第713回「元気一杯」

 深谷隆司の言いたい放題第713回

 「元気一杯」


 孫達にせがまれて、今年2度目のスキーの旅、325日、湯沢のNASPAニューオータニで2日間過ごした。天気は上々、初日は私も勿論スキーを楽しんだ。

若干足腰の衰えは感じるものの、颯爽と滑り降りる?81歳、おそらくゲレンデの最年長者であったに違いない。夜はワイン、地酒とピッチも上がった。

 さすがに翌日は疲れて、いかにも老人らしくマッサージと温泉、読書で静かに過ごしたが、夕食はホテルから出されたドンペリ等で痛飲、家内はスキーならぬウイスキーであった。

それにしても長年の馴染みとはいいもので、ホテル支配人以下の応対は満点だ。なにしろ私がホテル・ニューオータニと関わったのは紀尾井町のホテル建設前のことである。その頃はオータニ庭園で、27歳で区議会議員に当選した時はそこで祝賀会が催された。当時、創設者の大谷米太郎翁は健在で、上野精養軒で行われた私たちの結婚式にはご夫妻で参加されていた。ずいぶん長い人生を歩んだものだと改めて思った。

帰宅すると中曽根康弘先生の誕生会の御案内が届いていた。515日だが、なんと白寿の祝い! まだまだ歳をとったなどと言ってはいられない。


既に書いたが、この間、都連の朝の集まりで自民党都議の皆さんに檄を飛ばした。「小池知事の人気にたじろいではいけない、私が都議時代、最大人気の美濃部亮吉知事に果敢に挑戦し、美濃部キラーと言われたものだ。その勢いがあったから、やがて国会に躍り出ることが出来たのだ。都民ファーストの会で候補者を70人立てるといわれているが、そんなに人材を出すことは難しい。現に自民党公認漏れや、当選出来そうもない落ちこぼれが候補者になっているではないか。頑張っているあなた達が負けるわけがない」。翌日の毎日新聞に写真入で私のコメントが載っていた。

27日、都議会の各委員会で自民党都議の激しい質問が相次いだと報道されている。都民のために果敢に戦うことは大事なことだ。

「築地市場で新たな土壌汚染が発見され、老朽化も含めてもう限界、待ったなしの状態だ」「震度6強の地震に築地市場は耐えられるのか」「移転中断で業者のみならず多くの都民が困っている。補償やランニングコストで莫大な税金が失われている」・・・。

一問一答形式にたじろぎ、知事はいつもの厚顔ぶりが消えていたように見える。オリンピックの会場をめぐり新たな提案と称し大騒ぎさせたあげく全ては元のまま、百条委員会も成果無し、東京大改革の具体的提案は一体どうなったのか。「大山鳴動してねずみ一匹」、このままでは都政の停滞を招き、困るのは都民ではないか。

今月発売の「プレジデント」に私の記事が載っている。タイトルは都政大炎上「そろそろ流れが変わる頃だ」。

更に元気一杯で頑張らねば、と思っている。



第712回「思うこと」

 深谷隆司の言いたい放題第712回

 「思うこと」


321日、朝8時から自民党都連都議選への必勝を期しての会が開かれたが、最後に私はいつものように檄を飛ばす役割での挨拶を求められた。


「私はずいぶん長い間政治の世界で生きて来たが、自民党都議会議員候補激励のために、こんな早朝から二階幹事長はじめ、党幹部総出の姿は見たことがない。厳しい状況の中、党本部が挙げて支えようとの姿勢が嬉しく、まず感謝したい。

 過日の都議会での自民党議員の質問は立派であった。ともすると批判を恐れ小池知事に激しく追及することを避けようといった傾向があった。しかし、豊洲市場移転延期について正規の手続きもなく、都議会の承認も求めず、勝手に小池知事が決め、そのために業界人に大混乱と損失を与えたことは大問題である。補償や豊洲市場維持費など、膨大な資金が必要になっているが、これはすべて都民の負担となる。まさに小池知事の失政で、これを都民のために鋭く追及することは当然で、堂々の論陣を張ったことは本当に良かったと思う。

 かつて美濃部都政の時代があって、当時の知事の人気は大変なものであった。しかし、数多くの問題点があったから我々は連日追及の手を緩めなかった。私は美濃部キラーと言われたものだが、意外なことに、こうした果敢な姿が都民の大きな支持になって、やがて都議会議員が大挙して国政に参加するという状況になったのである。都民のためなら批判を恐れず追求していかなければならない。必ず都民は理解してくれる。

 「都民ファーストの会」で70人も候補者を立てるという。そんなに簡単に人材を集められるものではない。現に自民党の公認が得られなかった人や、選挙に弱い人が推薦されているではないか。そんな落ちこぼれと比べたら、自民党候補者の方がはるかに立派だ。懸命に努力をしている君たちの姿を見ると、妙な風とやらで苦労している姿が気の毒で胸が痛む。

 どうか頑張って欲しい。自信と誇りを持って、地を這うような戦いをして必ず勝って欲しい。君達なら勝てる。私も含めてみんなで全力を尽くすことを誓って挨拶とする」と語った。


幹事長代理の林幹雄代議士が「久しぶりに深谷節を聞いて涙が出た」と声をかけてくれた。和泉ひろし都議(台東区)、中屋文孝都議(文京区)が「感激しました。頑張ります」と涙ぐんでいた。

高木自民党都議会幹事長が、「525日の北区支部大会に是非来てください」。丁度この日は、九州の小林県議の息子の仲人で、私は九州旅行中だ。しかし、せっかくだから急遽、飛行機の時間を変更して行くことにした。

忙しい日々となりそうだが、それが私の若さの秘密、と思っている。 



第711回「多事多端」

 深谷隆司の言いたい放題第711回

 「多事多端」


37日、TOKYO自民党政経塾の第11回生の卒業式を行った。146人の内、皆勤賞は49人、東京が中心だが中には新潟から通った人もいる。かつては現在の中山石垣市長のように沖縄から通った塾生もいた。

弁護士や大学教授、医者、公務員など職業も多種多様だが錚々たる顔ぶれだ。仕事で疲れている筈なのに誠実に学ぶ人たちを見ていると、あだやおろそかな対応はできないと、私や塾長代行小田全宏君もいつも真剣だった。

渋谷で行っている「温故知新塾」もそうだが、平均年齢は30代と若い人が多い。まさにこれからの日本を担っていく人々で、「育することを楽しむ」である。

1年間の流れの速さに驚きながら、惜別の情を抱き感慨無量の思いでみんなを送った。

これから次の塾生を募り、5月から12期の授業が始まる。100人の定員を常にオーバー、満員の盛況であったが、今度はどんな人達が来てくれるのか、今から楽しみである。


悲しいことも多い。312日、私の長年の応援者立田一雄氏の偲ぶ会が帝国ホテルで行われ、私が弔辞を読んだ。

江北高校、早稲田大学の先輩だが、昨年暮れ、奥さんに髪の手入れをしてもらっている時、その膝に倒れるようにして息を引き取ったという。享年88歳、私の6年上である。

過日は文京の橘高智光氏、台東の大林伸光氏等が亡くなったが、いずれも突然の逝去だった。吉田兼好が「死とは前方から近づいてくるものではなく、突然、後ろから肩をポンと叩くようにしてくるものだ」と書いていた。なるほどそうかも知れない。だから一層、日々を大切に送らねばならぬと改めて思っている。


国会は学校法人森友学園問題で混乱し、都議会は豊洲市場問題の百条委員会で揺れている。いずれも政治の本筋ではないが政治不信につながり、間違いなく自民党にとってはマイナスになる。

一連の動きは小池知事側に有利にはたらき、7月の都議会選挙にも大きく響く。既に週刊誌などが自民党不利の予測記事を出しているが、一生懸命努力している自民党候補者にとってはいい迷惑で、気の毒でならない。

波に乗って都民ファーストの会は多くの公認を出すようだが、今のところ聞こえてくるのは自民党公認が得られなかったり、民進党鞍替えの、いわば落ちこぼればかりである。こんな連中が続々当選したら、あの期待はずれだった民主党政権の二の舞になって必ず禍根を残すに違いない。

これから数ヶ月、私も信頼する同志のために獅子吼する決意である。