第699回「巧言令色鮮し(少なし)仁」

 深谷隆司の言いたい放題第699回

 「巧言令色鮮し(少なし)仁」


論語の中にあるこの言葉は、「言葉巧みで人から好かれようと愛嬌を振りまく者には、誠実な人が少ない、人としてもっとも大切な徳である仁が欠けているものだ」という意味である。

小池都知事就任以来の言動を見ると、どうもこの言葉に限りなく近いといった感じがする。

築地市場問題、オリンピックに関わる問題など、次々に大向こう受けする発言が続いたが、目下、振り上げた拳のおろし場所が見えない。

築地移転延期で、設備投資など大変な資金を投入してきた仲卸業者は「死活問題だ」と大きな悲鳴を上げている。一応知事は保障問題に触れてはいるがどこまで救済できるのか疑問だ。既に完成している豊洲市場に関わる維持費などの費用は1700万円と一時言われていた。いや500万円程度かと曖昧だが、これは東京都から聞こえてくる額で、どちらにしても巨大な金額になる。

この延期によって、現在の築地市場を横断するオリンピック道路、環状2号線の開通も不透明になった。

ボート、カヌー会場は、宮城県の長沼が良いと、突然現地で知事はボートに乗るパフォーマンスを見せたが、当初案の海の森水上競技場になるようだ。喜んだ宮城県民の失望感は大きい。バレーボール会場については横浜アリーナを代替案としてあげていたが、森喜朗会長に「横浜は迷惑だといっているのでは」といわれ、事実その通りの文章が出されていたことも分かった。

記者会見で「大山鳴動して鼠一匹」と言われ「失礼じゃないですか」とむきに

なり、「大きな黒い頭の鼠が一杯いることが分かったじゃないですか」と訳のわからない珍発言となった。

かねてから都議会各派の要望を予算に反映させてきた、いわゆる「復活予算」を止めて、知事が直接業界団体から要望を聞くヒヤリングを行ったが、かつて小沢一郎氏が陳情窓口を自分ひとりのところにまとめ、陳情者の支持を一手に集めようとした、あの手法と全く同じなのである。

復活予算をあたかも都議会議員が勝手に分配してきたかのような印象を世間に与えたが、あの知事のヒヤリングの場面を見ると、笑顔を振りまいてはいたが、「私一人が決める」と、まるで独裁者の顔が透けて見えるではないか。現実に知事特別秘書が、「知事の指示に従わないと、予算をつけない」などとの暴言まで吐いているのである。

テレビ朝日の「グッドモーニング」へのコメントで、「来年の都議選挙には刺客を出すようだから自民党候補にとって厳しいものになろう。しかし、自民党議員は普段しっかり地元に密着して努力しているから、驚くことはない。かえって緊張感が出ていい結果になる」と答えた。

14日に開かれた自民党都連支部長、常任総務会の席上で、乞われるまま同じような内容で檄を飛ばした。

「一番元気があって、胸が震えました」と言われ、私も奮起して全力で皆を応援しようと心に誓ったものである。



第698回「7人の区議除名を」

 深谷隆司の言いたい放題第698回

 「7人の区議除名を」


 7月の都知事選挙の折、党の方針に反して行動した豊島、練馬の区議会議員に対して、「離党勧告、回答のないときは除名処分」となっていたが、いまだに結論のないままになっている。

 政党組織の上で大事なことは、責任体制と、規律の厳守で、これがないと政党を維持していくことは出来ない。

 都知事選挙で敗れた自民党東京都連執行部は責任を取って直ちに石原都連会長、内田幹事長等が辞任した。一方で7人の造反区議を処分することとなったのだが、これは当然の成り行きだった。

 しかし、二階幹事長の「打ち方やめ、時間が解決する」との温情で、離党届の期限を大幅に伸ばし、その間に行われた第10区衆議院選挙の状況を看ることとなった。ここで造反議員が他の自民党区議と協調し、自民党のために一致協力してくれればという期待感があったのだが、実際は全く違って、彼等は「7人の侍」とマスコミに持ち上げられ英雄気取り、我が物顔で振舞い、他の区議を阻害し、独断で選挙を進めたのであった。

 それでも選挙終了後、二階幹事長が食事に招いて更に融和を図ろうとしたが、これも拒否、天下の幹事長の会食を断るとは思いあがりもはなはだしいと私は腹が立ったものだ。

 下村新会長の元に小池知事から「彼等の声も聴いて欲しい」と連絡があり、2人の代表と会談、全議員から「身上書」を出すように求めたが、その期限が今日(125日)である。しかし、マスコミの取材によると、これも提出しないし、党に出頭することもないようだ。

 ここまでの充分な配慮が通じないのでは話にならない。既に23区区議連絡協議会、三多摩連絡協議会、都議会自民党等から、何故処分をしないのかとの抗議や決議が出されている。もはや考慮の余地はない。除名処分にするのが当然のことと私は思う。

 テレビの「ゴゴスマ」からの問い合わせに、この思いを伝えたら早速、今日の報道で扱い、都連最高顧問深谷氏は「7人の侍について世間では過大評価されている。都連側からすればそれほどの存在ではない。各支部からは処分しろとの抗議文が数多く来ており、処分の可能性が高い」「年内に除名すれば、翌年にはこの話題は忘れられている・・・」とのコメント、と流れた。

 来年の都議会選挙に小池知事がどう出るのか、あまり刺激しないほうがいいとの声もあるらしいが、陰におびえることはない。正々堂々、政党としての矜持こそ大事だと思う。

 前回の都議会自民党は公認候補全員当選という快挙を成し遂げた。しかしだからこそ余計心配になる。

長年選挙を経験してきた私から言えば、選挙は人生かけた戦いだ。各人がしっかり準備を重ね、応援者の強い支持で万全な体制を作ることこそ必勝への道である。どうか頑張って欲しいと心から願っている。



第697回「京都のふれあい」

 深谷隆司の言いたい放題第697回

 「京都のふれあい」


 娘恵理の「おもてなし教室」の京都での会で講演するために21日、家内も含めて3人の旅となった。

5日に護王神社130年祭で挨拶するために行ったばかりで、このところ京都に縁がある。

910分の「のぞみ」に乗ると、旅に出るという実感を得るために、いつものようにまずは乾杯となる。

 昼に基調講演を始め、後は「おばんざい」を頂きながらの(お酒も出て)トークショーだが、40人ほどの若い女性たちから活発な質問も出て楽しい雰囲気であった。「又聞かせて下さい」と皆さんから言われ、気分は満点であった。

 夜は「レストランよねむら」に、松村先生夫妻、高橋君も加わって痛飲、銀座にもある店だがご主人も出てきて味も愛想も上々であった。

  翌22日は、松下政経塾元塾頭上甲晃先生ご夫妻の案内で、「松下真々庵」を訪れた。ここは松下電器創業者松下幸之助翁がPHP研究のために建てた研究所である。第二次大戦後、日本の道義道徳は乱れ、人心荒廃はその極に達していた。これでよいのかとの疑問から、物心一如の繁栄をもたらすことによって真の幸福と繁栄を実現しようと、衆知を集め研究、実践する機関として設立したのがPHPであった。

研修所といっても桁違いに立派なものである。寄棟造りの建物、ロビーから見る東山を借景とした庭園、その奥の木立には南禅寺の三門も見える。琵琶湖から疎水を通じて水を引き入れた池には鯉が泳ぐ。  

地下には人間国宝の作品展示室もあって、軽妙洒脱な木下支配人の説明を聞きながら、時間のたつのも忘れた。

限られた人しか案内しないとのことであるが、あらためて松下翁の偉大さをみるような思いであった。94歳で逝去されたが、過日お会いした中曽根先生は98歳、この大先生達に私もあやかって、その歳まで生きたいものと思った。そう考えればまだまだ充分働ける筈なのである。夜は「萬重」で舌鼓を打った。

秋の京都は大変な観光客、ホテルなど超満員でなかなかとれない。どこへ行っても人人々で、特に外国人の観光客で溢れ、京都を満喫することは難しい。

それでも詩仙堂、曼殊院門跡などを回った。曼殊院では重要文化財「不動明王坐像」が特別公開されていた。火炎不動は私のお守り神、今後は非公開で二度と見られないと知って一層嬉しかった。

3日目は、松村先生ゆかりの中華料理店「星月夜」で昼食、町屋を改造した粋なつくり、味もなかなかで、勿論、しっかり飲んだ。

2012分の「のぞみ」で帰京となったが、「京都のふれあい」に満足し、少しばかり興奮も残っていて、あれこれ思い返し一睡もせずに過ごした。