第810回「香港人の不安」

 深谷隆司の言いたい放題第810回

 「香港人の不安」

 2003年、香港で「国家安全条例」に反対する市民による50万人規模のデモがあった。今度のデモは103万人というから、香港の人の7人に1人が参加したことになる。

 日本の議会と同じなのが「立法会」だが、ここで出されようとしているのが「逃亡犯条例改正案」で、これが通ると恣意的に運用され、民主活動家等が中国に引き渡され、中国批判の集会等も出来なくなる。

 香港に暮らす外国人も中国本土に引き渡されたりする。そうなれば海外からの投資も減り、ビジネスに悪影響を与える。 

 香港の司法は英米法体系(コモン・ロー)で、イギリス植民地時代と同じで、透明性が高く司法制度が確立している。ちなみにいえば死刑制度もない。

 一方の中国は司法機関が共産党の指導下におかれ、国の考えが法の上でもまかり通る。香港がそうなっては大変だと市民は考え立ち上がったのだ。


 昔、私もよく訪れたが、長い英国植民地として活気に溢れ、高いビルが林立し、まさに世界的金融都市であった。

 1984年に主権が移動し、香港特別行政区となって「一国二制度」がとられるようになった。一国二制度といかにももっともらしいが、私は当時から、要するに中国化だと思っていたが、その傾向が近年益々露骨に出始めている。

 今や中国の覇権主義は一層激しくなり、それは台湾にも及んでいる。

今度の超大規模なデモが、どのような結末を迎えるのか・・・、中国に危機感を持つ日本にとっても重要で、遠くの火事などと決して思ってはいけないのである。


 このところ、又私は忙しく飛び回っている。自民党都連支部長合同会議で檄を飛ばし、新人議員研修会では当選したばかりの地方議員達に「いかにあるべきか」を説き、200名を越えて部屋に入りきれないほどの満員の政経塾で熱弁、政木後援会会長と石塚、鈴木台東正副議長祝いの会を開いたり、「居合道全国大会」で武士道精神を語ったりした。

 二宮さよ子さんの「ひとり芝居」、歌舞伎座に招待されて2日間連続観劇、相撲の旭秀鵬関の結婚式・・・。

 この間、例の「耳鳴り」は相変わらずで病院にも通った。こればかりは困ったものでなかなか治らない、後は如何に馴れるかということらしい。

 こうしてパソコンを叩くのは一番しんどいが、少し休むとみんなが心配してくれるので、頑張ろうと思っている。

 皆さんの御健勝を祈っている。



第809回「トランプ大統領大相撲観戦」

 深谷隆司の言いたい放題第809回

 「トランプ大統領大相撲観戦」

 安倍首相が令和初の国賓として招いたトランプ大統領が3泊4日の日程で来日し、初日はゴルフ、大相撲観戦、夜はなんと炉端焼き屋で会食した。

 世界一忙しいはずの大統領が、こうして日米の絆を世界に示すことは、中国、北朝鮮問題等を抱える日本にとって好ましい事である。

 思えば岸信介元首相は62年前アイゼンハワー大統領とゴルフをし、個人的な関係を生かして日米安全保障条約の改定につなげた。孫としてその外交で信頼と強調を根付かせたということか。


 大相撲で私が一番気にしたのは、不測の事態が起こらないようにという点であった。1995年、私は国家公安委員長になったが、当時開かれる予定のサミットで万全を期するため、大阪に全国のSP等を千人以上集めて大訓辞をした。あの頃を懐かしく思い出していた。大歓声に包まれ何事もなくてほっとした。


 安倍首相が優勝した朝乃山関に、総理大臣杯を直接手渡した。小泉元首相の例はあるが、一般的には代理として官房副長官や総務副長官が行っていた。私は千代の富士に2回、琴風に1回、代理を務めた。なにしろ40キロもある大杯だから、手渡すのも大変だ。安倍首相も危なかったが、朝乃山関は両腕でしっかり受け止めていた。さすがである。

 トランプ大統領からも大統領杯が渡されたが、朝乃山関は幸せな人である。富山県連会長の友人桑山氏は万々歳であった。


 私は二所ノ関部屋の後援会長だが、友人の松村氏が応援する関係で、横綱白鵬や友綱親方ともよく会食する。その横綱の弟子、今売り出し中の炎鵬関と二所ノ関部屋の松鳳山関が、最終日、勝ち越しを掛けた大一番を演じた。

「死ぬほど疲れました」と倅隆介にメールがあったが、素晴らしい取り組みで見事に勝ち名乗りを上げてくれた。

 千秋楽は何時ものように祝賀会に出席したが、一山本も十両に入るようで、親方を中心に盛り上がった。このところ耳鳴りで不調だが、この夜はお酒もすすんで上機嫌であった。耳鳴りは病気では無い。「全ては気の持ちよう」か・・・。


 27日、トランプ大統領は皇居を訪れ天皇皇后両陛下に会われた。皇室を大事に思う心がしっかり伝わってくるようで嬉しかった。

 首脳会談では、様々な問題が話しあわれたようだが、心配された日米貿易交渉については夏の参議院選が終わるまで、合意締結を待つ考えを表明したようだ。

 日米の絆がさらに強くなるよう見守りたいものである。



第808回「ついに石塚君議長に」

 深谷隆司の言いたい放題第808回

 「ついに石塚君議長に」

 5月16日、台東区議会自民党太田幹事長らが来宅、「お陰で石塚猛君が議長に決まりました。さらにわが党の鈴木純君も副議長に決まりました」と嬉しい報告があった。今度こそと思って、私なりに様々な人に頼んできて、ようやく共産党を除く区議全員が了解したとの情報は得ていたが、改めて決まったと聞いてほっとした。前回は望月元美副議長1人であったから鈴木副議長の同時決定は上出来である。

 石塚君は専修大学の時、アルバイトで私の手伝いをしてくれた。当時、私は汚職事件で解散になった都議会の状況に憤慨し、区議を辞めて出馬、260票足りずの次点で浪人中であった。

 やがて私は最高点で都議になり、知事として人気を誇った美濃部亮吉氏と対決し、「美濃部キラー」と言われたものだ。37歳で国会議員になったが、数年後、石塚君は再び私の秘書になり、通産大臣の時、大臣秘書官になった。大臣秘書官には中屋都議や稲見、辻代議士政策秘書などがいる。

 台東区議4期、72歳になり、今年が最後のチャンスと思っていたから、家内共々家中で喜んだ。任期2年、ワールドカップ、オリンピックなど国家的行事が続くから活躍の場は大きい。

 鈴木副議長は故鈴木昭司区議の息子で3期目、最高点当選など何時も上位で当選した若手の有望株である。

 和泉ひろし君も区議に返り咲き、私も服部征夫区長の依頼を受け「台東区顧問(無給)」になったから、これからの台東区政は面白くなると思う。


 ところでこのブログ、ちょっと遅れたので色々な方から心配された。最近、少し体調が優れなかったことは事実だが、特に病というわけではない。

 激しかった地方選挙が終わってほっとしたのか、自宅風呂場で転倒、CT検査は異常なかったのだが、数日後から「耳鳴り」が始まった。

 杏林大学病院で治療を受けているが、加齢も含めて耳鳴りは起こって当然という状況であったらしい。これはどうも簡単に治るというものではないらしい。結構大勢の人が耳鳴りで苦労しているようだ。友人などの体験者から聞くと、「共に生きる」、つまり慣れるしかないようだ。医者も病気では無いのだら、通常の暮らしをして馴れて下さいと言う。

 5月は色々な仕事が山積している。自民党政経塾、温故知新塾、30日は神戸の関西学院大学の講義もある。二所ノ関部屋後援会長として大相撲関連にも顔を出す。そうだ21日はテレビに映る場所に座っている。6月には自民党新人議員研修会、旭秀鵬関の結婚式・・・やがて参議院選挙だ。

 ともかく気合を入れて頑張るのみ、と思っている。