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言いたい放題 第141号 「大災害の中、思うこと」

 11日に突然起こった東日本大震災の悲惨な状況が、新聞は勿論だが、特にテレビが24時間報道し続けている。
 あらゆる放送が「地震関係だけ」というのは前例のないことだ。民放でコマーシャルが自粛され全てなくなったというのは、私の知る限り、昭和天皇の崩御の時だけだ。
 それだけ、今回の地震が如何に大惨事であるかを物語っている。
 刻々と映る各地の悲劇的な出来事に、私は何度も泣かされた。津波の恐ろしさは、まさに映画でも見たことのない衝撃的なものだった。
 宮城県知事は万人単位の死者が出るのではないだろうかと語った。私も阪神・淡路大震災と比べて、あまりにも規模が違い、現在の行方不明者から見ても、数万人になるのではないかと深刻に考えている。

 あの地震発生の時、私は運良く自宅にいた。家具が音を立てて倒れ、グラスが次々と割れてガラスが散ると、孫が必死で私にかじりついてきた。
 こんな大きな地震を実体験したことは無い。本当にビックリしたが、一息ついて、もう大丈夫と思い、私は早速仕事に出掛けることにした。
 実はその1時間後、BS11で、西川のりお氏と1時間の対談番組の録画撮りが予定されていたからだ。
 日頃、なかなか気丈な嫁がベソをかいて、「行かないで下さい」と言ったが、何を言っているのかと笑って車に乗った。
 途中、歩道に大勢の人々が出ている。中にはヘルメット姿もあって、秘書に「随分用意のいい人もいるものだ」と笑って携帯電話でその光景を撮ったりした。
 ところが、北の丸の会場の建物前につくと、ビル内の人々が全て外に出てあふれている。
 全員退去命令が出てビル内には入れませんと言われて、関係者に電話するが、一向にかからない。
 念のために自宅にもかけてみると、なんとこれも全て不通になっている。そこで初めて、東京でもあの後、再び大きな地震があって、現地では更に大変な事態になっていると知ったのであった。
 普段、電話は必ず掛かるものと思って暮らしていただけに、全く通じないとなると、一気に不安がつのる。
 早く自宅へ戻ろうとするのだが、渋滞で立ち往生だった。日々の生活は安全で、いつも守られているというのは錯覚にすぎないと改めて思ったものだ。

 想像も出来ない大津波が去った跡には、家々の痕跡も残っていない。
 静かでおだやかだった街は瞬時にして消えて、瓦礫一色の茫々とした荒野になっていた。
 親や子や身内の人と生き別れになって、泣き崩れる人、変わり果てた街の姿を見つめて空しく立続ける人の姿に、私は何度も泣かされた。
 かつて、小松左京原作の映画に「日本沈没」というのがあったが、同じ光景を見せつけられて、まさに日本の国が崩壊するのかと涙を抑えることが出来なかった。

 特に最も大きな心配は、原子力発電所だ。かつて通産大臣として、あの福島原子力発電所を何度も訪れている。エネルギー資源のない日本にとって必要とはいえ、なによりも安全確保が大前提だ。安全確保の為にあらゆる対応をして、万全の体制をとるようにと指導してきたつもりであった。
 日本は地震国だけに原発の危機管理は相当研究され整備されているはずだった。しかし、どうも今回の経緯を見ると必ずしもそれが充分だとは言えない不安が残る。
 12日、福島第一原発で爆発音を伴う水素爆発が起きた。原発の建屋内で水素が爆発し建屋は壊れたが、原子炉の安全性を伴う格納容器は損傷していない。だから、今、直接的な危機状況ではないが、今後の損傷を考えると心配だ。
 1986年に旧ソ連のチェルノブイリ原発で起きた事故は、原子炉そのものが爆発して核燃料が直接大気に露出し、長期的に放射性物質が大気中に吹き出し大事故になった。幸い目下は、そのような状況ではない。
 政府は念の為に、半径20kmの避難指示を出した。これによってかえって不安が広がるという人もいるが、私は人の生命に関わることだから、念には念を入れるべきで、当然の指示と思っている。
 東京電力の発表によると1号機に続き3号機も水素爆発を起こし、また2号機も冷却不全となったと発表した。海水まで入れて格納容器内に満たし、原子炉内の冷却に全力を挙げる一方、格納容器内の圧力の上昇を防ぐ為、微量の放射性物質を含む蒸気を大気中に放出する弁を開ける等、必死に対応している。
 海水を入れるということは、今後使用不可能、廃炉となる可能性が高い、そのことを決意したからだと思われる。
 格納容器が破壊すると放射性物質が大量放出して、未曾有の大惨事になる。この際、最悪の事態を防ぐために、考えられる全ての手段を採用するしかない。ギリギリの攻防が続いているのだ。
 世界が注目している。なんとかこの危機を乗り越えて、むしろ原子力発電の世界的大きな教訓になるようにしたいものである。

 この災害の中で、唯一救われることがあった。それは、各国の日本に対する見方だ。いずれの国の報道も、この災害を通じて日本人を高く評価しているということなのだ。
 アメリカの各新聞は、今回のニュースを1面トップで大きく扱っている。「日本人は、あの大戦後、たくましく復興した。精神的に強いから、必ず立ち直る」、「あれだけの災害なのに節度を失っていない。アメリカやインドなら、もっと混乱しているだろう」、「日本の厳しい耐震構造基準が多くの日本人を救った。真面目に取り組む日本人の暮らしが、多くの生命を救った」、「日本人は何事にも真面目に真摯に取り組む姿勢があるから、決して倒れない」・・・。これらは、13日夜のフジテレビの番組で紹介されたものだ。
 ニューヨークでインタビューを受けた老人は、「何か日本の為に、私に出来ることはないか」と語り、現実に、ある日系人達が街頭で募金箱をもって街に立っているという。
 土曜日には決して更新しないのに、オバマ大統領は、「日本の声を真剣に聞く、全面的支援を約束する」とわざわざホームページで語っている。
 私は、日本はてっきりアメリカ及びアメリカ人に嫌われていると思っていたが、全く異なる反応に思わず涙が出た。しかも、こうした報道は各国とも同じで、ニュージーランドは「今こそ日本へ恩返しをしなければ」と書き、あの中国の新聞さえ、「日本人は、あれほどの場面でも秩序を守っている。感銘を受けた」と書いている。
 英の新聞インディペンデント・オン・サンデーは、1面全体に日の丸をあしらい、日本語で「がんばれ日本。がんばれ東北」とメッセージを掲載した。ロンドン市民は「私達の思いを代弁している」と語っているという。
 私はまた涙した。

 各国の救援の為の動きも活発だ。
 米海軍太平洋艦隊の原子力空母ロナルド・レーガンは、本州沖に到着した。自衛隊のヘリコプターと共に、非常用缶詰など3万食を気仙沼の運動場に輸送するなど、すでに活躍を始めている。
 第7艦隊のブルーリッジも救援物資や水を積んで日本に向かっている。救援活動にあたる米艦隊は、計9隻に及ぶという。この他にも150人もの救援隊が送られる。やっぱり同盟国はアメリカだとつくづく思った。
 救援を申し出ている国は物資まで含めれば94の国と地域と国際機関で、すでに13日には韓国はじめ中国、英、仏など、多くの国の救援隊が続々と到着している。

 近年、世界の日本に対する風当たりは一層強くなったと思っていたのだが、これも逆で、世界から続々とあたたかい手が差し伸べられている。なんと嬉しく、ありがたいことだろうか。
 知らないのは日本人自身だけで、間違いなく日本は世界から信頼され、尊敬されているのだ。
 最悪の状況の中で、改めて世界の人々が、日本に対してどんな見方をしているのか、はからずも垣間見ることが出来た。
 逆に言えば、その世界の人々の思いに応える為に、日本及び日本人は、もっともっと自覚し、よほどの努力をしなければならないと思った。
 ともかく、まずこの大災害を乗り越えて、一から再出発しなければならない。日本人の真の力がこれから試されるのだ。
 民主党政権では、なんとも心許ない、と思いつつ、この際、野党も長い経験を生かし、あらゆる知恵をしぼり、協力していかなければならないと強く思うのであった。

言いたい放題 第142号 「無理な願いか」

 東日本大震災は、時間が経つほどに益々深刻になり、死者の数も何万という、とんでもない数になりそうな気配である。
 その上、原子力発電所は次々と水素爆発を起こし、ついに本体の破壊という最悪の事態になってしまった。
もし、この状態が広がればあの旧ソビエト連邦のチェリノブイリの二の舞になり、まさに日本の存亡の危機をまねくことになる。
みんなそれぞれの分野で必死に努力しているのだから、国会も与野党協力して、いわば救国体制で臨もうとしている。
 私自身も、正直に言えば数々の不満や、言いたいこともあったのだが、ここは自制して静かに見守ろうと思っていた。
 しかし、政府側の発言や行動を見ると、肝心の部分で二転三転して、あまりにも無責任、これでは国民はどうしていいか迷うばかり、もはや看過出来ないと思えてならなくなった。

 特に原子力発電所に関わる動きは重大な問題を抱えているだけに、曖昧な言い方で済ますわけにはいかない。
 福島原発ではついに爆発を起こしているのに、度々の報告はあるもののなにか隠しているようで信用できない。
 枝野官房長官は勿論、経済産業省原子力安全・保安院の説明も要領を得ないし、電力会社の発言などは聞くに堪えないお粗末さなのだ。

どうしても、これだけは言わなければならないという点だけでも、率直に書こうと思う。

 まず、はっきり言いたいことは、このような危機存亡の時、人気取りのパフォーマンスは一切止めようということである。

 地震が発生した翌日、十二日朝だが、菅首相はヘリコプターに乗り込んで福島原子力発電所を訪れた。如何にも現場に飛んで首相自ら指揮を執るといった図だが、一体何か具体的成果があったというのか。
 なんにも知らない素人が急に行っても役に立つはずもない。
 首相たるもの、まずは官邸にどっしりと腰を据え、担当者から詳細報告を受けて、大所高所から正しい判断を下すべきなのだ。全容を把握し、適切な決断をするのが大将の本来の役目なのだ。現場に飛んで調査をしたいのなら、それは普段済ませておくべき事柄なのだ。
現場で一時間視察していたというが、丁度その時期が、すでに放射性物質の一部を放出しなければならない緊急事態に陥っていた時であった。首相がヘリコプターから降り立った為、現場担当者も首相対応に追われてしまった。こうした遅れが後の爆発の引き金になったと本気で怒っている関係者もいるという。
十四日の枝野官房長官の記者会見で「菅首相は更に被災地に行きたいと考えていたが、現地と調整した結果、無理であった」と正直に話していた。何のことはない、迷惑ですと断られたのだ。
 みっともない話ではないか。

 東京電力は、電力の供給力が大幅に落ち込んだため、十四日から計画停電(輪番停電)を始めると発表した。
 ところが、このことについて、なんと首相自ら記者会見を行って熱弁をふるったのである。そんなことは本来、経済産業大臣にやらせればいいことだ。
 「国民に大変な不便をおかけする苦渋の選択だが、かつてない国家に危機、みんなで力をあわせてこの難局をのりきろう」、なんとも時代がかった話しぶりで、どうだこの名調子はと自分で酔っているといった風情であった。
 しかも、電力需給緊急対策本部なるものを設置し、蓮舫行政刷新相を担当大臣に任命し、菅首相の後にご丁寧にもわざわざ演説をさせるではないか。しかもこれが首相の輪をかけたお涙ちょうだいの、見ていて恥ずかしくなるくらいのものだった。
 「どうかどうかご協力下さい。これは私からのお願いです」・・・。
 私から、ではなく菅政権からの、でしょうが。
 この人らしい相変わらずの勘違いぶりであった。
もともと、担当大臣は経済産業大臣でなければおかしいことなのに・・・。
ところで結果はどうだったのかというと、これが大変な混乱をよんでしまったのである。
 実施か否か、二転三転する東電の発表に鉄道のダイヤは乱れ、首都圏のターミナルは人であふれた。
 臨時休校は一都八県で千件を超えた。通学の足のほか、電力に関係するトイレの水洗や給食の設備等に支障をきたすからである。
 病院関係は更に深刻である。人工呼吸器や人工透析の患者は命に係わるから本当に困惑していた。
 一口に計画停電と言っても、ことほど左様に難しいものなのだ。政府としてきちんと調査精査し、しっかりした青写真を作っているのだろうか。
 そのために司令塔として蓮舫大臣を決めた筈なのだ。しかし、どうもあれから一向に姿を現わさない。
 やっぱりパフォーマンスだけの茶番に過ぎなかったのか。
 本当にいま日本は大変な、厳しい時代に直面している。だから、国会は勿論、あらゆる分野で対立や対決といった争いがあってはならない。
 しかし、それは菅政権に対して免罪符を与えたということでは断じてない。
そこのところをしっかりわきまえて、菅首相には謙虚に真剣に政治の舵取りをして欲しいのだ。

色々な経緯はあったとはいえ、菅氏は仮にも天下を握ったのだ。自分の人生をかけてこの日本の国のために働いてくれないものか。
 歴史的に見ても、いま日本は最悪の状況下にある。だからこそやり甲斐のある時代ともいえるのではないか。乾坤一擲の大勝負、菅さん、やれるか!
 やっぱり無理な願いかな・・・・。
 

言いたい放題 第143号 「空念仏はもうたくさんだ」

 マグニチュード9というのは世界で4番目の大地震だ。阪神淡路大震災と比べて、そのエネルギーはなんと約1000倍もあるという。
 東日本関東大震災は、これに加えて未曾有の津波に襲われたから、驚くほど巨大なものとなった。
 これは明らかに天災で、人のあらゆる力をもってしても防げるものではなかった。
 しかし、その後の経過を見ると、政府の対応は全くちぐはぐで、稚拙で、なによりも行動力が無さすぎた。それは司令塔であるべき総理をはじめ各分野での指揮官がしっかりしていなかったことが最大の原因である。
 となれば今や、天災ではなく人災と言った方が現実的である。

 最も顕著な例が、東京電力福島第1原子力発電所での菅首相の失態である。地震によって電線が切れ、津波によってディーゼルが水没して、電気系統が麻痺し、そのために原子炉は冷却機能を失ってしまった。
 原子力発電所の事故の時、まず「止める」、次に「冷やす」、そして「漏らさない」が3原則なのだが、「止める」は順調に進んだが、後は全くダメだったのである。
 菅首相は、東京工大出身を鼻にかけて、「俺は原子力の専門家だ」と豪語しているようだが、ならば最も緊迫し、早急な処置をしなければならない大地震翌日の12日、早朝、何故ヘリコプターを飛ばして現地の視察を強行したのか。今日のような悲惨な状況になるとは全く予測する知識がなかった訳で、ただのパフォーマンスで行動したに過ぎなかったのだ。
 あの時、すでに冷却不能に陥っていて、いつ爆発するかわからず、どう対応すべきか現場は大混乱であった。しかし、一国の総理の視察とあっては、直接担当者まで手を止めて説明しなければならない破目になり、この重大なロスが後の大事故につながっているといっていい。
 また、米政府が原子炉冷却の技術的な支援を申し入れてきたのに、なんとそれも断ったということが、今になって明らかになってきた。なんたることか!

 爆発や放射能漏れなど、危険な状態になっても、住民の避難範囲は当初は半径2キロ、3キロと小刻みで、後に慌てて10キロ、20キロ、最後は30キロにまで拡大していった。その度に移動を余儀なくされた住民の不安と苦痛はどんなものだったか・・・。
 一体どこが原子力の専門家だというのか。
 お粗末、ここに極めりといった状態なのだ。
 しかも、3月16日夜、菅首相は、首相官邸で会った内閣特別顧問の笹森清氏(元日本労働組合総連合会会長)に、「最悪の場合なら放射性物質の飛散により、東日本は潰れることも想定しなければならない」と語った。
 その時も、「僕はものすごく原子力に詳しいんだ」と専門家を自任し、「東京電力はそういう危機感が非常に薄い」と批判した。責任を他に押しつける姿も不愉快だ。
 これは時事通信が配信したニュースで、笹森氏自身が語ったものである。
 笹森氏といえば、連合の元会長で、いわば労働組合のドンだが、いつの間に内閣特別顧問に任命されたのか、それにしてもなんとも口の軽い御仁ではある。
 このニュースが流れるや、「ひょっとしたら専門家だから、何か具体的根拠があって言っているに違いない」と、驚き慌てた人も多かったようだ。現に私のところに真剣な問い合わせが何回もあった。
 こうなると風評の罪に問いたいくらいで、怒りさえ覚える。

 計画停電は、交通をマヒを起し、特に首都圏に大変な混乱を招いた。
 この停電を発表したのは、なんと菅首相自らで、先にも述べたが、その訴え方も妙に時代がかっていて、如何にも市民活動家といった風情で、いやしくも一国の総理たる重みや貫禄は皆無だった。
 菅首相が節電を呼びかけても、一向に国民は反応しない。それどころか17日には、逆に電力需給ギリギリまで追い込まれ、大停電の懸念を海江田経済産業大臣がテレビで訴え、再び計画停電続行を決めた。本来なら、元もと彼が前面に出て対応する筈なのに、困ると彼を出すのだからあきれるではないか。
 わざわざ担当大臣に指名した蓮舫大臣はどうしているのか。スーパーを視察して顔をしかめただけで、本来の仕事ではさっぱり活躍している様子は無い。
 ようやく通常の運行に戻っていた首都圏の鉄道各社は、再びラッシュ時の運行本数を削減するなど混乱の余波は続いた。

 天災はある意味、仕方ないところはあるが、人災だけは絶対にあってはならない。
 今からでも遅くない。菅首相はどっしりと腰を落ち着けて、あらゆる情報を集め、精査し、あるいは専門家の知恵を借り、大所高所から、決断をもってしっかりした指示を出さなければならない。
 言葉だけの「命がけ」など、そんな空念仏はもう沢山なのだ。

言いたい放題 第144号 「円高問題:投機家に振りまわされるな」

 日本だけでなく、世界中に、人の不幸を種に稼ごうとする連中が居る。腹立たしいことだ。
 17日海外の外国為替市場で一時、1ドル76円25銭を記録した円相場は、東京市場でも1ドル77円台の高値をつけた。これは戦後最高の高値である。
 大震災と東京電力福島第1原子力発電所の深刻な事故で、本来なら円売り円安が進むと思うのだが、投機筋は逆にこの機会にと狙いをつけるのだからすさまじい。
 いわゆる投機筋は中東・北アフリカの政情不安から、当面投資先が見当たらず資金がだぶついている傾向にある。「投機筋がうわさや風評を流して、朝5時という商いの薄い時機に、猛烈にドル売り円買いをやった」と、これは与謝野経済財政相の弁だ。確かに16日のニューヨーク市場は、投機筋らしい大量の買い注文が入り、これをきっかけに一気に円高が進んだ。

 うわさや風評といえるものに、例えば「日本での銀行、保険会社が、海外資産を売って、円に換金している」というのがある。そうなれば確かに円高は進む。確かに企業が被災した工場などの復興費として、円資産を確保しようという思いもあろうし、資金需要が高まる年度末も近づいている。
 しかし、実際には銀行や保険会社は、目下のところ手持ち資金を潤沢にするために海外資産を売っているという状況はない。日本企業に、資金を戻す動きが表面化していないのに、こうした状態になったのだから、やっぱり投機筋の思惑で円高が進んだとしか考えられない。

 今、震災によって日本の産業界は生産体制等、多大な打撃を受けている。
 自動車業界では、災害地に生産拠点や関連部品メーカーがあり、大きな被害を受けた。三菱自動車を除く11社が生産を停止し、再開の目処も立っていない。
 これは電気業界なども同様で、このまま円高が続けば輸出企業は益々業績を悪化させ大打撃を受ける。
 ようやく持ち直しかけた日本の景気回復に皮肉な言い方だが、冷や水を浴びせかねない事態となっていくのだ。

 一方、円高で良い点もある。
 これから巨大地震からの復興の為に、原油、資材、機器などが大量に必要になるが、円高でこれらの調達費を抑えることが出来るのだ。
 今、国際的に食料価格等が高騰し、国民生活を圧迫しているが、これを緩和することも可能だ。これから、あらゆる必要物資の調達が急増するが、日本が災害から立ち直る為にも、円高はその負担を軽減させることにもなるから全て悪いことではない。

 しかし、とはいえ、これからの日本経済を考える時、当然ながら市場の安定化は絶対に必要なことである。
 幸い、18日早朝、先進7カ国(G7)の財務省・中央銀行総裁による電話会議が開かれ、急激な円高を抑える為に、各国が協調して介入することを決めた。
 仮に日本単独の為替介入を行えば、逆に一気に円安に走りすぎたり、あるいは効果無しの結果になりかねない。しかし、各国が同時に協調介入ということになれば、確実に歯止めをかけることが出来る。これは日本を支持しようとする各国の強い姿勢の現れで、嬉しいことである。
 ただ残念なことに、急遽開かれた会議は、本来なら日本からの要請によるべきだが、フランスのラガルド財政相からの提案だったことに、民主党政府の弱点があるように思えてならなかった。

 直ちに、その効果は確実なものになって、前日より2円以上安い81円70銭台で取引が推移している。
 産業界が今年度下半期に想定している為替レートは、1ドル80〜85円だから、ようやく落ち着いてきたといえる。
 あとは、思い切った被災地支援や災害復旧に全力を尽くし、原子力発電所問題を早急に解決することだ。日本が、この最悪の状況を乗り越えた時、はじめて市場の安定が確かなものになる。

 今も、自衛隊、警察、消防が必死で放水を続けている。今回の災害で自衛隊の活躍は本当にめざましく、この存在がなかったら、日本はどうなっていただろうかと思ってしまう。かつて、民主党の首脳は、「自衛隊は暴力装置」だと発言したが、土下座して詫びろと言いたい。事業仕分けとやらで隊員数と予算を削った連中は謝罪するべきだ。
 それでも尚、黙々と自衛官は働いている。
 心から感謝したい。

 ちなみに、広域緊急援助隊、特に今回のハイパーレスキューは、1995年の阪神淡路大震災の翌年、私が自治大臣の時に決め、発足させた組織だ。なんとか頑張って欲しいと神や仏に祈るばかりである。

言いたい放題 第145号 「大災害時に見る政治家の質」

 ようやくNHK、民放で一部、普段の番組が始まっているが、相変わらず現地の様子を克明に伝えている。
 原子力発電所での必死の放水も、大丈夫なのかと万が一を考えて不安は尽きないし、何よりも日ごとに増えた死者、行方不明者の膨大な数字には心を痛める。
 今朝もそうだが、相変わらず余震が何度もある。そんな中で普通に戻った放送を見ると、なんと暢気なことをやっているのかと、放送再開は無理もないと思いつつも、やり切れない思いになる。

 統一地方選挙はいよいよ3月24日からの知事選挙を皮切りに始まる。区議会議員選挙は4月17日からだが、知事選挙中は他の選挙活動が出来なくなるから、候補者にとって、今が決起集会など会合がピークの時だ。
 しかし、一つ間違えれば「こんな時に」と批判を浴びる恐れもある。やむなく中止にした人もいる。
 私は服部台東支部長と連携をとって、全区議会議員と新人達を動員して、雷門で募金活動を行わせた。選挙運動よりも誠意を示すことが大切だと思ったからである。
 自民党ののぼりを立てての行動だったが、予想以上に好評で「頑張って下さい」と声もかかり、実際沢山の募金が集り赤十字社を通じて、現地に送ることが出来た。当分、早朝駅頭に立って募金活動をするよう指示している。
 中止せずに会合を開いた人も居たが、彼らには、まず震災でなくなった方達のご冥福を祈る黙祷から始めるように命じた。
 寺井台東区議の場合、私の髏ツ会のメンバーで遠藤氏という知恵者が居て、まず「地震の実際と今後」というテーマで私に基調講演をさせた。その後、服部氏に東京都の対応を語らせ、最後に本人からこれからの地元対策を述べさせるといった中味のある会合で終始した。
 参加者はこの不安な時期だけに有意義な会だったと語って、好評だった。
 いずれにしても、かつてないほどの日本の危機的時代、候補者はただ「出たい、当選したい」では駄目だ。自分はこの地域のために何をしようとしているのか、しっかりとした政策内容と覚悟をもつことを私は繰り返し彼らに伝えている。彼らも真摯に努力していて頼もしい。

 今の私は無冠の立場だから、直接地震対策の行動が出来なくてなんとも口惜しいのだが、自民党本部や都連の会合等を中心に、様々な提言を続けている。
 12日は、石原慎太郎知事の再出馬を受けての都連の会合があったが、私はその場でも「東京都が大規模な被災者救済にあたるべき」と論じた。
 福島原子力発電所は、本来東北電力のエリアだが、東京電力がこれを持ち、東京に配電を続けて来た。
 半径30キロにまで拡大され、何度もやむなく移動した避難者は、先々、戻ることも叶わず絶望の淵にある。
 こんな時こそ、都が大幅にこれらの人々を引き受けるべきなのである。今までに、すでに種々対応しているが、小出しにしては駄目だ。何万人を引き受けると具体的数字を挙げて、知事自ら発表すればインパクトは強い。私の主張に賛成する人も多かった。
 石原知事の子息、伸晃会長も在席していたから、きっとこの声は都に届くものと期待している。

 長年の政治生活だから、私の友人や後輩に国会議員や役人も多い。
 ここに直接連絡して、私の様々な提言を繰り返し伝え、これを政治に反映するよう依頼している。
 こういう時、どのような反応を示してくれるか、その人の性格や資質が実に正確に分かる。

 今から88年も前の関東大震災の時、山本権兵衛総理は早々と経済復興策を打ち出した。
 その中に、手形支払いを猶予させる緊急勅令「モラトリアム」を施行している。支払期限を先延ばしさせ、その上、手形の再割引に応じる日本銀行の損失を政府が補償する等、適切な法案を次々と公布した。
 今度の大震災で想像を超える数の企業が崩壊したが、これらの企業はかなりの支払手形を振り出しているはずだ。
 当然決済出来ずに焦げ付くことは必定で、そうなると次々と連鎖倒産が全国的に起こる。これからの経済不安を払拭させるためにも、今から対策を打ち出して、連鎖倒産を少しでも食い止めなければならない。
 そう思って、私の少なくとも今まで信頼していた若手新人議員に連絡してみた。ところが彼曰く「今は人命救助第一でそれどころではありません。金融機関は当然何らかの対応をしているはず、私も忙しくて・・・」と、なんとも投げやりな様子、思わず「ならいいよ」と私は憮然として電話を切った。
 比例でやっと当選した一年生議員、それも今は野党の立場、そんなに忙しいわけもないことは承知の上だ。要は事の重要性の判断ができない上に、不誠実で、国を憂うる心がないということなのだ。
 同じ内容のことを他の何人かに連絡したが、年配のベテラン議員ほど反応がしっかりしていて、嬉しかった。国会議員は若ければいいというものではないなと思った。
 参議院の中川雅治議員は、「今どうなっているか調べてご報告します。」と真剣に答え、早速2時間後に、「地震発生後、担当大臣と日銀総裁の名をもって、支払い猶予など適切に配慮するよう各金融機関に通達を出し、目下、順調に進んでいます。」と報告があった。
 今は多くの企業は瓦礫の下、会社どころか生命の危険にさらされている。しかし、少し落ち着くと直ちに起きるのがこうした問題で、支払い猶予どころか、不渡り総額がうなぎ上りの額になるのではないか。
 決算間際の企業にとっては死活問題だが、それは日本経済そのものに大打撃を与える。「是非、これからの動きを注視して、誤りなき政策を進めて欲しい」と要望した。

 それにしても、日本の為政者としてふさわしくないと強く思えるのは、やっぱり菅首相だ。常にパフォーマンスを繰り返し、この国難を自らの政権の延命策にしようとしているように思える。
 一番悪いのは、何かあると他に責任を押しつけようとする姑息な言動である。
 福島原発事故についても、自分の判断の誤りや不見識から、国民に甚大な迷惑をかけていながら、それがあたかも全て東京電力の失態で、許せないとばかりに怒ってみせる。
 圧力抑制室の事故が起きた15日早朝、菅首相は東電本社に乗り込み、幹部の前で「テレビで放映されているのに官邸に連絡がなかった」とまくしたて、ついに絶対に言ってはならないことを口走った。
 「撤退などあり得ない。覚悟を決めて下さい。撤退した時は東電が100%潰れます」。今、まさに生命がけで東電の社員は高い放射能の中、必死に頑張っている。「よく逃げ出さないものだ」と、私はその責任感の強さに目頭を何度も熱くしたものだ。
 「覚悟を決めて下さい」とは、彼らに死んでもいいから、逃げ出すな、なんとかしろと言わんばかりの言葉ではないか。「それをやらなければお前の会社を潰すぞ」とまでの恫喝で、どう考えても首相の言葉とは信じられない。
 更に、細川厚労大臣に命じて、労働安全衛生法を改正させ、作業員の被曝線量の上限を100ミリシーベルトから250ミリシーベルトと、実に2.5倍も引き上げさせてしまった。人の生命をなんと心得ているのか、もはや常識では考えられないことで、首相として不適任というより異常としか言いようがない。
 蓮舫大臣が、突然、スーパーマーケットを視察して、品薄になった状態に額にしわを寄せ、最もらしく驚いてみせた。国民に買い占めへの自重を促したつもりなのだ。
 大臣といっても子を持つ女房だ。当然毎日スーパーに寄って買い物をしているはずではないか。なんで大勢の報道人や警備の人々を引き連れて視察するのか、まさにパフォーマンスそのもので、いいかげんにしてくれてと憤りを感じたものだ。

 空前の大惨事の前に、多くの人々ははからずもその本性を垣間見せる。まさに人間模様を日々見ている思いだ。
 政治家の場合、双肩に日本の運命を荷負っているだけに、その場面場面に見せる姿を、私達は看過することは出来ない。
 日本にとって、最大に不幸なこの時代、誰が政治家にふさわしいのか、誰が真のリーダー足り得るのか、私達はしっかり見つめていかなければならないと強く思っている。

言いたい放題 第146号 「助け合いのすばらしさ」

 まだ予断は許されないが、一番心配していた福島第一原子力発電所の最悪の状態から、少しずつ脱出の可能性が出てきたようだ。
 「止める、冷やす、漏らさず」が原発のいざという時の三原則だが、それが壊れて大惨事寸前となっていた。21万人もの人が30km圏外に避難し、多くの国民は放射能の恐怖にさらされていた。
 しかし、ようやく空と陸からの放水で危機から逃れられるかも、というところに来ている。
 又、電源復旧作業も進み、機器の故障や漏電させ無ければ、なんとか電気が届く可能性も見えてきた。そうなれば「冷やす」ことが出来て危機的状態から確実に一歩抜け出せる。
 もっとも、この原子力発電所は全ての復旧作業が終っても廃炉以外にはないようだ。その廃炉が確かなものになるためには、実に現状維持のまま、10年は必要だと専門家は言っている。
 心配は果てしなく続くということか。

 ここに至るまでに、どれだけ多くの人々が、自らの命をかけて闘ってこられたことか。
 散々批判され続けながら、東電の社員及び関連会社の人々は、一時はわずか50名しか残っていなかったが、それでも高い放射能の中、被爆を覚悟で決死の作業を続けて来た。
 菅首相が東電本社に乗り込み、怒りを込めて「死んでも守れ」といわんばかりの暴言を吐いた。当然、大きな問題になったが、彼らに、せめて労りと感謝の言葉ぐらい言えなかったのか。
 ハイパーレスキュー隊の隊長が、一つの作業を終えてテレビに出ていたが、仲間と家族の励ましの中で、ひたすら働き続けたという。特に放水ホースを伸ばすために、車から降りて作業したが、相当の覚悟が必要であったと思う。
 妻からのメールに「日本の救世主になって下さい」とあったが、この言葉に彼らの全ての思いが込められているようである。
 このレスキュー隊こそ、私が自治大臣の時に作ったもので、私にとって感慨一入であった。
 地上放水の先陣を切ったのは警視庁機動隊員だが、放水後、「もう一度行かせて下さい」と訴える隊員もいたという。かつて、国家公安委員長を務め、彼らと行動を共にしたこともある私は、あの頃を思い返して涙が止まらなかった。
 空と陸上から危険を冒して放水した自衛隊員の活躍も素晴らしかった。国家国民のために働こうとする一途な重いに胸が熱くなる。
 復旧作業の大きな妨げとなっているのが大変な量の瓦礫の山だが、これを除去するためについに戦車も投入することになった。
 自衛隊の存在がなかったらと思うと空恐ろしくなる。
 重ねて言うが、事業仕分けで、自衛隊員の数と予算を削減した連中は断じて許せない。今も謝罪も感謝の言葉さえないが、これは今後きちんと糾弾されるべきことだと思っている。

 全国から、色々な人々が、被災者救援のために立ち上がっている。日ごとにボランティア活動が目立つようになった。勿論、政府の依頼とは無関係の自主的な動きだ。外国の報道で何度も言われているが、日本人の礼節や他人への思いやりの大きさに、改めて感動する。
 私の長女の亭主櫻井勝は国士舘大学で教授を務める医師だが、実は21日昼から宮城県の現地に向かった。
 日本救急医学会と日本臨床救急医学会が救急医療支援対策として立ち上げた医療本部の副本部長として、現地に支援物資を直接運ぶため、救急車とトラックで出発したのだ。
 被爆の危険もあるので生殖年齢の若者は外し、本部長の田中秀治医師と2人だが、現地の避難所では健康診断や、医師会との連絡調整等も行うと張り切っていた。

 一般的に災害時3日間は自分で身を守れ、それが過ぎると救援の手は充分に届くといわれているが、今回はその規模も惨状も全く異常で、まだまだ救助の手が行き届いていない。
 ある書道家が、テレビのコラボレーションで、見事な書で「日本一心」と書いたが、今こそ全国民が心を一つにして助け合い、新しい日本建設のスタートのために立ち上がらなければならない。
 それにしても、肝心の政治の無力なことよ・・・。

言いたい放題 第147号 「石原知事の涙」

 福島第一原子力発電所で、放水活動を行って帰京したハイパーレスキュー隊員らの活動報告会が、21日、渋谷区にある消防学校で行われた。
 石原慎太郎知事も参加したが、115人の隊員を前にして感極まって、何度も声を詰まらせて感謝を述べた。
 「みなさんの家族や奥さんにすまないと思う。あぁ・・・、もう言葉に出来ません。本当にありがとうございました。」
 隊員から報告を受けた石原知事は涙を隠さず、深々と礼をした。
 消防隊員達は、あの原発所で、被爆することを覚悟の上で、まさに命がけの放水活動を続けた。
 すでにテレビで隊員達の生々しい現場の記録は映像で公開されている。
今の時代、例えば菅首相のように何度も「生命がけで」と軽々しく言う人も居るが、それは上べの言葉だけだと、誰でも簡単に推察出来て空しくなっている。
 しかし、この消防隊員達は、まさに現場で生命がけで作業をし続けてきた。
 石原氏は「国運を左右する闘いに生命を賭して頑張っていただいた。おかげで大惨事になる可能性が軽減された」と称賛、更に「このすさんだ日本で、人間の連帯がありがたい。日本人はまだまだ捨てたものじゃないということを示してくれた。これをふまえ、これにすがって、この国を立て直さなければならない」と、声を震わせたという。
 この報告会に参加した隊員の一人は、「あの強気の知事が涙を流して言ってくれた。上からものを言うだけの官邸と違って、我々のことを理解してくれている。だから現場に行けるんだ」と話していたと、これは産経新聞の記事だ。
 前にも書いたが、かつて自治大臣として、私は将来の不安を予測して、緊急消防援助隊を組織し、一兆円防災消防構想を打ち出した。その成果がこうした形になっている。それだけに、知事の姿も隊員の心も素直に心に響いて、思わず涙を流した。

 そうした努力にもかかわらず、今、この文を書いている時も、福島第一原発の各所から、又煙が立ち上って、作業が中断したとテレビが報道している。
 放射性物質が広範囲にわたって検出され、東京の水道水も問題になって、幼児には飲ませないようにと政府は警告しはじめた。
 すでにほうれん草なども放射性物質汚染で出荷停止になっている。原発被害は広がるばかりだが、一体、こうした状況が今後どうなっていくのだろうか。
 あの旧ソ連のチェルノブイリでは最後は鉛と粘土で完全に埋めつくしたが、福島発電所もこうした最終的な処置を、もう具体的に検討する時が来ているのではないだろうかと私は思う。
 数日前、菅首相は、ようやく光明が見え始めたと相変わらず無責任な発言をしたが、皮肉にもその時にも白煙がのぼった。もっと先を読まなければ国の運営は出来ない。
 色々な人々が全力を尽くしている。
 しかし、それでも封じ込めることが出来ないなら、早く最終的な判断をすべきではないかと強く思うのである。

言いたい放題 第148号 「日本の行方を考える」

 この大地震で大きな打撃を受けた日本は、これからどうなってしまうのかと、将来に大きな不安を抱く人は多い。
 当然のことではあるが、第2次大戦を経験し、戦後の不幸な歩みの中で、政治を志し、一貫してこの道を歩んできた私からいえば、これから、5年、10年と苦難の時代は続いたとしても、必ず立ち直って、むしろ、この大災害を契機として、新しい日本が力強く生まれると信じている。
 戦後、日本の経済は世界が驚くほど発展した。しかし、一方で、道義道徳心が次第に薄れ、かつての良き日本人の姿が失われつつあるといった思いがあった。
 深い絆で結ばれていたはずの家庭の崩壊も目立った。
 「地震、雷、火事、おやじ」といったものだが、その中のおやじの権限は著しく後退し、子どもを厳しく育てる環境がなくなった。
 子が親を殺したり、母親がパチンコに興じ、我が子を死なせてしまったなどといった悲しい事件が散見される。
 すでに亡くなっている百歳を超えるお年寄りを、生きているように装って、その年金を搾取した許せない親不孝な連中も何人か現れた。
 街にはマンションが林立し、隣は何をする人ぞとばかり、普段の交流が全く無く、亡くなった人が何日も放置されていた事件も続出している。
 互助の精神は希薄となり、家庭を愛する心、街を愛する心、まして日本を愛する心は一体どこへ消えてしまったのかと嘆きたい状況であった。

 ところが、この大災害が起きるや、すっかり失われていたと思われた、かつての良き日本人の心が、実は埋もれていたが失ってはいなかったということが次第に明らかになってきた。
 世界が恐怖の目で見ているあの福島原発事故、東京電力の重大な責任は別として、現場で働く社員や関係会社の人々の努力はなんと見事なものか。すでに被爆者も出ているという危険な環境の中で、まさに生命がけの日々を重ねているのである。
 逃げてたまるかの気概と、自分が守らなければどうなるのかという責任感が、彼らをそうさせているのだ。
 原子炉の冷却のために、自衛隊が空から、そして地上からはまず警視庁の人々が放水を始め、続いて東京消防庁のハイパーレスキュー隊が、更には、大阪などの緊急消防援助隊が加わって、必死の放水作業が連日連夜続けられた。
 一番不安で心配している筈の家族も、たとえば、妻から隊長宛に、「救世主になって下さい」とメールを送るなど、ひたすら世の為国の為と声援を送っていた。石原都知事は、家族の方々に申し訳ないと絶句し涙を流したが、私も泣かされた。

 被災された現地の人々、原発危機で退去を余儀なくされた人々は、不自由な避難所で、帰るあてもなく暮らしている。
 普通なら、当然、不満が爆発してもおかしくない状況の中、、だれも恨まず、ささやかに配達される品を受け取ると、「ありがとうございます」と率直に感謝の言葉で頭をたれる。
 援助物資を奪い合い、殴り合う外国の光景を見慣れているだけに、なんとこの冷静さはと驚かされる。
 被災地の中で、自分の身内も被害を受けているのに、お互いに力を合わせボランティア活動をする人も多い。
 全国からの援助も素晴らしい。募金活動も活発だ。
 こんなに日本人が一体となって、苦労している人々に思いを寄せ、なんとかしなければと心を一つにし、助け合おうとした時があったろうか。日本の行方を心配し、自分に出来ることは何かを真剣に考え、行動したことなど、少なくとも戦後ほとんどなかったといっていいのではないだろうか。
 世界の国々が、こうした日本人の姿を評価し、称賛し、やはり日本は礼節の国と称えてくれたが、不幸な状況の中だが、嬉しいことである。
 どうして日本はこんなに愛情あふれた、一致団結する国なのか、と米の新聞に書かれていたが、私は、「日本人だから」と少し躊躇しながら答えたい心境だ。
 失われた日本人の良き心がよみがえったのではなく、実は潜在的なもの、心なくも埋もれていたものが、この悲劇的災害の時、マグマのように表面に現れたということなのではないか、そう信じたいと私は思っている。
 愛国心という言葉は、もはや死語だという人もいたが、決してそうではないのだ。これを機会にこうした日本人の心をもっと確かなものにすることこそ、最も大事なことだと私は思っている。
 次回は経済的復興は可能なのか考えてみたい。

言いたい放題 第149号 「日本の経済の行方はどうなる」

 今回の大震災の経済損失についてエコノミスト達は、なぜか沈黙を保っている。被害がまだ拡大している状況の中で、数字を挙げることは不謹慎という声があるからだという。
 その気持ちは分るが、できるだけ正しい予想数値を出すことは、これからの対策上必要だし、なによりも彼等の責務だと思うのだが・・・・。
 一応、大和証券は地震の被害額を14兆円強と想定し、みずほ証券は被害が阪神淡路大震災の二倍ならば、20兆円に達するとみている。ただし、これらの数字は原発事故の今後次第で変わるという。

 決して楽観論を言うわけではないが、一般的には大震災の後、中長期的にみれば復興需要が高まるので景気は上向くといわれている。まずは建設機械、橋梁、道路関連が活発になり、陸運や海運は業績が拡大する。
 阪神淡路の時はおよそ15兆円の資金が復興のために投じられたが、今回はどの位必要なのか、目下の判断は難しいが、あの二倍くらいは必要という人もいる。 
 これらの莫大な資金は当然、復興に関わる会社や個人に回ることになる。そして日本全体に回ることになる。悲観論ばかりでなく、この奇禍を逆に日本経済を成長させるきっかけにさせなければいけないと私は思っている。
 国や日銀のこれからの対応が大事だが、いまの菅政権がどれだけやれるのか、それが最大の心配事である。
 こうした場合、インフレになるのではないかと心配する向きもある。しかし、我が国はこの何年かデフレで苦しんできた。国債発行もインフレ圧力にはなるが、その差は小さくなるものの逆転はしないと思う。うまく運営すればデフレ脱却の好機ともなる。

 このところ、近所の飲食店はガラガラで、客が来ないと嘆いている。私は浅草だが特にそんな店が目立っている。
 毎日報道される被災地で苦労している人たちのことを思えば、贅沢はできないという心境だが、国民全体に自粛ムードが広まれば、経済はますます後退する。
 こんな時こそ経済活動を活発にして、復興の機運を作り出すことが大事で、それが被災者を救うことにもなるのだ。
 今、私たちはどうしたらいいのかと聞かれて、「しっかり働き、しっかり外食しましょう」と答えた。私自身、できる限り近くの応援者の店を家族と巡っている。

 ああ…、それにしても原子力発電所は一体どうなっているのか。これからの全ての復興は原発の回復いかんにかかっている。
 現場の人々の必死の努力に感謝しつつ、早く何とかならないものかと祈るばかりである。

言いたい放題 第150号 「エネルギー問題は国家主導で」

 東日本大震災での死者、行方不明者の数は益々増え続け、いまや三万人を超えるのではないかと言われている。阪神淡路大震災の比ではない。この大惨禍に言葉もない。
 ひたすら御冥福を祈るとともに、一日も早い復興を期待している。
 その上、福島第一原子力発電所の危険は一向に除去されていない。それどころか放射性物質の拡散が続き、風評被害も含めて一層深刻なものとなっている。
 今や、東京電力に対して責任を問う声がごうごうと起こっている。当然のことではある。しかし、批判するだけでは事態が解決する筈もない。
 落ち着いてから起こる損害賠償問題などを考えると、到底、一私企業である東京電力に支払い能力があるわけもなく、最後は国が相当な負担を強いられることになる。
 週刊ポストの取材で、「これからの電力を考えた場合、一民間会社に任していいのでしょうか」という質問があった。
 私は、色々な例を挙げて、「やっぱり無理でしょう」と答えた。
 そもそも、エネルギー問題は国家の存立に関わる問題だ。特に資源の無い日本の将来を考えると、重要な国策としてかなりの部分を国が直接仕切っていかなければならないと思う。
 かって私が通産大臣であった頃、関西電力のMOX燃料について不都合が生じて、大問題になったことがあった。
 使用済み燃料を再処理して核燃料として使うものがMOX燃料だ。(このようにして継続して使うことをプルサーマル計画という)
 日本では本格的な再処理工場が未完成なので、フランスとイギリスにこれを委託している。
 関西電力にMOX燃料を送っていたイギリス核燃料会社が、検査データ―を偽造していたことが発覚したのだ。
 私は激怒して、全てのMOX燃料をイギリスに送り返すことを決断した。
 ところが考えてもいなかった障害が立ち塞がったのだ。MOX燃料をイギリスから日本へ輸送することについては、通過する国々は許可していたのだが、逆に日本からイギリスに戻すについては許可していなかったのだ。
 各国の了解を取り付ける仕事は、本当に大変だった。あらゆるルートを通じて働きかけて、ようやく事なきを得たが、つくづく思ったことは、エネルギー問題は、やっぱり国が直接動かなければ駄目だということであった。

 今、日本は原子力発電に代わる新エネルギーを開発する為に必死に取り組んでいる。しかし、現状はコストが依然として高く、活用出来るエネルギーは数パーセントにすぎない。
 石炭を使う火力発電が再認識されつつあるが、いずれにしても、国が真剣に取り組んでいかなければ、我が国のエネルギー問題は解決しない。

 現在、原子力発電は日本の電力量の3割(実際は23%程度)を賄っているが、これを選択したのは、まぎれもなく国民である。
 今の時代、世の中は何でもかんでも電力さまさまで、ある意味贅沢三昧の暮らしを続けている。
 もし、原子力発電を抑える、あるいは止めるというなら、まずこうした暮らしを変えなければならない。

 今度の大災害に当たって、計画停電を行ったが、これは極めて評判が悪く批判続出であった。
 しかし、私は意外にも大きな効果を上げていると思っているのだ。
 例えば、3月23日の計画停電下、最大電力需要は約3300万キロワットだったが、これは昨年同時期の約4700万キロワットと比べて、実に約30%もの節電になっているのだ。
 夏場のピーク時が大変と、今から大騒ぎになっているが、これだって数字からみておかしな話ではないか。確かに東京電力の最大供給電力は、火力発電再稼働や他の電力会社からの支援があっても、5000万キロワットといわれている。
 しかし、今回と同じように計画停電を行って、30%の節電が出来れば、何の問題もなく夏場でも電力は十分に足りるではないか。

 計画停電は、特に産業界からの不満が大きかった。更に病院など人の命を預かるところでは、極めて深刻な、切実な事態を招いた。それは、計画停電とは名ばかりで、逆に全くと言ってよいほど計画性がなかったからに他ならないのだ。
 はっきり言えば、東京電力という一私企業に任せたから駄目だったのだ。
もっと広い視野に立って、高度な判断で計画を立て、正しい指導の下でこれを行えば何の問題も起こらなかったのだ。つまり、これこそ、本来、政治主導で行うべき事柄だったのである。

オイルショック後の1974年、政令によって電力使用制限を行ったことがある。産業界も様々な工夫と努力を惜しまなかった。まさに政治主導の成果であった。
 やろうと思えば色々なことが出来るのだ。
 電力はダムのように貯めておくことが出来ない。だったら、ピーク時を避ければいいのである。
 工場の夜間や休日操業、勤務体系を代えることや、サマータイム制導入も検討すればよい。
 そして、実は国民全体の節電こそ、特に大事だといわなければならない。何しろ、電力使用の実に4割を一般家庭が占めているのだから。早い話、われわれの暮らしを、少し昔に戻せばいいのだ。
 
 重ねて言うが、エネルギー問題は一私企業で解決できるもでは決してない。
あらゆる面での国家主導、政治指導が必要なのだ。

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