第674回「都議補選 和泉浩司君に公認決定」

 深谷隆司の言いたい放題第674回

 「都議補選 和泉浩司君に公認決定」


 舛添都知事辞任に伴い、知事選挙が行われるが、台東区では空席になっている東京都議会議員補欠選挙が行われる。前区長の逝去によって行われた区長選挙で、都議会議員であった服部征夫氏を、私が選対本部長になって当選させ、その後任の補選である。

 今(630日 846分)、都連から石原伸晃会長、内田茂幹事長名で、公認候補決定についてのFAXが届いた。

731日施行の都議会議員補欠選挙において、627日付けで、和泉浩司を公認と決定した旨、御通知申し上げます」

 自民党都連で公式に決定した以上、自民党台東総支部挙げて和泉君の必勝を期して支えねばならない。

今回の選挙では試金石として辻清人君に選対本部長を頼み、初の指揮を執ってもらおうと思っている。勿論、私も全力を挙げる。いくつになっても大変な仕事の山積である・・・。

 今回の選挙に当たって3人の候補が手を挙げた。そこで総会に代わる総務会(620日)を開き協議した上、選考委員8名を選び、ここで面接の上候補をまとめることとなった。

25日の選考委員会では、2時間余、和やかなうちにも活発な意見が交換され、最後は和泉浩司君で一致した。

26日再度総務会が開かれ、若干の質問はあったが、全体の賛成を得て、支部として和泉君を都連に候補とした挙げることとなったのである

 何事も瑕疵なきよう丁寧に扱うことが肝要で、今回もきれいな形でことを進めてきたと確信している。いずれにしても時間が無い。和泉君を督促して万全を期したい。


 知事選挙は候補者選びで混沌としている。自民党としては大勢の意見で桜井俊氏を中心に説得をはかっていたのだが、29日、突然、小池百合子元防衛大臣が立候補宣言を行った。

 せっかく出ようと思うなら、まず所属する自民党と相談するなり、周到の対応が必要なのだが、その点が皆無で、あまりに唐突で、今困惑と違和感が広がっている。

もっとも、なんでも自己中心で物事を考え、周りの迷惑などかえりみない人が多いようで、これが今の時代なのか・・、だとすれば哀しい。


27日、私の5回にわたる大臣時代、秘書官を務めたメンバーが、奥さん同伴で一堂に集まった。すばらしい会であったが、楽しい話は次回の報告にしたい。



第673回「もう、歳ですから・・・」

 深谷隆司の言いたい放題第673回

 「もう、歳ですから・・・」


 最近のなんとも多忙な暮らしはどうだ。政界を引退したら何事にも制約されず、悠々自適に暮らせると思っていたのだが、「超」がつくほど忙しい日々となっている。

 周囲の人たちから、現役の頃と同じように会合の案内、相談、依頼、注文があって、これは嬉しいことなのだが、そろそろ「歳ですので・・・」と遠慮させてもらわないと、とは思っている。

 その上、というか、自分がやりたいことが多すぎて、実はこちらのほうが超多忙の原因なのだ。若い人を育てるための自民党政経塾も11年目、今年からは渋谷のクオーツタワーで新たに温故知新塾を始めている。

過日は大阪経済大学の恒例の講義で日帰りの強行軍、今日もこれから出かけるが講演も多い。依頼されている150号の虎の絵も目下苦戦中と、趣味の世界もやること山積だ。

 知事問題で一息尽いたが、次は誰かとかまびすしい。参議院選挙では中川雅治、全国区の片山さつき候補の応援に走っているが、台東区は都議の補選もあって、この人選も頭痛の種だ。

 というわけで、ついに22日ダウン、山口病院で点滴の羽目になった。数日来咳が止まらず、家内に散々言われてようやく山口先生に診察してもらい、気管支炎と診断されたのだ。もう少しで肺炎ですよと脅かされたが、病名が分かればそれほど心配することは無いと自分に言って聞かせている。

 その点滴の最中、鳩山邦夫氏の訃報が入った。思えば12年前、大腸がんの手術をした時、同僚の池田元政調会長の訃報が飛び込んできたものだ。

 いずれも私より年下の人だが、死はいつ来るかわからない。こればかりは寿命ということだ。

しかし、養生次第ということもあろう。せっかく皆が心配してくれるのだから、やはりこれからは自重しなければなるまい。

そんなことをぼんやり考えながら、パソコンを打っている・・・。



第672回「戦いすんで日は落ちて」

 深谷隆司の言いたい放題第672回

 「戦いすんで日は落ちて・・・」


 舛添氏の今の心境はそんなところではないか。辞めろコールの中、ずいぶん必死に延命を図っていたが、ついに矢折れ刀尽きて辞任となった。

 この大騒ぎの中、実は何度も彼から電話が入った。様々なマスコミから尋ねられたが、私は一切黙秘で通した。

2年前、当時の石破幹事長の懇請を受け、確認団体の選挙対策本部長を引き受けた。これは自民党の組織ではなく、公明党はじめ各種団体、例えば商工会議所、民主党の最大支持組織連合東京まで入っていた。

 当初私は、舛添氏について、自民党が逆境の時の姿勢が不満であったが、党人として引き受けた以上、「今日から好きになる」と心に決め、全力を挙げて応援した。不思議なことに、そう思って支えるうちに、徐々に彼の良さも分かり、行政手腕や都政への意欲も伝わり、本気で応援することが出来たのだ。

 ただ無事当選した後、なぜか疎遠になる。私も勝たせた後は押し付けがましく尋ねることは一切しなかった。

 一連の騒動の中で私が強く感じたのは、彼には適切なアドバイスをするよき友人、仲間がいなかったということだ。せっかく応援してくれた人々に感謝し、その人達との交友を大事にしていたら、もっと違った経緯になっていたのではないか。

 面従腹背の役人達におだて上げられ、いつのまにか裸の王様になってしまっていた。大名旅行と揶揄される外国視察で2億円以上も使ったと批判されているが、ぞろぞろ着いて行った役人に絡む費用のほうがはるかに多いのだ。

 辞めると決めた朝、彼から電話が来た。「爽やかに辞任の挨拶をするように」と言うのが私の精一杯の言葉であった。

 それにしても、近年のマスコミやネットの影響力があまりにも大きいことに驚かされる。あっという間に9割以上の人が「あの人は嫌い、辞めろ!」一色になるのだから恐ろしい。辞めさせさえすれば「あとは野となれ山となれ・・・」では無責任だし、改革改良につながらない。

 一つ間違えれば、悪評高かった中国の人民裁判の焼き直しになる。もっと冷静な対応があってもよかったのではないかと思う。


 もう、次は誰と候補者探しに興味は移っている。マスコミもそこのところを探りたくて私に何回も連絡がある。

あえて言えば、これからは派手なタレント的な人ではなく、地味だが行政能力のある人を出して欲しいと思っている。

18日(土)、唯一取材に応じたTBS報道特集(5時半頃からか)を参考までにご覧あれ・・・。