第760回「多忙な日々、疲労困憊」

 深谷隆司の言いたい放題第760回

 「多忙な日々、疲労困憊」

 国会では、連休前から政府に不満で、立憲民主党始め野党6会派が審議拒否で18連休、国会1日の費用3億円、これでは税金の無駄遣いだ。野党が求めていることは、全て国会を開いて質疑すればいいことなのに、何もしない、まさに職場放棄ではないか。しかも結果は、麻生大臣の辞任も、柳瀬元首相秘書官の証人喚問も無しで、野党の完敗であった。

 それにしても、国の内外共にまさに危機的多難な時代だ。北朝鮮の急激な微笑み外交で、板門店での文・金両首脳の宣言など、歴史的快挙と騒がれたが、米朝首脳会談直前に又態度豹変、やっぱり北朝鮮が信頼に足る国ではないことがここへ来て明らかになった。

 こんな時、相変わらずモリカケ問題追求ばかりの国会、日本の安全をどう確保するのか、ほとんど議論もされていない。

 こんなことでよい筈がない。国民はもっと声を挙げるべきではないのかと、私は色々な機会に訴えている。


 最近、講演の機会が多い。「自民党政経塾」は13年目を迎えたが、定員100人のところ、いつも倍の応募者、今年はなんと最高の人数となって、どう教室に入ってもらおうかと事務局は嬉しい悲鳴をあげている。

 渋谷での「温故知新塾」の講義も佳境に入って3年目、昨年は幻冬舎から講義をまとめて「本当はすごい日本人」の拙著を出した。売れ行き好調で気分がいい。

 5月13日には紙パルプ会館での川内研究所主催の講演会、16日は椿山荘でのマークスエバンス主催のサミットで私が基調講演、17日には大阪経済大学で恒例の私の講義で日帰りの強行軍、20日には後援会本部会長政木さんの会社「東京貴宝」60周年の祝いで御挨拶のため川奈へ行く・・・。


 連休は箱根の日本画家中野先生のアトリエにこもり、150号の絵と書に取り組んだ。

 東洋一の歯科グループ徳真会の依頼で全国各地に点在する診療所に、東西南北の守り神の四神と中央の五神(300号)を依頼され、既に龍、虎、黄龍を掲額されている。今回は「朱雀」を描き上げ、書には「夢 限りなく」としたためた。いずれもたたみ3畳の大きさ、さすがに仕上げた時は足も腰も痛め疲労困憊、歳には勝てないとつくづく思った。


 大相撲で東の溜まり席に座ったら、おおげさに言えば全国から「元気な深谷さんを久しぶりに見た」と大反響、これからは「生きている証」に、毎場所ここに座る事にしよう。私には連休は無い・・・。



第759回「野党議員は18連休」

 深谷隆司の言いたい放題第759回

 「野党議員は18連休」

 立憲民主党など野党は、麻生財務相の辞任や柳瀬元首相秘書官の証人喚問を求めて、4月20日から審議拒否を始めた。7日、結局何の成果もなく国会戦術で完敗して国会正常化となったが、なんと野党議員は18連休となった。

 1日の国会にかかる費用は3億円といわれている。無駄な税金の浪費、何よりも国会議員の職場放棄は、断じて許されざる暴挙である。

 4月26日の衆参予算委員会の集中審議は外交などがテーマであった。行なわれたばかりの日米首脳会談をめぐって、日米通商問題や、北朝鮮問題など、政府にただすべき問題が多かった筈である。6会派が求める正常化の条件などは、まさに本会議や委員会で論ずればいいことなのだ。

 マスコミ向けに合同ヒヤリングを開いて、官僚を呼んでつるし上げを行なっていたが、人気取りのつもりであろうが、国民はそっぽを向いていた。

 もうこれ以上、不毛の議論はやめて、山積する諸問題、特に北朝鮮への日本の対応など、真剣に議論してもらいたいものである。


 4月27日、軍事境界線のある板門店の韓国施設「平和の家」で、金正恩朝鮮労働党委員長と文在寅大統領が会談を開いた。完全な非核化を通じて「核の無い朝鮮半島を実現する共同の目標を確認した」という板門店宣言は歴史的声明として世界中を駆け巡った。しかし、北朝鮮の非核化は「共通の目標を確認する」にとどまっただけで、具体的行動は示されず、北朝鮮が過去に出していた声明や合意と同じなのである。

 文大統領は卑屈なほど有頂天であったが、二人が手を取り合って高々と腕を上げた姿は、2007年10月、当時の金正日総書記と盧武鉉大統領、2000年6月の金正日氏と金大中大統領の場面と全く同じであった。その後の朝鮮半島情勢が悪化したことは歴史が示した通りである。

 金正恩氏は満面の笑みで愛嬌を振りまき、話せる指導者を演じきったが、叔父張成沢を粛清、兄金正男を化学兵器で暗殺させた人物である。核、化学、生物兵器の増産や、凄まじい人権弾圧、収容所での悲惨な虐待は今も続いているのだ。

 米朝会談や日朝会談も行なうとの金委員長の微笑み外交であったが、6日にはもう豹変し、「北朝鮮の核放棄まで制裁・圧迫を緩めず、人権問題を強調する米国」の姿勢を批判、日本に対しては「下心を捨てないかぎり、1億年たってもわが地を踏めぬ(朝鮮労働党機関紙」」と主張している。

 かの国とはよほどの覚悟を持って臨まなければならないが、その為には、なんと言っても結束が大事、18連休などしている暇はない。政府もふくめて猛省を促したいものである。



第758回「旅は道づれ」

 深谷隆司の言いたい放題第758回

 「旅は道づれ」

 政治家を引退して数年になるが、良い友人が多く、いつも私の晩年を支えてくれる。ありがたいことである。

 17日から比較的新しい友人の松村博史氏の計画の下、古い友人の桑山夫妻と私ら夫婦と、5人で4泊5日の長い旅をした。

 松村氏率いる歯科グループ徳真会に頼まれて既に3枚の大きな絵(150号2枚、300号1枚)を描きあげ、新潟、仙台の診療所に飾られている。5月には福岡で開業する診療所に150号の「朱雀」を描くことになっている。完成間近の現場でイメージを得ようということが一応旅の目的の一つだが、まあ、実際は言い訳に過ぎない。

 まず京都の夜を楽しみ、翌朝8時出発で兵庫県に車を飛ばし、淡路市のいざなぎ神宮で、古事記、日本書紀にある国生みの神話を偲んだ。温故知新塾で1年かけて神話から現代までの日本の歩みを語り、「本当はすごい日本人」(幻冬舎)を出しただけに感慨深いものがあった。

 洲本市で司馬遼太郎の書いた「菜の花の沖」の主人公高田屋嘉兵衛の顕彰館を視察し、徳島県に移動、大鳴門橋遊歩道をしっかり歩いて見事な渦潮を見た。

 更に香川県の弘法大師誕生の地にある善通寺に寄り、2時間かけて泊まりは愛媛県の道後温泉だった。

 3日目は、早朝から宗教詩人坂村真民先生のお墓参り、実は松村氏と私は偶然にも坂村先生信奉者であった。「二度と無い人生だから つゆ草の露にもめぐりあいの不思議をおもい 足を止めて見つめていこう」、若い頃から何度もこの詩を暗唱したものである。先生のご息女夫妻と開花亭で昼食を共にしたが、真民先生が如何に生きたか、その素晴らしい話題は尽きなかった。

 「坂の上の雲ミュージアム」も訪ねた。司馬遼太郎描く秋山好古、真之兄弟、正岡子規の3人は、近代国家として成長していく明治日本を支えた人物で、そのドラマチックな生涯は、私の若き時代に心を捉えて離さなかった。三崎港からフェリーに乗って大分佐賀港に着き、その夜は由布院の温泉宿に泊まった。

 4日目は2時間かけて熊本県の雄大な阿蘇山へ。阿蘇神社を詣で、宮本武蔵の墓のある武蔵塚公園にも寄った。私は宮本武蔵の生き様を塾でも熱っぽく語ったが、大いに興味のある人物である。最後は細川家に300石の客分となったが、剣一筋に生きた孤高の剣客に、今でも心魅かれる。

 3年前の大地震ですっかり破壊された熊本城の姿に胸が痛んだ。回復までにあと何十年かかるのだろうか。自然の猛威を恐れ、一方で、われわれは自然にもっと畏敬の念を持つべきではないかとも思った。

 2時間かけて最終地福岡に行き、私の絵が飾られる春日診療所に到着、立派な建物に感嘆、7月はここで私の絵「朱雀」の除幕式が行われると思うと胸が弾んだ。連休は絵画三昧で過ごそうと思っている。

 車での走行距離なんと850キロ、大河内君ら徳真会の二人の秘書さんが運転してくれたが、さぞかし心労も含めて大変であったろうと感謝一入である。

 常に和気あいあいで愉快な日々であった。「旅は道づれ」、この仲間達とこれからも人生を共に歩む。私達夫婦が最長老だけに、一層健康に留意しなければ・・・と今そんな思いでいる。