第800回「台東区選挙終わる」

 深谷隆司の言いたい放題第800回

 「台東区選挙終わる」

 全国統一地方選挙に先駆けて3月10日から始まった台東区区長、区議選挙は17日終了した。

 私が選対総本部長になって戦った服部征夫区長候補は、47,000票を獲得して圧勝した。前回私が出馬を促し初当選したが、この4年間、持ち前の誠実さでよく働き、かなりの成果を挙げて区民の信頼を得た。内助の功も大きい。

 17日夜10時半過ぎ、上野の事務所に駆けつけた支援者と共に、私の音頭で万歳三唱したが何度やっても最高に嬉しい一瞬だ。辻代議士、中屋都議、政木、安倍両会長もご機嫌だ。この光景はマスコミ各社で報道された。

 ちなみに私は彼の依頼で、無給を条件に台東区の参与になって区政運営に協力してきた。台東区のためにいささか協力出来たことを誇りに思っている。


 区議会選挙では、引退した寺井氏を除き自民党現職は7人であったが、この度の選挙で9人に増えた。ベテランの石塚、太田、石川、高森候補等は安定した戦いぶり、上位には4位の望月、7位の鈴木が健闘した。都議選で惜敗した和泉が無事当選し正直ほっとした。新人の拝野、岡田はこれからが楽しみである。

 自民党の議席が増えたのはいいが、一方で敗れた候補がいるのは辛い。どんな心境でいるのか、私自身のにがい経験を振り返り同情に耐えない。

 選挙は難しいものだ。当選のためにはその前の長い準備と努力が必須なのだ。

 私が27歳で初当選した時を振り返る。志を立てて18歳の時に近隣の故大久保都議の元に行き私設秘書のまねごとをはじめた。勿論無給であった。早稲田の雄弁会にいたから重宝がられ、大久保門下の10数人の区議の原稿を代筆したり、演説の指導をしたものだが、この人達はいざ選挙になった時は皆敵となった。

 台東区自民党支部の青年部長を務め、党本部に学生部を結成、副幹事長になるなど党活動にも全力を尽くした。一番力を入れたのが地方から集団就職した青年達を集め「あしたの会」を作ったことである。300人を超える若者達と活発な青年会活動を行ったが、この若者達が選挙の主力部隊となったのである。

 敗れた人達にはこうした事前の準備がほとんどなかった。これから再起のためには苦労も多いと思うが、志を変えない覚悟があるなら、私も出来ることをしてあげたいと思っている。

 4月から文京、中央区の選挙が始まる。すでに連日呼ばれて獅子吼しているが数が多いので全部の応援はとても無理だ。「是非に」と強く言われたところにだけに行くしかないと思っている。


 このブログ、今回でついに800回、仙台の竹内さんから早くもお祝いの手紙が届いた。結構大変だが、お得意さん?が多いからしっかり続けるつもりである。




第799回「地方選挙始まる」

 深谷隆司の言いたい放題第799回

 「地方選挙始まる」

 全国統一地方選挙は4月からだが、台東区は一足早く3月から始まった。

初日10日は、服部ゆくお区長候補を皮切りに14人の自民党区議候補の事務所開きの総てに顔を出した。

 同行は私の後継者の辻清人代議士、彼は若いから平気だが、10時から16時まで実に6時間、さすがの私もかなり疲れた。ただ、どこでも昔ながらの応援者と出会い、みんなが懐かしがり、お世辞もふくめて「若い若い」と言ってくれるので、それが支えで最後まで張り切って熱弁をふるった。


 私が初めて区議選挙に出馬したのは1963年、27歳独身の時であった。あれから56年の歳月が流れた。

 都議から国会議員、大臣はじめ様々な役職について懸命に働き続けたが、その過程はまさに波乱万丈であった。

 女房はじめ良き家族に恵まれ、素晴らしい人達と出会い支えられ、政治に全人生を捧げて来られたことは幸いであった。

 候補者達の希望に溢れた元気一杯の顔を見ると、改めてあの頃の燃えるような思いがよみがえり感慨無量である。


 今度の統一地方選挙では、自民党政経塾の出身者が150人以上と大挙出馬する。私は13年間塾長として彼等を教えてきたが、なんとも頼もしいかぎりだ。

 3月5日、13期が終了し200人の塾生を送り出したが、毎年定員100人の倍の数が集まり「満員御礼」であった。温故知新塾とあわせこれも私の生き甲斐の一つである。


 選挙期間は1週間、ほぼ毎日4〜5ヶ所以上の演説会が続くが、彼等の当選の為にともかく精一杯に頑張ろうと思っている。

 終わると4月14日から文京区、中央区の区議選挙が始まる。すでに中央区は2月28日に決起大会を銀座ブロッサムで開き、文京区は3月6日、シビックセンターで行なわれた。いずれも盛況で意欲満々であった。

 7月には参議院選挙である。自民党都連最高顧問として武見、丸川両候補を勝たせなければならない。


 こんな具合ではとても家族で楽しむ暇などないように思われそうだが、合間を縫って過日は家内と北海道に行った。孫にせがまれて今度は湯沢でスキーを楽しむつもりである。

 今、悠々の83歳である。


第798回「失望の文大統領」

 深谷隆司の言いたい放題第798回

 「失望の文大統領」

 ベトナムの首都ハノイで行なわれたトランプ大統領と金労働党委員長の二度目の首脳会談は決裂で終わった。

 普通こうした会談は、事前に双方の実務者が協議して、ある程度の合意が出来てから行われ、後は首脳同士シャンシャンと形よく終わるものだが、そうした合意のないまま、前回と同じように首脳に「丸投げ」で行われた。二人のトップが独特のタイプだからということもあろうが、そんな事で上手くいく筈がない。

 始まる前の友好ムードの演出はなんだったのか、茶番にはあきれるばかりだ。

 一番がっかりしているのは韓国の文大統領だ。米朝合意を期待し、あわよくばソウルで南北首脳会談を実現させ、北側に経済協力事業開始の土産を持たせるつもりだったのだ。大体、能力も無いのに仲人気取りで、甘い言葉を米朝にささやいてきたが、すっかり今は信用を無くし、相手にされない状況となった。

 三・一独立運動の100周年記念日とやらで、それまで日本攻撃一点張りであった文大統領、式典での演説では、批判はあったものの慰安婦問題などには触れず、「朝鮮半島の平和のために日本との協力を強化する」と言い出した。米朝会談の失敗から、急にすり寄られても背筋がかゆくなるばかりだ。文氏の思想は「北朝鮮そのもの、決して同盟国の大統領ではない」との認識は、いまやほとんどの日本人の共通の思いだ。

 日本にとって一番心配だったのは、充分な非核化が確保されないまま米朝が歩み寄るのではないかという点であった。

 もしそうなれば経済制裁が緩和され、北朝鮮は再び核開発を加速しかねない。米本土に届く大陸間弾道ミサイルは北朝鮮があきらめたといわれるが、日本を射程に入れる中距離弾道ミサイルは放置されたままである。

 金委員長は非核化の前に制裁の完全な解除を求めたというが(北朝鮮は否定しているが)、もし本当なら厚かましいことこの上ない。北朝鮮が核の全面廃止を行わない限り、国際社会で決めた制裁処置はいささかも緩めてはならない。

 安倍総理大臣はトランプ大統領の良きアドバイザーとして、こうした考えを何度も伝えてきたが、それが今回の「No」につながっている。なんとも頼もしいと思うのは私一人であろうか。


 3月10日から台東区の区長、区議会議員選挙が始まる。4月14日からは統一地方選挙だ。安倍政権を支えるためにも、この選挙を勝ち抜かなければならない。私も連日のように乞われて候補者の決起大会等で演説している。

 久しぶりに会う応援者達が口々に「若い」と言ってくれる。歳はとっても心は青年、元気一杯、今日も獅子吼する。