第897回「東京五輪が終わって」

 深谷隆司の言いたい放題第897回

 「東京五輪が終わって」

 17日間にわたって熱戦を繰り広げた東京五輪が8月8日終わった。

 新型コロナウイルスの影響で史上初めての1年延期、無観客、あわせて酷暑で、始まる前は国民の無関心ぶりや、朝日新聞などのメディア、一部の心ない連中の反対運動などが起こった。しかし、始まってみると五輪への関心は一気に大きく盛り上がった。人の心は一瞬で変わる、いいような悪いような・・・。

 テレビ、新聞などマスコミは、連日オリンピック一色で、特にテレ朝などは、女子バスケットの放送権まで握って、昨日までの反対姿勢はどこへ行ったのかとあきれるほどであった。

 57年前の東京五輪の時、三島由紀夫は毎日新聞に、「やっぱりやってよかった。やらなかったら日本は病気になる」と書いたが、この言葉が時空を超えて今も生きているように思える。

 選手や関係者からの感染が懸念されたが、JOCの万全な対策が功を奏してほとんど何の問題もないと言っていいほどであった。

 試合後のインタビューで、選手たちが「この厳しいコロナ禍の中で、開催してくれてありがとう」と言っていた。

 男子400メートルのメドレーリレーを制した米国チームが「THANK YOU TOKYO」と記した旗を挙げていた。テレビでそんな場面を観ながら、目頭が熱くなった。

 心から私もJOCの皆さんに敬意を表したいと思う。

 会長であった森さんから橋本さんに変わったが、あの頃、私が連載を書いている月刊誌「Hanada」で「森叩きは集団リンチ」と書いて大きな反響を集めた。一体、森さんはどんな思いでいるだろうかと、ふとその懸念が頭をよぎった。

 それにしても日本の選手はよく頑張った。金27個をはじめメダル総数58個、史上最多だ。地の利だという人がいるがそれは全く違う。選手たちの汗と涙の不断の努力と、政府が近年選手強化に力を入れ、100億円を超える予算を組んだことなどの成果である。

 勝った選手だけではなく負けた選手の姿にも感動を覚えた。体操の第一人者内村航平選手は鉄棒で落下し、「僕はたぶんもう主役ではない」と言ったが、確実にその後を受け継いだ選手が生まれている。

 アスリートに限らず、政治家の世界でも同じで、時の流れは無残で、いずれ身を引く時が訪れる。だが、その育てた命は確実に生き続けていくのだ。

 10代の若い選手が次々と現れたのには驚かされた。スケートボートの金メダル最有力と言われた岡本碧優選手が最後の大技で失敗した時、肩を落とす彼女にライバルたちが駆け寄り抱擁の輪が広がった。みんな幼い顔立ちだったが、国を超えて痛みへの共感、戦友への賛美があって、新たな絆が生まれている光景であった。

 勿論不愉快なこともある。活躍する選手に心無い批判を浴びせる輩もその一つだ。

 激しいリハビリで白血病から復帰した池江選手に、五輪反対の為に代表権を返上しろとSNSで激しく求めたという。又、体操の金メダル橋本大輝選手の判定についてもSNSで本人にまで文句をつけていた。 出所は外国ではないかと言う説もあるが真偽の程はわからない。

 しかし選手たちはこうした嫌がらせとしか取れない動きにも負けることなく、必死で努力していた。立派なものである。

 不快なもう一つは韓国の反日姿勢だ。宿舎に反日の横断幕を掲げたり、特に許せないのは東京電力福島原発事故をターゲットにし、福島産の食材に難癖をつけ、選手村近くのホテルに給食センターを設置するなど嫌みな行動の連続であった。しかも、開会前にはそのことのキャンペーンでオリンピック委員会にまで働きかけたという。当然ながら各国は取り合わず、その目論見は失敗した。

 放射性物質に関する日本の食の安全の検査は厳しく行われ、科学的安全性は確保されているのに、風評被害を捏造しているのだ。

 メダリストへのブーケは福島産のトルコキキョウ、宮城産のひまわり、岩手産のリンドウで作られていて、復興五輪のシンボルであったが、これにもいちゃもんをつけた。

 訪日を熱望していた文大統領、北朝鮮も来ないし、日韓会談の成果も考えられないことから訪日を断念したというが、来なくて結構というのがみんなの答えだ。

 こうした不愉快さを乗り越えて、躍動する若者たちの歓喜と涙、こんな素晴らしい夏は無かった。

 これからパラリンピックが開かれる。同じように、いやそれ以上に熱烈な声援を送りたいものである。




第896回「感染拡大、五輪は順調」

 深谷隆司の言いたい放題第896回

 「感染拡大、五輪は順調」

 7月31日のコロナ国内感染者が1万2342人と過去最多となった。都内は4058人、大阪や神奈川、埼玉でも1000人を超えている。7月の4度目の緊急事態宣言は8月31日まで延長されたが、その効果は一向に見られない。

 一体何故なのか、尾身氏はじめ多くの専門家やらに聞きたい。彼らはどう減らすかを科学的に研究するのではなく、感染者や病院のひっ迫状況のひどさを強調するだけなのだ。マスコミも連日の報道でただ国民を恐怖に陥れるだけではないか。

 こうした時、一番大事なのは政治家の取り組み方だ。少数派からの非難を恐れるあまり、ただ規制の強化に走る、このやり方が元気な人たちから、職業や行動の自由を奪ってはいないか。

 確かに20代30代の若者が感染者全体の7割を超えている。しかし、コロナによる死者数はヨーロッパの主要国に比べて極めて少なく、決して深刻ではないのだ。

 又、高齢者の感染者数が非常に少ないが、これは明らかにワクチンのお陰で、私ら夫婦も2度のワクチン接種で大丈夫な筈だ。

 問題は1日も早く若い世代にもワクチンを接種してもらうことで、この促進の為に政治家がいかに働くかが問われているのではないか。

 困ったことに熱中症の発症による救急搬送が去年同時期の2倍超という。泣きっ面に蜂だが、熱中症こそ自分の注意で防げる。日中の外出を控え、暑さを避けて過ごす、水分をとる、人込みに出ないなどコロナ対策にもなるのだから、各人が自分の身は自分で守ることに徹しなければならない。

 幸いにも五輪のメダルが史上最多となって、無関心を装っていた国民も盛り上がっているようだ。

 地の利だと簡単に言う人がいるが、アスリートたちの努力は想像を絶するものがある。勝者も敗者もそれぞれに自分の苦難の歴史を持っていて、その歩みをたどると思わず感涙する。

 その感動こそが大事で、特に若者に夢と勇気を与えてくれる。

 政府は選手強化の為に、近年かなりの予算を組んできた。

 五輪招致前の平成25年度は約30億円だったのが、その後は100億円を超えている。そのような配慮を五輪が終わっても続けなければならない。

 五輪の後半もまたしっかりテレビを通じ応援したい。それにつけても、もし五輪が無かったらどうなっていたろうかと思う。おそらくコロナの急増に国全体がしょぼくれていたのではないだろうか。

 開催への批判や、コロナの威力に圧倒された寂しいオリンピックと言う人もいるが、開催して本当に良かったと私は強く思っている。


  

第895回「オリンピック開催」

 深谷隆司の言いたい放題第895回

 「オリンピック開催」

 開会式の直前、五輪開閉会式の演出統括小林賢太郎が解任された。過去のコントでユダヤ人大虐殺を取り上げて米ユダヤ系団体が非難していたという。

 「ユダヤ人大量惨殺ごっこをやろう」と話す当時の動画が拡散され、本人も「愚かな言葉遊びが間違いだった」と反省している謝罪コメントを出した。

 楽曲の制作担当の一人であったミュージシャンの小山田圭吾が過去のいじめで批判を浴び7月19日に辞任したばかりである。記録を見るといずれも理解できないほどひどい内容で驚かされる。何年前であろうと絶対に許されない人権侵害で弁解の余地はない。

 ただ、それなら中国の北京大会はいいのかと、最も人権侵害問題を抱える国の大会への疑問が改めて大きく感じる。

 1964年の東京五輪はどうであったか、57年前の時も準備計画の変更が相次ぎ組織委員会の無責任体質が批判の的であった。国民の関心についても56.8%の人が「私に何の関係も無い」と答えていた。

 あの頃の自分はと言うと、よく家内が言うが、それどころではなく、五輪の思い出はほとんどないと言っていい。

 1963年に27歳で台東区議会議員に当選、2年も経たないうちに都議会の汚職事件で未曽有の解散となった。私は怒りに燃えて無所属で出馬、残念ながら260票差で落選するという人生最大の岐路の時であった。

 日本は高度成長の真っただ中、荒廃から繁栄へと一気にせりあがった時代で、経済はあきらかに二重構造であった。大企業と中小零細企業との格差は大きく、高い切符を買って競技場に行ける人は限られていた。

 今大会はコロナ禍と酷暑、前例のない1年延期、無観客、トラブルだらけの五輪だが、評価は後世の人に任せればいい。

 かつての歩みを振り返ってみると、例えばモスクワ大会は各国のボイコット騒ぎがあったし、ミュンヘンではテロ事件があった。

 1920年のベルギーアントワープ大会は、第1次大戦の終盤で、4千万人もの犠牲を出したスペイン風邪の時代。それでも開催された。

 1940年には東京大会に決まっていたが日中戦争の批判や資材不足で中止となっている。その冬の冬季オリンピック札幌大会も中止であった。思えばオリンピックの歴史は驚くほど多難なのである。

 23日8時から始まった開会式で天皇陛下から開会宣言が読み上げられた。あの宮内庁長官の記者会見の言葉は一体何だったのか・・・。

 航空自衛隊の「ブルーインパルス」が大空に五輪の輪を描いたが、あいにくの曇りで鮮明に五輪を残すことが出来なかった・・・、でもそれがなんだ。

 朝日新聞などは相変わらず五輪を辞めるべきという姿勢を崩さない。反対の人のデモもあったが、始まった以上、日本の威信にかけて成功を祈り支えるのが当たり前の姿ではないか。アスリートに直接出場辞退を迫ったバカもいたようだが恥ずかしい限りである。

 私は真夜中12時まで開会式の模様を見ていた。演出は何とも地味で目立ったのは花火ばかり、期待が少し外れた感があった。しかし、競技場の上空にドローンが描く「地球」が浮かび上がってようやく一息つけた思いであった。

 205の国・地域と難民選手団の入場を見て、これだけの国から、世界を代表する最高のアスリート達がコロナ禍の中、日本に来てくれたのかと、それが最大の感動であった。 コロナ対策も含めて開会式に臨んだ選手は約6千人であったが、皆歓喜に満ちていた。開いてよかったとしみじみ思った。

 五輪史上最多の33競技339種目に出場する約1万1千人の選手たち、観客はいなくてもテレビ桟敷から何十億の人が声援を送っている。鍛え上げた技を存分に発揮してほしい。

 次の日本での開催を見ることは出来ない。私も各競技をテレビでじっくり見、心にとどめ、精いっぱいの声援を送りたいと思っている。