第695回「自民党政経塾合宿」

 深谷隆司の言いたい放題第695回

 「自民党政経塾合宿」


 1112日、13日、熱海後楽園ホテルで第11TOKYO自民党政経塾恒例の合宿を行った。前日まで雨天で寒かったが、この日はからりと晴れ上がった暖かさ、まさに「晴れ男深谷」の面目躍如といった感じである。

塾生150人余、相変わらず熱心、真面目な姿に心打たれる。八木事務局長を中心とした事務局のメンバー、学生部のボランティア活動も含めて全てにわたって文句無し、司会は田端毅、鈴木隼人両代議士がつとめて一層充実したものとなった。

思えばこの合宿を始めた頃は私も70歳、今は81歳と馬齢を重ねた。今回、不覚にも部屋の段差で転んで桑原、高橋、和泉君ら付き人達?に心配をかけたが、回復力は昔と変わりなく、最後まで奮闘出来たことは幸いであった。

初日は石原伸晃経済再生担当大臣、丸川珠代東京オリンピック・パラリンピック担当大臣、下村博文元文科大臣、翌日は平将明前内閣府副大臣の講義で、日本経済の行方、オリンピックの諸問題、教育論、地方創生など、時宜を得た内容の話が続いた。超多忙な萩生田光一官房副長官も駆けつけ、「深谷塾長の合宿に行かなかったら大変なことになる」と塾生達を笑わせた。

夜の大宴会には井上信治党副幹事長、中川雅治、朝日健太郎参議院議員、中屋文孝、和泉浩司都議会議員も加わって盛り上がる。

私は、まるで現役時代と同じようにワイン片手に全テーブルを回って親交を深めた。勿論食事をとる時間は無い。楽しみは二次会で、自然集合の30人あまりを相手に談論風発、ワインをかたむけた。

私の役目は2回に分けての訓話、第1回目に「花は半開を看、酒は微酔に飲む」と中国の言葉を紹介した。なんでも思い通りになり満ち足りた境遇になれば人は往々にして傲慢になる、それを戒めた言葉だ。

花は満開も悪くないが五分咲きの花に風情がある。「酒はほろ酔いが良い」という意味だが、「ほろ酔い加減は人それぞれ、私のほろ酔いはワイン2本ぐらい」と、夜の宴会を意識して念のため付け加えていた。

翌朝6時起床、早朝の海岸の広場に全員を集め、ラジオ体操、後は私の指導で発声練習、5分間スピーチと続く。折から朝日が昇り気分は爽快であった。

最後の訓話では荘子の言葉「窮を楽しみ、通を又楽しむ」を話した。窮は貧乏、通は金持ちと考えていい。これからの人生には、良いときも悪い時もある。それぞれの境遇に応じて人生をいかに楽しむかが大事だと、私の体験を含めて語ったのだ。

同じ日、小池知事が設立した「希望の塾」が都内のホールで2回目の講義を開き、猪瀬元知事が講演した。今後は橋下前大阪市長らも招くようだが、全部でわずか6回の授業だという。2,900人集めて1億円以上の収益、一体、何が目的かとマスコミもかまびすしい。

塾を運営する場合、もっとも大事なことは、主催者は「育することに真剣であること、そして忍耐強く継続していくこと」だと私は思っている。

一体、あとどのくらい教えられるのか・・・、つい自分の年齢を考えてしまう。しかし、今回の合宿のすばらしさを振り返り、「元気なうちは、ともかく頑張らなければ」と、新しい情熱が沸き起こってくるような心地になっているのである。



第694回「京都の旅」

 深谷隆司の言いたい放題第694回

 「京都の旅」


 京都護王神社の御遷座130年の奉祝祭に招かれ、そこで挨拶をするため115日、知美、恵理、妻と4人で京都の旅となった。

 10数年も前のことだが、アメリカで腰を痛め杖にすがって帰国したことがある。足腰の神様だと案内され京都の護王神社を詣でたが、そこで声を掛けてくれたのが文屋隆紀宮司と本郷禰宜で、以来、長いご縁が続いた。

 その年の選挙では17時間以上も歩き握手をして回ったが、気がついたら全快、最高点当選、改めていかに霊験あらたかかと思ったものである。


 奈良時代後期、神のお告げと称して天皇の座を狙ったのは弓削道鏡、これを阻止した和気清麻呂公は鹿児島県に流罪となる。アキレス腱を切られ苦難の道中、300頭の猪に助けられる。やがて許されて平安京の都造りに貢献した。

 今、天皇譲位問題が論議されているが、皇統断絶という日本最大の危機を救った清麻呂公を祭神としたのが護王神社で、境内いたるところに猪像がある。因みに私は亥年生まれである。

 記念式典では「平成の大修造」の世話人代表と紹介され(いつの間にか?)挨拶に立ったが、こうなったら私も奉賛金集めに協力しなければなるまい。


 京都には知人も多い。三年坂の瓢箪屋、瀬戸物屋、せんべいやと次々に馴染の店に顔を出すと、懐かしがって喜んでくれる。驚いたことに1023日に私が出演した「ゴゴスマ」などのテレビをみんな見てくれている。あの時は名古屋のCBCスタジオでの生出演で、日帰りのあわただしい日程であったが、後日ディレクターから連絡があって視聴率が上がったと感謝された。苦労の甲斐があるというものだ。

前日は高橋君の案内で「祇園おどり」を観賞、一見様お断りの料亭での宴、その後は初めて会った同席のメンバーや田丸弥主人も誘って「とも」で痛飲した。

当日は東観荘(ここのご主人も護王神社ゆかりの神官)に本郷禰宜、井澤屋夫妻を誘って大いに飲み盛り上がった。

わずか1泊なのに楽しさ充分に京都を満喫したが、昔から私は時間の使い方が上手い。いつも人生の短さを思い、時を大切にと考えているからだ。


今日(8日)は7時から自民党政経塾、明日は6時半から和泉浩司都議の「都政報告会」、その後は連日会食会が続き、1213日は恒例の政経塾の合宿が熱海後楽園ホテルで開かれる。

 政界を引退してだいぶ経つが、仕事量も変わらず、楽しみも多い。妻や子や孫、友人達にも恵まれ、本当にありがたいことだと神仏に感謝している。



第693回「TOKYO自民党政経塾」

 深谷隆司の言いたい放題第693回

 「TOKYO自民党政経塾」


 月が変わって1日、自民党政経塾は相変わらず盛況で170人あまりで満員だった。まじめな塾生が熱心な眼差しで話に耳を傾けてくれる。一番心が和む時で、そんな暮らしが嬉しくていつの間にか11年が経過した。

この人たちに少しでも自分の考えを伝えたいと、講義内容を事前にしっかり調べて、原稿も自らパソコンで打つ。孫の安希与がパワーポイントで決めてくれる。「温故知新塾」もそうだが、今ではこうした暮らしが私のライフワークとなっている。

1030日、小池塾が開講した。なんと2900人も集まったと話題を集め、1億円を越える資金がどう使われるのかとマスコミは喧しい。

2012年に橋下大阪市長が維新政治塾を作ったが、それと酷似しているようにも見える。あの時は全国300の衆議院小選挙区に候補者を立てようとしたといわれ、事実、いわゆる橋下チルドレンが生まれたが、議員になった人の評判はすこぶる悪い。浪速のエリカといわれた上西小百合衆議院議員は、国会をサボって秘書と不倫旅行、ついに橋下氏の逆鱗に触れて除名処分になった。それでも懲りずに自叙伝を出し裸に近い写真まで載せた。

美しすぎる議員といわれた小林由佳堺市議、政治費不正で市から刑事告訴されている・・・といった具合だ。

小池塾に参加した塾生をマスコミがさかんに取材していたが、エド何とかといった一発屋の芸人さんもいて、これは売名かと思ったら早速翌日のテレビにゲスト出演していた。衣を着た坊さんが「来年、台東区から出馬します」と言ったので、驚いてよく見ると、なんと前回台東区議選挙で落選した泡沫候補者であった。当然ながら玉石混交といったところである。

真剣な人も多いだろうから、せめて彼等の気持ちを大事に、本気で、継続的に取り組んで欲しいものと思った。


28日、私が出演した6チャンネルの「ゴゴスマ」、ほぼ1時間と長かったが、ずいぶん多くの人が見ていてくれていたようで反響が大きかった。

ディレクターや番組のスタッフからも「おかげで視聴率が上がりました。又近く出演してください」と具体的な数字を挙げた丁寧な電話が入った。たまにテレビに出ると、ご無沙汰している遠方の友人たちから「元気でよかった」等と思いがけない連絡が入る。早速、連絡してくれた同級生の堀越君や吉岡君、同年輩の清水さんなどに声をかけて、31日、浅草で痛飲した。お互いすっかり歳をとったが、意気軒昂、まだまだこれからだと励ましあったものである。

5日から京都護王神社130年祭に挨拶を頼まれ出掛ける。心身ともに順調、これからも精一杯生きたいと思っている。