第784回「大阪万博決定に思う諸々」

 深谷隆司の言いたい放題第784回

 「大阪万博決定に思う諸々」

 11月23日、博覧会国際事務局総会で、2025年の国際博覧会が大阪で開催されることが決まった。

 決戦で92対61の大差でロシアを下したが、これはロシアより日本が世界から好感が持たれ、高く評価されているということで嬉しいかぎりだ。

 1970年、第1回の大阪博覧会には都議会議員の時参加したが、34歳、まさに青春真っ盛りであった。

 このような大規模万博の2回目は2005年の愛知万博だが、その決定、準備の時代、私は通産大臣であった。様々な苦難を乗り越え、大成功を収めたが、今懐かしく思い出している。

 今度の大阪万博は7年後で、私は90歳になっている。さて元気で生きているのだろうか。本音で言えば、家内共々万博に行こうと心に決め張り切っている。

 昭和から平成、そして来年は年号が変わる。年月の流れ、変化に驚き、感慨無量の思いである。


 2020年は東京五輪だが、オリンピック経済効果を期待する一方、その終了後は不況と見る人も多い。それは前回の五輪の後、昭和不況と呼ばれ成長率が5.1%と急降下したからだ。

 日本銀行は、今回の五輪開催時、名目GDPは8兆円程度押し上げると試算している。GDP比は1.4%だ。過去の五輪開催時の平均は10%であったから、これは相当小さい。 つまり反動減もやはり小さいと考えているのだ。

 過去の例を見ても、先進国はオリンピックだけの特別投資はそれほど必要としなかった。だからアトランタ、ロンドンなどはオリンピック終了後にあまり経済の変動がなかったのである。

 日本の場合、例えば投資に限って考えても、開催から2年間は低下する傾向があるが、GDP全体への影響は必ずしも大きくはない。

 現下、人手不足が深刻である。供給制約から建設投資が先送りされる傾向が強い。建設受注残が積み上がっていることから、五輪関連の建設投資の一巡後は、その他の潜在的な建設需要が顕在化することによって反動減が生じにくいと見ていいのではないか。


 いずれにせよ、大阪万博の決定は、五輪後も日本経済を順調に持続させるための次の一手になることは間違いない。

 問題は大阪万博の内容だ。前回の万博の「夢をもう一度」といった安易な発想では駄目だ。官民挙げて知恵を出し合い、世界の期待に応えられるような立派な大阪万博になるよう心から期待している。



第783回「精一杯、生きる」

 深谷隆司の言いたい放題第783回

 「精一杯、生きる」

 松本隆三さんのお別れ会に出席するため、11月14日、夫婦で大阪を往復した。会場は平野区にある仏光殿、新幹線大阪駅から車で1時間と遠い。

 会場には沢山の花が飾られ、松本さんの交友の広さが伺える。頑固一徹の人だったが、心底優しい人であることを多くの人が分かっていたのだ。

 「棺を覆って事定まる(その人の値打ちは亡くなった後で決まる)」、本当にそうだと改めて思った。

 奥さんやご子息達の悲しみは大きく、せめて弔辞の中で癒すしかなかった。

 松本さんとは35年間のお付き合いであった。これで大阪に来る楽しみが一つ消えたかと思うと無性に寂しかった。


 翌日は年一度の検査日で、早朝から和泉君運転で家内と共に杏林大学病院に向かった。そういえば松本さんもこの病院でペースメーカーを入れている。

 松田副理事長夫妻、娘知美が既に待ってくれていた。83歳、やはり老体を気にしているのか・・・。

 私は15年前、この病院で大腸がんの手術を受けた。丁度その前日、孫の隆仁が生まれ、全員が孫の病院に行ってしまった。病室に一人残され、孫と命の交代になるのかなどつまらぬ妄想を抱いたものであった。

 見事な手術で私は全快、以来、今日まで元気一杯で働くことが出来た。

 さて、今回の検査でどうなるのか・・・。

 いつも内視鏡での検査の時、私はモニターで状況を見ている。ポリープなど先生より先に見つけたと言っては自慢していた。

 しかし、正直、胃の検査の時など苦しかった。今回は新しく代った女医さんの勧めで睡眠薬の注射、眠っているうちの検査終了となった。こんなに楽ならもっと早くやっていればよかったと思ったものである。

 超音波も内視鏡検査も異常なし、ついでに足の痛みを除去してもらうために、膝から水もとってもらった(タップの練習やりすぎ)。


 さあ、これで安心して又頑張れる。

 今月は温故知新塾の講義、太田区議、寺井区議、佐藤区議、中屋都議、武見参議院議員などの大会、自民党三多摩地区の講演など、日程は目白押しだ。来月は講演で台湾に行く。久し振りの台湾の旅は今から楽しみだ。


 色々な友人が次々と逝って、人生のはかなさを痛感しているが、こうして私が元気に活動できるのは天の配剤のお陰だ。このことを肝に銘じて、ともかく精一杯生きることにしようと思っている。




第782回「塾合宿で元気一杯」」

 深谷隆司の言いたい放題第782回

 「塾合宿で元気一杯」

 11月10日、11日の2日間、恒例の自民党政経塾合宿を熱海後楽園ホテルで行った。

 13回目になるが塾生180人、学生部と事務局を入れると総勢200人、今までで最も多い参加者で大盛況であった。

 最初の私の訓話は、論語の第一章、「学びて時に之れを習う、亦た説ばしからずや・・・」だった。

 学んだ事を折にふれ学習練習すれば真の意味が分かってくる、体得できるということだが、こうして自分の身が修まれば、自然と同志や共鳴者が出来る。「そういう友が遠方から訪れてくれたらなんと楽しいか」に繋がっていくのだが、そこまでの理解は案外少ない。

 論語は百済から伝わったが、日本最古の古事記より427年も前のこと、爾来、1700年間も読み続けられた大ベストセラーだ。近年の中国を見ると、論語はほとんど生かされていない。日本的解釈を含めてこれからも大いに語る必要があると私は常々思っているのだ。


 講師には中川雅治前環境相、萩生田光一幹事長代行等が参加したが、中でも水を得た魚のように元気だったのが片山さつき地方創生相であった。早く国会で本格的な政策論議をさせてあげたいものだと思った。

 夜の宴会は壮観、全てのテーブルを歩き、彼等と乾杯し大いに語ったが、まさに至福の時であった。2次会は席を移して事務局員や学生らと行ったが、聞きつけた塾生も加わり賑やかだった。提供された赤ワイン、いつものように痛飲したことは言うまでもない。


 2日目の朝は6時半に熱海の海岸に全員集合させ、ラジオ体操、発声練習、挨拶の訓練などを行った。

 例年のように5時には起きて、しっかり準備し指導出来るかと、年齢を考えて少し心配であったが、全く元気一杯、折から昇る朝日を一身に受けて、むしろ去年より若返ったような心地であった。

 最終の講話で「出会い」の大切さを語ったが、もう一つの塾「温故知新塾」が4年目を迎えたことにもふれ、めぐり合いが如何に人生を豊かにしてくれるかを話した。

 こうして若い人達を育てていく事は本当に素晴らしい。それが近頃の私の全てだが、一体いつまで続けられるのか、ともかく元気一杯で頑張るしかない。


「温故知新塾4期生募集」 

場所 渋谷区渋谷2-10-10 クオーツタワー10階 

開塾 平成31年1月28日(月)

毎月第3月曜日 午後6時半〜7時45分

テーマ 時局問題、歴史から学ぶ、世界の国のかたち、人生のあり方等

会費  3万円(1年分)

申し込み FAX:03-6431-9879(担当野崎) 締め切り1月10日

友人知人をお誘い下さい。