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言いたい放題 第191号 「なでしこジャパンの快挙」

 孫の隆仁が学校に出かける朝6時半ごろになると、子犬のチコがいつも激しく吠える。私たちに教えるためなのだ。
 18日早朝、チコが吠えている。今日は休みなのにと文句を言いながら起きたら、なんと孫と女房がテレビにかじりついて、なでしこジャパンの対アメリカ戦を夢中になって観ているところだった。
 おかげで、私もあのすばらしい快挙を目の当たりにすることが出来た。あまり利口ではないチコに、今日だけは感謝、である。

 それにしても、世界の強豪相手に見事な戦いぶりであった。
 女子サッカークラブが誕生したのは45年前だ。日本女子代表が編成されたのは30年前と聞く。
 当初は、やや人気が出たものの、その後はバブル崩壊と共に地盤沈下で、企業チームは次々と撤退し、今回のなでしこジャパンの主力選手の多くが働きながら練習を続けてきた。選手220人中、サッカーで生活が成り立つのはわずか1割だという。
 よく、ボクシングや相撲でもそうだが、ハングリー精神が、強くなる秘訣と言う。日本人はすっかり豊かになって、だから弱いのだと、したり顔で言う人がいる。
 なでしこジャパンの勝利はハングリー精神か。
 私は、そうは思わない。
 彼女達の屈託のない明るさを見よ、あれは夢を追い続けることに無上の喜びを抱く、純真な姿なのだ。
 彼女達には悲壮感は無縁だ、根性論も関係ない。あるのはプレーする喜びなのだ。だから、観る者の心を奪って離さない。

 もう一つ言えば、今回の大勝利は、日本チームの「勢い」であったと思う。
 孫子の言葉に、「善く戦う者は、これを勢に求めて、人に責(もと)めず」とある。
 戦い上手は、まず組織管理より組織全体の勢いを重視する。一人一人の兵士の動きはもちろん大事だが、最後は全体の勢いが事を決するというのだ。
 体格にも優れた世界女子サッカーは、どちらかというと個人の能力に頼るスタイルと言われている。日本選手は体こそ小さいが、しっかりまとまっていて、一点取られても取り戻せるといった雰囲気が常にあった。

 2度も追いつき、ついにPK戦に臨んだが、日本選手はそこでも伸び伸びとしていて笑顔さえあった。
 一般的にPK戦の勝敗は「時の運」と言われている。
  やっぱり、なでしこジャパンの勢いこそ、世界一につながったのだと私は思っている。

 ある経済評論家は、これで1兆円の経済効果があると語った。また、マスコミは、東日本の被災者に勇気を与えたと書いている。
 それはそのとおりだとは思うが、過度な賞賛と評価だけで終わらせてほしくない。これからの日本女子サッカーをどう育てるのか、そこをもっと心配してあげるべきではないか。
 彼女たちの環境は悪すぎる。まず、練習に専念できるような応援企業が出てこないか。
 新聞の一面全部をつかって「ありがとう、なでしこジャパン」、「〇〇は日本代表を応援しています」と広告を出している企業があったが、この熱気が冷めた後も、本気で応援してもらいたいものだ。
 そして何よりも大事なことは、国がしっかり支えることだ。練習場もない状況は恥ずかしい。育成のための費用など、議会経費を少し抑えるだけで捻出可能なのだ。  

 政治不信がすっかり蔓延して、国民が夢も希望も無いと嘆いているこの時期、こんなに明るい話題を提供してくれたのだ。よほど感謝して、彼女たちの戦いのように、俊敏な対応を見せて欲しいものである。

言いたい放題 第192号 「嬉しい心」

 7月20日、孫の安希与の誕生会が、文京区の自宅で行われた
 私は大人数の親族に恵まれていて、誕生日等、何かにつけて全員集合となる。
 小田家は、芸術一家で、その上母親、つまり私の次女だが、恵理は本まで出して、おもてなし教室を開いたりしている。
 だからこの夜の誕生会は、孫が中心になっての手造りの大晩餐会となった。

 宴会の開会には、本人の挨拶から始まることを恒例にしている。出来るだけ人前で挨拶できるようにさせたいとの、私の教育方針なのだ。
 安希与の言葉には泣かされた。
 「私は、おじいちゃんの生きざまを見て育ってきました。だから早くから自分もおじいちゃんのような政治家になりたいと思い続けてきました。でも、2年前に選挙で敗れて、あんなに一生懸命日本の為に働いてきたのに、どうして報われないのか、ずうっと悲しくて納得いかなかった。政治家への私の夢が揺らいでいます。これからどのような方向になっていくのか自分でもわからないが、精一杯努力し、自分の思いを発信させていきたいと思います。」
 まだ高校3年生の女の子なのに、こんな風に立派に成長してくれたかと思い、一方で、私の選挙の敗北で孫たちの心を、どんなに痛めていたのかと考え、思わず目頭を熱くしたのであった。
 他の孫たち、香瑠、麻紀、隆仁、(9ヶ月目の骭ウは別だが)、それぞれに私の落選が影を落としているのかと思うと、政治家とはなんと因果な道なのかと、改めて思うのだった。
 これからも彼らは、私の背中をずっと見つめて暮らしていくに違いない。そう思うと、責任の重さを考えぬわけにはいかない。
 まあ、今までどうり、真面目に誠実に、堂々とわが道を歩み続けることしかない。色々なことを考えさせられた、しかし、素晴らしい一夕であった。

 7月21日、自民党台東区総支部議員連絡会が根岸の「笹の雪」で開かれた。
 服部総支部長の配慮で、この夜は内助の功の夫人同伴の暑気払いをかねての宴だ(新人の望月区議の内助の功はご主人だが)。

 つい3日前の自民党政経塾の講義で、たまたま私は区議や都議の苦労を語っていた。一般に、国会議員も含めて、政治家はよほど恵まれていると思われている。
 しかし、日常の暮らしや、経財的な面でも決して恵まれている訳ではないことを、具体的にある議員の収支報告をもとにして話したばかりだった。
 ある区議は、月収59万9千円だが、所得税、党費、会派費など引くと、手取りは約40万円、政務調査費は会派に半分取られるので残り6万円、通信費、交通費で無くなる。
 一方、支出は国民健康保険、国民年金、会合費、冠婚葬祭費と嵩(かさ)み、残りは2〜3万円だ。ボーナス200万程度を加えても、とても生活できない。
 やむなく奥さんがパートで働いている。

 その上、選挙となると莫大な資金が必要だ。よくお金のからない選挙と言うがそうはいかない。この区議の場合、選挙事務所20万円、看板類31万円、宣伝カー(スピーカー、看板も含め)50万円、ポスタ―、はがき、新聞46万円、人件費36万円、食糧費27万円、雑費・・・・と200万円以上かかる。

 都議会議員も同じようなもので、額こそ103万円と多いように見えるが、種々引かれて手取りは68万円くらいである。
 政務調査費も議員に渡るのは40万円、そこから事務所賃貸費16万円、人件費15万円、都政に関わる会合費30万円等かかるので、まったく足りない。
 これ以外で一番大変なのが冠婚葬祭や種々の会合費だ。1月の新年会は150回以上ある。おおむね1万円程度の会費は出さなければならない。(私の場合新年会は700回前後)。
 手取り収入68万円で生活費を賄うが、家賃25万円、学費25万円、雑貨15万円と嵩み、これにボーナス140万程度が出るので何とかやりくりしているといったところである。
 選挙になると都議は区議の何倍もの支出となる。

 よく、政治家は何でも出来ていいと言われるが、これも逆で、政治家だからあれも我慢これも我慢となる。
 ちなみに私の家は、息子家族との2世帯住宅で4階建てだが、当初は娘たちとも一緒にと、8階建てを計画し、建築許可も下りていた。
 ところが、たまたま家の真裏が田原小学校で、当時の校長と一部の父兄から、なんとか空を残してほしいとの陳情があった。戸惑ったものの、せっかくの申し出だから政治家としては応えないわけにはいかぬ。思い切って一気に4階も削ることにしたのだ。160坪を捨てたわけだから、莫大な損害になるのだが、政治家だから我慢、ということであった。
 あれから近隣で続々とビルが建った。皆10階、11階の高層建築ばかりなのである。  

 地方議員たちは、色々な意味で決して恵まれている訳ではない。そんな厳しい状態なのに、では何故頑張っているのか。
 それは彼らに人生を賭けた志があるからだ。夢があるからなのだ。
 私自身、政治家を志したあの頃の夢を、今も追いかけ続けている。
 この愛する国を少しでも良い国にしたい、子供たちが誇れる国を作りたい、そして、私を育て支えてくれた人たちの為に、この地域を発展させ、喜んでもらえる状況を作りたい。そんな熱烈な思いは昔も今も変わらない。だからどんな苦労も厭わないのだ。

 この夜集まった議員夫婦の日々の努力を、万感の思いを込めて私は心から労った。
 みんな気のいい人たちばかり、なんと明るい連中だろうか。
 皆と杯を交わしながら、本当にうれしい心、であった。
 彼らの為に少しでも役立ってあげたい、そんな思いに駆られていた。

言いたい放題 第193号 「中国鉄道事故 国威発揚のツケ」

 7月23日夜、中国東部浙江省温州で発生した高速鉄道の衝突、脱線事故で、現時点で死者35人、負傷者192人という大量の犠牲者を出した。
 落雷で停車中の高速鉄道列車に、衝突、脱線したのだが、こんな事故は日本では全く考えられないことだ。
 しかも、一夜明けた24日早朝、追突した車両の運転席部分を、現場に掘った穴に埋めてしまったという。事故原因を究明する為に、本来ならまず運転席を徹底的に調べるのが当然なのだが、明らかな隠ぺい工作だ。
 衆人環視の中で平然と行い、「撤去出来ないから埋めた、どこが悪いか」と言わんばかりの姿勢は、まさに中国ならではの傲慢さだ。

 そもそも中国における高速鉄道建設は、中国の威信を世界に示すためのもので、そればかり優先して、安全性が軽視されてきた。
 運行を開始してわずか4年余りで、営業距離は8000kmに及び、2020年には1万6000kmの延伸計画で、日本をはるかに超えたと威張っている。
 今までの経過を見ると、経済大国を宣伝するものとして、高速鉄道は、概ね国家行事、大イベント前に突貫工事で進められてきた。この路線も建国60周年を控えた2009年9月に開業している。
 2010年の上海万博の時は8路線が開業したが、この時、最高時速486.1キロの試験走行に成功し、日本を超えたと大騒ぎだった。
 海外進出にも積極的で米国などに売り込み、トルコには国営企業が乗り込んでいる。胡政権が進めるハイテク輸出を担う看板事業だったのである。

 中国の高速鉄道は、日本の新幹線やドイツ、カナダ等から技術を購入して、中国の大手車両メーカ―などが開発している。いわば各国技術の寄せ集めなのである。
 ところが、こうした外国から購入した技術を「消化し、中国自らの独自の開発したもの」として、国際的な特許手続きも進めている。どこまで厚かましい国なのかと思うのは私一人ではないであろう。
 鉄道省の幹部は、「我々の技術はすでに日本の新幹線をはるかにこえた」と豪語していた。
 しかし日本の新幹線では、こうした事故は絶対に起こらない。自動列車制御装置(ATC)で間隔を常に調整し、落雷があっても非常ブレーキがかかるようになっているからだ。
 日本の新幹線は、開業してから47年目になるが、列車事故による乗客の死者はゼロだ。これだけ輝かしい歴史を持っているところは無い。
 中国では、鉄道建設に参加した技術者でさえ、「安全面で不安だから、自分は絶対に乗らない」と言っているとか・・・・。

 おまけに、相変わらず不正汚職事件も頻発している。この2月には入札を巡って賄賂を受けったとして、現職の鉄道大臣が解任された。なんともひどい国で、気の毒なのは国民だ。
 今回の鉄道事故は不幸なことで、多くの死傷者も出ているから、心から哀悼の意を表したいと思っている。
 しかし、一方で、最近の横暴極まりない中国の姿に、危機感を抱くものとして、こうした実態をきちんと認識しておかなくてはなるまいと、強く思っているのである。

言いたい放題 第194号 「心をつなぐホームページ」

 私のこのホームページ「言いたい放題」も、大分浸透してきたようで、色々なところで反応があって、嬉しい。
 自分としては週一回のペースで書くつもりでいたのだが、千葉の溝部さんのように、2日も書かないと、どうしたのかと電話が掛かってきたりする。
 この間は、「今の民主党政権には腹が立って我慢ならない。もっと激しく書いて欲しい」と注文まであった。心優しき私に、「そんなことを言われても」とは思うのだが、菅総理への怒りは、すでに沸騰点に達しているという事であろう。確かに同じようなことを何人もの方から言われている。

 話題には事欠かないのだが、今や、内容を考えながら私自身で打っているから、これはこれで結構大変なのだ。
 近頃は大分早く打てるようにはなった。
 孫が両手両指で打てるようになって欲しと、練習用のゲームを教えてくれるのだが、正直告白すると、私なりの一本指打法の方が速くて正確なのだ。
 もしかしたら、昔、私が大学生の頃覚えた和文タイプの影響かもしれない。あれは印字を一字ずつ拾うようにして打っていくのだ。

 あの頃は、もう区議会議員の出馬を具体的に決めていて、若い人たちを集めて「あしたの会」という組織を作り、青年会活動を繰り広げていた。
 私の地域は集団就職で上京し、住み込みで働く青年たちが大勢いた。
 井澤八郎という歌手の「ああ、上野駅」という歌がはやっていたが、彼らのことをうたっているのだ。その住込み店員や職人さん達が中心の会だった。
 私は彼らの為に「あした」という新聞を出し、やがては会報まで出したが、それらを印刷する為に覚えたのが和文タイプであった。
 もっとも、正式に習ったわけではなく、3日ほど教室に顔を出し、後は古いタイプ機を買って自己流で覚えた。
 昔から色んなことをやってきたが、そのほとんどでお金を掛けたことは無い。器用貧乏とでもいうのか、大抵のことは自己流でものにした。
 家は貧乏だったし、ほとんど学費もアルバイトで稼いでいたが、その内、和文タイプも本格的に打てるようになって、これもアルバイトの大事な仕事の一つとなったものだった。

 私のホームページでは、一応、「あなたの声を聞かせてください」となっているが、正直、ここにはあまり多くを期待していない。基本的には、私が思うまま、勝手に一方的に書き、「後はどうぞご自由にご判断ください」というスタンスなのである。 
 ただ時々、面白いものもあって、心動かされることもある。 
 7月23日、こんなメールがあった。本当は、出すことをお断りしなければならないのだが、匿名だからそのまま載せる。

 最初は、「わあ、濃いオッサン」のイメージだったが、本音で語る深谷骼iに興味を持ち、気付けば政経塾にも通っていたりします。
 「時代を巻き戻す自民公明「長老素浪人五人衆」復活の日」の話、取り方を変えれば私は大有りだと思っています。今の政局、混乱を乗り切るには、それしか、考えられない(菅替えられない)かも? と深谷先生流ジョークでした。
(原文のまま)

 匿名で無く、 名乗れば…、一杯飲もうぜといったところだ。

 久しぶりに箱根に行った時のことだ。
 プリンスホテルの「なだ万雅殿」で食事をするために家族で寄ると、支配人がいきなり「おめでとうございます」と、シャンパンを開けてくれるではないか。
 「昨年、旭日大綬章を受けられたので、そのお祝いです」。
 なんと、私のことをなんでも知っている。
 実は私のホームページのいわば愛読者(と言っていいのか)で、いつも勉強していますとのことであった。
 この支配人は渡辺さんで、「赤坂ジパング スーパーダイニング」から来たという。

 ついでに紹介するが(食べ歩き風に)、このジパングは「なだ万」の経営で、赤坂エクセルホテル東急の最上階にある私のお気に入りの店である。
ワンフロワー400坪、300席もある大レストランで、いつも繁盛している。
昔はマルコポーロというレストランで、石原裕次郎愛用の店、私も何度か一緒に飲んだものだ。
 和、洋、中となんでも有りで、日本そばなどは手打ちだ。勿論コースもあるが、私は多種多様なアラカルト料理が一番好きだ。
 値段は若者向きなら4〜5千円もあればいいし、私クラス?なら、まさになだ万の高級料理も堪能できる。
 ここの支配人は小熊君で、対応ぶりが親切で心がこもっている。彼がいるから行きたくなるのかもしれぬ。
住所 東京都千代田区永田町2-14-3 赤坂エクセルホテル東急14階
電話 03(3580)3661

 箱根プリンスホテルも、大震災の影響でかなり苦戦したようだが、この夏のシーズンはさすがに盛況、お客数は例年と変わらず、ようやく一息といったところである。
 「なだ万雅殿」の料理は、いかにも天保元年(1830年)創業の老舗料理店の味で、若い料理長が張り切っている。
 リゾート地への出店は、このザ・プリンス箱根店だけだという。
 自慢の日本料理「楽膳」は12,000円、8,400円のコース。食事の締めくくりは、稲庭うどんか、釡炊御飯に赤だしがいい。
住所 神奈川県足柄下郡箱根町元箱根144
   ザ・プリンス 箱根本館東棟グランドフロア
電話 0460-83-1080

 「心をつなぐホームページ」、これからもせいぜい頑張っていきたいものである。一本指打法で・・・・。

言いたい放題 第195号 「泣いてる場合ではない」

 前にも書いたが、政治家が公の場で泣くような、みっともない姿を晒してはいけない。それも国家や国民の事を思っての涙ならともかく、己に関することで泣くなど、許されることではない。
 海江田万里経済産業大臣は、29日の衆議院経済産業委員会で、答弁中に、なんと泣き崩れたのだ。
 彼は、無責任な菅首相との軋轢に悩み、一時は辞任を口にしていた。
 自民党の赤沢議員は、「政治家に限らず、出所進退を口にしたら辞めなければ価値を落とす。恥ずべきことだ。一体、いつ辞めるのかはっきりさせよ」と追及した。辞任する大臣といくら議論しても意味は無いとも言ったが、これは正論だ。
 ところが、海江田大臣、「出所進退は自分で決めさせてください。もうしばらくこらえてください。お願いします。私は自分の価値はどうでもいいですよ、本当に。私はいいです、自分の価値は」と声を詰まらせたのだ。何を子供みたいなことを言っているのか。
 私は彼をよく知っている。前述したが、私が予算委員長時代の理事の一人で、とても愉快な、好感のもてる人だった。
 それだけに、大泣きの顔がマスコミで報道された時、なんという醜態かと思わず絶句してしまった。

 菅首相を庇う人は、奥さんを除いてもうほとんどいない。
 「一日も早く退陣してくれ。このままでは日本がダメになる」と、多くの国民は危機感を持って、そう思っている。
 私だったら、自分の辞任と合わせて断固彼を引きずり落とすのだが・・・。

 海江田大臣は、仮にも「ポスト菅」といわれている次期総理大臣候補の有力候補であった。人前で自分の身が可愛くて、めそめそ泣くなんて・・・。
 これでは、総理などとても駄目、政治家としてこれでは絶対無理だ。
 せめて、大臣のうちに、所管である保安院のやらせ問題ぐらいはきちんと解決させ、多少の評価ぐらいは残してもらいたいものである

 このところ、国が主催する原子力関連のシンポジウムで、参加者の動員や、発言依頼でかなりの「やらせ」があったと大問題になっている。
 こうした会では、賛成側も反対側も、自分たちの主張を実現させるために、人を動員したり、発言内容を用意することは、よくあることだった。
 むしろ、昔は反対派の動きが活発で、それがいわゆる世論となる場合が多かった。80年代は反対運動が激しくて、主催者の国だけでは説明会が開けない状況であった。一般に原子力は嫌われ者で、賛成か反対かと聞かれたら、圧倒的に反対の答えが返ってきたものである。

 それはともかくとして、自分の信じた道を切り開くためには、一人でも多くの賛同者を獲得することは必要だし、多数の支持者を得て、問題を解決していくことは、民主主義社会では許されることである。
 だが、問題は犯してはならない一線があるということだ。
 それは何かと言えば、賛成側も反対側も「真実」を貫くことで、そこに偽りやごまかしがあってはならないということだ。国家国民の為に、何が本当に大事なのか、その主張や行動の背景が真摯なものでなければならないということなのだ。
 今回の問題では、どうも真実が隠されていて、しかも、不透明な癒着が垣間見える。
 しかも、重要なことは、今回の四国電力のケースでも、中部電力の場合と同じように、原子力安全・保安院が関係していることだ。
 保安院の役目は、原発を規制することではなかったのか。

 四国電力に対して、多くの参加者を集め質問や意見が出るようにと指示したのは保安院だという。他の場合も同様だったが、中部電力などは法令順守の面で問題があると、やらせ発言については保安院の指示に従わなかった。
 重ねて言うが保安院は規制機関だ。それがやらせの首謀者になるとは、とんでもないことだ。
 そもそも、保安院は、1999年、JOC臨界事故で規制体制の強化が課題になった時、まさに 原子力安全の強化のために設立された。だからその役目は安全の事だけを考えることなのである。
 ただ、保安院は経済産業省に属する機関だ。原発推進役の資源エネルギー庁とは組織は別になっているが、人事の交流もあるから、どこまで中立性が保たれ、安全規制を強く貫けるか、実はかねてから私も心配であった。

 菅首相は、「徹底的な事実関係の究明と厳正な対処が必要だ」と述べている。そして、「原発に依存しない社会をめざし、計画的に、段階的に依存度を下げていく」と発言している。それは結構だが、これでまた延命を狙おうとしているように聞こえてくるから困ったものだ。
 率直に言って、ここまできたら、保安院を経済産業省から独立させること以外にない。せめてその道筋ぐらいはつけてもらいたいものだ。

 海江田さん、泣いている場合ではないよ。せめてそのぐらいのことを菅首相にやらせて、彼を道ずれに、いさぎよく身を退きたまえ。

言いたい放題 第196号 「被災者のたくましさ」

 今年の2月、親しくしている松島蒲鉾の千葉さんの案内で、家族と松島観光を楽しんだ。
 その翌月、3月11日の東日本大震災で、この蒲鉾屋も大被害を受けて、営業不能になっていた。あの美しい松島は、どんな風になっているのか…。
 現地で、私たち家族を乗せて世話をしてくれたのは、南三陸観光バス株式会社の橋武彦社長であった。
 最近になって、千葉さんとの電話で、彼の会社が壊滅的被害を受けたと知って、何もできないが、せめて浅草の味で元気を出してもらおうと、むぎとろからお菓子を送った。
 返ってきた丁寧な手紙に、逆に激励を受けたのは私の方であった。
 かねてから東北の人達のたくましさは、災害状況の報道を通じて知っていたが、当事者からの直接の手紙で、その前向きな姿勢に感動した。
 政治や行政が無策の為に、どれだけ被災者たちは苦しんでいるか、無冠の私だけに日々胸を痛め、憤りを感じていた。
 しかし、現地の人達は、だれにも頼らず、自らの手で立ち上がり前進しようとしている。
 この姿を多くの人たちに伝えたい、そんな思いで、高橋氏の了解も得ず、お手紙を載せることにした。
 是非、こうした姿を大切に受け止め、みんなで彼等を支える為に、出来ることを実行し、併せて、この国の将来に心を寄せ合い、協力していきたいものである。


―橋武彦氏の手紙(転載)―

 拝啓、台風以来肌寒い日が続いておりましたが、また、真夏に戻ってきました。先日は浅草麦とろのお菓子と茶そばを頂きましてありがとうございました。家族みんな、にこにこ顔でおいしくいただきました。
 雪が降りしきる震災の当日から4ヶ月半経ちますが、月日の流れがこれほど早いと感じることは今までになかったことです。
 震災直後残ったのは私たちが乗っていた車と送迎用のバス3台のみ、自宅、事務所、観光バス13台を津波に流されました。ただ、人的被害がなかったので、それは本当に幸せなことでした。
 今回の震災後、人間は自然の前では無力ですが、生きる力は無限だな〜と実感し、自然によって人は癒され、自然の恵みに有難さを感じ、日々生活をしております。
 津波の翌日、瓦礫の中に横たわるバスを見た時、我々に出来ることは何か、そして、送迎用バスが残った意味を考えました。被災者だからこそ、被災者の気持ちが一番わかる、そんな思いから地域の足となり瓦礫の中、浸水した海水の中を子供たちや地域の方々を乗せてバスを走らせました。今は、瓦礫の撤去や道路の嵩上げが進み、海水の中を走ることも無くなりました。
 3台だったバスも今は、古い送迎バスを購入し、19台まで増やし運行しております。これも松島蒲鉾の千葉さんはじめ、皆様に支えられ必死でやってきたおかげです。
 先日、仙台市で六魂祭が盛大に行われました。その様子から、みちのくの夏祭りや山々が燃えるように色づく秋には、お客さまが絶対に戻ってくると確信しました。これからの夢、希望、目標は、観光バスを復活させる事。被災したからこそ伝えられること、自然の偉大さ、津波の恐ろしさ、そして、全国の皆様からの御支援に“ありがとう”をバスに乗車されたお客様を通して発信できたらと思うとワクワクいたします。
 一歩、一歩確実に、復旧、復活、復興をしていきたいと思っております。
 ひぐらしが涼しさを運んでくれますが、ミンミンゼミが暑さを運んできます。くれぐれもご自愛いただくようお祈り申し上げます。
敬具
  平成23年7月25日
橋 武彦
深谷隆司様

―以上―

言いたい放題 第197号 「政治家諸侯、もっと謙虚、真摯であれ」

 「危機管理に不向きな内閣の時に大事件、大事故は起こる。」
 これは、佐々淳行氏の言葉だ。全て菅内閣のせいではないが、最近の天変地異の凄まじさはどうだろうか。
 29日からの新潟、福島両県の記録的な豪雨は、多数の死者、行方不明者を出し、約37万人に避難指示や勧告が出された。
 泣きっ面に蜂ではないが、東日本大震災、福島原発事故、人体に及ぼす放射能、放射性物質を含む肉や野菜・・・、天災に人災も加わって、今、日本は最大の危機に陥っている。
 こうした状況なのに、国を真剣に憂い、この国の為に人生を賭けようという政治家の姿はあまり見られない。本当に残念でならない。
 特に政権を担う民主党の議員の無責任さ、愚挙妄言には怒りを禁じえない。

 民主党の安住淳国会対策委員長は、30日のテレビ番組で、「国からお金をもらって自分は言いたいことを言い、出来なかったら国のせいにする」等と東日本大震災で被災した自治体の首長を批判した
 「増税も無駄の削減も国会議員がやれ、と立派なことを言うが、泥はかぶらないという仕組みをなんとかしないといけない」とも語った。
 更に被災地の有権者に対して「家、財産、家族が亡くなった人は不満を持っているが、だからといって全部国会議員が悪いというのは感情的な話だ」と言ってのけたのだ。

 ついこの間、松本前復興大臣が被災地で暴言を吐いて辞任したばかりだが、今回の発言も全く同じ次元の発想だ。
 自分がどれだけ偉いと思っているのか、国会議員がどれほどのものと思っているのか。
 自治体の首長や有権者を馬鹿にし、上から目線でものを言う姿には、あきれるばかりだ。
 はっきり言わせてもらうが、安住議員など、昨日今日の若僧議員ではないか。一体、何様のつもりなのか。
 しかも、この発言が問題になると後から気づいて、大慌てで地元知事に電話を掛け、「議院内閣制の本質的な問題点を強く主張したつもり。意図が正確に伝わらなかったことは残念」と弁解したという。(朝日新聞報道参照)
 まるで子供だましのような内容で何の弁明にもなっていない。テレビを通じて、ありのままを国民は見て聞いているのだから、どんな言い訳も通用しない。
 語るに落ちるとはこのことだ。
 大震災の被災地や被災者に対して、万事こんな軽薄な思い、態度だから、必然、復興対策もおざなりなものになってしまう。

 29日、首相官邸で開かれた復興対策本部は、復興基本方針を決めた。
 菅首相は、「具体的な施策と事業規模、財源を盛り込み、本格的復興に向けた政策の全体像が示された」と胸を張った。
 しかし、中身は彼の考えていた増税規模も実施期間も決められずに先送りされ、すっかり骨抜きになってしまっている。
 もともと民主党に最初に示された案には、「時限的な増税措置などにより10兆円程度を確保する」と明記、これと並行して復興債を償還する期間を「5年間を基本とし、最長10年とする」と記されていた。これはまさに菅首相の思いであったのだが、一気に党内で不満が高まり、増税や10兆円の文言は無くなり、おまけに償還期間も消えて、中身のないものになってしまったのだ。

 決定的な背景は、民主党内部で「辞めることが決まっている菅首相の手で、こんな大事なことがまとめられるか」という圧倒的な声が横溢しているからだ。
 もはや菅首相は、党内においてさえ総理大臣として信任されていないのだ。
 ご本人はどこかで流れが変わってくれるのではないかと、妙な期待感があるようなのだが、何とも物悲しい話ではないか。
 本当に悲しいのは、国家国民なのだが・・・・。

 増税反対の声は、私も同感だ。
 前述したように、これでもかこれでもかと悲劇的災害が続くなかで、日本経済は後退し、景気は落ち込み続けている
 ここで増税などすれば、国民の消費意欲は一層後退し、景気は大きなダメージを受ける。
 消費税を上げた時もそうだったが、しばらくの間は税収が増えるどころか逆に減る一方だった。
 まして、今回の場合は、震災復興対策だけに緊急かつ短期間の勝負だ。へたに増税して、景気を決定的に悪くして、しかも国の税収が減ったのでは、災害復興に逆行するばかりだ。

 基本方針には歳出削減や国有財産の売却に加え、新たに特別会計の「埋蔵金」の活用が盛り込まれた。
 埋蔵金と言う表現が適切とは思えないが、確かに29日に財務省が発表した国の特別会計2010年度決算によると、剰余金は11兆1804億円にのぼる。この他に国債整理基金特会の剰余金が30兆7305億円ある。検討すればこの他にも期待できる資金はある。
 勿論、剰余金と言っても、国債の償還などに備えて資金を管理しているのだから、ほかの用途に使うことは難しいという建前にはなっている。
 しかし今回のような災害は、まさに国家的緊急事態だ。
 いたずらに増税に頼らずに、これらの巨額な剰余金を復興財源に活用するぐらいの決断があってしかるべきだと私は思っている。
 そして、こういう時にこそ、自民党が長年の経験を活かして立ち上がるべきではないかと私は思う。議員立法でも何でもいい、自民党が狼煙を上げれば、民主党の中でも必ず賛同者が出る筈だ。実現可能な話なのだ。

 今まさに国難の時、議員諸侯、この国と国民の為に、ともかく謙虚に真摯に頑張って欲しいと祈るのみである。

言いたい放題 第198号 「あきらめず訴え続ける」

 本来、辞めるべき人が辞めないで、役人の首だけ切るとは・・・。
 4日、海江田経済産業相は、経産省の3首脳の更迭を発表した。原発への対応や、やらせ問題についての責任を取らされたのだ。
 この処置についてはやむを得ないという思いはあるが、すでに自ら辞めると宣言していた海江田氏、当然一緒に辞めると誰もが思ったが、「納得できる時期に職を辞したい」と、訳の分からない説明だ。要は、自分のことは知らんぷりで、1日でも長く大臣の席に座っていたいという訳なのである。
 もっとも、肝心の菅首相も、6月2日に辞任を表明して以来、一向に辞める気配がないのだから、上から下まで厚顔、無責任内閣なのだ。

 更に、今回の経産省3首脳の突然の人事更迭劇には、菅首相と海江田氏との間で呆れた確執があったことが垣間見えるのだ。
 今まで、この2人の間で何度も功名争いがあったことは衆知のことだが、今回も同様であった。
 2日、この人事案は海江田氏から菅首相に報告されたのだが、官邸内では、これを早速菅首相の主導のもとで行われたように画策する動きとなった。
 経産省に対する世論は厳しい、70%以上の人が原子力行政を変えることを求めている。だから、ここで思い切った人事を断行すれば改革意欲を天下に示せるわけで、菅延命につながると考えたのだ。なんとも浅薄な判断だが、これが菅政権の実態なのである。

 一方、海江田氏は、今まで何度も菅首相に煮え湯を飲まされてきた。議場で思わず泣き崩れた醜態もそれが原因だ。今度はそうはさせないぞとばかり、急遽、4日に緊急会見を開いたのだ。
 「人事権は言うまでもなく私にある。人心一新は1ヶ月前から考え事務次官に指示していた」とわざわざ切り出した。
 更に、本来は12日が発令なのに、4日夕には早々と次の人事を発表している。何とも子供じみた動きである。
 ところが、役所から見ればこの人事、中身は極めて順当で、ほっとしたというのが本音のようなのである。
 後任人事こそ、菅首相のねらい目で、人気取りのために改革派の起用を考え動き始めていた。
 そうはさせじとばかり、首相のパフォーマンス介入を未然に防ぎ、順当な後任人事を海江田大臣に認めさせたのは、(私の情報網によれば)実は経産省首脳部らしのだ。そのしたたかさには驚かされる。
 この一連の動きの中に、政治主導などは何処にもない。いや、政治主導できる政治家がいないのだ。
 この国をどうやって救うのか、この危機的時代に国家国民を考える政治家はいないのか。
 近頃の政治家の言動を見るに、愛国心のかけらも感じられない。あるのは私利私欲だけではないか。恥ずかしいことだ。

 恥ずかしいことと言えば、またマスコミをにぎわす民主党議員のスキャンダル事件だ。 
 ご存知、筒井信隆農水副大臣の破廉恥行動だ。
 書きたくもないが、彼は30歳も年下の女性と同棲し、自らの選挙区が記録的豪雨に見舞われていた7月29日も、その女性と腕を組み食べ歩いていたのだ。(しかも、くだんの場所は上野、私の大事な選挙区を汚すな、大馬鹿者!)
 4日のテレビでの弁明記者会見では、本気で謝罪する態度も反省すら見られなかった。
 「週刊誌の記事で自分の言ったことは出ている、これ以上話したくない」で終わりだ。一体、そんなことで通るのだろうか。
 追求しようとしない記者の姿勢もどうかと思ったが、馬鹿らしくて聞く気にもならなかったのかもしれない。
 記事にある弁明は(週刊新潮)、腕を組んで歩いたのは「目が悪い。段差があると躓いて転ぶ。それで腕を掴んでくれているのだ」。まるでマンガだ、思わず吹き出してしまった。
 重要なことは、彼のブログで「私は29日、地元入りする予定だったが、電車不通のため断念」と書いていることだ。これは真っ赤な嘘で上越新幹線等運行していたのである。
 地元軽視どころか、地元の人々に平気で嘘を書く、こんな国会議員が許されるのか。国民が苦労して払っている税金を食っているのだぞ!許せない。
 即刻、副大臣更迭、いや議員の資格なし、直ちに国会議員も辞めさせよと思うのだが、どうやらお咎めなしで終わりそうな気配なのだ。
 かつて、中井洽氏が国家公安委員長の時、議員宿舎のカードキーを女性に渡していたという考えられないスキャンダルが起こった。最も国家の秘密を知る大臣のお粗末な状況に対しても何も出来なかった。
 もし、今度もそうなら、民主党政権には、自浄作用が皆無なのだといわなければならない。

 一方、民主党、今度は党の看板政策ともいうべき「子ども手当」も幕を下ろすことになった。
 元々具体的な財政の裏づけも無しに、ただ選挙目当てで作ったバラマキ公約だ。いつまでも続くわけはない。今年中は存続させるが、来年度からは自公政権時代の「児童手当」を復活、拡充させることになった。
 一番気の毒なのは、子ども手当の対象になっていた家族だ。民主党の票集めに利用され、振り回されてきた。窓口業務を担ってきた自治体の混乱も予想される。
 民主党が掲げたバラマキ4Kの1つが崩れたのだが、これから当然、他の3Kについても撤回もしくは変更が求められていく。
  いい加減なマニフェストは色々なところに多大な迷惑をかけ来たものだ。

 今、民主党の中は、菅首相をどうやって辞めさせるかで右往左往している。菅首相の厚顔無恥な居座り戦術に翻弄されて、何もできない。ただ、きりきり舞いを続けるだけだ。
 こんな状況で、国の政策を立案、実現させる事など出来よう筈もない。今、国政は機能していないに等しい。

 国民には、こうした現状を熟視してもらいたいと思う。そしてあらゆる角度から、あきらめずに批判の声を上げて欲しい。
 私も、無冠とはいえ、様々な場所で発言する機会は多い。これからも訴え続け語り続けていきたいと強く思っている。

言いたい放題 第199号 「私のおなかは 筋肉です」

 8月6日から2泊3日で、倅隆介一家を連れて大磯ロングビーチに出かけた。
 それぞれのクラブ活動があったりして孫の方が忙しい。
 私と女房はいつでも行けるのに、子や孫に合わせようとするとなかなか日程が決まらない。なんだか立場が変わり、そんな時代になったのかと、ちょっと寂しい思いもする。

 初めて、大磯ロングビーチに行ったのは、今から41年も前のことで、社会保険労務士として活躍している川口義彦さんが茅ヶ崎に住んでいて、私たち一家を招いてくれたのであった。
 東京都議会議員に当選したばかりの頃で、大磯にこんな素晴らしい場所があったのかと驚いたものだ。
 プリンスホテルに泊まれるようになったのは、それからしばらく経ってからのことである。

 私の中学生の時代は、泳ぎと言えば、もっぱら隅田川だった。今では考えられないが当時は水もきれいで底が見えるほど澄んでいた。
 両岸では釣り人達がハゼ釣りに興じていて、私たちは仲間と白髭橋や吾妻橋の欄干から飛び込んでいた。悪童達ばかりだったが、年かさの者は飛び込みを教えてくれたものだ。
 日本がまだ敗戦の痛手から立ち直っていない頃のことだが、やがて目覚ましい発展と共に、皮肉なことに産業廃液などにやられて、みる間に川は汚れてしまったのである。
 後に隅田プールが出来てからは、高さ10メートルの飛び込み台(オリンピック公式飛び込み台の高さ)から競い合うようにしてダイビングしたものである。かなり本格的な高飛び込みであった。

 やがて大磯ロングビーチは、我が家の夏の恒例の場所となった。
 私の得意のダイビングを家族や、特に子供たちに見せたくて、そして秘書や応援者まで誘ったものだった。私は元々見せたがり屋なのだ。
 今の人達で飛び込み台からきちんとダイビングする人は全くいない。悲しいことに皆足から飛び込むだけだ。度胸が無いのではなく、教える人がいないのだ。いいかえれば、いい意味の悪童たちが居なくなって、みんな小利口になってしまったのだ。
 ちなみに、私が郵政大臣の時、沖縄で大勢のマスコミ人の見守る中、ヨットのマストのてっぺんから高飛び込みをやって、やんやの喝采を浴びたことがある。当時すでに54歳であったが、毎朝5キロ走っていて筋骨たくましく、自分で言うのもどうかと思うが体型も絶好調であった。その時の雄姿?は、産経新聞の記者が撮ってくれていて、唯一の証拠写真として今も手元にある。

 この大磯ロングビーチには、色々な思い出がある。
 一番に挙げたいのは、やっぱり「人命救助」で表彰されたことか。
 平成4年8月16日、大磯の波打ち際で遊んでいた時、波にさらわれた男性2人を発見、娘恵理とそのまま海に飛び込んで1人を無事救助した。その日は台風の影響で5メートルの高波であった。
 1人高波にさらわれた青年の為に、必死に救助隊に連絡したが、ヘリコプターまで呼んだが間に合わず亡くなった。それが最大の痛恨事であった。
 大磯警察での表彰式の日、テレビも入って報道されたが、身内の人は最後まで名乗りを上げなかった。人の心ってそんなものかといった、今でもちょっと、心にわだかまりが残っている。
 その後、しばらくして私は村山内閣で、国家公安委員長、自治大臣を拝命した。人命救助とは何の関係もないが・・・・。

 大磯プリンスホテルの近くに、別館になっていた「滄浪閣」というホテル直営の中華料理店があった。立派な由緒正しい建物で、味も良く、何よりも、その歴史的歩みに惹かれて、しばしば通ったものである。
 ここは旧千円札で知られる、いや、わが国最初の総理大臣伊藤博文の私邸である。伊藤公がここに邸宅を移したことから、この地区に当時の政界、財界などの人々がこぞって別荘を建てた。
伊藤博文は明治42年、ハルピンで暗殺されたが、ハルピンから戦後引き揚げて来た私にとって、特別な思いがあったことは言うまでもない。
 残念ながら、平成19年プリンスホテルから売却された。

 更に少し行った処に旧吉田邸があって、ここも西武鉄道が1969年に買収していた。
 言うまでもなく、ここは吉田茂元首相が住んでいた邸宅で、戦後政治史の舞台の一つである。かつては、政財界の大物が意見を求める為に通い、これを「大磯参り」と呼んでいた。79年には大平正芳首相とカーター大統領との首脳会談も行われている。
 国会からここまで一直線の道路を作って、「ワンマン道路」と呼ばれたが、今は東名、小田原厚木高速道路が出来て、ほとんど死語になっている。
 特別の依頼によって、ここでプリンスホテルのシェフを呼んで食事をすることもできた。
 私は何度かここを使って、客人をもてなしたことがある。政治家の一人として往時をしのび、あれこれ語り合うことが楽しかった。
 ところがなんとこの吉田邸、神奈川県が2012年度からの一般公開をめざし、西武鉄道から敷地を買い取って整備する計画の直前全焼してしまったのだ。
 実はこのところ、県内の歴史的建造物が消失する火災が後を絶たない。旧住友家俣野別邸、旧モルガン邸がそうだ。湘南には旧政界人や文化人の別邸、庭園が多く、相模線沿いには千五百から二千あるともいわれている。こうした遺産が失われていくのは何とも残念ではないか。
 いずれにしても、世の中の変化と共にさまざまなことが変わっていく。久しぶりの大磯ロングビーチで感慨無量であった。

 倅や孫を相手に、この2日間随分泳いだ。負けてたまるかとかなり無理していたが、心臓は早鐘を打ち、50メートルも一気に泳ぐと心臓麻痺直前と言った体たらくぶりだ。
 孫の隆仁は小学校2年生だが、水泳教室に通っているからなかなかなものだ。スパルタ指導とばかり、何度も水中から放り投げたが、投げても投げても這い上がってくる。何度もいい気になって繰り返したら、最後は首が痛いと、少し筋を痛めたようだった。
 一晩中、大丈夫かと気になって、可愛そうなことをしたものだと反省ばかりでなかなか眠れなかった。
 帰宅してからも、黙って様子を見ていたがすっかり元気でほっとした。

 夕食時、みんなでビデオを見たが、私のクロールは少しも衰えてはいない。皆が、「立派」と拍手だった。
 ところが、プールから上がった己の姿には驚いた。腹がすっかり出ていて、思わず「消してくれ!」
 スポーツクラブにも通い、よく歩くし、特に今はタップダンスの練習にも熱を入れている。
 友人から痩せる薬までもらって飲んでいるのに・・・・。
 やっぱり食べ過ぎ飲み過ぎがいけないのだ。
 でも、わかっちゃいるけどやめられないのだから仕方がない。まあ、後何十年も生きられるわけでもないのだから、いいか・・・・。

 女房、しみじみ曰く、「貴方のおなかは筋肉です」。
 結婚48年、やっぱりいい相棒なのです。

言いたい放題 第200号 「菅首相、早く辞めてくれ!」

 今、国連の潘基文事務総長が日本に滞在中だ。被災者の慰問など精力的に飛び回っているが、彼の一番の来日目的は、9月下旬に行われる国連会合に、日本の首相に出席して欲しいということだと私は思っている。
 東日本大震災がもたらした被害の中で、世界中が最大の関心を持っているのは原子力発電事故である。
 潘事務総長は、原発の国際安全基準をなんとか強化したいと考えているが、そのためには福島第一原発事故の当事者である日本の参加が絶対に必要と思っているからである。

 世界中が関心を持つような大問題が起きた時、その当事国の責任者は、自国の体験を率直に伝え、同じ災いが再び起きないように喚起する責任がある。形は違うがこれも大事な国際貢献の一つなのだ。

 私にも同じような経験がある。
 平成7年、私は国家公安委員長兼自治大臣を拝命した。
 前任者の野中広務氏の時に起こったのがオウム真理教による地下鉄サリン事件だが、私は国家公安委員長として事後処理に追われていた。
 この事件を一種のテロ事件ととらえた世界各国は、その実態を知りたいと熱い視線を日本に寄せていた。
 すでに6月にハリファックス・サミットでテロ対策に関する国際協力の強化が論じられ、日本に対して指導的立場で参加してほしいとの強い要請が来ていた。
 そこで私はその要請にこたえる為に、12月、カナダのオタワで開かれたテロ対策国際会議に参加したのである。
 当時、野党の戦略に、国会中は大臣を海外に出さないという妙な対応があって、抜け出すのにずいぶん苦労したことを覚えている。
 会議では、私は2回も基調講演を行い、様々な質疑に応えたが、まさに会議の主役であった。
 自国の悲しい事件の為に主役になるのは残念ではあったが、最後に採択された「オタワ宣言」の随所に私の経験や提言が生かされていた。
 テロ問題は、近年いよいよ複雑多岐になっていて、いわゆるボーダーレス化が著しい時代だけに、国際的枠組みがこの時に生まれたことは、本当に意義あることであった。
こうした会議でもう一つ大事なことは、各国の大臣同士で頻繁に個別の会議がもたれることである。
 当然、各国は懸案の問題を各々抱えている。それをこのような機会に大臣同士で率直に語り合い理解しあうことは、大事な外交なのである。

 さて、潘事務総長の要請に、菅首相はどう答えたのか。なんとも答えようがなかったのである。
 いうまでもないことだが既に菅首相は辞任を表明している。その条件の一つになっているのが特例公債法案で、与野党協議の真っ最中、まさに山場を迎えていたからだ。
 オバマ大統領からも9月上旬、菅首相はアメリカに招かれていたが、この公式日程の調整もできていない。どうやらアメリカ側が拒否しているらしい。

 今、世界中が金融危機を迎え大混乱になっている。その原因は、世界経済を引っ張ってきたアメリカの政府債務問題である。
 債務上限の引き上げこそ期限当日の8月2日に決着したが、同時に決まった赤字削減案は今後10年で2.4兆ドルと中規模で、当初の4兆ドルとは程遠かった。
日本も今、底なしの円高に苦しんでいる。
 4日には、日本政府と日本銀行が「円売りドル買い」の単独介入に踏み切ったが歯止めにならず、8日には、主要7か国財務相、中央銀行総裁が、市場安定化を目指す共同声明を出した。これも目下は大した効果を上げてはいない。
 欧州も動きは鈍いし、このまま米欧が景気後退に入っていったらどうなるのか、事態は本当に深刻なのである。

 こんな時こそ先頭に立って働くのは、首相及び内閣でなくてはならない。
 しかし、日本の為替介入の時でさえも首相は直接関与していない、ということが委員会の質問の中で分かった。
 驚いたことに、「お盆明けに大挙して大臣が辞める筈」とテレビで得意顔で公言する政務官も現れた。例の中山某政務官である。
 書きたくもないが、一体、この男何を考えているのか。過日、菅首相から副大臣を依頼され、唯々諾々と承知したくせに、わずか数十分後に「なかったことにしてくれ」と言われると、豹変して「辞めろ」コールだ。ならば最初に断ればいいのに、恥の上塗りではないか。
 又、早速、鳩山由紀夫元首相が現れて、一緒になって「早く辞めろ」という。
 はっきり言って、民主党の連中が自分たちで選んだ首相ではないか。彼らが、世間に向かって「辞めろ」と言う資格はない。彼を選んだ責任を取って、まず自分から辞めるのが筋ではないか。
辞めたい大臣はさっさと辞めればいいのだが、その大臣もなんだかんだと言って居座っているのだから話にもならない。

 辞めろコールの中、知らんふりを極め込んで、ただ延命を図ろうとする菅首相、もはや日本には司令塔も無ければ、内政、外交もない。
 民主党を潰すしかない。せめて菅首相を一刻も早く引きずりおろせ、辞めさせなければ日本がダメになる。
 自民党よ目を覚ませ! 頑張ってくれとひたすら願うのみである。

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