第697回「京都のふれあい」

 深谷隆司の言いたい放題第697回

 「京都のふれあい」


 娘恵理の「おもてなし教室」の京都での会で講演するために21日、家内も含めて3人の旅となった。

5日に護王神社130年祭で挨拶するために行ったばかりで、このところ京都に縁がある。

910分の「のぞみ」に乗ると、旅に出るという実感を得るために、いつものようにまずは乾杯となる。

 昼に基調講演を始め、後は「おばんざい」を頂きながらの(お酒も出て)トークショーだが、40人ほどの若い女性たちから活発な質問も出て楽しい雰囲気であった。「又聞かせて下さい」と皆さんから言われ、気分は満点であった。

 夜は「レストランよねむら」に、松村先生夫妻、高橋君も加わって痛飲、銀座にもある店だがご主人も出てきて味も愛想も上々であった。

  翌22日は、松下政経塾元塾頭上甲晃先生ご夫妻の案内で、「松下真々庵」を訪れた。ここは松下電器創業者松下幸之助翁がPHP研究のために建てた研究所である。第二次大戦後、日本の道義道徳は乱れ、人心荒廃はその極に達していた。これでよいのかとの疑問から、物心一如の繁栄をもたらすことによって真の幸福と繁栄を実現しようと、衆知を集め研究、実践する機関として設立したのがPHPであった。

研修所といっても桁違いに立派なものである。寄棟造りの建物、ロビーから見る東山を借景とした庭園、その奥の木立には南禅寺の三門も見える。琵琶湖から疎水を通じて水を引き入れた池には鯉が泳ぐ。  

地下には人間国宝の作品展示室もあって、軽妙洒脱な木下支配人の説明を聞きながら、時間のたつのも忘れた。

限られた人しか案内しないとのことであるが、あらためて松下翁の偉大さをみるような思いであった。94歳で逝去されたが、過日お会いした中曽根先生は98歳、この大先生達に私もあやかって、その歳まで生きたいものと思った。そう考えればまだまだ充分働ける筈なのである。夜は「萬重」で舌鼓を打った。

秋の京都は大変な観光客、ホテルなど超満員でなかなかとれない。どこへ行っても人人々で、特に外国人の観光客で溢れ、京都を満喫することは難しい。

それでも詩仙堂、曼殊院門跡などを回った。曼殊院では重要文化財「不動明王坐像」が特別公開されていた。火炎不動は私のお守り神、今後は非公開で二度と見られないと知って一層嬉しかった。

3日目は、松村先生ゆかりの中華料理店「星月夜」で昼食、町屋を改造した粋なつくり、味もなかなかで、勿論、しっかり飲んだ。

2012分の「のぞみ」で帰京となったが、「京都のふれあい」に満足し、少しばかり興奮も残っていて、あれこれ思い返し一睡もせずに過ごした。



第696回「思うこと」

 深谷隆司の言いたい放題第696回

 「思うこと」


 史上最低の不人気候補といわれたアメリカ大統領選挙で、トランプ氏が次期大統領に決まった。暴言の数々で顰蹙を浴びたが、在日米軍の駐留経費の負担増やTPPからの脱退など、特に日本にとって不安材料が多い。

そんな中、安倍首相がいち早くトランプ氏と初の会談を持った。会談内要は明らかにされていないが、マンハッタンのトランプタワーの私邸で行われたことや、当選後初めて会った外国首脳が安倍首相だったことなど、新しい信頼関係を構築する上で、良いスタートであったと思う。

 鳥越俊太郎氏は「駆けつけて会うのは、植民地の代表が「よく当選しましたね」って行くようなものだ」と批判していた。そんな古い感覚や物言いしか知らないバカさ加減に、知事選惨敗は当たり前と改めて思った。

 「安全保障から経済まで」日米関係は広範である。一層強固な同盟関係を築くよう官民挙げて努力しなければならない。


15日、作家の藤原ていさんが死去された。昭和24年刊行の著書「流れる星は生きている」は戦後の大ベストセラーとなり、映画化され話題を集めた。

終戦時の混乱で夫(作家新田次郎、シベリア送り)と離れ離れになって、3人の子どもを連れて満州をさまよい、壮絶な日々の中を生き抜いて故国に引き揚げて来た。その体験は私の場合と全く同じであった。

帰れぬと思った祖国に帰れた喜びに、大人達は日本の大地に頬を摺り寄せて泣いたものだが、そんな情景の中で、私の愛国心は芽生え、やがて政治家になってこの国の為に尽くそうとの志が生まれた。

波乱万丈であった政治生活を終えた今、あの頃の事を全く知らない人々に、1人の「語り部」になって伝えたいと、政経塾等様々な場所で講演を続けている。

明日(20日)から京都に行くが、仕事の中心は娘恵理の主催する「おもてなし教室」の生徒さん達への「お話」で、偶然だが「戦後の経験談を」との依頼であった。

藤原さんの次男は藤原正彦氏、彼の著書「国家の品格」は武士道精神を説き、ベストセラーになっている。

98歳まで生き大往生となった藤原ていさん、私も長生きしてまだまだこの国の為に精一杯働きたいものと思っている。


昨夜(19日)、「隆和ファミリー」の会が「浅草チアーズ」で開かれた。私たちが仲人をした人たちの会だが、思えば130組を超えている。

久しぶりに会えた人たちと和気あいあい、話は尽きない。それぞれが頑張っているようで嬉しかった。



第695回「自民党政経塾合宿」

 深谷隆司の言いたい放題第695回

 「自民党政経塾合宿」


 1112日、13日、熱海後楽園ホテルで第11TOKYO自民党政経塾恒例の合宿を行った。前日まで雨天で寒かったが、この日はからりと晴れ上がった暖かさ、まさに「晴れ男深谷」の面目躍如といった感じである。

塾生150人余、相変わらず熱心、真面目な姿に心打たれる。八木事務局長を中心とした事務局のメンバー、学生部のボランティア活動も含めて全てにわたって文句無し、司会は田端毅、鈴木隼人両代議士がつとめて一層充実したものとなった。

思えばこの合宿を始めた頃は私も70歳、今は81歳と馬齢を重ねた。今回、不覚にも部屋の段差で転んで桑原、高橋、和泉君ら付き人達?に心配をかけたが、回復力は昔と変わりなく、最後まで奮闘出来たことは幸いであった。

初日は石原伸晃経済再生担当大臣、丸川珠代東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、下村博文元文科大臣、翌日は平将明前内閣府副大臣の講義で、日本経済の行方、オリンピックの諸問題、教育論、地方創生など、時宜を得た内容の話が続いた。超多忙な萩生田光一官房副長官も駆けつけ、「深谷塾長の合宿に行かなかったら大変なことになる」と塾生達を笑わせた。

夜の大宴会には井上信治党副幹事長、中川雅治、朝日健太郎参議院議員、中屋文孝、和泉浩司都議会議員も加わって盛り上がる。

私は、まるで現役時代と同じようにワイン片手に全テーブルを回って親交を深めた。勿論食事をとる時間は無い。楽しみは二次会で、自然集合の30人あまりを相手に談論風発、ワインをかたむけた。

私の役目は2回に分けての訓話、第1回目に「花は半開を看、酒は微酔に飲む」と中国の言葉を紹介した。なんでも思い通りになり満ち足りた境遇になれば人は往々にして傲慢になる、それを戒めた言葉だ。

花は満開も悪くないが五分咲きの花に風情がある。「酒はほろ酔いが良い」という意味だが、「ほろ酔い加減は人それぞれ、私のほろ酔いはワイン2本ぐらい」と、夜の宴会を意識して念のため付け加えていた。

翌朝6時起床、早朝の海岸の広場に全員を集め、ラジオ体操、後は私の指導で発声練習、5分間スピーチと続く。折から朝日が昇り気分は爽快であった。

最後の訓話では荘子の言葉「窮を楽しみ、通を又楽しむ」を話した。窮は貧乏、通は金持ちと考えていい。これからの人生には、良いときも悪い時もある。それぞれの境遇に応じて人生をいかに楽しむかが大事だと、私の体験を含めて語ったのだ。

同じ日、小池知事が設立した「希望の塾」が都内のホールで2回目の講義を開き、猪瀬元知事が講演した。今後は橋下前大阪市長らも招くようだが、全部でわずか6回の授業だという。2,900人集めて1億円以上の収益、一体、何が目的かとマスコミもかまびすしい。

塾を運営する場合、もっとも大事なことは、主催者は「育することに真剣であること、そして忍耐強く継続していくこと」だと私は思っている。

一体、あとどのくらい教えられるのか・・・、つい自分の年齢を考えてしまう。しかし、今回の合宿のすばらしさを振り返り、「元気なうちは、ともかく頑張らなければ」と、新しい情熱が沸き起こってくるような心地になっているのである。