第755回「人間の器」

 深谷隆司の言いたい放題第755回

 「人間の器」


麻生太郎財務相が、19日から20日にかけてアルゼンチンで開かれるG2020ヵ国・地域、財務相・中央銀行総裁会議)を欠席することになった。

私の大臣時代も、社会党を中心に野党はなにかにつけて国際会議出席を拒み、いつもぎりぎりのところで出発したものだった。

今回の会議ではマネーロンダリングが懸念される仮想通貨の規制が大きなテーマだが、世界に先駆けて業者の登録制を導入した日本は、議論を主導する立場であった。世界の中でしか生きられない日本にとって、国際会議はまさに重要な場で、これに出られないのは国家にとって大きな痛手になる。


国会空転のあおりで予算関連法案の審議が遅れ、3月中に成立しなければ期限切れになるものもある。待機児童解消策を盛り込む子供・子育て支援法改正案などはまだ衆議院も通過していない。それにしても良識の府と言われる参議院は一体どうなっているのか。これでは又参議院不要論も出てくるのではないか。

財務省の決済文書改竄などはもってのほかで、官僚の姿勢を問い、責任を追及することは必要だ。しかし、国家国民にとって大事な問題がそのために滞るようでは本末転倒なのである。


安倍総理は昨年217日の衆院予算委員会で「私や妻が、認可あるいは国有地払い下げに一切関わっていないことは明確にしたい。もし関わっていたのであれば総理大臣を辞める」と答弁している。この内容はよほどの確信と覚悟がなければ言えないことだ。政治家として人生をかけたこの言葉を私は信じたい。


今流行の「忖度」が役人の一部にあったであろうことは想像に難くない。しかし、法を犯してまで総理を庇おうとするのだろうか。あり得ない事だ。

もっとも卑劣な人物は籠池氏で、彼が人の善意を利用して、あらゆる手練手管で有利に国有地払い下げ交渉を行ったことは明らかだ。いずれ司法の手で事実が解明されていく筈、期待して推移を見守りたいと思う。


それにしても外野もかまびすしい。特にメディアは無理やり安倍首相夫妻に結びつけようと躍起だ。産経新聞の「極言御免」で「魔女狩りか集団リンチのようにすら映る」と書いていたが私も同感である。

小泉元首相も含めて色々の人が発言している。盟友であった山崎拓氏までが、石破派集会で政権批判をしていた。引退をして何年も経つのに、何事につけてもしゃしゃり出る姿は未練がましいし、人間の器が問われる。長老格として国家のために、陰で指導、支えることが出来ないのだろうか・・・。




第754回「感激の日々」

 深谷隆司の言いたい放題第754回

 「感激の日々」


37日午前11時から、両国国技館において「自治体消防制度70周年記念式典」が、天皇皇后両陛下御臨席のもと盛大に開かれた。

両陛下のすぐお側に、安倍総理はじめ三権の長と共に私も自治大臣経験者として壇上に並んだ。

式典は40分程度だったが、両陛下が御退場の時、2万人を越える参加者に、名残惜しげにお手を振られた。そのお姿に、生前御退位を思い目頭が熱くなった。

式典前の控え室には、秘書役の和泉君が思わず「すごい顔ぶれ」と言ったが、歴代大臣が揃っていた。その中で私は大長老、皆が久しぶりの私に「先生は若い」と盛んに言い、私を囲んで何度も記念写真を撮ってくれた。照れくさいやら嬉しいやら・・・であった。

2001年の省庁再編で、郵政大臣、自治大臣(いずれも私が経験者)が廃止され、今は総務大臣となっている。今回の主催者は野田聖子総務大臣だ。

旧内務省の流れをくむが、かつての内務大臣は実質上の首相で、初代は明治維新の三傑の1人大久保利通であった。私の大臣時代、後ろに大久保利通の揮毫が飾られていた。大臣の机は暴漢の刃から守るためにびっくりするような大きさだったが、今もその明治時代の机が使われているという

安倍総理が親しげに声をかけてくれる。大島衆議院議長は「この国技館を一杯にしましたね」と私の後援会大会のことを言われた。よく覚えてくれたと感心したが、実は蔵前国技館のことであった。


5日は正則学園高等学校の卒業式、私がこの学校に関わって50年近くなる。

長い間,理事、後援会長を勤めていて、生徒達を迎え、送り続けて来た。今では珍しい男子校で、塩澤理事長、金子校長が質実剛健をモットーに頑張っている。

卒業生に「親にとっては自慢の息子たち、私から言えば、君たちは国の宝、素晴らしい人生を送って欲しい」と檄を飛ばした。


6日は自民党政経塾の卒業式だ。私が塾長をつとめ、小田全宏君が塾長代行で12年目が終わる。常に定員の倍の塾生が集って、既に2000人に及ぶ人達が学んできた。国会議員12名、地方議員は170人になるが、他の分野でもリーダーとして活躍している。「今時こんな素晴らしい人達がいるのか」といつも感心している。渋谷の「温故知新塾」の塾長でもあるが、「育するを楽しむ」で、彼等といる時が至福の時である。

最後の打ち上げの宴では、私の前に行列が出来て、握手を交わしたり、写真を撮ったり、本にサインをしたりで名残は尽きなかった。惜別の情を抱きながら、本当に感激の日々だと幸せを噛みしめているのだった。




第753回「左見右見(とみこうみ)」

 深谷隆司の言いたい放題第753回

 「左見右見(とみこうみ)」


このブログで753回となった。こうも長くなるとタイトルをつけるにも苦労する。私の身辺だけでも色々のことが多いし、国の内外のこととなると話題にしたいことばかり、そこで今回は「あちらを見たり、こちらを見たりする」の意で「左見右見」とした。あちこちに気を配る、一つのものを色々の角度からよく見るという意味もあるから、我ながら良いタイトルで、毎回使ってもいいかと悦に入っている。


12日、山田純大君が親子3人で来てくれたので浅草「やっこ」で隆介一家と共に楽しい宴となった。彼は杉良太郎氏の息子で良い役者だが、「命のビザを繋いだ男」という本も出している。ユダヤ人6000人を救った杉原千畝は有名だが、日本にやってきたユダヤ人を救ったもう一人の日本人小辻節三のことを書いている。名著である。

23日には新派の女優波乃久里子さんと、桑山夫妻、恵理も呼んで家内と共に、ドームホテルの「熊魚菴」で会食した。二人とも折々のテレビで見るが、近頃はドラマが少なくなって出番が減り苦労しているようであった。安上がりのワイドショーやグルメ番組がやたら多くなっているが、これでは芸能文化が後退する。二人の活躍を期待したい。

22日、義理の息子小田全宏君が東京オペラシティでコンサート、なんと彼はオーケストラの指揮を羽織袴でやってのけた。作曲も自分、大した才能である。孫の安希与もその才能を受け継いでお琴は勿論様々な楽器をこなす。もっともそのおじいちゃんは私・・・、だからなんなの?

24日午前中は石川台東区議のご父君の葬儀に列席した。この日が奇しくも99歳の誕生日とのこと、お元気だったら白寿の祝いであった。大往生である。

前日は石塚台東区議、和泉前都議、家内と共に張替静さんのお見舞いに伺った。97歳、世話を焼く娘に何度も感謝していたのが印象的であった。亡くなったご主人が私の後援会長で本当に世話になった。懐かしがって「又来て欲しい」と何度も言われて胸が熱くなった。

24日午後は石川俊氏の瑞宝雙光章受賞祝賀会に出席した。ビューホテルには130人の人が集った。彼は消防団員として実に52年働き、最後は浅草消防団長であった。彼等一家も挙げて私を支えてくれたものだ。私の妹和美も団員である。

司会者が「元郵政大臣、元通産大臣」と紹介してくれたが、私は挨拶で「今日は自治大臣と言って欲しかった。自治大臣は消防担当大臣ですから・・・」。

最後の鏡開きで、司会者が今度は「自治大臣をつとめた」と紹介したので、その機転の良さに会場は大受けで、愉快な笑いに包まれた。当意即妙、さすが消防団員であった。