柔らかな時代にしたい」との願いが込められている。

 ところが何事にもけちをつけるものがいる。韓国の報道も、ロイター通信やBBC電子版まで、「令」は命令で権威主義的ニュアンスがある等と書いている。 

 朝日新聞や毎日新聞にも同じような事が書かれているが、「難癖をつけるのが報道」と信ずる彼等が、いつものように「つげ口」情報で流したのではないかと勘ぐりたくなる。日本の政治家にも同じような連中がいて、共産党の志位委員長、社民党又市党首はいつもの事だが、自民党の石破元幹事長まで「違和感がある」と語った。いい人なのに時々余計な事を言う。世論調査(産経・FNN )で87%が好感を持ったと答えている。各地の大歓迎振りはマスコミ報道で明らかで、そんな国民の心も理解出来ないのか。

 令和の時代も日本の内外とも困難な問題が山積している。国を挙げて「国家戦略」を議論し、少しでもよき時代を作らなければならない。私も感激と覚悟を持って、この時代に「為すべきこと為し」、立派に生き続けたいと思っている。