第805回「選挙戦終わる」

 深谷隆司の言いたい放題第805回

 「選挙戦終わる」

 大阪と沖縄の補欠選挙で自民党が敗れた。衆参選挙で8連勝中であっただけに残念ではあるが、私から言わせれば「織り込みずみ」のことである。

 知事、市長のダブル選を圧勝した直後の大阪維新の勢いは止まらない。そんな状況の中、死去した自民党の北川氏の甥が出て「弔い合戦」などと主張しても始まらない。今時通用しない選挙戦術なのだ。本来安全保障は国の最大のテーマだが、沖縄の人々にとっての基地問題は、そう簡単に割り切れないものがある。今後の政府の深い配慮と対応が必要だ。

 しかし、どこかの社説のように、これだけで「政権のゆるみが招いた敗北」と決め付けるのはどうか。大臣や副大臣のお粗末な発言で顰蹙を買ったことは事実だが、おごりと言うより、適材適所で立派な人を大臣に選べばよかった・・・と言うことではないか。

 夏の参議院選挙に向けて大事なことは、もっと自民党ならではの政策を堂々と打ち出し、党本部と地方組織とのちぐはぐな状況を改め、挙党一致体制をしっかり築くことだと思う。


 地方選挙では、私が先頭に立って応援した区長候補、中央区の新人山本たいと氏と、文京区の現職成沢ひろのぶ氏が予想通りに圧勝した。特に山本氏は新人だけに力を入れたが、まさに上出来で「ほっと」した。

 夜10時少し前に当確が出たが、両方の選挙事務所での挨拶、万歳に間に合った。NHKテレビ、産経新聞に私の勇姿?も出て、みなさんから「よかったですね」と声がかかった。

 区議選挙では、中央区で自民公認の13人と無所属1人、文京区では自民党10人が当選、ほとんどの人が私が塾長の自民党政経塾出身者で、新人も多かった。

 残念だったのは中央区の現職石田氏、染谷氏、文京区の森氏、橋本氏の惜敗だ。特に昔の秘書だった橋本直和君は32年の区議生活で9期目の挑戦であった。僅少差で破れたが、早朝一番に電話があって「これから伺いたい」と言う。「来なくていい。近く中屋都議と君の激励会をする。体を大事にしてくれ・・・」、夫婦の心情を思い、気の毒で、それしか言えなかった。


 北区の区長候補花川与惣太氏はわが家の最大の話題であった。区議から都議を経て区長になった人だが、なにしろ私と同年齢の83歳(最終日には84歳)だ。おまけに対抗馬は元都議の音喜多駿氏、小池知事問題の時、私とテレビ「ゴゴスマ」でちょっと討論したこともある。その後小池知事と袂をわかったが、それなりの話題を集めていた。結果は1万票以上差をつけて花川氏が勝った。万歳。

 戦いすんで日が暮れて・・・。連休は家族と一緒に楽しさを満喫したい。


第804回「BLOGOSで平成を振り返る」

 深谷隆司の言いたい放題第804回

 「BLOGOSで平成を振り返る」

 政治ジャーナリストで高名な角谷浩一氏が17日来宅、平成30年を振りかえるというテーマでインタビューしたいとの申し入れがあった。

 角谷氏は元々政治部の記者で昔からお互いによく知っている。その上、テレビの「ゴゴスマ」で何回かご一緒に出演している。「ゴゴスマ」は名古屋での生放送だから、往復の時間を考えると大変だが、近頃は視聴率が高いから自分の思いを語るには最適なテレビだ。そんな仲間意識もあって快諾し、25日にインタビューを受けることにした。

 BLOGOSは月間750万以上のユーザーに読まれているニュースサイトで、その編集長が私を最初に指名してくれたという、光栄なことである。


 昭和天皇が崩御された時、私は「殯宮祗候(ひんきゅうしこう)」に参列した。天皇の御柩のお傍に付き添い御冥福を祈るのだが、これは仏教でいう通夜にあたる。森喜朗代議士(当時)と2人で2時間ほどお傍に付き添ったのだが、まさに得がたい経験であった。

 崩御後1年経ち、喪が明けた時から準備が始まり、平成2年(1990年)11月12日に「即位の礼」が行われた。この時、私は郵政大臣で、家内と共に全ての公式行事に参列した。

 あれから総務会長、自治大臣、国家公安委員長、通産大臣を2期務めたが、いわば平成のスタートから令和を迎える時まで、私は第一線に立って政治家として人生を燃やして来たのだ。

 特に災害の多い時代であったが、自治大臣として、例えば雲仙普賢岳の災害対策で1千億円の復興基金を決めたことなど思い出は尽きない。

 ひとつの時代を終えるにあたって、BLOGOSで思い出を語る機会を得ることは私にとっても嬉しいことである。さてどんな話になるのだろうか、インタビュアーの角谷氏に期待したいものである。


 第二ラウンドの統一地方選挙、応援で様々な区を廻って忙しい。文京区の成沢ひろのぶ区長候補は最初無投票かと言われていたが、対抗馬が出てほっとした。4年間の実績への区民の評価がどう出るか、これは大事なことなのである。

 中央区の山本たいと区長候補は新人だけになかなか大変だ。「この勝利は自民党区議候補との連係プレーが如何に出来るかで決まる!」と私は檄を飛ばしたが、ようやく軌道に乗りつつある。なんとか勝たせたいと私も必死だ。

 特に文京、中央区の自民党区議候補は粒ぞろい、毎日数箇所の演説会に出て獅子吼しているが、その度に懐かしい応援者に囲まれる。口々に「若い」と言われるが、若さの秘密は、こうした優しい人々のお陰だと思っている。


第803回「統一地方選前半戦終わる」

 深谷隆司の言いたい放題第803回

 「統一地方選前半戦終わる」

 9日、地方選前半戦が終わってマスコミを賑わせている。すでに私の地元台東区は区長選、区議選が終わり、私が選対本部長を務めた区長には服部氏が圧勝、区議は寺井議員引退で7議席だったのが9議席と微増し、ちょっと一息といった状況であった。

 14日からは台東区を除く23区の区長、区議選が始まる。特に私の場合、文京区、中央区の応援が中心で超多忙の日々となる。区長選では文京区は安泰だが中央区は新人の山本たいと氏を応援する。他に2名も名乗りを挙げているので混戦は必至だが、市場跡地の再開発や東京五輪を見据えた街づくりなど多くの課題を抱えているだけに負けられないと思っている。


 さて、この度の選挙の評価は様々で、新聞の報道によって印象が随分変わる。産経新聞は「自民党は慢心を戒めよ」とあって、なんだか自民党が大きく負けたような感じであるが、知事選で唯一の与野党対決だった北海道知事選は勝っている。福岡、島根などの自民党の分裂選挙はいただけないから、この事を指していると思うが、これは率直に反省しなければならない。

 大阪は知事と市長が任期途中で辞職しダブル選挙に打って出たのだが、この奇襲作戦は多くの問題を残している。その上、維新は府議選で過半数を得たものの市議選では過半数に達していない。都構想の賛否を問う住民投票を行うには両議会の議決が必要だから、むしろ今後のほうが大変である。

 友人の小林克敏長崎県議会議員から電話があって、「当選しました。」これからだと思っていただけに嬉しい。情報が入らないほど長崎は遠いのか・・・。


 この合間に、久しぶりに映画観賞をと家内と出かけた。何しろ今風の切符購入のやり方も知らない。嫁の世話でやっと今話題の「グリーンブック」を観た。

 1962年、ニューヨークの一流ナイトクラブコパカパーナの用心棒を務めていたがさつで無学な男と黒人天才ピアニストがコンサートツアーに行く物語だ。

 全く違う世界に住む二人が黒人差別の中で、不思議な友情を深めていくドラマは感動の連続であった。

 これは実在の人物の話だが、この時代、特に南部には今では考えられないほどの黒人蔑視があった。

 実は私が都議会議員時代の1971年、1ヶ月間もアメリカを旅したことがある。映画の時代よりも更に9年も経っていたが極端な人種差別が続いていた。

 私の初の本「世界のきょうと明日」でこの旅をまとめているが、黒人差別の話は書かないほうがいいと、わざわざ断られた経験もある。

 映画は素晴らしい。様々な思い出が脳裏をよぎり、楽しいひと時となった。