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言いたい放題 第231号 「芸術の秋」

 いつも、少し憂欝な政治の話ばかりに明け暮れているが、それだけでは面白くない。時には心温まる文化芸術の世界を覗くことも大事だ。
 そんなわけで、最近、立て続けに国立劇場小劇場を訪れた。

 10月16日は、昔から応援してくれていた日本舞踊家若柳庸先生の娘さん(といっても今は立派なお師匠さんだが)、若柳庸子さんのリサイタルに顔を出した。
 彼女は今、文京区の目白台で研究所を開き、大勢のお弟子さんに日本舞踊を教えている。
 この日は生憎(と言ってはいけないのだが)、私が塾長を務めているTOKYO自民党政経塾の日で、私は30分しか居られない。
 幸い第一部は「北洲」という素踊りに近い一人舞台で、吉原芸者の恋偲ぶ美しい姿を踊った。久しぶりに見るのだが、その成長ぶりには目を見張った。
 あの大きな舞台を存分に生かして見事に踊るのだが、その一挙手一投足のすべてに無駄も揺るぎもない。指の先まで神経が行き渡っている。
 仮に所作の一瞬一瞬をカメラに収めても、確実に一幅の絵になる。浮世絵に描かせてみたいと思った。
 ぴったり30分、心を残して小劇場を後にしたが、しかし十分に踊りを堪能することが出来て満足であった。
 第二部の演目は「隅田川」だが、これは女房に任せた。「もう見事で、説明のしようもありません」とのことであった

 20日は、同じ舞台で今藤長十郎さんの「三味線の響き」を観た。いや、聴いたというべきか。
 舞台は、三味線の家元を中心に、大鼓(おおつづみ)、小鼓、笛などのお囃子がずらりと並んで豪華絢爛である。
 長唄は、三味線音曲の一つで、江戸時代には歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発達した。義太夫などの「語り物」と異なり、歌を中心として「歌い物」といわれる。
 今藤長十郎さんは女性で、四歳から舞台に立ったという四世家元である。
 日本の伝統文化、長唄細棹(ほそざお)三味線の魅力を伝えようと、定期公演は勿論のこと、NHKなどにも積極的に出演、海外にも進出して活躍している。ちなみに父である先代は人間国宝だった。

 この日の出し物は三部構成で、源義経のドラマである。
 最初の「五條橋」は、ご存じ義経と弁慶との運命的出会いを描いた作品だ。子供時代に聞かされた二人の立ち回りを、激しく器楽的に描写して優れていた。
 第二部は新しい作品で、義経と静の悲恋を描いている。
 第三部が、いよいよこの日の中心の「勧進帳」である。

 源頼朝の怒りをかった義経は、弁慶らと北陸を通って奥州に逃げるのだが、加賀の国の安宅(あたか)の関所を通過するときの様子を歌舞伎にしたものである。
 関所を守る富樫左衛門は、すでに山伏姿の一行の情報をうけて知っている
 そこで、「勧進帳を読んでみよ」と命ずる
 この時弁慶少しも騒がず、持っていた巻物を勧進帳であるかのように装い読み上げる。この問答があまりにも迫力があって素晴らしい。
 部下の一人が義経に疑いを持つや、弁慶は主君を金剛杖で叩く。あまりに悲しい弁慶の心情を察して、富樫は騙されたふりをする。

 勧進帳のこの三役は、歴代看板役者が生涯に一度は演じる、歌舞伎の代表作の一つとなっている。
 ちなみに七代目松本幸四郎の弁慶、六代目尾上菊五郎の義経、十五代目市村羽左衛門の富樫による勧進帳が絶品といわれ、映画にも記録されている。

 正直言って、長唄三味線の本格的舞台を見るのは初めてである。
 長唄なんて、何を言っているのか分からないから、私には無理だと言っていたのだが、こんなに夢中になったのには訳がある。一つの秘密の発見があったからだ。
 まあ、発見と言うほどの事もないのだが、要は歌詞をしっかり追いながら読むということなのだ。素敵な詞章がそのまま心に沁み込んでくるようで、決して飽きない。
 特に今回の「勧進帳」は問答入りだからよけい迫力がある。
 肝心の三味線も、本調子から二上がりになって、唄の旋律が段階的に盛り上がって独特の雰囲気を作り出す。
 三味線と囃子の間合い、素晴らしい技巧、さすがに見事で時間を忘れさせた。
 欠点は場内が暗くて字が読みにくいという点だった。

 しかし、それでも決して肩がこることはなかった。
 肩がこったのは、この感激をどう伝えようかと苦心して書いた、このホームページの時である。

言いたい放題 第232号 「TPPを考える」

 民主党内部で、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)をめぐって揉めている。しかし、一般国民でTPPといってもよく分かる人は少ないのではないか。
 政府はもっと国民が理解できるように努力しなければならないと思う。
 民主党内部の議論を聞いていても、大局的な立場からの議論と言うよりも、関連業界の既得権を守ることばかりが先行しているように思えてならない。 いわゆる「族議員」の暗躍である。

 この際、改めて私見を交えてTPPを考え、整理してみたい。

 最初は4か国加盟で発効した経済連携協定であったが、2010年、アメリカ主導のもとに急速に推し進められるようになり、2011年のAPECまでの妥結を目指している。
 2015年までに加盟国間の貿易において、工業品、農業品、知的財産権、労働規制、金融、医療サービスなどをはじめ、全品目の関税を10年以内に原則全面撤廃する。その事によって貿易や投資がしやすい環境が生まれる。いわゆる貿易の自由化を実現しようとするものである。

 折から、米議会は10月13日、韓国との自由貿易協定(FTA)法案を可決した。両国が目指す来年1月の発行に一歩近づいたのだが、これが実現すると、関税の原則撤廃など米韓貿易の障害が少なくなり、輸出入が活発になる。
 日本メーカーは、米国市場への乗用車やテレビなどの輸出で韓国勢としのぎを削っている。このままだと米韓の関税が無くなるのだから、日本は太刀打ちできなくなる。
 韓国は欧州連合(EU)とも、この7月にはFTAを発効させている。(注・米国は乗用車に2・5%、トラックに25%の関税。EUは乗用車10%、薄型テレビ14%の関税)。
 当然、韓国内にも反対の動きはあるが、貿易立国を模索する韓国は、より積極的になりつつある。
 日本の産業界は危機感を強めており、欧米や欧米とFTAを結ぶ地域から輸出した方が当然コストを抑えられるから、工場移転に拍車がかかり、日本の産業空洞化が一層深刻な問題になると指摘している。いずれにしても、このままでは日本は後れを取るばかりである。

 ちなみに、TPP加盟国、交渉国に日本を加えた10か国のGDP(国内総生産)を比較すると、アメリカと日本の2ヵ国だけで90%を占める。だから、実質、日米FTAとなり、日本の参加が実現すれば、韓国と一気に同列に並ぶことになる。
 少子化で国内市場が縮小するなか、成長著しいアジア太平洋地域と経済連携を深めることは欠かせないことだが、日本の動きは鈍い。

 TPPへの参加でのデメリットもある。ただし、誤解も多いいようだ。
 日本医師会は、TPP参加に伴う規制緩和で、国内の制度が崩壊すると懸念を表明したが、営利企業の医療参入や、公的な医療保険制度はTPPでは議論の対象になっていない。
 又、単純労働者の海外からの大量流入を心配する人もいたようだが、出張で短期間滞在するビジネスマンが、域内を自由に行き来できるよう、商用ビザの発給条件の緩和が中心で、定住前提の労働者受入れの話は全くない。
 色々な分野で、影響を受けるのではないかと心配するむきもあるが、政府はもっと丁寧に説明していく必要があるのではないか。

 なんといっても一番影響を受けるのは農業分野である。加盟に伴う関税撤廃で農家が打撃を受けることは確かだ。
 野田政権では、この為に農業再生計画をまとめた。
 しかし、その内容を見ると、TPP反対派を懐柔するための新たなバラマキといった感がぬぐいきれない。
 第一、コメの生産量を事前に調整する減反や、減反への参加を前提に、所得と生産費の差額を補填する、あの問題の「戸別所得補償」はそのままになっているではないか

 再生計画では、離農した農家が農地を売ったり貸したりする場合、新たに奨励金を支払うという。農家一戸当たりの農地面積を現在の10倍以上の20ヘクタール〜30ヘクタールに拡大し、収益力を強めるためだという。
 規模を拡大しようとする農家に助成金を支払う制度はすでにある。
 しかし、お金さえ出せば何とかなるという判断では、うまくいかないということは立証済みではなかったか。
 かつて、平成五年、コメの一部市場開放が決まったウルグァイランド(多角的貿易交渉)合意の時、農業の再生と称して、実に6兆円もの対策費を出したが、ほとんど成果は上がらなかった。 バラまきでは農家は決して強くならないのである。

 強い農業を育てようとせず、護送船団方式を続ける農協の傘の下に安住するような政策は、もう改めるべきだ。
 まず、減反政策を辞めるべきではないか。
 コメの生産を自由にして米価を市場に委ねれば価格は下がる。日本のコメは高すぎる。また、地代の方が得だと思えば、兼業農家は農地を専業農家に貸すようになる。
 ある新しい農業経営を目指している若き旗手は、「自由貿易など恐るるに足らず」と言っていた。この人は野菜の冷凍や加工、直売、通販など、いわゆる[6次産業化]を目指している。
 これからは、このような元気な人や、やる気のある農業法人を積極的に育てることを考えるべきではないか。あるいは意欲的専業農家に限って所得補償していく制度に切り替えてもいい。そうすれば効果も上がるし、財政支出も抑えられるはずだ。

 あらゆる可能な、有効な国内対策に手を打ちつつ、世界の流れから後れをとらないようにする、これこそ、いま政治に求められている要諦なのである。

言いたい放題 第233号 「中国の若い友人」

 久しぶりに、若い中国の友人と再会し、25日の一夕、赤坂のジパングで痛飲した。
 先月、突然メールが来て、この日に日本を訪れているので、是非会いたいという。
 相手は杭州浙江大学の主任教授を務める張宏医学博士で、日本で行われる核医学会総会で招待講演を行うというのだ。
 今回は奥さんの田梅さんも一緒だった。
 彼女は日本と米国の12年間にわたる留学を終えて、卓越教授の称号を得て、夫と同じ大学の付属病院副院長に赴任したばかりだという。
 日本に来るたびに何度か食事をしたり、数年前には杭州を我々夫婦が訪れ、彼らの可愛い子供さんとも触れあっている。
 

 会う2日前に、再びメールがあって、丁度、兄の張敏氏も湖北省の市長らと訪日するので一緒に参加していいかという。勿論、喜んで歓迎すると答えて、この夜は総勢5人の会食となった。
 
 実は私は、この張敏氏と最初に出会って、その後、張夫婦との交流となった。縁とはまことに面白いものである。
 彼は中国内陸部の武漢で活躍している工学博士である。
 平成13年に、私は湖北省の武漢市にある華中科技大学の客員教授に就任したことがあったが、これは彼の紹介によるものだ。
 この近くには有名な三峡ダムがあって、かつては工業が盛んな地域で、大学も数多くあった。
 大学では日本の歩みや経済の動きなどを意欲的に講義したが、当時は日本の状況についての情報は少なく、熱心に聴く学生の姿が印象的であった。

 中国と日本の間では領土問題などがあって、時に対立することも多い。
 2010年、尖閣諸島沖で日本の海上保安庁の巡視艇と中国漁船との衝突事件が起こり、中国各地で大変な抗議活動が繰り広げられた。
 特に目立ったのが学生によるデモだったが、華中科技大学だけは自粛して騒ぎにはならなかったと記事に書かれていた。何となく自慢したいような心地であったことを、今でも鮮明に覚えている。
 前にも書いたが、このジパングは、日本料理の名店「なだ万」が経営しているだけあって、料理はすこぶる美味い。その上支配人の小熊君が気が利いているから座も弾む。
 ビール、ワイン、それに私のオリジナル焼酎「深谷」、と酒量も急ピッチで上がる。席を変えてカクテルまで飲んでお開きになったが、相手もなかなかな者、一歩も譲らない。

 なんだか自分たちの息子夫婦が帰ってきたような心地になる。田梅夫人も、「日本のお父さん、お母さん」と何度も言ってくれるから、自然にそんな気分になるのだ。
 「また是非、杭州に来てください。私達が案内します」。

 前に行った時はあまり時間が無くて、十分に杭州の地を堪能してはいない。
 かのマルコ・ポーロは、世界で最も美しい見事な都市と呼んでいたという。
 長い歴史に彩られた景勝地、詩人や芸術家が絶景を楽しんだという西湖を、是非、船で遊覧したい。石仏で知られる飛来峰へも・・・。
 私達はすっかりその気になっていた。
 来年4月ごろ、一番いい季節に訪ねることを彼らと約束したことは言うまでもない。

 前述のように日中間では様々な問題が山積している。今後も多くの混乱が予想されている。
 お互い、国の利害を考えて主張すべきことは主張していかなければならない。妙な妥協はかえって火種を残すだけだ。
 しかし、こうした問題は、両国外交の不断の努力で少しずつ解決していくしかない。
 政治的問題を別にすれば、両国の間には歴史的にも文化的にも、お互いに共有しているものは多い。だから、これから日中間で大事なことは、積極的な人的交流ではないだろうか。
 もっと人間同士の交流を深めていくことこそ大事だと、楽しい酔いごこちのなかで、改めて思ったものである。

言いたい放題 第234号 「さよなら粕谷茂さん」

深谷隆司の言いたい放題 第234号
「さよなら粕谷茂さん」

 古い友人と言うより、政治家としての長年の同志と呼んだ方が正しいが、さる10月21日、粕谷茂さんが多臓器不全のため亡くなった。
 2年前に心臓の手術をし、そのまま療養生活を続け、結局、病院で帰らぬ人となってしまった。大正15年生まれの享年86歳、私より10年先輩である。
 28日の葬儀に出席したが、遺影は本当に懐かしい素敵な笑顔で、国会議員として全盛期のものではないかと思われた。

 粕谷さんは、父親が区議会議員であったことから政治家を志し、吉田茂元総理の側近といわれた広川弘禅元衆院議員の書生を経て、29歳の時、都議会議員に出馬、3度目の正直で当選し、4期務めた。
 最初の出会いは、昭和44年(1969)、私が33歳で都議会議員になった時で、彼はすでに都議会で輝くように活躍していた。
 私も彼も同じように裸一貫で、ひたすら政治の道を切り拓こうとしていた時代だけに、たちまち意気投合したものである
 当時は、美濃部亮吉知事の時代で、都議会では自民党は野党であった。
 翌年に、粕谷氏が幹事長になり、私は副幹事長に就任したが、二人のコンビで徹底的に美濃部都政を追い込んだ。
 まさに都議会で弁論の華が開いた時で、自民党の議員は次々と質問に立ち、競い合って美濃部知事を追及した。私は美濃部キラーなどと呼ばれた。

 ある時、自民党本部は次期参議院選挙の公認候補に粕谷氏を選んだ
 我々は、彼を国会に送り出すことによって、都議会が国会への登竜門になると狂喜した。
 ところが、そのすぐ後に警視総監であった原文兵衛氏を追加公認し、粕谷氏を外そうとした。
 激怒した仲間たちと、私が先頭になって、時の総理大臣佐藤栄作先生の世田谷の私邸に抗議の為に押しかけた。今、振り返って思えば厚かましい話だが、まさに怖いもの知らず、若気の至りであった。
 激しく訴える私を制して、政界の団十郎と言われた佐藤総理は、「本人が納得しているなら、文句ないのだろう」と優しく微笑んだ。
 「そんな筈はありません。本人の出馬の意思は固く、少しも変わりません」
 「いや、粕谷君は立派だよ、自民党の為に降りると言ってくれたのだよ。今、隣の部屋にいるよ」。
 なんと、扉を開けて当の粕谷氏が困った顔で入って来るではないか。
 「人事の佐藤」とは言われていたが、あまりの見事さに言葉もなかった。
 今度は、寛子夫人が酒肴を用意して入ってこられた。さっきの勢いはどこへやら、たちまち酒宴が始まって、我々はすっかり有頂天になっていた。
 以来、私は女房共々、佐藤ご夫妻に、お亡くなりになるまで大事にされた。忘れえぬ思い出である。

 昭和47年(1972)、私も粕谷氏も衆議院選挙に出馬し初当選を果たした。ちなみに私は無所属、粕谷氏は佐藤先生の配慮で自民党推薦であった。私33歳、粕谷氏43歳である。

 今週発売の週刊新潮の「墓碑銘」に、「9回当選も重要閣僚になれず、粕谷茂の党人人生」と詳細書かれている。心のこもった良い記事である。
 ここでも書かれているが、粕谷氏の真骨頂ともいうべきは、平成3年に行われた東京都知事選挙である。
 現職の鈴木俊一知事と、小沢一郎幹事長が推す元NHKキャスターの磯村尚徳氏が激突した。
 粕谷氏は「東京の知事は我々東京の人間が決める。岩手県かどこかから出てきたような人に決められたのでは困る」と啖呵を切った。
 余談だが、この時、小沢幹事長からの話として、私は磯村派の選対本部長に推薦された。小沢幹事長とは郵政大臣時代に特に懇意にしていたからだ。
 勿論、即座に断ったが、代わりに責任者に就いたのは鳩山邦夫氏であった。
 あの時、私が引き受けていたら、今頃一体どうなっていただろうか。
 私の政治家としての人生は、又、違ったものになっていたかもしれない。危ないところだった?
 私も自民党都連の仲間と必死だった。何しろ時の権力者との一騎打ちの戦いだ。負けたら我々も立場が無くなる。後には退けない知事選挙であった。
 結果は86万票も引き離して我々の劇的な勝利となった。
 その後、小沢氏は自民党から去っていった。

 葬儀は自民党との合同葬で、葬儀委員長は石原幹事長が務め、谷垣総裁も出席した。弔辞に立った麻生太郎元総理は、何度も「男粕谷」と繰り返した
 本当に、「男粕谷だったなあ」と、私の胸は熱くなり、走馬灯のように往時を偲んでいた。    合掌

第235号「朝鮮学校への無償化なんて?」

深谷隆司の言いたい放題 第235号
「朝鮮学校への無償化なんて?」


 民主党のいわば公約の高校無償化問題で、朝鮮学校もその対象にすると言い出したのは鳩山由紀夫元総理大臣である。
 この人のノー天気ぶりを今更言うつもりはないが、10月24日の産経新聞の報道によると、平成22年度に、全国の自治体で朝鮮学校に支出した補助金の総額は約4億円に及ぶという。
 前年度に比べて約1億5千万円減ったことにはなるが、どう考えても支給していることがおかしい。

 財政が極度に苦しいのに、子ども手当や、高校の無償化、高速道路無料化など、大盤振る舞いで国民を騙して政権を取ったのだが、特に朝鮮学校にまでその対象にする等、常識の沙汰ではなかった。
 鳩山氏は、「拉致や外交とは無関係」と得意の友愛論を振りまいたのだが、昨年、北朝鮮による韓国砲撃が起こると、さすがに菅直人前総理は審査手続きを凍結した。ところがなぜか、8月の退任直前に、突然、文部科学省に審査再開を指示した。
 一応、南北対話再開などを理由に挙げていたが、最初から無償化を進める気であったことは誰が見ても明らかで、要はタイミングを見計らっていたにすぎなかったのだ。
 野田政権になっても、一体どうするのか、「どじょう」のようにのらりくらりで、相変わらず曖昧なままだ。だから都道府県で足並みが揃わないのだ。

 私は、最初から朝鮮学校への補助金支給は、断固反対を唱えてきた。
 日本の国内にある学校で、反日思想教育は勿論、国際社会を敵視するような教育を平気で行っていること自体、本来許されることではない。
 金正日総書記の肖像画を掲げ、金日成主席親子を礼賛し、独裁政治体制を支えるような教育が、この日本で行われている実態を看過して良い筈もないのである。
 東京都は支給対象から朝鮮学校を排除している。さすが石原知事だし、自民党都議団だと思う
 又、大阪府は朝鮮総連による学校への影響力を排除することや、金総書記の肖像画を外すことなど4条件を決め、これを守らなかった高校への支給を止めている。一つの見識である。
 然し、今でも全国で4億円余が支払われているのだから、こうした実態を把握せず、依然、支給し続けている自治体も多いということである。
 しかも、都道府県とは別に、総額約2億5千万円を朝鮮学校に支払っている市区町が全国102もあるという。
 一体、こうした地方自治体は何を考えているのであろうか。
 関係する知事や首長、更に、その地域の地方議員に、猛省を促したいものである。

 民主党内でも、こうした状況に反発し、無償化反対を唱える人も多いようだ。
 こうした良識ある議員が結集し、この際、声を大にして働きかけて、民主党政権として無償化を止めるというきちんとした方針を打ち立てるよう、是非努力してほしものである。


 話題は変わるが、例の山岡賢次国家公安委員長が国会答弁で失敗をやらかした。
 スマートフォン(多機能携帯電話)の不正アクセスなどへの対策の遅れを、なんと「ノーズロ」と指摘したのだ。
 今の人には分からないかもしれないが、女性の下着を昔は「ズロース」と言った。書くだけでも恥ずかしいが、履いてない状態だから「無防備」と言う意味のつもりなのだ。
 これは単なる大臣発言での失敗の類ではない。あまりにも下品で、まさに人格、人間性の問題なのである。
 藤村官房長官が記者会見で、品位を欠くとして山岡氏に注意したことを明らかにしたが、こんな男が国家公安委員長かと、同じ職席でにあった私は情けなくてたまらない。
 野田さん、なんとかならないものかね!

第236号「陳腐な野田所信演説」

深谷隆司の言いたい放題 第236号
「陳腐な野田所信演説」


 長年にわたって国会で総理大臣の所信演説を聞いてきたが、名演説家?との前評判の野田首相、これで2度目だが、あまりにひどくて、背筋が泡立つ思いだった。
 素敵な表現をなんとか作ろうとして、結果は女子高校生の演説会か、いやそれ以下の陳腐でお粗末なものになっている。

 仙台市に住む障害を抱えた若き詩人の詩の一節を引用しているのだが、かえって彼女の純粋な心を汚しているのではないかと思われて、申し訳ない気さえする。
 例えば、こんな言葉だ。
 「希望の種をまきましょう。そして被災地に生まれる「小さな希望の種」をみんなで大きく育てましょう。やがてそれらは「希望の花」となり、全ての国民を勇気づけてくれる筈です・・・。」
 これが一国の総理が平気で語った所信表明演説なのである。

 政治家の言葉は、常に感動的でなくてはならない。
 国民と共に、愛するこの国をどう立派に作り上げていくべきか、中身があって、具体的で、熱烈な本物の志が無くてはならない。よし、これならやれると国民を奮い立たせるものでなければならない。
 お涙ちょうだいの、柄にもないロマンチックな文言をいくら重ねても、国民の感動も共感も得られない。
 前回の「どじょう」発言は、彼の素朴さだと、善意に受け止められたようだが、世界の国々でどう訳せばいいのかと困らせたように、一国の総理としての表現としては適切さに欠けていた。
 政治にすべてを掛けて生きてきた私から見れば、あまりに軽々で全く良い印象ではなかった。

 なによりも中身が無さすぎる。
 就任以来、ひたすら安全を気にしすぎてか、あるいは無能なのか、肝心の重要問題はほとんどさらっとかわして通りすぎている。
 今、話題になっている「武器三原則」の緩和など、公明党を気にして言及しなかったと、もっぱらの評判である。
 もう期限ぎりぎりになっている環太平洋経済連携協定(TPP)交渉への参加についても、「できるだけ早期に結論を出す」というだけ、なんと9月の所信表明演説と同じ表現ではないか。
 交渉参加の事実上の期限は11月中旬に迫っているアジア太平洋経済協力会議(APEC)なのに、である。
 もう野田総理が決断し指導力を発揮しなければならない時期の筈なのである。
 党内も含めて意見が分かれて混乱しているから、とりあえず当面の摩擦を回避しようと言う事であろうが、今に及んでも先送りだけでは、内外の信頼を失うだけである。

 国民注視の社会保障や税の一体改革についても全く言及していない。消費税はどうするのか。
 原子力発電所の再稼働についても触れていない。米軍普天間飛行場の移設など困難な課題も避けるだけだ。

 「政治家自身も自ら身を切らなくてはなりません」と言うから、国会議員定数の思い切った削減か、給与のカットでも打ち出すのかと思ったら、これは「与野党の議論が進むことを強く期待します」で終わりである。
 「私と政府の政務三役の給与を自主返納います」と胸を張ったが、前に書いたように、菅前総理が辞退していたものを、いつの間にか受け取っていて、それをまた返しますということなのである。立派でも何でもない。と言うより当たり前のことで、こんな程度の事を所信演説で大上段に構えて言うほうが可笑しいのである。

 臨時国会の課題として、震災復興、原発事故の収束、経済の立て直しを挙げ、その為に第3次補正予算案と関連法案の早期成立を訴えたが、東日本大震災から7か月以上も経っているのに復旧復興作業は大幅に遅れ、原発事故周辺の除染作業も滞っている。
 円高対策もほとんど手を打っていないし、打つ方途も示していない。先の見通しも真っ暗だ。
 要するに具体策は皆無で、いくら美辞麗句を使っても、国民にとっては夢も希望も無いのである。

 そんな状況の中で、冒頭で、「私達政治家の覚悟と器量が問われています」と言い、結びで、「すべての国民を代表する政治家としての覚悟と器量を示そうではありませんか」と言われても空しく響くだけなのである。
 江戸時代の儒学者の佐藤一斎の「春風を以て人に接し秋霜を以て自ら粛む」を挙げ、政治家や官僚のあるべき姿を説いているが、私から言わせれば、いま大事なことは「不言実行」だと思うが如何だろうか。

 野田総理、やる気があるのか無いのか、はっきりしてくれ。総理になったばかりで恐縮だが、駄目なら早めに辞めてくれないものだろうか。
 いくら待っても、「覚悟と器量」は元々無いようだから・・・。

第237号 「食べ,飲み,ジャズを聴く至福の夜」 

深谷隆司の言いたい放題 第237号
「食べ、飲み、ジャズを聞く至福の夜」

 10月最後の31日、恒例の「深谷夫婦を囲む会」が、ステーキ懐石「定谷」で催された。といっても、メンバーは私の元秘書で仲人もした大西英男君(前都議)、中屋文孝君(都議)、それに弟分の服部征夫君(都議)各夫妻と私達の8人である。
 どちらかというと、いつも「親を囲んで」といった雰囲気の会で、私たちにとって最高に楽しい集まりなのだ。
 数年前から続いていて、私も含めて交代で得意な店を選んで会合を持つ。
 別に高級店とは限らない、ひたすら、みんなを喜ばせるような店を選び、案内する。
 前回は中屋君が当番で、文京区水道にあるイタリアン料理店「リストランテ・ラ・バリック東京」だった。この店は、私の熱心な応援者の御子息が経営する店だが、今や大人気で、よほど早くに連絡しないと予約がとれない。

 今回は服部君が当番であった。
 さすが選んだ店は、地元根岸である。
 上野の山の北東にあたる根岸は、江戸時代、静かな田園が広がり、文人墨客の集う風雅な土地として知られ、橋場と並んで二大別荘地と言われていた
 池波正太郎の「鬼平犯科帳」や[剣客商売]などの作品でもお馴染みだ。
 かつては花柳界の地としてもにぎわい、私の区議時代までは料亭も多く、芸者さんも大勢いたが、今はほとんど無い。
 鶯谷近辺のホテル街などは、花柳界跡の名残だという人もいるが、地元の人間としては、そんな紹介は避けたい。

 ステーキ懐石の店「定谷(さだや)」は、まだ良き時代の風情の残る根岸柳通りから入る。
 この辺りは、昔ながらの一軒家が密集しているところで、細い路地がくねくねと続き、こんな場所に店があるのかと訝しく感じるくらいであった。
 そういえば、根岸に住んだ正岡子規は、「うぐいすや、同じ垣根のいくまがり」と詠んでいる。
 この店も一軒家を改造したもので、だから、友人の家を訪れたと言った心安さがある。
 一階はオープンキッチンで、ここに座ればオーナーシェフの定谷さんが、目の前で調理してくれる。
 我々は二階の部屋だったが、ここは1日1組の客しか受けないから、我々のような声が大きく喋り続けるタイプの者にはもってこいである。
 料理は、15,000円コースと、20,000円コースになっている。旬の物を最高の状態で提供する、をモットーにしているから、その度に内容が異なるという。
 確かに「鮭児」が出されて、思わず女房と顔を見合せた。鮭児は何万本の鮭からやっと獲れる超貴重なものだからだ。
 創作料理も、勿論肉料理も申し分ない。
 出されたワインが、アメリカワインの「りんどう」で、またびっくり。これはかの地で日本人が作ったワインで、まだ日本でそんなに出回ってはいない。好事家の間でようやく話題になっている逸品なのである。
 みんなよく飲みよく語る.すっかり気分が良くなったところでオーナーが登場、「深谷先生の総理を期待して乾杯」と音頭をとるではないか。
 お世辞とはわかっても、客の心をぐっと鷲掴みするから憎い。
  定谷住所 根岸4-3-2 TEL03(3874)2406

 帰途、何となく別れを惜しんで、私は彼らを雷門にあるジャズの店「浅草HUB」に誘った。
 この夜は、丁度、私がよく知っている薗田憲一とデキシ―キングスが出演していたからである。
 このジャズバンドが結成されてから50年になる。残念ながら憲一氏は他界したが、現在は子息勉慶君がトロンボーン奏者として頑張っている。
 このバンドに、いつも私の会などに出演してくれるクラリネットの花岡詠二氏がいた。
 彼とよく一緒に来てくれていたドラムの楠堂浩己氏が今はこのバンドのリーダーだ。この人のドラムは、力強いビートを持ったダイナミックなもので、デキシー界で今やトップではないかと思う
 舞台の何人かのプレーヤ―が私を見つけて合図してくれる。
 会場は満員で、音に合わせて肩をゆすり、足を踏み鳴らしてデキシ―ジャズの世界にすっかり入り込んでいる。世代的には私と同年配の人が多く、若き良き時代を振り返り懐かしんでいるのだ。
 私のメンバー達も酒とジャズに酔いしれているようだった。
 皆、厳しい環境の中を精一杯頑張っている。時にはすべてを忘れて、こんな至福の時があっていい、としみじみ思った。
 私等夫婦にとって、本当に素敵な夜であった。

第238号 「為替介入の効果は?」

深谷隆司の言いたい放題 第238号
「為替介入の効果は?」

 元NHKの記者で、財務大臣になった安住淳氏、記者に向かって「お前ら」などと呼び捨てたり、様々な場面で高慢な発言で、その生意気ぶりが批判されていた。
 テレビを見ていたら、彼が出ていて、「必要があれば断固たる処置をとる」となんとも強気な発言を繰り返していた。急激な円高に対しての発言だが、これは市場に向けての、いわゆる「口先介入」であった。
 しかし、そんなことで円高が止まるわけもなく、逆に戦後初の1ドル75円に迫る勢いになってしまった。
 口先だけで行動に出ないから、かえって介入時の円売りを見越した円買いを呼んでしまったとの批判も起こった。
 27日には日本銀行が、円安を促す追加の金融緩和を決めた。しかし、これもさっぱり効果が無くて、ついに、10月31日、政府・日本銀行による「円売りドル買い」の本格的な為替介入に踏み切ることになった。これで今年3度目になるが、過去最大のものである。
 安住大臣の強い意志によると、わざわざ財務省はそんな話まで漏らしている。まあ、長い政治家歴の私から見れば、こんな話が流れると、かえってこれは財務省主導のシナリオだなと憶測したくなる。

 今回の介入の規模は8兆円に上るとみられているが、果たしてどのような効果になるのか、率直にいって私は、投機筋に対する牽制にはなるが、やっぱり時間稼ぎ、長続きしないと思う。
 実際に、一時79円台半ばになった円相場は、その日のうちに77円台まで戻っている。
 円高を止めるには日本だけの単独介入ではとても無理で、各国の協力がなければならない。この夏からの超円高は、欧米の政府債務(借金)問題や、世界的な景気減速への懸念が強まっていること等が原因だからである。
 意外なことだが、海外のもうけを円に換えたがっている日本企業が多い為、大規模な介入をしないと円高を食い止められないという一面もある。
 いずれにしても、3、4日に仏カンヌで開かれる主要20ヵ国・地域の首脳会議(G20サミット)で、日本の為替介入について各国にしっかり理解させ、為替相場の急な動きに歯止めを掛けようという考えを、首脳宣言に盛り込ませることが重要になってくる。

 円高は日本の企業に大きな影響を与えている。一般に輸入関係は円高がプラスと考えられがちだが、必ずしもそうではない。
 例えば、原料を輸入している鉄鋼業界も、商売相手は自動車や電機メーカーだから、当然悪影響が出てもおかしくない
 トヨタ自動車や日産自動車は、現地生産や安い海外部品の輸入を現に増やそうとしている。そのしわ寄せは大手を支える中小メーカーに向かう。
 現地生産となれば、空洞化が進み、工場が減る。雇用が失われれば内需が冷え込んでいく。
 円高の構造的要因がデフレだから、その克服を急げという声も強い。
 安住財務大臣の「断固やる」ということは、これら諸問題に手を打つということで、並大抵のことでは無い。経済や財政問題にいかにも素人の彼に、どこまで出来るのか、あまり信用できないと思うのは私一人ではないと思う。

 過日の講演の時、「為替介入で使うお金は税金ですか」と言う質問があった。ここで為替介入の仕組みについて、少し、触れておきたい。
 為替介入は、まず国(財務省)の指示で、日銀が円資金を立て替えて円を売りドルを買う。その後、財務省は国債の一種である「政府短期証券」を発行して金融機関などの投資家から円資金を集め、日銀に返す。だから税金を使うことはない。
 いわば投資家から集めた円資金でドルを買うのだが、このドルは国の一般会計とは別の「外国為替資金特別会計」に入れる。ドルは主に米国債などで持ち、だから当然国の資産となる。つまり借金はするが、それに見合う財産は持っているということだ。
 ただ、今のように円高が続くと、米国債の価値は円換算すれば目減りは広がり、財産が借金より少なくなる。最近の含み損は約40兆円に膨れ上がっている。

 短期証券について言えば、文字どうり短期だから、すぐに返済期限が来る。そこで返済のために新たな短期証券を発行し、借り換えを繰り返すことになる。
 前述のよに様々なリスクも伴うから、介入は無制限に出来るわけではなく、短期証券の発行枠は予算で決められている。今年度第3次補正予算案で、発行枠は46兆円にすることになっている。(15兆円増加)

 それにしても、世界の経済は混乱している。最大の危機は欧州だ。
 財政上破綻をきたしているギリシャ、なんとかこれを救おうとユーロ圏各国の支援策が示されたが、これを受け入れるかどうかの国民投票をするとパパンドレウ首相が表明したのだ。
 緊縮財政が続き国民は悲鳴を上げ、連日抗議のデモやストが頻発し大騒ぎである。国民投票でお墨付きを得て、緊縮財政などを強行しようとの考えだが、もし否決となったら欧州の解決策の前提は全て崩れてしまう。
否決になれば国家破綻(債務不履行=デフォルト)、ユーロ圏からの離脱にもつながりかねない。

 2009年末にギリシャの財政危機が分かったのだが、その時、野党として緊縮政策を批判していたのが今の与党だ。自分たちが政権の座に着いても、やっぱり緊縮策をとったのだから国民は「こんな筈では無かった」と不満が爆発したのだ。どこかの国とそっくりではないか。

 前述のように、G20サミットの直前のギリシャの決定は、またもや大きな影を落とした。
 サミットの最も重要な議題が欧州危機問題だから、果たして日本の円高問題がどこまで十分に議論されるのか。
 円高が「震災復興の妨げになっている」ことも含めて、各国首脳にしっかり理解させなければならない。

 ああ、こんな時こそ、経験豊富な人材を擁する自民党の活躍が必要なのに、と思えてならない。
 「切歯扼腕」とは、まさに今の私の心境を言うのである。

第239号 「ギリシャに振り回されたG20」

深谷隆司の言いたい放題 第239号
「ギリシャに振り回されたG20」

 2日のこの欄で、為替介入の効果について、日本単独では一時しのぎに終わってしまう。各国の協調が必要だと指摘し、その為にもG20(主要20か国・地域首脳会議)でどこまで理解してもらうかが重要と書いた。 
 しかし、やっぱりというか、もっぱらギリシャ問題に振り回されて、日本に関わることなど、ほとんど真剣に議論されることはなかった。
 極端な批判が出れば、今後、単独介入は出来なくなるという懸念があったが、特に意見が出なかったということで、それはなんとか避けられた。しかし、別にお墨付けを貰ったわけでは無い。むしろ、先進国には日本の単独介入への不信感が強いと感じられた。
 景気が減速する欧米にとっては、通貨安で輸出を増やしたいという思惑もあって、なかなか一筋縄ではいかないのである。
 G20 の様子を見ていて、野田総理の存在感の無さには本当に悲しくなった。大言壮語の安住財務相など、居るのか居ないのか、ほとんど役に立ったとは思えなかった。

 それにしても、ギリシャの混迷ぶりはどうだ。あれだけ勢い込んでいた国民投票の実施を、あっさり突然撤回してしまった。
 フランスのサルコジ大統領とドイツのメルケル首相の強談判の結果だ。
 ギリシャの混乱は今やイタリアにも飛び火した。欧州金融市場でイタリアの国債価格が急落したのである。
 イタリアはドイツ、フランスに次ぐユーロ圏3番目の経済大国だからこれは大変なことである。
 ベルルスコーニ政権の基盤は不安定で、抜本的な財政再建策もなかなかまとまらない。借金は増える一方で、国内総生産(GDP)比120%超もの政府債務を抱えている。

 最も日本の状況はもっと悪く、数字の上で見ると、国債や借入金などを合計した借金は、2011年度末の残高で1022兆1047億円と、ついに1000兆円を超えてしまう見通しになった。
 公的年金などの社会保障基金も加えたIMFの試算では、日本の政府債務残高は、国内総生産(GDP)の220%に達している。

 「イタリアは自ら、国際通貨基金(IMF)に対し改革の実行状況についての監視を頼んだ」と発表したが、要はIMFの力を借りて再建に取り組もうということだ。
 今回、IMFは、資金繰りの危機に直面した国々に対する新しい貸出制度を作ることでG20各国と合意した。IMFの資金が足りなくなる場合にはG20各国が資金を出すことで、今後細かい制度づくりを進めることにしている。
 おそらく中央銀行のような、世界のグローバルな機能となっていくのではないか。

 ちなみに、IMFについて少し触れるが、これは187か国が加盟する国際連合の専門機関である。
 財政危機に陥った国に資金を融資し、財政再建を監視するなどして世界の通貨制度を安定させている。融資した国に専門家チームを3か月ごとに派遣し、検査を行い、問題点を指摘した上で、順調に進んでいれば融資を続ける。
 すでにIMFの監視下に入っている主な国には、韓国、タイ、インドネシア、ブラジルなどがある。

 G20は4日、欧州の危機が世界に広がらないよう各国が協調するとの首脳宣言をまとめて閉会した。
 世界経済が危機的状況にあるとの認識を示し、各国が結束して危機を克服する姿勢を打ち出した。
 世界の荒波の中で漂う日本丸、しっかりした舵取りで態勢を建て直し、尚、世界の為にその役割を果たしてゆく、これは容易なことではない。
 今の民主党、野田総理にそれが出来るのか、本当に心配でならない。

第240号 「外交は覚悟と器量」

深谷隆司の言いたい放題 第240号
「外交は覚悟と器量」

 環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐって、民主党内は賛否両派に分かれて大混乱である。プロジェクトチームも例の鉢呂吉雄氏が座長だから、最初から上手くいくわけがないと思っていたが、まったくその通りだった。
 民主党として交渉参加の姿勢を決定できないまま、両派に気兼ねして曖昧な表現で、結局、政府に判断を預けることになった。
 これを受けて野田総理はアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議で、日本の交渉参加を表明するつもりのようだが、支える体制がこんなに弱い状態で一体どこまでやれるのか、国の命運がかかっているだけに心配でならない。

 TPPについては、民主党だけでなく、いたるところで賛否両論に分かれて大きな騒ぎになっている。色々な世論調査でも、賛成がやや多いいが、どちらかと言うと拮抗しているといった状態だ。
 その責任は、やはり政府、野田政権にあると思う。
 TPPに参加すれば、何がプラスでどこがマイナスなのか、何故、もっと丁寧な説明をしなかったのか。
 最初から参加する気だったのだから、当然、情報開示を徹底しなければならないし、何よりも野田総理自らが説得にあたるべきだった。そうした当り前の努力を怠ってきたことが今日の混乱を招いている。

 私は、基本的に、TPPに参加することに賛成である。
 参加して、日本の国益のために堂々と主張すべきは主張していくことが大事なのである。
 一度交渉に参加したら抜けられない、と言う人がいるが、交渉もしないうちからそんな後ろ向きのスタンスでは、外交を通じて世界に伍していくことなど不可能だ。最初からそんな構えでは足元を見透かされて、まともに相手にしてもらえない。
 貿易自由化は避けがたい国際社会の趨勢だ。しかし、何でも容認するのでなくて、日本にとって受け入れられないものは「NO」と言えばいい。
 現時点でも、アメリカ議会等で不都合な事は受け入れられないと言う声も出ている。他の交渉参加国も同様だ。だからこそ、これから様々な難しい交渉が始まるのである。
 TPPで、日本だけ門戸を開けと言われるのではない、逆に相手にも開けと主張できるのだ。
 例えば、アメリカはトラックに25%も関税を掛けているが、これを下げろと主張できる。同じ思いの他のアジアの国と連携して交渉すれば、二国間の交渉より、多国間の交渉の方がメリットがあるではないか。
 アメリカに振り回されると心配する人がいるが、他のアジアの国を味方にすればそんな心配はいらないのだ。

 外交交渉について私は、何度も実体験を積んできた。
 1999年11月、私は通産大臣としてアメリカ・シアトル市で開かれた第3回世界貿易機関閣僚会議(WTO)に参加した。 
 WTOは1994年、ウルグアィランドで合意し、95年に発足した多角的貿易体制を作るための国際機関で、この時は新ラウンドを立ち上げるというのが目的であった。
 
 通産大臣として最大の交渉は「アンチダンピング問題」であった。
 ある商品の輸出向け販売価格が国内販売価格を下回る状況(いわゆる不当安売り)になった時、これを提訴して制裁を加えるという仕組みだが、当時、アメリカは日本に対してこれを執拗に濫用していた。(特に日本の鉄鋼輸出に対して)
こうした恣意的行為は、保護主義につながるから何らかの対応をすべきだというのが日本の主張であった。
 いわば大国アメリカとの戦いだから私は燃えて、日本の主張を理解してもらうために、様々な国の大臣と意欲的にバイ会談を重ねた。当時の加盟国は135ヶ国であったが、その4分の3を途上国が占めている。これらの国はアメリカをよく思っていない。こうした国の大臣を味方につけることが大事なことだが、会談を通じてかなりの成果を挙げていた。(帰国後の12月7日の記者会見で、「どこの国の大臣よりも私が一番多く他国の大臣と会ってきた」と語った記録が残っている)

 アンチダンピング問題を扱う分科会の議長は、カナダのぺティグル―大臣だったが彼とは特に親しくし、元々仲の良かったEUのラミー委員(ベルギーの大臣)と組んで報告書を作り、これを分科会の決定として公表した。(ラミー委員とはお互いの国を訪問しあい食事している。ちなみに日本ではうなぎの大江戸に案内した)
外交での仲間作りは本当に重要と思ったものである。
 ところがアメリカは頑として譲らない。
 ある時、同行の通産省の役人が飛んできて、「今、河野洋平外務大臣がアメリカの大臣につかまって困って居ます」という。
 私は押っ取り刀でその会談に割り込んだ。
 かの大臣、「このままでは、クリントン大統領の沖縄サミット訪問はどうなるかわからない」と言い出した。
 私は思わず、「来たくなければ来なくていい」と声を荒げた。気の優しい河野大臣は困った顔をしたが、一番困ったのは通訳で、「どう訳したらいいのですか」。
 米国大臣「いや、そういう声もあるということで・・・」と最後は言葉をにごしていた。

 役人の情報は早い。今度は「クリントン大統領が直接小渕総理大臣に電話を掛けるらしい」と言う。
 私は日本時間の明けるのを待って、小渕総理に電話を掛け、事情を説明し「順調に言っているので任せて欲しい」と伝えた。
 後日談になるが、結局クリントン大統領の電話には小渕総理は出なかったようであった。もう時効だが、どうやら居留守を使ったらしい。なかなかの人物であったと、懐かしく想い出している。
 
 アメリカは本当にしたたかであった。
 なんと会議の途中でいきなりグリーンルームでの会議を招集し、バシェフスキ―議長が「新ラウンドの立ち上げについて合意出来ないので、ムーア事務局長に後の対応を委任して、会を閉じます」と一方的に閉会してしまったのである。
 グリーンルームに集められた国は25か国程度で、格別の規定もない。
 呼ばれなかった圧倒的多数の国から、「透明性が無い」などと非難が出ていた。
 農業問題も含めて何の進展もなかったからだが、かくてこのWTO閣僚会議は新ラウンドを立ち上げることなく不調で終わってしまったのである

 外交は国と国との国益を掛けた戦いである。TPP交渉参加も、日本の為に何を主張し、どうまとめていくべきか、しっかりした方向性を固めていなければならない。熟議熟考が必要なのである。行き当たりばったりで、参加すればいいというものではない。
 彼が所信表明で言った、まさに「覚悟と器量」が必要なのである。
 野田総理にそれがあるのか。やっぱり不安だ・・・。

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