第832回「温故知新塾4期終了式」

 深谷隆司の言いたい放題第832回

 「温故知新塾4期終了式」

 本当に月日の流れは速い。12月23日、最後の講義の日、「1年教えて思うこと」を次のように塾生に語った。

 五経のひとつ「礼記」に「学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困(くる)しむを知る」とある。学問する事によって初めて自分に不足するものが分かってくる。又一方、人に教えてみて初めて自分の知識の不足についての苦しさが分かる。

 授業の前に多くの本を読み、推敲し、パソコンを打って講義の原稿を作る。孫の安希与に更にパワーポイントを作らせ、授業に万全を期しているが、まだ何か足りないといつも迷ったりしている。84歳の高齢になっても学ぶ事は尽きないと、いつも全力で走り続けているといった按配なのである。

 続けて通う塾生も多いが、今年で終わる人には惜別の思いがある。彼等に三体詩にある言葉「寸心遠近なし、辺地風霜あらん」を伝えた。お互いに許しあった私どもの心には、遠い近いの区別は無い。ただあなたがこれから行くところは荒い風、激しい霜もあろうから、くれぐれも体に注意して欲しい・・・。  


 5期生の募集が始まった。又いい人材が集ってくると期待して胸が高鳴っている。

(温故知新塾 渋谷区渋谷2-10-10 クオーツタワー10階 

 塾申し込み先 03-6431-9809 野上宛) 


 自民党政経塾も来春で15年目を迎え、すでに卒業生2500人、国会議員は9人、地方議員は300人を越える。温故知新塾もそうだが、塾生のレベルは年々高くなって、医師、弁護士、大学教授、官僚等も多く頼もしいかぎりである。


 今年は大学の講義にも何回か呼ばれたが、総じて若者の読書離れが目立っている。23日、国立青少年教育振興機構が発表した読書習慣調査でも全年代を通じて1ヶ月に紙の本を全く読まないとした人は49.8%に上ったという。特に20代は52.3%、30代は54.4%と活字離れが増え続けている。

 過日逝去された中曽根康弘先生は、「政治家は常に本を読まねばならない。教養を高め芸術論、文化論が出来なければ世界の政治家に太刀打ちできない」と常に言われていた。若い人たちに読書を強く勧めることも私の勤めだと思っている。

 もっとも一方で、スマートフォンやタブレットなどで電子書籍を読む人の割合は伸びているという。

 実は私も、12月13日 日経ビジネスオンラインゼミナール「怒らない宰相・中曽根氏の人間像を元腹心が語る」に登場している。このアクセスで記者は銀賞を得ている。

 BLOGOS「レジェンドたちが振り返る平成」「令和の政治家は国の為に死ねるか」「自民党重鎮深谷隆司が振り返る平成」でも角谷浩一氏のホストで出ている。いつでもアクセスできるところが特徴なので、是非参照してもらえば幸甚である。


第831回「日々是好日」

 深谷隆司の言いたい放題第831回

 「日々是好日」

 12月9日から、箱根の中野嘉之先生の別荘兼アトリエにこもって150号の絵を描き上げた。徳真会の松村先生に頼まれた東西南北の守り神「四神」の内、青龍、白虎、朱雀は既に描いたが、最後の玄武だ。亀は平凡すぎて難しい。数ヶ月かけて下書きを何十枚も描いたが、ようやくいい感じで仕上げることが出来た。

 高名な日本画の中野先生もつきっきり、奥さんは食事や酒の世話までしてくれ、おまけに箱根神社の宮司夫人が、いまや箱根名物の「俺のうどん赤」を提供、店の経営者親子が鍋持参で用意してくれた。

 丁度、「箱根ガラスの森美術館」で馬頭琴の名手セーンジャー氏が出演中とあって皆で出かけた。岩田館長は上京中で不在だったが、細かく指示したと見えて総支配人以下大歓迎であった。ちなみにここのベネチアン作品は半端ではない、見事に揃っている。夜はイタリアンの「アルベルゴバンブー」で打ち上げ、まさに至福の時であった。


 13日は辻清人代議士の励ます会がホテルニューオータニで開かれ、私が世話人代表で挨拶した。

 「近年、政治家は劣化していないか。国会はモリカケ問題から、今は桜を見る会で大騒ぎ、質問してはいけないなどとは言わないが、モリカケの時は北朝鮮が弾道ロケットの打ち上げや核実験、桜の会の時はトランプ大統領が日米安保は不公平、場合によっては辞めてもいいとまで発言している。いずれも日本にとっては重大問題だが、国会での議論はほとんど聞かれない。

 国家にとって何が優先課題かが分かっていないのだ。政治家は命がけで国家国民のために働かなければいけない。その覚悟と愛国心を持って活躍しているのが辻君だ。彼を信じしっかり支えて欲しい」。

 辻代議士「先生の話を聞いて思わず背筋を伸ばした。当選して7年になるが充分に務めを果たしているか、自らに問うています」。翌日電話があって「まるで政経塾に戻ったような思いでした・・・」。いい後継者を持って自分は幸せだと改めて思った。

 その日の午後は宅建クラブで講演、昔からの支援者山下氏からの依頼であったが、懐かしい顔が多くて気分もさわやか、「政治のあれこれ」を気持ちよく語った。

 この日は家内の誕生日、81歳になったが元気一杯で嬉しい。沢山の祝い花、家族一同に囲まれて上機嫌、私は得意の「おじいちゃんパスタ」を作って振舞った。

 14日、杏林大学病院、区立台東病院に入院していた孫の麻紀も退院、明日は一族で誕生祝もかねて盛大に盛り上がる。日々是好日、感謝の心しかない。




第830回「中曽根先生逝く」

 深谷隆司の言いたい放題第830回

 「中曽根先生逝く」

 11月29日、遂にこの日が訪れたかと逝去の報に接し、深い寂寥感を覚えた。連絡を受けたのは丁度、護国寺で岡本貫主の葬儀の最中であった。岡本貫主は92歳、これまで随分応援していただいた。中曽根先生101歳、お二人とも見事に天寿を全うされたと思うものの、本当に悲しい。

 早速、日経ビジネスの記者が訪れて、中曽根先生との交流の取材があり、語るうちに様々な事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、感慨無量であった。

 私は27歳で区議会議員になったが、給料6万円、とても少ないので当選したばかりの四宮久吉先生の私設秘書も勤めた。この先生の所属が河野一郎先生率いる「春秋会」で、そこに中曽根先生はじめ山中定則先生、宇野宗佑先生といった青年将校が颯爽と活躍していた。

 都議選で260票足らず落選したが、その折々に中曽根先生を中心に若手将校達が熱烈に応援してくれたものである。やがて33歳の時に他の都議の倍の2万8千票を獲得し最高点当選となった。その勢いで無所属で37歳、衆議院議員となったのだが、以来、中曽根派に所属して数々の要職に就いて、政治家としての大道をひたすら歩み続ける事ができたのである。

 中曽根先生にはしばしば反旗を翻したりして困らせたこともあったが、決して一方的に叱る事もなく、常に優しく接してくれた。

 財政改革を重視した中曽根総理は、1986年、売上税を看板政策に据えた。

しかし、私の選挙区は中小企業の町、「まだ間接税の何たるかを知らぬうちの売上税には賛成できない」と狼煙を上げた。浅草合羽橋道具街の組合を先頭に連日デモが行われ、マスコミも巻き込んで大騒動となった。竹下幹事長から除名までほのめかされたが断固志を貫き、結局この時は中止に追い込んだ。総理に反旗を翻したことに忸怩たる思いが残った。ちなみに消費税は大平総理時代から10年を経て竹下内閣で成立、中小企業の理解も得たので私も賛成した。

 相当怒りをかったと思っていたが、なんと2年後、中曽根先生から誘われて欧州探訪の旅に出ることとなった。サッチャー首相やコール首相など錚々たる政治家に会い、いい勉強になったが、先生は道中一切過去のことに触れず、政治談議で明け暮れ楽しかった。

 3年前中曽根先生を訪ねたが、98歳、とてもお元気で、一緒に写真に納まった時、「深谷君の手は温かい、若いというのいいね」と言われた。80を越えている私だが、先生から見ればまだ若いのである。

 「暮れてなお 命のかぎり 蝉しぐれ」 総理を辞める時の先生の句だが、国のことを思い、いくつになっても正論を訴え続けようとの愛国心に満ちた先生の気概が溢れている。

 私もその心意気を学び、若い人達に語り続けていこうと思っている。合掌