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第281号「消費税増税の思惑を考える」

深谷隆司の言いたい放題 第281号
「消費税増税の思惑を考える」

 消費税の増税は財務省の陰謀だという説がある。
 そういえば細川政権時代、突如出された国民福祉税7%案の時、一部マスコミは、当時大蔵省の斉藤次郎事務次官(現日本郵政社長)と新生党の小沢一郎代表幹事とが仕組んだものとだと報道した。
 この問題では私が予算委員会の代表質問に立って、直接、具体的に追及しているから、今でも鮮明に覚えている。
 今、当の小沢氏は消費税反対の立場だが、これは政局がらみで本音とは思えない。
 野田首相の場合は、菅内閣での財務大臣以来、もっぱら財務省の言いなりと批判されてきた。依怙地なくらいに消費税増税に政治生命を賭けると言い続けているが、どう考えても財務省が後押ししているとしか思えないのだ。

 何故、財務省が消費税にこだわるかと言えば、数字一つ変えるだけで税収が増えるからだ。1%上げるだけで、何の苦労もなく約2.5兆円も計算上増収になるのだ。こんな安易な判断で消費税が決められるのでは国民は堪らない。
 だがちょっと待ってもらいたい。本当に増収になるのであろうか。
 
 平成9年、消費税が3%から5%になったが、前年の平成8年の一般会計の歳入決算総額約81.8兆円に対して、増税の9年度は約80.1兆円と、逆に減少している。
 あの頃はアジア通貨危機や大手金融機関の破たんなど別の要因はあったが、一般的にみて、消費税を上げた当年度はまだしも、各種シュミレーションを見ると消費は冷え込み、必ずしも増収にはならないとある。
 増税で可処分所得(手取り収入)が減るから、個人消費支出が減る。そうなれば当然、消費財の市場は縮小し、経済成長率の低下やマイナス成長をもたらす可能性も出てくるのだ。

 政府は、今回の消費増税で、約13兆円の税収増を期待しているようだ。
 これらは主として社会保障費になると一般に思われているが、私は全く怪しいと思っている。
 
 今国会に提出された2010年度予算の一般会計歳出規模は実質94兆円、隠れ借金を含めれば96兆円になる。
 リーマンショックの前までの歳出規模は約82兆円だったから、わずか4年で実質14兆円も拡大したことになる (災害復興の補正予算を除く)。しかも、その間、日本の国内総生産(GDP)は増えていない。
 民主党政権の無責任なマニフエストによる支出増加、整備新幹線などの大盤振る舞い等の後始末の結果なのである。これでは財政再建も社会保障の充実もままならない。
 5%増税しても、どうやら社会保障費に回るのは、わずかな額にしかならないようだ。
 だから、岡田副総裁が、さらなる増税を言い出したのだ。

 我々は、何よりも、まず、こうした政府の思惑や実態をきちんと見定める必要があると思う。
 
 2010年(平成22年)の歳入は税収より国債発行による収入(借金)の方が多い。税収は37兆3960億円だが国債発行は44兆3030億円なのである。
 ギリシャ危機との違いは、国債の95%を日本国民による貯蓄で賄い、日本国内で保存している点にある。
 しかし、日本国債の国内消化は決して永続的なものではなく、2020年ごろには行きづまるとも言われている。もはやギリシャの問題は「対岸の火」ではないのだ。

 こう考えてくると、やはりこのまま消費税増税問題を看過してはならないと思う。
 なによりも大事なことは、その前にやるべきことをきちんとやる。いや、政府にやらせなければならないのだ。
 これこそ、国民が声を大にして訴えていかなければならないことだと私は強く思っている。

第282号「区政報告会で感激」

深谷隆司の言いたい放題 第282号
「区政報告会で感激」

 2月26日、晴海のマリナーズコートで、中央区の鈴木久雄区議の区政報告会が開かれ、私は初めて呼ばれ出席した。
 こんなに長く政治家をやっていて、地元の区議の会に「初めて呼ばれる」というのも変だが、昔は中選挙区制度で自民党候補が複数だったから、その流れで縁が無かった区議もいたのである。(中央区の場合だけだが)
 この鈴木氏、誠に熱血漢で一本気、今は私と肝胆相照らす仲になっている。

 久しぶりに、いい話を聞いた。
 被災地の瓦礫処理について、2月4日に、このホームページで、神奈川県の住民集会のことを書いた。
 黒岩祐治知事が必死に「瓦礫受け入れ」について説得するも、住民は聞く耳持たず、野次と怒号で終始した。
 終りには「岩手県知事になったらいい」とまで言う者もいて、一体どこが「絆」かと、私は悲憤慷慨したものである。
 結局受け入れたのは東京くらいだが、その説明会が中央区で行われた。
 2月1日は晴海街づくり協議会、8日は月島区民館で開かれたが、いずれも反対の声は無かった。
 それどころか、晴海会場では、「瓦礫を受け入れることによって被災地を助けよう。そしてこれを中央区民の誇りにしよう」とまでの発言があって、万雷の拍手が起こったという。
 鈴木区議はその場に出ていて、「これは晴海に住む者の誇りだと思いました」と言い、なんと彼自身、壇上で涙を流して声を詰まらせたのだ。
 私まで胸が熱くなった。

 彼は昨年の選挙で(もちろん私は応援した)、7位で当選、70歳、7回目の選挙であった。
 いつも自転車で街を巡っている。国の政治は駄目だが、地方政治では、彼に限らずいいメンバーが沢山いる。なんだかほっとした気分であった。
 この日は、瓦礫を引き受けた石原都知事が始めた東京マラソン、なんと3万6千人が参加した。
 浅草でUターンするからと、有名な菓子屋「亀十」の島田さんが、店前にイスを用意して招いてくれた。私は「ご不幸」があったので女房と妹が行ったが、コーヒー、お菓子と大サービスであったとか。  

 「御不幸」とは、長年私を支えてくれた西郷之厚氏の逝去で、葬儀は桐ケ谷葬儀場で行われた。
 私の経済後援会の中心的存在であった。麹町に立派なビルを何棟も持っていて、千代田区の為にも貢献した人である。 
 バブルがはじけた後、銀行の理不尽な資金引き揚げなどもあって、晩年は恵まれてはいなかった。
 歳は私より一回り上、年齢に不足は無いものの、本当に寂しい。
 夜は「お浄め」も兼ねたつもりで、浅草むぎとろで家族で食事。昔から良くも悪くも、何かあれば、この店で飲む。
 今日も一日、色々なことがあった。こうして人生という名の川は、とめどなく流れていくのか・・・・。

第283号「あきれた野田・谷垣極秘会談」

深谷隆司の言いたい放題 第283号
「あきれた野田・谷垣極秘会談」

 2月25日、野田首相と谷垣総裁が極秘に会談したと、今マスコミでにぎわっている。
 二人とも目下、否定しているが、あまりむきになって否定していると、後でわかったら嘘つきとなって、取り返しのつかない不信感が定着する。
 消費税増税で一致している二人だから、この成立に向けた協力のあり方を協議し、いわゆる話し合いによる衆院解散を相談したのではないかというのが大方の観測である。
 丁度、党首討論が行われた直前だけに、あれは馴れ合いの茶番だという声も出ている。そういえば熱気の感じられない党首討論であった。
 何度も書いてきたが、増税や解散の前にやるべきことは、衆参両院の定数削減と歳費の大幅カットだが、全く本気度ゼロではなかったか。
 
 国家公務員の給与削減の法律がようやく成立したばかりだ。まず人事院勧告分0.23%下げ、その分も含めて今春から2年間、平均7.8%減らすというものである。自民党の主張を入れて、民主党が目指した国家公務員への労働基本権の一部回復は先送りしたのは成果である。この2年間分だけで約5,800億円になり、これを大震災の復興財源に充てることになったがこの点も評価できる。
 しかし、なぜ2年間と時限措置にしたのか、どうして地方公務員については、自治体の自主的対応を促すだけにとどめたのか、色々不満は残っている。
 そして何よりも国会議員自らの痛みは避けようとする思惑が一番いけない。
 極秘会談とやらもこの点には全く触れていないようなのである。

 ところで、何でわざわざ秘密会談、密室会談をやらなければならないのか。そこのところが私には一向にわからない。
 首相と野党党首が会談を持つことは決して悪いことではない。むしろ国家国民の為に大いにやればいいことで、今までだって何度もそんなことは行われてきた。
 秘密の話があれば、それは発表しなければいいだけの事なのではないか。こういうことはわれわれのように永年経験を積んだ政治家 にとっては常識なのだが、今の自民党には教える長老がいないのだ。
 最近の自民党には、年を取った政治家をやたら排斥する動きがある。これはとんでもない錯覚で、中身がしっかりしていて健康であれば、国民代表として大いに活躍させるべきなのだ。民主党もそうだが、訳の分からないような若い人ばかりで、だから政治がダメになっているのだ。

 会ったことを会わなかったと強弁することは難しい。
 何故なら関係者が必ず何人かいるから、そこからは話はすぐ漏れるのだ。3人以上いれば必ず秘密は流れ出す、これは世の常識、特に政界の場合はもっと酷くて、2人でさえ駄目なのだ。
 今度の件で「本当に会ったのか」と、もし私が聞かれたら、「会ったに決まっているではないか」と答える。
 誰から漏れたかと言われれば大方、補佐官の手塚某あたりからだと私は思っている。
 この人は脱税や麻薬で逮捕された建設会社元社長から招かれて、蓮舫女史家族と豪遊旅行をして問題になった人物である。最近では週刊誌で、国会の中でネット商売をしていると書かれている。こんな口の軽い品行の悪いのを補佐官にしている野田さんがどうかしていると思う。
 会ったのは、土曜か日曜日だが、だとすれば、場所はホテル・オークラかな。それならば高級料亭「山里」あたりか。
 どちらにしても知恵の無い話だ。

 朝日新聞の世論調査で、民主党の支持率と自民党のそれを足しても30%以下という。こんなことをやっていると、解散でもしたら、橋下維新の会など、今話題のグループに票は流れる。そうなれば「政界再編成」ではなく「政界再混乱」になること必定で、困るのは国家国民だ。
 せめて愛する自民党よ、もっと真面目に頑張ってくれないものか・・・。

第284号「正則学園高等学校卒業式」

深谷隆司の言いたい放題 第284号
「正則学園高等学校卒業式」

 3月5日、朝9時からの卒業式に出席した。
 私はもう40年近くこの学校と関わり、理事、後援会長になって30年にも及ぶ。今は塩澤一彦理事長だが、亡くなった先代の伊作理事長からのお付き合いである。何よりも気に入っているのは、数少ない男子校で、質実剛健を旨としているからである。
 私の好きな言葉の一つは「らしくあれ」ということだが、近頃の世の中、男らしくとか、女らしくとか、親らしくといった言葉は死語になってはいないか。男は「男らしく」育てたいものだが、この学校の校風はまさにそこにある。「日本人らしく」の教育で、どんな時でも、国旗を大切にし、国歌は必ず式典で斉唱する。こんなことは当たり前の事なのだが、その当たり前が通用しなくなっているのだ。
 明治29年創立で、政治家では第55代内閣総理大臣石橋湛山、詩人では西条八十、石川啄木、歌人斉藤茂吉、など錚々たる人達を輩出している。
 
 2003年、神田錦町の校舎を新築した。2007年からは、今時珍しい詰襟が制服である。学問は勿論だが、体育にも力を入れ、剣道、柔道をはじめハンドボールなど様々だが、特に野球では甲子園に出場している。文化活動も活発で、近頃はビックバンド部が、各ジャズ大会に出場しゴールド賞を獲得している。台湾やニユージーランドの高校と姉妹校になっていて、研修旅行を実施し、国際感覚を身につけさせている。
 なんだか学校案内のようになってしまったが、要は私が自慢の学校なのである。
 
 今回の卒業式では、晴れ舞台だからと、塩澤理事長の肝いりで、全卒業生に直接卒業証書を舞台で渡すことになった。私も壇上で卒業生の様子を心に刻むようにして見守っていた。
 過日、孫安希与の卒業式で聖心女子学園に行ったが、ここでは卒業生が終始泣いていて可憐だった。しかし今日は泣く子はいない。
 答辞で立った子は、挨拶が終わると竹内校長に「握手をしてください」と、両手で固い握手を交わしていた。私の方が、じーんと胸を熱くしていた。卒業生の内、3分の1近くが皆勤賞だが、その賞状は生徒と保護者宛てになっていた。

 私は恒例で挨拶に立ったが、「今の時代は、政治、行政、経済ともに悪く、その上、自然環境も最悪だが、こうした状況を乗り越え、立派な日本を創るのは君達だ。体を大切に頑張ってくれ」と短く、しかし、力一杯の声で檄を飛ばした。
 この子たちが、存分に活躍できるような社会をつくらなければと、心のなかでひたすら祈っていた。

第285号「TOKYO自民党政経塾卒業式」

深谷隆司の言いたい放題 第285号
「TOKYO自民党政経塾卒業式」

 3月6日、7時からの式典で6期生を無事送り出した。
 今回の卒業生は126名、その中の皆勤賞は56人、1日だけの欠席者は45人 、なんと真面目に通ってきたことかと改めて感心する。
 みんな働いている人たちばかりだから、日程をこなすことは容易ではないはずだが、この真剣さは彼らのこれからに、必ず大きな成果となって表れるに違いない。この塾を卒業した人はこれで800人を超えた。
 4年間通い、1日も休まなかった人を、研修指導員に認定している。今回新たに4人加わって9人になった。勿論、指導員から今後会費は取らない。塾の運営に協力し、塾生の指導にもあたってもらう。準指導員(4年間で1日欠席者)も3人いるから今後が楽しみである。
 
 過日、書いたが、このところ女子高校と男子高校の卒業式に出て、女子生徒の可憐な涙と、男子生徒の男らしい態度に感心したが、塾の卒業式は、笑い声の絶えない、明るい家族的な雰囲気に溢れていた。
 別れる悲しみは無く、これからの人生をしっかり進んでいこうといった、前向きの真摯な姿勢であった。もっとも、引き続いて通う人も多いようで、ずっと一緒に居たいという素朴な気持ちが満ちていた。

 最後に、塾生を代表して森下敬子さんが謝辞に立った。
 「思えば昨年3月11日の未曾有の大震災の傷跡も癒えぬ頃、私達6期生は、それぞれの思いと志を胸に、この門をたたいてまいりました。講義を重ねるにつれ、諸先生の熱のこもった授業に、今の政治に対する危機感を、より一層深めると共に、政治の難しさ厳しさを知ることが出来ました。
 しかし、この転換期を生きる私達の使命とは、どんな天災にもどんな国難にも屈することなく、あらゆる困難を乗り越えていくことにあると、深谷塾長は振り絞るような熱のこもった講義で教えてくださいました。
 卒業後は、ここで学び得た、まつりごとの真髄を糧に、仲間と共に幾度も読み上げた「塾訓」を胸に、より一層の研鑽をつむと共に、それぞれの立場と役割をもって、自国の平和と発展に尽力するよう努めて参る所存です・・・・」

 塾の打ち上げの宴の後、私についてきた10数人と、大手町にある「活鮮市場」(浅草むぎとろ経営)という居酒屋で大いに飲んだが、いわば弟子たちと一緒といった感じで、自分まで若返ったような心地で愉快だった。
 次の世代の人たちを「教える」ということは、私に一番向いている。いわば天職と考えて、これからも続けていきたいものと思った。

 これから7期生の募集に入る。又、多くの人材が集まって、私と一緒に学んでほしいものである。

 問い合わせ  TOKYO自民党政経塾事務局
 TEL 03(3581)2036
 HP  http://www.tokyo-jimin.jp/seikei/

第286号「東日本大震災からもう1年」

深谷隆司の言いたい放題 286号
「東日本大震災からもう1年」

 本当に時の流れは速い。死者1万5854人、行方不明者3155人、原発事故も含めて未曽有の災害であった。
 丁度私の叙勲祝賀会がホテル・ニューオータニで開かれた翌日の事だけに、余計強い印象をもっている。参加者のうちの何人かは被災者になった。
 祝賀会で司会を務めてくれた生島ヒロシ氏は妹さんを失っている。私が郵政大臣の時に仕えてくれた仙台の竹内廣氏も、その日のうちに帰宅し、翌日、私に手紙を出そうと郵便局に行く途中、被災を受けた。
 ただ嬉しいことは、こうした人たちが誰をも恨まず、元気に頑張ってきたことである。

 1年目を迎えた3月11日、竹内廣氏からはがきが届いた。
 「生涯指導ありがとうございます。時にこの一年は私ばかりでなく家族の命をも支えていただき一生忘れません。ありがとうございました。すべてユネスコを通じ「記憶遺産」に登録いたしました。頑張っている「石巻の力」を少しお届けいたしました。正宗もよろしくとのことです。」
 竹内氏は元仙台郵便局長を務めた人で、全くユニークで愉快な人物、毎週のように手紙やはがきを送ってくる。私も随分出しているが、筆まめさではかなわない。
  震災で苦労している時でも常に前向きで、苦労をジョークで吹き飛ばす勢いだ。
  震災以来、私も機会あるごとに応援してきたが、驚くほどの事ではないのに、いつも感謝の手紙を寄せる。むしろ私の方が感謝しているぐらいである。
  なかなか洒落が達者で、素人には分らない向きもあるので、このはがきに少し説明を加えたい。

 ユネスコへの登録とは、勿論、「世界遺産」に絡ませての冗談で、感謝の気持ちを記録したいということだ。
 「石巻の力」とは、別便で送ってくれた笹かまぼこのことである。
 「正宗もよろしくとのことです」は、まさに今回の圧巻ともいうべきもので、少し詳しく書き添える必要がありそうだ。
 
 仙台藩初代藩主伊達正宗は、今も地元の人々の誇りである。
 独眼竜だが天下一の伊達男で、文武両道に優れていた。(伊達家の部隊の戦装束は絢爛豪華なもので、そこから派手な装いの者を伊達男と呼んだ)

 彼の趣味は多彩で、能や和歌は勿論、料理も得意であったから、食料の研究開発にも熱心で、凍り豆腐や納豆、味噌の大規模生産体制をつくったりした。送ってくれた笹かまぼこはまさに正宗の考案と言われているのだ。有名な「ずんだ餅」も同様である。
 一方、料理についても、「馳走とは、旬の品をさりげなく出し、主人自ら調理してもてなすこと。」と書き残している。不肖私も料理作りが好きで、その事を竹内氏は知っているのかも・・・。

 彼からの説明で、私のブログでも書いたことがあるが、この正宗、戦国大名には見られない無類の筆まめな人であった。手紙をコミュニケーションの手段として上手に利用して「筆武将」と言われた。
 その頃、武家の出す文章は右筆(専任の書き役、秘書)に書かせるのが正規とされていた。
 正宗の手紙は現存するだけでも千通、実数は数千通と言われている。ちなみに織田信長の自筆は3通、豊臣秀吉は130通、徳川家康で約30通である。勿論少ないほど現在の価値は高い。
 竹内氏は、元郵政省の仙台局長、手紙推進第一人者だけに郷里の正宗が大好きで、それが彼を無類の筆まめ人にさせているのである。

 長くなったが、たった1枚のはがきで、これだけの中身になるのだから凄いではないか。

 前述のように時の流れは速い。遅いのは政治と行政の対応である。如何に東北の人は忍耐強いといっても我慢には限度がある。
「政治家、行政官よ、もっとしっかり迅速に頑張ってくれ!」
 伊達正宗も怒っているに違いない。 

第287号「やっぱり駄目な防衛大臣」

 深谷骼iの言いたい放題 第287号
「やっぱり駄目な防衛大臣」
 3月14日の参議院予算委員会で、田中防衛大臣は全くと言ってよいほど答弁が出来ず、審議は10回以上も中断された。
  自民党の元自衛官佐藤正久議員が、ゴラン高原で後方支援活動を行なっている自衛隊の撤収判断について質問した。
 1974年、イスラエルとシリア両国は「兵力引離し協定」に合意した。これを受けて国連はこの停戦を監視する国連監視隊(UNDOF)を設置した。
 日本は、後方支援のために自衛隊を派遣し、現在第32次要員43名が現地で活動している。監視隊に向けての食糧品などの輸送、物品の保管、道路補修などの平和活動である。
 然し、今もゴラン高原の緊張関係は消えていない。
 万が一の場合、どのような判断で、誰が自衛隊の撤収を決めるのかが質問の趣旨であった。
 それに対して田中大臣は碌に答えられない。
 防衛省には、当然、実施計画や撤収計画要綱があるのだが、それさえも見ていないというのだ。
 首相がいくら安全に全力を尽くすと言っても、これでは話にならない。27万自衛官、その家族はどんなに不安を抱いているだろうか。

 それにしてもひどい大臣がいたもので、これまで何回立ち往生したことか。
 最初は、1月15日のNHKで、「国連平和活動における武器使用基準の緩和」と「武器輸出三原則の見直し」とを混同したことから始まった。
 1月31日には、午前中は、衆議院の予算委員会で沖縄配備の新型輸送機の騒音問題を聞かれ、「必要ならアメリカ側と沖縄との協議の上、検討したい」と答弁して騒然となった。この点については、すでに「環境評価書」の中で「問題なし」と結論づけて、沖縄に提出済みではないか。再検討と言えば、この評価書の信憑性が問われる。
 午後の参議院予算委員会では、沖縄駐留の米軍の存在意義について聞かれ、「県外移設に永年取り組んできた経緯を・・・云々」と見当違いの答弁を行ったのだ。
 PKOで南スーダンに派遣されている自衛隊を、どこが警護しているかと聞かれて、「まだ決まっておりません」と答えたが、渡辺周副大臣があわてて立って、「バングラディシュ です」と答える始末であった。
 就任以来、集中砲火を浴びている大臣、目下猛勉強の日々と言うが、「無能」なのか、「無脳」なのか・・・。
 
 予算委員会中に、黙って食堂に行ってコーヒーを飲んでいて見つかると、「もう国会でコーヒーを飲みません」とやって、皆を呆れかえらせた。
 大臣どころか、この人は議員であることの方が不思議だ。

 14日は首相自ら陳謝したが、任命権者の責任は感じないのだろうか。ともかく1日も早く更迭すべきだと強く思った。

 

第288号「中井洽氏の渡航は日本にとってマイナス」

深谷隆司の言いたい放題 第288号
「中井洽氏の渡航は日本にとってマイナス」

 衆議院予算委員長の彼が国会開会中に台湾に行くということで問題になった。実はモンゴルで日朝交渉を行おうとしたことも一因である。
 中井氏は元拉致問題担当相であったから、拉致問題解決の為にということらしいが、何の見通しがあるわけではない。
 この人は2年前、元死刑囚金賢姫を税金まで使って、国賓のように日本に招き、結局、何の成果もなく批判され、世界の物笑いになった人物である。
 会う相手は宋朝日国交正常化交渉担当相とのことだが、すでに拉致問題交渉については断られていて、日本人妻の帰国問題や日本人の遺骨収集、よど号事件関係者の帰国問題に絞っての交渉に限ってとなっている。これらは基本的に既に合意しているから、実はわざわざ再交渉する理由は無い。
 となると中井氏の単なるパフォーマンス以外には考えられないではないか。

 しかも、北朝鮮は昨日(3月16日)、4月12日から16日の間に人工衛星を搭載したロケットを打ち上げると発表したばかりである。
 あくまでも平和的な科学技術衛星だと主張しているが、2009年、人工衛星と称して、実際には長距離弾道ミサイルを発射している。すべて嘘っぱちなのである。
 
 北朝鮮は、短距離のスカット型ミサイルと中距離で日本の大部分を射程に収めるノドンミサイルなどを1000発以上保有しているといわれている。テポドンはアメリカ国土に直接到達する。危険極まりない国なのである。 
 この2月の米朝協議で、ウラン濃縮活動の一時停止や長距離ミサイルの発射や核実験の一時停止にも合意しているのに、平気で約束を覆す、とんでもない国である。
 一連の北朝鮮の動きは、故金日成主席の生誕100周年、及び金正日総書記の後継者金正恩氏の総書記就任に合わせての国威発揚と、若い金正恩の権威付けに狙いがあることは間違いない。
 こんな国を相手に、何の権限もない、たかが1委員長に何が出来るというのか。
 逆に相手に交渉の主導権を握られ、振り回され、日本にとってマイナスになることが目に見えている。外務省はこうした先を読んで、一切関わりを持とうとしていない。至極当然のことである。
 
 16日、なんと議長の特別裁定とかで、中井氏は台湾に行けることになった。
 国会開会中の議員の海外渡航は与野党の了承を得るという慣例になっているが、それを破っての裁定だ。なんと愚かな事であろうか・・・。
 ただ嘆息するのみである。

第289号「催し色々」

深谷隆司の言いたい放題 第289号
「催し色々」

 3月17日、私の友人で世界的デザイナー芦田淳氏のフアッションショーが六本木のグランドハイアット東京で開かれた。
 昨春は東日本大震災の影響で自粛したから久しぶりである。
 幕開けはなぜかエキゾチックな装いで意表を突く。次第に芦田氏らしいシックな、エレガントな冬物コート、イブ二ングドレスと移っていく。
 そこはまさに「ジュン・アシダ」の世界だ。季節を先取りした秋冬コレクションで個性的作品が60点に及んだ。
 芦田氏は今年81歳、現役として意欲的、芸術的力を発揮した優れた作品ばかりで、嬉しくなった。
 近年、彼の作品を見ると、娘のミス・アシダを意識してか、若やいだ、華やかなものを求めているようで、無理しない方がいいのにと秘かに思っていた。
 今回の作品は、芦田氏らしいエレガントさで、まさに大人の雰囲気、申し分ない重厚さで感激したものである。
 いつものように私等夫婦の席は最前列、隣は評論家で著名な桜井よし子女史、更に女優の浅丘ルリ子さん,おまけに親しい中川秀直夫人だ。
 近くには都倉俊一夫婦、藤井元大使夫人もいて声を掛けてくれる。
 特に隣の櫻井女史、彼女の政治的発想は極めて私に近いし、昔、取材で会ったこともあり懐かしかった。浅丘さんも相変わらずきれいだし、私はご機嫌であった。

 3月18日は、浅草で56年ぶりに復活した「船渡御(ふなとぎょ)」を見学した。
 5月に行われる三社祭りは、今年で700年の節目を迎える。これを祝っての催しである。
 推古天皇の時代、隅田川で漁をしていた兄弟が、人形の像を網で拾い上げた。不思議に思って郷土の文化人に聞くと、これが聖観世音菩薩と分かり、寺を作って供養護持した。浅草寺の起源である
 後に前述の3人を神様とあがめ祀ったのが三社権現社(浅草神社)である。
 明治維新の神仏分離令で浅草寺と分かれたが、今も三社さまと親しまれている。
 江戸時代には3基の神輿を船に乗せる船祭であったが、明治以後は、今のように氏子各町を渡御するのみとなっていた。

 私は家族と共に隅田川に面した「浅草むぎとろ」の別館「芋串」の2階に陣取って、目の前を渡る3基の神輿を乗せた船、長さ18メートルの金竜を乗せた船など20艘の船団を見守った。天下随一の観覧席、贅沢な話である。
 次の機会は56年後か、ならばもう二度と見られないわけか・・・。

 この夕、6時からは、かつて私の選挙を手伝ってくれた若手婦人部の、いわば同窓会のような集まりがあった。
 場所は、浅草寺近くの「アリゾナ」(3843-4932)。ここは永井荷風がこよなく愛した昔風の洋食屋で郷愁を感じさせる店である。過日は自民党政経塾の弟子たちを連れてきて大いに喜ばれたばかりである。
 総勢18人、「船渡御」の打ち上げ宴となって大いに盛り上がった。
 他の客に、私と親交のある元祖「タイガーマスク」が居合わせた。なんでも前日、あの大仁田厚氏とプロレスで対決したとか。
 参議院議員を辞めて、ついぞ名前を聞かなかったが、まだ頑張っているらしい。
 やっぱり浅草は、人、食事、催し、何をとっても楽しいところであった。

第290号「今、なんでばらばら訪中か」

深谷隆司の言いたい放題 第290号
「今、なんでばらばら訪中か」

 今日(3月23日)、民主党から訪中団が二組出発した。
 一組目は輿石幹事長等10人、日中国交正常化40周年の節目として習近平国家副主席と会談する予定である。
 二組目は鳩山元首相、相変わらずの目立ちたがりやで、彼も同じ日に習氏と会うという。なんでも半年前に招かれていて、小沢一郎氏も行く予定であったが行けないので親書を携えていくとか。
 民主党の幹部が、同じ日に同じ人に会うのなら、調整して一緒に会わなければおかしい。別々に会って其々が何を言うつもりなのか、もっとも中身があるわけではないから、それでいいのかもしれないが・・・。
 ただ、はっきり言えることは、民主党は仮にも日本の政権政党だという点だ。内部がまとまってないことを晒して、相手に笑われ、日本がなめられるということだけは許せない。
 内政も外交も、すべて、行き当たりばったりで、一貫性が無い。こんな政権に日本を託しているのかと思うと、情けないより恐ろしいと思う。
 折から、その中国も政争かといわれる事件で大騒ぎの最中である。
 中国・重慶市の王立軍副市長が米総領事館に亡命未遂事件を起こしたのである。
 なんでも、マフィア関係者の取り調べ中に、上司の薄煕来同市委員会書記の妻が絡んでいて、その事を直接相談すると、かえって逆鱗に触れ、王氏の公安局長解任となった。それで身の危険を恐れての亡命劇となったのだ。
 ところが今度は胡錦濤指導部が、このことを重く見て、薄氏の解任を決めたのである。
 この背景には党中央の権力闘争があるとの見方も強い。
 この秋、中国では党大会があり、党指導部の交代を巡って、権力闘争に激しさが増していると言われているのだ。
 習氏は次期最高指導者就任が決まっているが、まだ実権を握る前で、こうした動きに敏感になっている最中だ。
 訳の分からない、日本政府代表?のばらばらの面会要請に、それどころではないと戸惑っているに違いない。

 一方、日中間でもう一つ問題が起こっている。
 2月20日、友好市からの訪問団に対して、名古屋の河村たかし市長が、「南京虐殺は無かったのではないか」と発言したことから、相変わらずのヒステリックな反発が中国で起こっているのである。
 もしこれが話題になったら、彼らはなんと答えるのであろうか。おそらく、弱腰外交の民主党だから、「申し訳ありません」となるのではないか。
 河村氏が、なんで今頃こんな発言をしたのかとの思いはあるが、言ったことは決して間違ってはいない。
 石原都知事が「正しいと思う。断固支持する」と言っていたが、私も同感なのである。
 中国に色目を使い、腰の弱い人たちだから、余計なことを言って後に禍根を残さなければいいがと心配なのである。

 このことについて杭州で問題にされているとの報道があったが、私は丁度、その地の友人から招待が来ていた。
 「3月は一番いい季節ですから」と折角言われていたのだが、こんな時期は避けた方がいいと、お断りしたばかりである。
 良い人達も多いが、何しろ、お国の都合で何時対応が変わるかわからないのが中国である。
 こんな時は、よほどの事の無い限り、近寄らずが原則だと私は思っている。
 それにしても、二組の、意味もないお粗末民主党訪中ではないか、迷惑千万な話である。

 今度、改めて、南京虐殺と言われる事件の検証を、私なりにしてみたいと思っている。

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