第774回「悲喜こもごも」

 深谷隆司の言いたい放題第774回

 「悲喜こもごも」

 自民党総裁選が終わって予想通り安倍首相3選が決まった。読売新聞は「圧勝」と書き、朝日新聞は「圧勝できず政権運営に影」と書いていた。「こうあって欲しい」というそれぞれの思惑が出ていて面白いが、逆にいえば、マスコミはあまり当てに出来るものではないということか。

 国会議員票の8割強、党員票も前回の29%から55%になり、全体で7割弱の支持だから、「ほぼ圧勝」というのが正しいと私は思っている。

 石破支持なら辞表を書けと言われ、「ふざけるな」と啖呵を切った斉藤健農水大臣にはすぐ電話を入れた。私の通産大臣時代に2期も秘書官を勤めてくれた人だけのことはあると、「啖呵の切り方が上手くなったな」と褒めた。

 首相側のパワハラだと話題になったが、昔の総裁選挙はもっと熾烈なものであった。票が逃げないように議員をホテルに缶詰にしたり、お金が舞い飛んで、2人から受けた人をニッカ、3人から受け取った人をサントリーなどと揶揄した。勿論、負けた側は当分の間「冷や飯を食う」のが当たり前だった。

 大事なことはこれから3年間、安倍首相がどのような政治を行っていくかだ。内外共に困難な時代、国家のために全てをかけて頑張って欲しいと願ってやまない。


 21日、大相撲のたまり席で観戦、ここは土俵のすぐ下で常時テレビに映る場所、早速、大勢の人から「元気でなにより」「若いですね」「頑張って下さい」等、連絡が殺到する。嬉しいかぎりである。千秋楽の日は後援会長を務めている二所ノ関部屋祝賀会のため千葉まで行く。


 最近、私の周囲でご不幸が多い。最後の同級生の親友が逝去、親しい友人のご子息の早世と続いた。

 20日、三輪隆氏のお別れ会が浅草ビューホテルで行われた。この方は私が区会議員になった27歳の頃からの応援者だ。3人のお子様の結婚式に出席したが、その内2人は私達が仲人だった。300人を超える人が集まり、生前の活躍ぶりがうかがえる。享年91歳であった。

 21日、西岡静江さんの葬儀に列席した。区議選挙初出馬の時、事務所を無料で提供、以来50年余、変わらぬ応援を続けて下さった町内の元婦人部長だ。そんな縁で葬儀委員長は私の元秘書、石塚猛台東区議会議員が勤めてくれた。93歳であった。

 葬儀で大勢の古い応援者とお会いすると、必ず「長生きして下さい」と励まされる。さて後どのくらい生きられるのか。幸い元気で、家族友人に恵まれて今が最高の日々、とにかく精一杯働き、悔いなき一生にしたいと思うのみである。


第773回「大和なでしこ」

 深谷隆司の言いたい放題第773回

 「大和なでしこ」

 昨日(9月10日)、塾長を務める「温故知新塾」で、武士道精神を1時間半かけて語った。

 最近のテレビなどの報道を見ると毎日のようにスポーツ関係のスキャンダルが流れている。

 暑い盛りの7、8月は話題が少なくテレビなどの世界では夏枯れと言われてきたが、レスリング、アメフト、ボクシング、剣道、体操・・・と、毎回ヒール役が出現して、特にワイドショーなどは大盛り上がりである。

 ちょっとした会見で長尺の映像がタダで手に入り、後は無責任なコメンテーターにしゃべらせる。制作費もかからず、しかも簡単に番組が出来るのだからこんな都合のいいことはない。

 しかし、こうした姿を見ると、日本人の倫理観や道徳観が劣化しつつあるようで本当に残念でならない。

 かつて新渡戸稲造は「武士道」という本を書き、世界的なベストセラーとなった。

 ベルギーの法学者から「日本に宗教がないのに、どうして道徳教育を授けるのか」と聞かれ、宗教の役割を「武士道」が果たしてきたと考え、英文で書き出したのである。

 まだ日本は国際的に知られておらず、日清、日露戦争などから、「野蛮な好戦的民族」と中傷する向きもあった。日本人はそんなものでは無いと、愛国心に駆られ、外国人に向かって、日本の男児の心に宿る伝統的精神を「武士道」の名において書いたのである。

 武士道の3つの実践すべき徳目は義、勇、仁で、サムライにとって卑劣な行動、不正な振る舞いなどは、最も忌まわしいものであった。

 もう一度武士道精神を取り戻さなければならない、私は真剣にそう考え、これからも語り続けたいと思っている。


 同じ10日、テニスの全米オープン女子シングルスで、大坂なおみ選手が優勝するという快挙を成し遂げた。相手のセリーナ・ウィリアムズ選手は、審判の警告に激怒し、審判をののしったあげく、集中力を失って自滅した。観客はウィリアムズ選手に加勢してブーイングを浴びせ続けた。

 表彰式で大坂選手はインタビューで、涙ながらに「みんなが彼女を応援していたことを知っています、こんな終わり方になったことは残念です」と言い、相手選手に「プレーしてくれてありがとう」と頭を下げた。観客は初めて彼女に賞賛の拍手を送った。

 勝っておごらず、惻隠の情で相手を思いやり、ガッツポーズなどしない。そこに日本の武士道精神を見たような思いであった。大坂選手はハイチ出身の父と日本人の母の間に生まれた。

 まさに大和なでしこ、久々に、桜の花を見るような清涼爽快な気分になったのは私1人ではあるまい。



第772回「ハワイで運動、静養三昧」

 深谷隆司の言いたい放題第772回

 「ハワイで運動、静養三昧」

 27日から9月1日まで、隆介一家とハワイで過ごした。

 昔、岡晴夫が「ああ、憧れのハワイ航路」と歌って大ヒットしたことを子供心に覚えている。終戦直後のことだが、作者はハワイに行ったことはなかったという。アメリカの許可を得てJALがハワイに飛んだのは昭和29年ごろからとある。

 嫁のつとめたANAで約7時間の旅は、行きも帰りも快適であった。

 宿泊はヒルトンハワイアンビレッジ、アリータワーで、これは前にも泊まったところ、1年ぶりだが懐かしい。

 早速、孫達とプールに飛び込む。安倍医師が私の泳ぎを「歳だから」と心配していたが、自分でも驚くほど快調で、4日間、プール、海、更にトレーニングジムでも汗を流した。この際思いきって運動し、来る29日の誕生日までに体力を復活させたいと思っていたからである。

 食欲も旺盛、真っ先に行ったのは柳寿司、ここには世界の有名人の写真が飾られているが、私の写真も色紙と共にある。20年余も前からだが、当時、日本の政治家では浜田幸一と私だけ、今は海部俊樹元総理などの写真も加わっている。威勢のいい親方の歓待を受け痛飲したことは言うまでもない。

 妻のお供でロイヤルハワイアンショッピングセンターを歩いていると、杏林大学の松田先生ご夫妻とばったり会う。元々その夜、松田ファミリーとタオルミナ・イタリアンレストランでご一緒する予定であったが、これも奇遇である。

 焼きたてのパンと従業員の対応の楽しい店「カフェラニ」、ミシュラン一つ星にしては安い「ティムホーワン」の飲茶はさすがだ。「ハイズステーキハウス」は最高のステーキと評判だが、何故か正面に小泉元総理と従業員の並んだ写真が飾ってあった。

 ハワイではもっぱら「マイタイ」を飲んだが、最終日にロイヤルハワイアンホテルにある専門店「マイタイバー」に寄った。店ごとに味が違っているが、やっぱり一番は東京のホテルニューオータニの「トレーダーヴィックス」だと思っていたら、店の案内書に曰く、発祥は「トレーダーヴィックスの店」とあった。


 帰途の機内で文春を読んでいたら、長嶋茂雄監督(82)が7月に胆石で緊急入院、一時は予断を許さない状態であったという。ソフトバンクの王貞治会長(78)も体調を崩して極秘入院、更に野球評論家野村克也氏(83)が脳梗塞で即入院したとあった。いずれもこの猛暑の故だが同世代だけに気になるところだ。

 高島都議は「先生は化け物です」と口癖のように言うが、確かに今の私は絶好調である。「この分なら死ぬのを忘れるかも・・・」と言うと家内は呆れ顔で笑っていた。

 今夜は千束通りの「末っ子」に知美一家と恵理が加わって全員集合、これが私のパワーの秘訣なのだ。

 今月は温故知新塾、自民党政経塾、自民党台東支部大会、総裁選挙で安倍総理の街頭演説会、言論テレビ創立6周年、空手護身会大会、あるいは桑山氏、松村氏との黒部ダム旅行・・・と忙しい。そう、大相撲も3日間招かれ、千秋楽には千葉の「二所ノ関部屋」の打ち上げにも後援会長として出席する。

ハワイでの静養?で元気一杯、間もなく83歳を迎える。