第831回「日々是好日」

 深谷隆司の言いたい放題第831回

 「日々是好日」

 12月9日から、箱根の中野嘉之先生の別荘兼アトリエにこもって150号の絵を描き上げた。徳真会の松村先生に頼まれた東西南北の守り神「四神」の内、青龍、白虎、朱雀は既に描いたが、最後の玄武だ。亀は平凡すぎて難しい。数ヶ月かけて下書きを何十枚も描いたが、ようやくいい感じで仕上げることが出来た。

 高名な日本画の中野先生もつきっきり、奥さんは食事や酒の世話までしてくれ、おまけに箱根神社の宮司夫人が、いまや箱根名物の「俺のうどん赤」を提供、店の経営者親子が鍋持参で用意してくれた。

 丁度、「箱根ガラスの森美術館」で馬頭琴の名手セーンジャー氏が出演中とあって皆で出かけた。岩田館長は上京中で不在だったが、細かく指示したと見えて総支配人以下大歓迎であった。ちなみにここのベネチアン作品は半端ではない、見事に揃っている。夜はイタリアンの「アルベルゴバンブー」で打ち上げ、まさに至福の時であった。


 13日は辻清人代議士の励ます会がホテルニューオータニで開かれ、私が世話人代表で挨拶した。

 「近年、政治家は劣化していないか。国会はモリカケ問題から、今は桜を見る会で大騒ぎ、質問してはいけないなどとは言わないが、モリカケの時は北朝鮮が弾道ロケットの打ち上げや核実験、桜の会の時はトランプ大統領が日米安保は不公平、場合によっては辞めてもいいとまで発言している。いずれも日本にとっては重大問題だが、国会での議論はほとんど聞かれない。

 国家にとって何が優先課題かが分かっていないのだ。政治家は命がけで国家国民のために働かなければいけない。その覚悟と愛国心を持って活躍しているのが辻君だ。彼を信じしっかり支えて欲しい」。

 辻代議士「先生の話を聞いて思わず背筋を伸ばした。当選して7年になるが充分に務めを果たしているか、自らに問うています」。翌日電話があって「まるで政経塾に戻ったような思いでした・・・」。いい後継者を持って自分は幸せだと改めて思った。

 その日の午後は宅建クラブで講演、昔からの支援者山下氏からの依頼であったが、懐かしい顔が多くて気分もさわやか、「政治のあれこれ」を気持ちよく語った。

 この日は家内の誕生日、81歳になったが元気一杯で嬉しい。沢山の祝い花、家族一同に囲まれて上機嫌、私は得意の「おじいちゃんパスタ」を作って振舞った。

 14日、杏林大学病院、区立台東病院に入院していた孫の麻紀も退院、明日は一族で誕生祝もかねて盛大に盛り上がる。日々是好日、感謝の心しかない。




第830回「中曽根先生逝く」

 深谷隆司の言いたい放題第830回

 「中曽根先生逝く」

 11月29日、遂にこの日が訪れたかと逝去の報に接し、深い寂寥感を覚えた。連絡を受けたのは丁度、護国寺で岡本貫主の葬儀の最中であった。岡本貫主は92歳、これまで随分応援していただいた。中曽根先生101歳、お二人とも見事に天寿を全うされたと思うものの、本当に悲しい。

 早速、日経ビジネスの記者が訪れて、中曽根先生との交流の取材があり、語るうちに様々な事が走馬灯のように脳裏を駆け巡り、感慨無量であった。

 私は27歳で区議会議員になったが、給料6万円、とても少ないので当選したばかりの四宮久吉先生の私設秘書も勤めた。この先生の所属が河野一郎先生率いる「春秋会」で、そこに中曽根先生はじめ山中定則先生、宇野宗佑先生といった青年将校が颯爽と活躍していた。

 都議選で260票足らず落選したが、その折々に中曽根先生を中心に若手将校達が熱烈に応援してくれたものである。やがて33歳の時に他の都議の倍の2万8千票を獲得し最高点当選となった。その勢いで無所属で37歳、衆議院議員となったのだが、以来、中曽根派に所属して数々の要職に就いて、政治家としての大道をひたすら歩み続ける事ができたのである。

 中曽根先生にはしばしば反旗を翻したりして困らせたこともあったが、決して一方的に叱る事もなく、常に優しく接してくれた。

 財政改革を重視した中曽根総理は、1986年、売上税を看板政策に据えた。

しかし、私の選挙区は中小企業の町、「まだ間接税の何たるかを知らぬうちの売上税には賛成できない」と狼煙を上げた。浅草合羽橋道具街の組合を先頭に連日デモが行われ、マスコミも巻き込んで大騒動となった。竹下幹事長から除名までほのめかされたが断固志を貫き、結局この時は中止に追い込んだ。総理に反旗を翻したことに忸怩たる思いが残った。ちなみに消費税は大平総理時代から10年を経て竹下内閣で成立、中小企業の理解も得たので私も賛成した。

 相当怒りをかったと思っていたが、なんと2年後、中曽根先生から誘われて欧州探訪の旅に出ることとなった。サッチャー首相やコール首相など錚々たる政治家に会い、いい勉強になったが、先生は道中一切過去のことに触れず、政治談議で明け暮れ楽しかった。

 3年前中曽根先生を訪ねたが、98歳、とてもお元気で、一緒に写真に納まった時、「深谷君の手は温かい、若いというのいいね」と言われた。80を越えている私だが、先生から見ればまだ若いのである。

 「暮れてなお 命のかぎり 蝉しぐれ」 総理を辞める時の先生の句だが、国のことを思い、いくつになっても正論を訴え続けようとの愛国心に満ちた先生の気概が溢れている。

 私もその心意気を学び、若い人達に語り続けていこうと思っている。合掌




第829回「韓国の嘘つき文化」

 深谷隆司の言いたい放題第829回

 「韓国の嘘つき文化」

 いきなりで驚かれると思うが、この過激な言葉は私が言っているのではない。

 韓国で今話題のベストセラー、元ソウル大学経済学部教授李栄薫編著の「反日種族主義」に書かれている言葉なのだ。

 韓国では2014年だけで、偽証罪で起訴された人は1400人、人口を考慮すれば日本の1250倍にあたる。嘘と詐欺が蔓延しているのだ。国民だけがそうなのではなく政治が嘘つきの模範を示している。嘘の学問が嘘の歴史をつくり、その教育を受けて育った若い世代が遂に大法院の裁判官にまでになり司法を支配するようになった。だから嘘の裁判をするのも無理からぬことだと喝破しているのだ。


 強制徴用に対して2018年10月30日、大法院は日本の企業に、韓国人1人当たり1億ウォン(約1000万円)の慰謝料を払えという判決を下した。この判決も歴史歪曲に基づくでたらめなものである。

 今、徴用工問題は日韓関係の最大のネックになっている。更に複数の日本企業相手に訴訟が起こされ、その数は70を越える。今の大法院なら次々に日本企業は敗訴し、それだけでも約100億円を越える損害賠償請求が予想される。

 1965年の日韓請求権協定で請求問題は完全かつ最終的に解決済みだ。

無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款1億ドル以上を日本は支払い、韓国はこれで漢江の奇跡といわれる高度経済成長を達成したのである。

 当時、個人補償を日本側は求めたのに、韓国は一括にして欲しいと主張し、その通りにしたのだから、個人補償は韓国政府が行う義務があるのだ。


 11月22日、韓国は日韓の軍事情報包括保護協定、GSOMIA終了通告を停止すると伝えてきた。1年間自動延長すると土壇場で執行を回避することとなったのだが、もともと愚かな選択で、日米韓3カ国の安全保障協力関係や米国同盟を大きく傷つけてしまった。  

 日本は、韓国からの輸出管理厳格化の撤回要求を拒否し続けたが、韓国政府の突然の方針転換は、こうした日本のぶれない姿勢にあった。

 日本がホワイト国から韓国をはずしたのは、軍事転用可能な物資の流出の事実があり、安全保障上、適正な管理をしていないからで、いわゆるWTOの 禁輸違反では無い。 日韓関係はこれまで「なあなあ主義」だったが、安倍政権はぶれず、米国も圧力をかけ、結果的に日本のパーフェクト勝利となった。

 「反日種族主義」で、日本統治を象徴する韓国人の歴史観は「収奪」だが、これらが如何に政治的人為的に捏造された歴史なのかを白日の下に晒している。ぜひ一読を薦めたい。