第782回「塾合宿で元気一杯」」

 深谷隆司の言いたい放題第782回

 「塾合宿で元気一杯」

 11月10日、11日の2日間、恒例の自民党政経塾合宿を熱海後楽園ホテルで行った。

 13回目になるが塾生180人、学生部と事務局を入れると総勢200人、今までで最も多い参加者で大盛況であった。

 最初の私の訓話は、論語の第一章、「学びて時に之れを習う、亦た説ばしからずや・・・」だった。

 学んだ事を折にふれ学習練習すれば真の意味が分かってくる、体得できるということだが、こうして自分の身が修まれば、自然と同志や共鳴者が出来る。「そういう友が遠方から訪れてくれたらなんと楽しいか」に繋がっていくのだが、そこまでの理解は案外少ない。

 論語は百済から伝わったが、日本最古の古事記より427年も前のこと、爾来、1700年間も読み続けられた大ベストセラーだ。近年の中国を見ると、論語はほとんど生かされていない。日本的解釈を含めてこれからも大いに語る必要があると私は常々思っているのだ。


 講師には中川雅治前環境相、萩生田光一幹事長代行等が参加したが、中でも水を得た魚のように元気だったのが片山さつき地方創生相であった。早く国会で本格的な政策論議をさせてあげたいものだと思った。

 夜の宴会は壮観、全てのテーブルを歩き、彼等と乾杯し大いに語ったが、まさに至福の時であった。2次会は席を移して事務局員や学生らと行ったが、聞きつけた塾生も加わり賑やかだった。提供された赤ワイン、いつものように痛飲したことは言うまでもない。


 2日目の朝は6時半に熱海の海岸に全員集合させ、ラジオ体操、発声練習、挨拶の訓練などを行った。

 例年のように5時には起きて、しっかり準備し指導出来るかと、年齢を考えて少し心配であったが、全く元気一杯、折から昇る朝日を一身に受けて、むしろ去年より若返ったような心地であった。

 最終の講話で「出会い」の大切さを語ったが、もう一つの塾「温故知新塾」が4年目を迎えたことにもふれ、めぐり合いが如何に人生を豊かにしてくれるかを話した。

 こうして若い人達を育てていく事は本当に素晴らしい。それが近頃の私の全てだが、一体いつまで続けられるのか、ともかく元気一杯で頑張るしかない。


「温故知新塾4期生募集」 

場所 渋谷区渋谷2-10-10 クオーツタワー10階 

開塾 平成31年1月28日(月)

毎月第3月曜日 午後6時半〜7時45分

テーマ 時局問題、歴史から学ぶ、世界の国のかたち、人生のあり方等

会費  3万円(1年分)

申し込み FAX:03-6431-9879(担当野崎) 締め切り1月10日

友人知人をお誘い下さい。



第781回「東奔西走で思うこと」

 深谷隆司の言いたい放題第781回

 「東奔西走で思うこと」

 11月4日、2泊3日の予定で九州へ行った。目的は5日に福岡の春日デンタルクリニックの正面玄関に飾られる私の作品「朱雀」の除幕式に出るためであった。

 中国に東西南北の守り神、四神伝説がある。私の友人の松村氏率いる歯科医療グループ「徳真会」は今や全国に診療所を持ち、東洋一の規模になったが、その東西南北の診療所に四神の絵を描いてくれとの依頼を受けていた。

 まず仙台の長町デンタルクリニックに「龍」、愛子クリニックに「虎」、今回の「朱雀」の絵と3作目になった。いずれもたたみ3畳、150号の大作である。4作目は玄武(亀)だが、未だ決まっていない。北海道あたりに出来る診療所か。他に本拠地新潟新津診療所には300号の「昇り黄龍」を描いている。

 高校時代から絵が好きで、二科展には10回入選、個展のほか各種展覧会の依頼を受け、随分作品を発表してきた。

 大臣時代も含め忙しい暮らしの中で寸暇を割いて描いてきたが、それは至福の時でもあった。何かを残していきたい、歳のせいか、最近はそんな思いもある。


 最終日にはクリニックの職員を前に講演した。2週間前に行った高田勇長崎県元知事のお別れ会の話から、1991年に起こった雲仙普賢岳災害を語った。しかし、どうもみんなにはピントきていない様子だった。聞いてみるとその時代にはまだ生まれていなかったという人がほとんどであった。私にとってはわずか27年前のこと、と思っていたのだが、改めて年月の流れの速さに驚かされた。

 よく講演で、終戦時のことを話すが、この人達から見ればまるで明治維新ぐらいに当たるのではないか・・・。


 帰京した夜は自民党政経塾の講義だった。100人定員なのに250人を超える塾生を前に、トルコで暗殺されたジャーナリスト、カショギ氏のことから、かつて2000年通産大臣の時、サウジアラビアを訪れ、石油問題で交渉した事などに話が及んだ。

 さすが塾生は政治に深い関心を持っているし、年齢層もある程度高いので、私の話には何の抵抗も無く熱心に聞いてくれた。なんだかほっとしたものである。


 年内、まだ幾つもの講演を引き受けている。これからは相手の年齢層も充分に考慮しなければならない。

 来月には台湾に講演に行く。「日本人の心」と題して「武士道精神」を 語るつもりだが、はて、これはもっと難しいことになりそうである。

 講演のおかげでいつも「頭の体操」、これが私の若さの秘訣なのかもしれない。




第780回「あきれた国のあきれた裁判」

 深谷隆司の言いたい放題第780回

 「あきれた国のあきれた裁判」

 韓国最高裁が、新日鉄住金相手に韓国人4人が起こした訴訟で、新日鉄住金敗訴の判決を下した。この最高裁長官は昨年9月、文大統領に任命されたばかりの、高裁判事さえ勤めたことも無い男だ。しかも彼は自分と同じ左派系の裁判官を次々に任命しているという。明らかに文大統領の反日路線の連中が、裁判の結果まで歪めようとしているのだ。

 韓国では戦犯企業とレッテルを張られた日本企業が約300社もあって、この全てが今後訴訟対象にされかねない。資産が押さえられる可能性もある。戦時下日本に徴用された韓国人は約22万人、新たな訴訟が起こされたらどうなるのか。

 とんでもない事で、日本は国交断絶ぐらいの覚悟を持って、毅然たる態度で臨まなければならない。


 クーデターによって政権に着いた朴正熙大統領は日本との関係改善を目指し1965年日韓基本条約を締結、これに付随して交わされたいくつかの協約の一つが日韓請求権協定であった。この協定に基づき日本は韓国に無償3億ドル、有償2億ドルの巨額な経済支援をすることになった。

 当初、日本側は根拠のある請求権を持つ個人への直接支払いを提案、韓国側は個人を含む全ての請求権を韓国政府に一括し支払う事を要求、結局日本政府がこれを受け入れた。韓国が日本政府による個人への補償を拒み、韓国政府が義務を負う事を選んだのだ。これがやがて韓国奇跡の経済発展につながっていくのだが、こうした状況はほとんど韓国国民には知らされていなかった。

 この協定によって両国及び国民間の請求権が、完全かつ最終的に解決されたことは間違いない。


 徴用工をめぐる裁判の流れが変わったのは、2012年からで、この時の主任判事も、反日色の強い盧武鉉政権によって任命されていた。韓国の司法は民意におもねる傾向が強い。元々まともな判決は期待できないと私は思っていた。

 日本としては国際司法裁判所に提訴する方法もあるが、韓国が拒否すれば裁判は出来ない。韓国は国際協定も守れない前近代国家だと自ら宣言しているに等しい国だから、これを拒否すると思われる。仲裁委員会設置もあるが公平な第三国を選ぶ事は容易ではない。

 今、韓国政府が中心になって財団を設立し、韓国企業と日本政府、日本企業が参加する構想もあるという。全く馬鹿げた話で、慰安婦問題をめぐる平成27年の日韓合意の柱である「和解・癒し財団」の解散を示唆し、約束を破ろうとしている韓国相手に、同じ轍を踏んではならない。

 日本としては「韓国を相手にしない」、戦術的放棄を強めるしかない。