第729回「ゴゴスマで激白」

 深谷隆司の言いたい放題第729回

 「ゴゴスマで激白」


別にそれほど大袈裟ではないのだが、83日のテレビ番組には、「大臣経験者緊急生出演 改造の裏側を激白」とあった。

CBCテレビのスタジオからの生放送だから名古屋日帰り往復だ。前回は一人旅、今回は和泉ひろし君が秘書として同行してくれて、なんとなく安心だった。

何度もゴゴスマに出ているが、ここはスタッフ以下いつも大歓迎で、「先生が出ていただいてから視聴率も上がり順調です」などと喜ばせてくれる。石井アナウンサーは格別進行が上手いし、常連の石塚解説者、今回の評論家角谷浩一氏もよく知っていて気分がいい。たっぷり1時間半、独り舞台でしゃべりまくった。

今回の第3次安倍内閣の顔ぶれを見て、どう思うかと聞かれて私は即座に、「安定重視内閣」と答えた。人事の上でサプライズがないとマスコミは言うが、政治に必要なのは安定した状況の中で、しっかり答えを出すことである。

なかなかバランスがいい。2年前の総裁選挙で安倍一強を批判して出馬を模索した野田聖子氏を総務大臣兼女性活躍担当大臣に据えている。お友達内閣といわれた批判を避け、挙党体制のアピールだ。彼女は27歳で岐阜県会議員に最年少当選、小渕内閣の時も37歳最年少で郵政大臣になった。総務会長を務めたがその役では私の後輩でもある。不妊治療、体外受精を経て身障者の子供を生んだが、けなげに母として頑張っている姿はまさに女性活躍大臣にふさわしい。

話題になったのは茂木敏充経済再生担当大臣兼人づくり革命担当大臣と斉藤健農水大臣だ。なんと2人とも私が通産大臣時代に仕えてくれた人なのである。

通産大臣の政務次官は2人いて茂木氏と、もう1人は細田博之元官房長官といった豪華さであった。茂木氏は政調会長からこのポストに入り、政策通として注目される大臣である。

通商産業大臣はその名の通り、国内産業育成と世界との通商行政が仕事である。いわば昼夜を分かたず24時間態勢で臨むのだが、それをこなすため斉藤健事務秘書官は、私の自宅近くのワンルームマンションに住んで万全の構えで対応してくれた。

通産大臣時代、私は政治家として最高の仕事を残したと自負しているが、彼等の支えのお陰であった。2人とも東大、ハーバード大学院に学んだ秀才で、今でも親しい交流が続いている。斉藤氏はまだ当選3回生、異例の抜擢だが大いに成果を上げて欲しいものである。

意外といえば河野太郎氏の外務大臣起用である。彼は河野洋平氏の長男で4代にわたる政治家だ。エキセントリックなところがあって、政審のメンバーの時、政策を通すために説明する議員に大声を出して追求するなど、あまり評判が良くなかった。森氏を念頭に老害追放を叫んで官房長官の叱責を受けたこともあった。しかし、一方で父親のために自ら肝移植のドナーになるなど情の深いところもあった。北朝鮮の危険な動きのある時、持ち前の大胆さで、断固日本のために、困難な道を切り開いてもらいたいものである。

大臣が決まる時の背景、その様子、又どんな心境であったかなど、私しか分からない裏話も出たが、その度に私の大臣時代の映像が流されて、なんとも懐かしく感慨無量であった。「かっこよかった」とは身内の弁。

温厚で誠実な小野寺五典防衛大臣、どんな政策でもこなせ、周囲の信頼厚い林芳正文科大臣、ハイジャック事件で犯人を捕らえ、警察庁長官、運輸大臣から表彰された中川雅治環境大臣、小此木八郎国家公安委員長兼防災担当大臣の父は大臣など大役をこなした故彦三郎氏で、私ともっとも親しい人であった。玉川大学では私の娘達と同窓で、野球選手の彼は生徒間で人気があったという。

党役員も重厚だ。二階幹事長、岸田政調会長と長年の友人達がいて頼もしい。

この顔ぶれで国家国民のために立派に成果を挙げて、支持率も回復して欲しいと心から期待しているが、そんな思いも熱心に語った。

帰途、新幹線の中で乾杯、気分最高、気持ちのよい1日であった。




第728回「報道は歪んでないか」

 深谷隆司の言いたい放題第728回

 「報道は歪んでないか」


724日、25日の2日間、衆議院予算委員会は閉会中審査を行った。出来るかぎり中継を見ていたが、前段の与党質問は、何故加計学園獣医学部が愛媛県や今治市にとって必要であったか、それが何故文部科学省の岩盤規制で拒否され続けて来たのか、その本質に迫る議論であった。

前回の時も、前愛媛県知事加戸守行氏は、加計学園誘致は10年前から始まり、15回も申請したにもかかわらずはね返されてきたことへの不信を強く主張していた。しかし、何故かこの発言をほとんどのマスコミは無視していた。

今回も自民党の小野寺五典氏の質問に、家畜伝染病などで悩まされてきた県や市にとって獣医師が確保出来ない状態は死活問題であることを強調し、更に加計学園理事長が安倍首相の友人であったことを昨年まで知らなかったと、安倍首相の関与を否定していた。

資金力など強い力のある獣医師会は、既得権益を守るために獣医学部新設を文部科学省をはじめ国会に強く働きかけ拒んできた。この50年の間、日本国内で獣医学部の新設は一切ない、これは異常なことではないか。特に加計はずしに奔走してきたことなど、もはや周知の事実である。

前川喜平前文科省事務次官の答弁はかなり揺れていた。和泉洋人首相補佐官が「首相は自分の口から言えないが、代って私が言う云々」と言った事から、首相の意思と判断したと説明していたが、「加計学園について一切触れていない」と和泉氏に断言されると、前川氏も否定しなかった。

更に「面会の時点で獣医学部を作る意向を持っていたのは加計学園だけだった」とも述べたが、京都府と京都産業大学が283月に政府に新設を提案していたと指摘されると、「その計画は承知していなかった」と釈明する始末であった。

加戸氏は「何故虚構をテレビで話すのか、その後も想像がすべて事実であるかのごとく発言している。それが国民をそういう方向に持っていくことになると危惧している」「自分の後輩ながら前川氏の精神構造を疑う」と発言していた。

前川氏は禁止されている「公務員の天下り」を役所挙げて平気で許し、事実上更迭された人物だ。その上、「面従腹背」が座右の銘と言ったり、売春の温床である「出会い系バー」に審議官の頃から通うなど、およそ教育行政に携わる役人として失格、いや人間失格の人だと、私はかねてから批判していた。テレビをしっかり見た人なら、今回の審議で化けの皮がはがれたと思うに違いない。

一方、後半の野党審議に入ると、もっぱら首相と加計学園理事長との交際を槍玉に挙げることに終始した。「関与があったと思う」「加計学園の特区申請を知った時期はいつか」など、獣医師問題の核心には一切触れようとしない、まさに政治的な質問が目立った。

民進党の蓮舫代表は首相や稲田朋美防衛相に舌鋒鋭く迫った。特に防衛大臣の地位利用の選挙演説を取り上げ、公職選挙法違反だと迫ったが、今月18日に昨年秋まで「二重国籍」だったことが分かり、過去の選挙公報の記載が誤りであっとことが判明したばかりだ。はて、そんなに張り切って言える立場かと白けた思いに駆られた。

総じて野党の質問、追及の声だけは激しい。これがテレビなどで報道されるともっぱら安倍首相が追いまくられ苦境に陥っているといった印象になる。

岩盤規制に穴を開けるには、政治の力が必要なことは言うまでもない。仲が良いとかは普通にあることで、賄賂など不正がないかぎり問題はないと私は思っている。北朝鮮やテロ対策など、国としての課題が山積している時、マスコミの報道が正しくあって欲しい、国民ももう少し冷静になってもらいたい。今は感情が国を動かしているように思えてならないが、貴方はどう思われるか・・・。



第727回「戦い済んで平時の暮らし」

 深谷隆司の言いたい放題第727回

 「戦い済んで平時の暮らし」


引退して随分経つのに、自民党政経塾、温故知新塾、講演や大学の講義等で忙しく、その上、次々と後輩達の選挙に追われ、あっという間に日々が過ぎ去っていく。選挙も勝てばいいが、今度の都議選のように記録的惨敗になると、特に身近の落ちた人が気の毒で、一緒に悲しみ、空しい思いに駆られる。

台東区のいずみひろし君の場合、こんないい人が何で落ちたのか悔しいが、再起のためにどうしたらいいか考えなくてはいけない。友人にも頼んで取り敢えず私の秘書も兼ねてもらい、何とか日々の糧だけは確保するようにした。

12日は恵理の家「おもてなし教室」で、区長はじめ区議夫婦全員を招いて「いずみ激励会」を開いた。8月には自民党支部幹部や選対幹部と一堂に会し、「再出発の会」を開く予定だ。選挙前から公言していたように、ここで辻清人代議士と自民党台東総支部長はバトンタッチしてもらう。

一方の文京区なかや文孝君、僅少差で危なかったが勝てば官軍だ。私たちを招いてくれたり、打ち上げも自分でやってくれるからありがたい。

中央区の石島ひでき君については自民党中央支部が全ての段取りをつけてくれる。彼も苦労した。私も色々な角度から今後も支えていきたいと思っている。


懸案の私の新刊「すばらしい日本人(仮題)」の最終仕上げは、選挙ですっかり遅れたが、幻冬舎からはっぱをかけられ、目下必死に取り組んでいる。なにしろ神話から始まって現代に至る膨大な歴史の歩みを書いているので、つい張り切って予定の頁数をはるかに超えてしまった。どう削るか、これが難事業なのである。

徳真会松村先生から依頼の「黄龍・昇り龍」も、やっと下書きに取り掛かったが、300号(たたみ6畳)の超特大の絵だけに初体験、どうなるか分からないが、9月中には完成させたいと秘かに胸を熱くし、張り切っている。


すっかり家族にも苦労をかけたが、せめて連休は家族サービスと、15日は孫達一同引き連れて横浜へ。いつものように元町を散策し、馴染みの店で買い物、後は中華料理を堪能した。翌日も全員で映画「パイレーツ・オブ・カリビアン」を観賞、その後強烈な要望を受け、カラオケ屋に繰り出した。孫達の歌はさっぱり分からず熱唱を聞きながら白河夜船、「今度はおじいちゃん」と起こされて私も歌う。家内や娘達のリクエストはもっぱら往年の歌謡曲、ディックミネの「夜霧のブルース」から始まって後はやっぱり石原裕次郎シリーズであった。歌は衰えていない?

戦い済んで、ようやく平時の暮らしに戻った。やっぱりこちらの方が楽しい。