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言いたい放題 第91号 「情けない弱腰外交」

 随分、長い間政治家として歩んできたが、はっきり言って、今日ほどお粗末な政権を見たことはない。
 「こんな政治じゃ、日本がダメになる!!」と拙著で書いて世に問うたり、あらゆる場面で警鐘乱打してきたが、現職議員としてバッチを持たないことに、今、改めて空しい思いにかられている。
 まさに、民主党政権の無能さを、暴き出したのが、尖閣諸島での中国漁船衝突事件と、その後の対応の稚拙さであった。
 明らかな日本領海への侵犯行為であったが、特に、自らぶつかってきたことは公務執行妨害で、船長以下の逮捕は、日本の国内法に基づく当然の処置であった。
 菅首相はじめ仙谷官房長官、前原外相等政府首脳は、当初、法に則って粛々と対応すると公言していた。
 ところが中国側は異常なほどの反発で、反日デモが始まり、ついに温家宝首相自ら、恐喝ともいえる言動をもって、日本に大圧力をかけてきた。
 日中間で決まっていた各種会合のキャンセル、閣僚級の交流も中止、そのうえ、レアアース(希土類)という、日本のハイテク機器に欠かせない資源の輸出中止等々である。
 日本にとっては、まさにここが我慢のしどころ、正念場だ。国家の誇りと権威を持って、断固対応すると思っていたら、なんと9月24日、突然、船長釈放で一挙に腰砕けとなってしまったのである。
 しかも、処分保留(起訴猶予)で釈放と記者会見を開いて発表したのは、なんと那覇地検の次席検事ではないか。大変な外交問題となって、血の雨が降るという切羽詰まった状況の中でだ。なんで一地方組織の、しかも次席検事あたりに、事件の幕引きをさせようとしたのか、あまりの馬鹿さ加減に言葉もなかった。
 次席検事は、巡視船側に格別の損傷も負傷者も出ていない、船長の行為に計画性が認められない、日本国内での前科が無いなどを釈放理由として列挙した。
 だったらなんで漁船拿捕、船長らを逮捕したのか!
 最初の判断の誤りが、外交問題を引き起こし、日本の危機を招いたということではないか。一体、誰が責任をとるというのか、昔なら責任者は切腹ものだ。
 更に驚いたことに、この次席検事は、わざわざ「中国政府に配慮して」とも発言している。
 「ふざけるな!あんたがそんな生意気なことをいえる立場か!」
 検察庁法14条の規定で、検事総長が指揮権発動というのがあるが、今回は、そうした事実もないという。

 24日の仙谷官房長官は記者会見で、「船長釈放はあくまで検察独自の判断だ」との見解を繰り返した。
 それなら、国家の外交や安全保障にかかわる国益上の重大な判断を、一行政組織に過ぎない検察当局に丸投げしたということなのか。
 かつて国家公安委員長を務めてきた私の経験からいうと、この種の判断や決断は必ず内閣に求められるものなのである。
 今回の逮捕や釈放にしても、内閣の判断と決定によるものであることは明らかだ。
 一地方組織で決めることなど断じて出来る筈がない。
 前述のように菅首相は「日本が折れる必要はない」と、かなりの強気発言をしていた。しかし、21日にニューヨークを訪れた温家宝首相が「即時無条件釈放」を日本に要求し、「そうしなければ更なる行動をとる」と脅すと、一変に屈して、すっかり弱腰になってしまったのだ。
 船長の釈放は間違いなく、菅内閣の判断によるものだ。一地方検察を隠れみのにする姑息な態度は許せない。
 温首相のあの傲慢不遜な顔と比べて、菅首相の媚を売るような卑屈な笑いは何だ。
 まさに彼らの言う、蔑称小日本人の顔そのもので情けないかぎりである。

 船長は中国の仕立てたチャーター機で迎えられ、今や英雄である。
 しかも、船長を釈放しても中国の強硬姿勢は少しも変わらない。
 それどころか、中国は同日未明、なんと今度は謝罪と賠償を求めてきたのである。
 こちらが一歩後退すれば一歩出て来る。中国の外交の常套手段で、そんなことは過去の歴史を見れば、わかりきったことなのだ。
 さすがに、菅首相は「全く応じるつもりはない」とはっきり拒否した。当然のことなのだが、一体どこまで突っぱね続けるのか不安は残っている。
 明らかな報復処置だが、同時期に4人の日本人が拘束された。日本大使館は26日になって初めて、人道的観点から安全確保と迅速な処置を求めたが、何故、中国のように即時釈放を要求しないのだ。相手は「法律に基づき公正に審議する」と、日本が先に主張したことと同じ理屈であった。

 今回の事件は、ひたすら野党の立場で暮らし、政府を批判する以外何も知らない民主党政権故に起こったことだと私は思っている。
 そもそも自民党政権だったら、最初からこんな愚は決して犯していない。
 2004年4月、中国人活動家が尖閣諸島に上陸し、沖縄県警が不法入国の容疑で逮捕した事件があった。
 小泉政権時代だが、大局的判断に立って、2日後に強制送還した。
 小泉首相自ら政治介入を認めたわけだが、大人の外交とはこういうことをいうのだ。
 菅内閣では、みんなそろって「政治的判断ではない」と必死に言い続けている。私には何故なのかさっぱりわからない。
 むしろ、日中関係を考慮して、政治的判断を下したといった方が筋が通るし、相手国の納得も早いはずなのに・・・。

 菅首相は、こうした騒ぎの最中の25日(日本時間)、国連総会で演説した。
 もっぱら日本の常任理事国入りの決意を述べることが中心だった。
 国連安保理の常任理事国は、第二次大戦の戦勝5カ国のままだ。その上、中国も、ロシアもその時代の国家では全く無い。だから、日本の常任理事国入りは、我々自民党時代からの主張で、その意味では菅首相の演説は当然だ。しかし、今、当面出来そうもないテーマを、利口ぶって滔々と演説する時なのだろうか。
 折から、東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国の首脳が、ニューヨークに集って会議を開いていた。
 ベトナム、マレーシア、フィリピンなどで、これらの国々は今、島の領有権をめぐって中国と争っている。
 東シナ海と同じように、南シナ海でも権益確保の動きを強める中国は横暴を極め、彼らは苦しめられているのだ。オバマ大統領も加わったこの首脳会談の声明を見ると、米国の関与と期待を込めて、明らかに中国を牽制した「南シナ海の平和解決」が強調されている。
 せっかく、菅首相が国連で演説するなら、まさに日本の国運がかかっている日中領土問題にふれ、更に南アジア諸国を守る為の決意ぐらいは、たとえ間接的でも良いから主張すべきではなかったか。
 要は、ピントが狂っているのだ。悲しいくらいに大局的立場がなく、視野が狭すぎるのだ。
 常に利害を異にする相手と、どう付き合うかが外交だ。
 今回のように事を起こす場合は、まず相手の出方をあらゆる角度から考慮し、大事なことは最終的な着地点をあらかじめきちんと描くことだ。なんの配慮もせず、行き当たりばったりの対応では、相手国を利するばかりである。
 日本は今まで尖閣諸島は日本の固有の領土で、だから領土問題はないとして主張してきた。
 しかし、今度の事件を利用して、温首相は国連で日本を批判し、尖閣諸島には日中間の領土問題が存在するという認識を全世界に植え付けてしまった。
 そしてなによりも、ちょっと圧力をかければ、日本はすぐに屈服するという印象を、国際的に残してしまった。
 日本にとって相当なイメージダウンだ。かつてのような世界の信頼を取り戻すことは容易なことではないと思う。

 なんといっても、決定的なことは、民主党は素人集団だということである。
 長い経験を持つ自民党は、昨年の選挙の敗北で、かなりの人材を失ったが、それでもまだ潜在的能力を持っている。中国との関わりでも、様々なチャンネルを持っていて、水面下の交渉も可能なのだ。民主党には何も出来ない。
 何故、そこのところを国民は理解しようとしないのだろうか。
 世論調査によると、菅首相の信頼は低いが、民主党政権支持はV字型で上昇し、60%を超えているという。全く理屈に合わないのだが、こうなると、国民のレベルの問題ではないのかと思う。
 政治のレベルは国民のレベルで決まるといわれているが、残念ながら本当にそうだなと思うこの頃でなのある。

言いたい放題 第92号 「この頃の私」

 「私の努力の甲斐あって75歳になりました。」
 私のちょっとしたジョークで、会場は大爆笑で盛り上がったが、正直、心中はそれほど穏やかとはいえない。
 最悪状態の国政の現状を見ると、あぁ、せめて10年若かったらと嘆くこの頃なのである。
 誕生日の9月29日、駒形で応援し続けてくれた漬け物業界の指導者、天長の飯野利夫さんが白血病で逝去され、東本願寺で葬儀が行われた。御遺族から依頼を受けて私は弔辞を読んだ。
 前夜、弔辞の文章をねり、筆で書き上げたのだが、故人は私と同い年の昭和10年生まれであった。同世代が次々と去る中、何はともあれ、元気に生きられることの幸せを噛みしめ、今までもそうだが、せめて精一杯努力するしかないと改めて思ったりした。

 参議院選挙が終って以来、後援会を開いていなかったので、今、次々と総会を催している。
 一昨日は文京区(9月30日)、昨日は台東区と、場所は同じ上野東天紅で開いたが、いずれも満員。特に台東区は400人をこえる超満員の盛況であった。(中央区はコートヤード・マリオット 銀座東武ホテルで10月6日)
 熱気あふれる応援者の顔ぶれを見て、嬉しいやら、申し訳ないやら、複雑な心境だったが、同席の女房も私と同じ思いのようであった。

 本来は他人であるこの人達、まるで肉親のように私を必死で支え続け、落選後も少しも変わらない。そこには一片の利害関係もない。あるのは私への友情と政治への期待なのだ。
 「あんたの元気な姿を見るだけで嬉しい。」
 「久しぶりに政治問題を語ってくれたが、溜飲が下った。」
・・・云々。思わず、胸が熱くなった。
 司会役の中屋文孝都議会議員、石塚猛区議会議員が各々「元気一杯の深谷先生です」と、元秘書だけに熱っぽく大声で私を紹介する。
 ところが私ときたら、実は杖をついての登壇であった。
 意外な姿に場内は、「あれ?」という声でざわめく。
 ぎっくり腰から痛風(尿酸値は5.1で正常)、今は神経痛と、この1ヶ月半ばかり不調なのである。
 杏林大学病院での定期検査で内臓は百点満点なのにだ。若い頃空手などスポーツで厳しく鍛えた故か、あるいは政治家として永年酷使したツケか。
 大会後半は痛み止めの薬が効いてきて、次第にラクになってみんなと酌み交わすお酒が旨くなる。それがいけないのだが・・・。

 講演も含めた私の挨拶では、もっぱら尖閣諸島をめぐる日本外交のお粗末さにふれ、こんな政治では日本はダメになると力説した。
 それにしても、近年、軍事力増強を続ける中国の動きは常軌を逸している。
 今でも、年10%を超える経済成長を続け大国への道をひた走る中国は、当然のことながら石油の必要性が倍加する。
 かつては何も主張しなかった尖閣諸島についても、海底に眠る石油資源の存在が発見されてから、一気に自国の領土と言い出したのだ。
 かの地は1895年、清国を含む他のいずれの国の支配もなく、日本の領土に組み込まれた。
 1951年のサンフランシスコ平和条約で、沖縄は米国の施政下に入るが、72年の復帰で再び日本領土となり、尖閣諸島も一緒に戻った。そのことにも格別異を唱える国はなかった。
 今回の中国漁船衝突事件で、中国の一方的で勝手な言い分に、日本は完全に腰砕けだった。
 日本のあまりにも愚かな譲歩で、中国は更に勢いを増すこと必定である。1歩退けば2歩出て来るのが中国の歴史ではないか。
 一番、迷惑を受け、失望したのは東南アジア諸国である。
 フィリピン、ベトナム、マレーシア等の国々は今、中国の強引な覇権主義に困り果て、弱り切っている。マラッカ海峡を経て石油を8割輸入している中国にとって、南シナ海を制圧することは喫緊の課題なのだ。東シナ海と同様に、南シナ海も風雲急を告げ、まさに波高しなのである。
 だから、今回の事の成行きを東南アジア諸国は自身の問題として受けとめ、固唾を飲んで注目していた。
 中国に対して全く弱い立場の彼らにとって、日本は中国と対峙し、これをはねのけてくれる橋頭堡となってくれると期待していたのである。
 石原慎太郎知事は、「最後はアメリカが守ってくれるなどと思うのは妄想だ。今のアメリカにはそんな思いも力も持っていない。せめて日本も核兵器を持つくらいの気構えを見せないと中国の思うままだ。」との趣旨の発言をしている。
 核兵器所有はともかく、日本はもっと自信と誇りを持って、断固たる外交姿勢を貫いていかねばならない。

 しかも、こんな重大な外交上の国の判断を、一地方の次席検事に語らせるなど、もってのほかではないか。
 菅首相や仙谷官房長官は、いまだに、検察の決めたことで「政治的判断ではない」としきりに強調するが、「日中関係を考えた政治判断だ」とした方が、相手に対してはるかに効果があるのに、一体何を考えているのか、そこのところが全くわからない。
 今回の件で、鳩山前首相は、「私なら温家宝首相とホットラインを持っているから、直接腹を割って話せるのに」と、暗に菅氏を批判した。
 ある週刊誌で、「この人は宇宙人といわれたが、もはや恍惚の人だ」と書かれていたが、同感だ。何を今更寝ぼけたことを言うのか。
 鳩山氏の周囲には、適切な助言をする人も、そうした能力を持つ人もいなかった。それどころかあわよくば、小沢氏にすり寄ろうとゴマをする連中もいた。こうした自己保身が見え見えの姿は見苦しい限りであった。
 その小沢氏、昨年、143人の国会議員を引き連れ、総勢600人の訪中団で、かの地を訪れ大騒ぎだった。
 胡錦涛国家主席と、争ってツーショット写真を撮ろうとする議員達のみっともない姿が、度々テレビに映し出されていた。
 その昔、叩頭(こうとう)の礼というのがあった。皇帝に臣下であることを示す為に、地面に何度も自分の頭を叩き付ける儀礼だが、小沢氏はじめ議員達は、まさにその図通りの卑屈さであった。
 せめて、小沢氏は何か中国に対応するかと思っていたら、全く語らず動かず、例の如く雲隠れであった。

 外交で最も大切なことは、「原則を守る」ことである。
 歴史的事実、国際社会の約束事、法律を守り、1歩も退いてはならないのだ。まして力に屈することなど断じて許されない。
 内政といい外交といい、本当にどうにもならない状況で、これでは日本の将来が危うい。
 年は重ねたが、まだまだ眠っているわけにはいかない。
 政治のありように、常に積極的に発言発信を続け、同時に若い人を育てていくことなど、今の私のやるべき仕事は多い。
 腰の痛みは当分癒せないようだが、心意気と行動は片時も休まぬ覚悟なのである。

言いたい放題 第93号 「問われる菅首相の所信表明の中味」

 臨時国会が10月1日幕を開け、菅直人首相の所信表明演説が行われた。
 ところが、なんと翌日のマスコミ各社の1面トップは、大阪地検特捜部の前部長と前副部長の逮捕一色で埋まっていた。確かに、今回のデータ改ざん事件は、検察の組織ぐるみの犯罪を思わせ、看過出来ない問題である。法と証拠に基づいて正義を貫くはずの検察が、勝手に自ら描いたストーリーに合わせて改ざんし、犯罪者を仕立てるなど許されないことだ。しかも、自分たちの体面を重んじて、隠蔽まで行うなど、絶対にあってはならないことである。
 この際、徹底的な操作と検証を行い、検察自体の解体的出直しをはからなければならない。
 しかし、だからといって、国家国民の為に開かれた国会、そして全ての舵取りを行う総理大臣の所信表明演説を、ニュースの隅に追いやってしまってよい筈がない。
 日本には大きな問題が山積している。菅内閣が、これらにどう対応するのか、今、最も大切なことではないか。
 どうせ菅総理の演説なんて、所詮口先だけのこと、大して信頼出来ないとマスコミが感じてのことかも知れぬ。
 しかし、良くも悪くもありのままを国民に伝えるのが、社会の木鐸といわれるマスコミの責任なのである。

 さて、そんな思いで、菅総理の演説をテレビで聞き、更に議事録で全文を読んでみた。
 やっぱり、どう報道してよいか、これは戸惑うかも知れないな、というのが率直な私の感想であった。
 一応、日本が抱える全ての問題点は網羅している。
 しかし、文字通り網羅しているというだけで、だからこうするのだという具体的なものはほとんど無い。要するに空虚なスローガンが並んでいるだけなのだ。
 最初に、「有言実行内閣の出発です」と宣言している。しかし、今日までの彼の言動はいつもくるくる変わるし、ちぐはぐで軽々しい。
 彼の言葉への信頼性は全く希薄で、そんなことは天下周知のことなのだ。「有害実行内閣だろ」とすぐ野次が飛んだが、なかなかな野次だ。
 雇用を増やす為に、政治が先頭に立つというが、格別具体的に道筋を示す訳でもない。
 医療、介護、子育てサービス、あるいは環境分野等で雇用を増やすというが、そんなことは何年も前から、みんなが言ってきたことで一般論に過ぎない。
 「雇用を増やせば国民全体の不安もデフレ圧力も軽減され、需要が回復し、経済が活性化する」ともいうが、そんなことは当たり前の話で、それができないから苦労しているのだ。
 財政健全化とムダの削減も強調している。しかし、本年度予算ではスタートからシーリングを外し、財政規律を無視し、その結果過去最高の予算となってしまった。しかも、税収を超える国債発行を平気で行ったが、その責任者の一人は、まぎれもなく菅氏だった。今更、財政健全化と言われても困惑するばかりだ。
 国家公務員人件費の2割削減については、「行政のプロとして、公務員諸君の心構えが問われています」と言ったが、民主党を支える労働組合の説得こそ、菅内閣に課せられた最大の課題だと私は言いたい。
 当然、議員定数削減も合わせて進めなければならないが、「徹底的に議論し、年内にとりまとめたい」で終っている。菅内閣の責任において、具体的数字を示し、削減を断行するべきだと私は思っている。それでなくても素人ばかりでろくな議員が居ないのだから・・・。
 社会保障問題に目新しい提案はなく、例の子ども手当についても、公約通り全額実施か半額か全く触れていなかった。
 外交問題には力を入れていた。しかし、「国民一人一人が自分の問題と捉え、国民全体で考える主体的で能動的な外交を展開しなければなりません」との文言は、意味不明で一体何を言いたいのかさっぱりわからない。おそらく国民に責任を転嫁しようとしているのか。
 かろうじて「尖閣諸島問題は、わが国固有の領土で、だから領土問題は存在しない」と明言した点は評価出来る。
 しかし、肝心の、今後どう中国と対応するかに触れず、「中国は国際社会の責任ある一員として、適切な役割と行動を期待します」で終ってしまった。そんな他人事では困るのだ。
 明らかな領海侵犯事件なのだから、断固抗議するべきだが、一言もなかった。まさに弱腰外交そのものではないか。

 議席数において完全なねじれ国会だから、全体的に「野党への協力お願い」が目立った。
 今国会で成立を目指す法案や条約は40本もある。その中には郵政改革法案や地球温暖化対策基本法案など、野党が決して応じられないものも多い。
 更に、亀井国民新党代表の発言を見ると、肝心の政権内でかなり足並みの乱れがあることも事実だ。
 10月2日、サントリーホールでガラコンサートがあって、亀井氏に久しぶりに会った。いたって丁重な挨拶を受けてかえって戸惑ったが、その折のちょっとした言葉の中に、彼の苦渋が垣間見られたように思えたが、私の思い過ごしだろうか。

 さて、これから日本の政治はどのように進んで行くのか、私から見れば不安と不満ばかりだ。
 「菅内閣は出発したばかり、まずはお手並み拝見」という人もいるが、そんなのん気な話ではない。
 マスコミも我々国民も、日本の将来を考え、ここは厳しく見守っていく必要があると思っている。

言いたい放題 第94号 「小沢氏当然の起訴」

  小沢一郎前幹事長についての検察審査会の2度目の議決が出され、これで強制起訴が確定した。
 先の代表選で、もし彼が勝っていたら、今頃は日本国総理大臣が被告となって裁かれるという前代未聞の事態となっていた。
 もっとも、彼のことだから、指揮権発動によってこれも拒んだと思われるが、いずれにしても、代表選で勝たなくてよかった。
 あの代表選をふり返ると、菅氏と小沢氏の支持は、民主党国会議員達では、五分五分かむしろ小沢強しの印象であった。
 ところが、サポーターといういわゆる市民側の支持は、菅氏が極めて高く、結果的に彼の勝利となった。
 言い換えれば、一般人の常識が正しかったということで、これは、検察審査会の結論を見ても全く同じであるといえる。
 検察特捜部はこの2月、04、05年分の政治資金規正法の虚偽記載に加え、小沢氏に、4億円を返済するなどした収支を記載しなかった07年分も含め、石川議員ら元秘書三人を起訴した。
 しかし、小沢氏については「明確な了承があったとは言えない」として、不起訴処分にしている。
 玄人筋の判断と、一般人の判断のこうした相違は、権力側と何らかの形で結びついているかどうかで分かれたように、私には思えてならない。
 第一回の審査会のメンバー11人は全員交代し、今回の審査会のメンバーは新しい人達ばかりである。それが同じ結論を下したというところに意味があるのだ。
 すでに発刊され、目下書店で発売されている拙著「こんな政治じゃ、日本はダメになる!」で、小沢氏の疑惑については、かなり詳細にわたって記述しているので御参照願いたい。
 2010年1月には、彼の資金団体である陸山会はじめ個人事務所に、大がかりな東京地検による捜査が入っていた。
 大体、こうした強制捜査の場合、政治資金規正法より、その背景にもっと大きな、例えば贈収賄や脱税といった犯罪摘発が控えている場合が多い。マスコミも我々も、ついに西松建設等との関連かと様々に取り沙汰したものだった。
 ところがその勢いは、一気にしぼんで、大山鳴動ネズミ三匹(秘書三人)という尻切れトンボになってしまった。
 今回の容疑は、陸山会が都内の土地を購入したことに伴う、4億円の資金についてである。検察は「小沢は知らない」ということをそのまま鵜呑みにして、不起訴とした。
 しかし、検察審査会は、小沢氏の直接的関与を示す証拠として、石川元秘書の報告、相談したとの供述を重視している。彼は再捜査でも同様の供述であった。
 他の2人の元秘書は捜査段階では認めたものの再捜査で否定している。
 これからの裁判での1つの懸念は、小沢氏側が、例の検事の証拠改ざん不正事件を格好の材料として持ち出し、捜査段階での秘書の証言を否定するものと思われる点である。
 一方、審査会では小沢氏の土地購入資金である4億円の出所を「明らかにしないことが、虚偽記載をした動機を示している」としている。
 4億円についての説明は、二転三転していた。手持ち資金だと供述しているが、ならば何故金利まで払って銀行から借りたのか。一般常識から見て偽装工作以外考えられない。

 小沢氏は検察側が最終的に不起訴にしたのだから、「無罪が証明された」と主張している。しかしこの判断は検察上層部の方針によるものと、もっぱら言われ続けている。

 ある評論家は「検察は常に強者に弱く、弱者に強いようだ」と言っていたが、一般にそのような傾向にあることは否めない事実だと思う。
 村木厚労省前局長の場合、小沢氏と比べて、素人目から見ても事件性は全く薄かった。
 一銭の金が動いたわけでもなく、上司として報告を受けたか、了解したかだけで逮捕、そして長い拘留だ。一女性局長は弱い立場の人だからなのだ。
 かつて、国会議員が逮捕され有罪になったケースは沢山ある。近年で見れば、例えば元社民党の辻本清美議員、民主党の山本讓司氏、佐藤観樹氏らだが、みんな野党の時代で、しかも、各々弱い議員達ばかりだった。
 鳩山由紀夫氏の金銭疑惑は桁違いの額だったが、何のお咎めもなかった。最大権力者の総理大臣だったからとしか思えないではなかいか。

 小沢起訴となって、これから政局は慌ただしく動く。もしかしたら解散選挙かもと、大阪の松本さんはじめ友人や応援者が期待を込めて問い合わせてくれた。
 しかし、残念ながら、私は逆で、これで解散は遠のいたと思っている。
 何よりも、菅総理にとって、一番手強い相手の小沢氏が一気にその勢力を減退させたのだ。
 実際の裁判を考えても、検事に代わる弁護士の選定や準備、実際の裁判になってからを計算に入れると、相当長い時間を要する。
 数からいって解散すれば総理の座は守れない。少なくとも民主党内で有利な立場になった今、1日でも長く総理でありたいと願う菅氏のこと、どう考えても解散に踏み切るとは思えないのだ。
  追求する側の自民党も、「けしからん、辞職しろ」と責任追及ばかりでは、有権者の批判を招くばかりだ。
 当然、追求は必要だが、小沢問題はもう司法の手に全て委ねて、堂々と国家・国民の為の論陣をはることが必要だと私は思う。

 日本の経済回復の為にどうするのか、危機的状況の外交問題を如何に解決するのか。長年政権を背負い、この日本を築きあげてきた自民党、国民政党としての誇りと自信を持って、今こそ、しっかり立ち上がって欲しいと心から願っている。

言いたい放題 第95号 「快挙ノーベル賞」

 日本人2氏のノーベル賞が決まって、日本中が喜び、久しぶりに日本人の優秀さを改めて噛みしめた。失われつつある誇りを少し回復したといった雰囲気である。
 なにしろ、政治面や経済面、特に外交面といい、このところ日本は全く良いところ無しで、国中が自信を失い、劣等感さえ抱くといった状況であったからだ。
 今回の根岸英一氏、鈴木章氏は、共に化学賞で、炭素を効率的に結合させる為の研究の成果という。
 どちらかというと理系に弱い私だが、なんでも、金属のパラジウムを触媒として、炭素同士をつなげる画期的な合成法を編み出し、プラスチックや医薬品といった有機化合物の製造を可能にした結果とのことだ。
 例を挙げれば、鈴木氏の研究の応用で血圧降下剤を扱う製薬会社は、国内売り上げ約1400億円(薬価ベース)という。こういわれればスゴイ研究だとわかるような気がする。
 これで、日本人の受賞者は18人となった。
 かつて、私は国会でノーベル賞を得られるような人材を育てようと提言し、具体的な政策を掲げたことがあった。科学技術創造立国を掲げ、博士号取得者を任期付で1万人雇う政策がそれである。
 特に化学や技術は日本が得意とする分野で、自然科学系(医学生理学、物理学、化学)でのノーベル賞数は世界第7位になった。
 しかし、今回の受章をみても、30年以上前の業績である。今、多くの研究者が頑張っているのだが、分野によっては中国などに追い越される状況だ。
 これを機会に、国が更に人材育成、英才教育に力を入れることが大切だと思った。
 民主党のあの事業仕分け作業の時、蓮舫現大臣が、「何で一番でなければいけないの」と、あまりにも無知な発言をしたが、科学分野の若い研究者達に失望の声が広がった。
 人材育成と科学の発展にこそ、日本の未来がかかっているのである。

 2人のインタビューを見て、なんと爽やかな人達だろうと感銘を受けた。
 鈴木章氏は80歳、お酒好きの明るい性格で、これも陽気な弟さんの話によれば、学校の行き帰りも本を読みふける二宮金次郎のような人であったという。
 「理科系を学ぶ日本の若者が減っているのが大変嘆かわしい。資源のない国は、人と、その人の努力で得た知識しかない。特に理科系の発展が大事で、これから何歳まで生きられるかわからないが、若い人に役立つ仕事がしたい」と素敵な笑顔であった。
 米インディアナ州の自宅から、インタビューに応じた根岸英一氏は、私と同い年の75歳、いかにも現役の特別教授らしく、シャープで若々しい。
 2人共、ノーベル賞を受けた米国バデュー大の故ハーバート・ブラウン教授に師事した同門である。米国へ来て、「私にも起こりうる現実的な夢だ」と思っていたという。
 一番嬉しかったことは、2人とも愛妻家ということだ。鈴木夫人は、「信じられません、これから大変なことになりました」と笑顔で遠慮がちに話していた。
 根岸氏は、「半世紀前に結婚して以来、ずっと私を支えてくれた。妻と喜びを分かち合った」と語っている。
 いずれも派手なことの少ない研究者の妻として、慎ましく夫を支えて来た上品な夫人達なのだ。
 何かを勘違いして、すぐ、しゃしゃり出て、韓流スターと得意気に会食したり、亭主が総理になると直ちに本を出版して稼ぐ、どこかの夫人達とは大違いなのである。

 2人とも、受章した技術については、世界各国の研究者に自由に使って欲しいと考えて、あえて「特許」をとらなかったと語っている。
 「幅広く応用出来ると言うことが化学です。」との言葉に、なんと純粋で崇高な美しい心かと胸が熱くなった。
 しかし、後から改めて考えると、気がかりなことは、世界の現状を見ると、決してそのような悠長なことでは通用しないという点である。
 各国は、今、あらゆる分野で国益を欠けて鎬(しのぎ)を削って闘っている。国家の存亡をかけてだ。
 日本が少しでも油断していると、たちまち後塵を拝して、取り返しのつかないことになる。
 言葉は悪いが「学者バカ」といわれる。研究に没頭して世事に疎いということだが、ならば周囲が学者に代って様々な配慮をし、国益を守る為に「特許」をとる手助けをしていかなければならない。
 そして、それこそ、政治や行政の最も重要な役割ではないかと思う。
 ダブルノーベル賞に一時的に酔うばかりでなく、これを機会に日本の新たな原動力として、科学技術を積極的に生かすことを、皆で考えたいものだ。

言いたい放題 第96号 「解散選挙は無いなァ」

 6日に中央区後援会をコートヤード・マリオット銀座東武ホテルで開いて、これで3区総会を全て終了した。
 いずれも満員の盛況で、選挙を支えて来た有力な顔ぶれが揃い、なんとも懐かしくありがたかった。
 毎回、ほぼ50分間程度の講演を兼ねた挨拶を行うのだが、自分で言うのも変だが、出席者は「わかりやすい」「気持がすっとした」と好評であった。
 今の民主党政権のダメぶりにイライラがつのって、その裏返しだと思っている。
 文京区の中屋文孝都議も心配して全会場に駆けつけてくれたが、この日は、今週発売の週刊文春の衆議院全国当落予想の記事を紹介した。東京2区は深谷隆司が白、相手が黒と出ていたとのことで、会場から思わず拍手が起こった。
 週刊誌はなんとも気が早い。まぁ、自分に有利な予想が出ているのだから悪い気はしないが、それだけのことで、一喜一憂する訳にはいかない。
 第一、私自身解散選挙は当分無いと思っているのだ。

 六日から、衆議院本会議で与野党の論戦が始まっている。
 夜中のBSで自民党代表の質問と、総理答弁を聞いたが、一層その思いを強くしている。
 一番手の谷垣自民党総裁の30分の質問の中から、解散や退陣要求の言葉が全く消えてしまっているのだ。ついこの間、石原幹事長など党役員人事を断行し、この布陣で挑み、早期解散選挙に追い込んで勝つのだと気勢を上げたばかりなのに、だ。
 もともと、来春の通常国会で、予算関連法案を参議院で否決し解散させるというのがスケジュールだったが、その前哨戦ともいえるのがこの国会ではないか。
 しかし、野党慣れしていない自民党内に、「なんでも反対というのもどうか」という声もあるし、なによりも公明党が「解散一辺倒ではない」という慎重な姿勢を示したことで、急に勢いを失ってしまったのだ。
 続いて立った稲田朋美代議士、若手には違いないが、如何にも娘々していて、政治経験が少ない。
 この人は、一刻も早い解散を主張し、痛烈な菅首相批判を行い、対決姿勢を極端に打ち出していた。
 しかし、いかんせんあまりに迫力に欠けていた。
 菅首相は余裕を持って、「大変厳しい言葉が並んでいましたが、私もこれほど汚い言葉を使ったことはない」と軽くかわした。
 とんでもない。私の知る限り、野党時代の菅氏はもっと口汚く、時の総理をののしったものだ。小泉さんに向かって、「やるやる詐欺だ」と罵詈雑言を浴びせたこともある。
 今なら「やるやる詐欺は菅さんだ」と言えるのだが・・・。

 「官僚の文章の棒読みでなく、原稿を読まないで答弁しろ」と稲田女史は主張したが、彼女自身が終始原稿を読み続けている。
 見ていて私も「あれっ」と思ったが、案の定、「まず自分が読まないで質問するのが筋」と冷やかされ、「答弁漏れを防ぐ為に、ある程度のメモを用意するのは当然」と開き直った。
 もっとも、この後、実際に答弁漏れがあって、菅首相再登壇したが、会場は大笑いだ。これではまるでテレビのお笑い番組で、こんな状況では、とてもではないが解散などあり得ない。

 検察審査会の小沢氏起訴は大きな問題で、連日にぎやかな報道が続き、これも解散の引き金になるのではないかという人もいるが、私はそうは思わない。
 本人も、民主党も、離党や議員辞職など全く考えていない。ひたすら詭弁を弄して逃げの一手だ。
 7日、議員会館の一室で小沢氏の記者会見が行われたが、わざわざ衆議院本会議開会10分前にセットし、わずか5分足らずで終らせた。
 小沢氏はしきりに、「検察の長い調べの結果無罪となったのだから」と、そればかりを強調していた。彼は、強制捜査を受けた時、あれだけ検察批判をしていたのに、今度は検察をつかっての自己弁護だ。なんと勝手なことを言うのかと腹立たしかった。
 第一、無罪などとんでもない大嘘で、あの時の検察の文言は、「嫌疑不十分」という、つまり灰色だったのだ。
 これから実際の裁判になるまで、検事に代る弁護士の選定や準備や様々な手続きを踏まなければならない。開始は来年の夏頃からで、それからの裁判となると相当長い時間になる。
 その間、小沢氏は被告人として追及され続けるのだから、いくら逃げても、小沢氏の評価は減り、あの強力な小沢勢力も徐々に、しかし、確実に低下していく。
 世論調査で内閣支持率は、前回9月の60%台から40%台へと急落している。
 しかし、解散権は総理大臣の最大の権限、最高の武器だ。
 どんなに支持率が下がっても、国会運営に気を配れば、続けようと思えば可能なのだ。
 自民党時代、小泉、安倍、福田、麻生と総理が次々と交代して、世の批判を集めたが、ついに解散は無く、4年間の任期満了直前の解散選挙となった。まだ記憶に新しい。
 これだけ問題を抱えている政権はないし、これだけ矛盾だらけ、統制のとれていない内閣は珍しいが、残念ながら、そんな訳で近いうちの選挙は考えられないのだ。
 ならば腹を決めて、あらゆる機会を通じて、私の率直な声をエネルギッシュに訴え、発信し続けて行くしかない。そして、同時に若い人達を育てる為に徹底的に頑張るのみだ。
 まだ腰痛は続いているが、しゃんと背筋を伸ばして・・・と、張り切っている。

言いたい放題 第97号 「欲しい不退転の迫力」

 前回、解散権という総理大臣の強大な武器と、あとは国会運営に気を配れば、なかなか解散選挙にはならないだろうと書いた。
 今回、閣議決定した予算を見ると、直前に2,500億円の追加となったが、早速気配りが始まったなという感じだ。
 これで、補正予算を柱とする経済対策規模は5兆500億円あまりとなった。
 この一連の動きの背景には、文字通り野党や連立相手へのかなりの配慮が表れている。
 国民新党の亀井静香代表は、「連立政権なのに、党首会議も開かず予算の内容も決めないのはおかしい」と、社民党も道連れに民主党幹部に談判した。結局予算の積み上げに成功したのである。
 地方自治体が自由に使える「地域活性化交付金」の創設について、今度の経済対策に盛り込んでいるが、元々公明党が求めていたもの、明らかな公明党対策になっている。
 野党第一党の自民党への配慮もあるが、これらは一種の保険のつもりであろうか。前日、厳しい質問をした自民党稲田女史に対しても、自分の答弁の言葉に行き過ぎがあったと、わざわざ陳謝している。
 あのイラ菅といわれた人のびっくりするような変貌(へんぼう)ぶりだ。

 政権維持の為に態度を変えることを否定はしないが、政策面であまりにこれが行き過ぎると、民主党の挙げてきたマニフェストと逆行し、国民に嘘をついてきたということになりはしないか。
 現に、今度の経済対策は、彼のいうように「各党からの提言をふまえて策定した」が、中身を見ると、道路整備など公共事業が積み上げられ、彼らが掲げた「コンクリートから人へ」の理念はいつの間にか失われている。
 私はもともと景気回復の為には、公共事業が大事で、特に地方経済を考えると、いたずらにこれを削ることは問題だと主張していた。
 民主党政権は、今年当初、公共事業を1.3兆円削ったが、今回その大半が予算上復活することになった。
 私が、問題だと思うのは、政策にあまりにも一貫性がなさ過ぎるという点だ。中身を極端に変えるなら、まず彼らのスローガンの変更を国民の前できちんと示さなければならない。「人からコンクリートへ」などと・・・。

 質問戦は参議院に移ったが、どうも自民党の迫力の乏しいことが気にかかる。本当にやる気があるのかな、と思ったりしている。
 なによりも自民党参院議員会長の中曽根弘文氏が、前日の6日に、輿石東民主党参院議員会長らと会食までしていることだ。一体何を考えているのか私にはわからない。本会議の代表質問前夜に、相手党の最高幹部らと会食するなど聞いたことがない。
 一応、議員総会で申し訳ないと謝罪し、「補正予算や法案への協力云々の話はしていない」と弁解していた。当たり前のことだ。そして、「解散総選挙に追い込み政権奪還することが基本だ」と変わらない姿勢を強調した。しかし、今更そんな釈明をしてもはじまらない。どこまで本気で闘おうとしているのか、頼りなさが拭えないと感じるのは私だけではないと思う。。
 片山さつき議員は、例の蓮舫大臣が、国会内でファッション誌の取材に応じたことを取り上げた。今や超売れっ子で、スターになった蓮舫女史、もはや恐いもの無しで、なんでもOKと錯覚している。
 国会議事堂の中央広場2階の柱を背景に、白いジャケットでポーズを決めた姿は、確かにかっこよいかもしれないが、そもそも国会の内規には「私的な宣伝、営利目的の撮影は許可しない」とある。
 ところが、彼女の出した申込書の「議員活動の記録の為」とは真っ赤な嘘で、実際は何着もの衣装を着替えてのファッション撮影だったのだ。おまけに「VOGUE NIPPON」11月号に掲載されたジャケットやスーツは、何と「ヴァレンティノ」の131万2,500円という超高価なものであった。
 ご本人から、一応お詫びはあったものの、「政治に関心を持ってもらうために取材に答えるのも大切」と、やっぱり開き直っている。さすがに西岡武夫議長から口頭注意を受けたというが、当然のことである。
 見方によって賛否両論、色々な意見もあろうが、私は、国会を最も神聖な場所と心得、生きてきただけに、なんだか国会の権威がおかされたように思えて許せないという心境だ。
 しかも、現職大臣ではないか。
 日本が内外共に最も厳しい困難に直面している今、こんな浮ついた気持ちで、しかも国会軽視の行動が許されるはずもない。
 片山女史は、相当激しい追求をするだろうといわれていたのだが、直前でほとんど取り止め状態で「事業仕分けをやった方が1着百数十万円のドレスをとっかえひっかえ着ておられる」と軽い皮肉なジャブで終わってしまった。
 彼女自身も同様に、かつて国会内撮影の過去があったからだという。なんとも、締まらない話だった。
 小泉チルドレンとして豪快に政界にデビューしたが、次の選挙に破れ1年近く浪人した。過日の参議院選挙では自民党でトップ当選で見事返り咲いた。久しぶりのさつき節を期待していたのだが・・・。
 この件では、自民党の小池総務会長は、「外国では議会でコンサート等も開かれている、閉ざされたままの方がおかしい」と記者会見で擁護している。
 女性同士の故か、随分もののわかったような、お優しい発言だが、そうかな、公私混同した言い分で、ちょっと次元が違うのではないか。やっぱり闘おうとする側から見れば、これで良いのかなと首をかしげたくなった。

 責める側にはまず、物事に屈しない強い意気や気概が必要だ。
 自民党は政権の座を追われ野に下ったのだから、ここは野党に徹することが大事だ。まさに野党としての役割を果たさなければならないのだ。
 いつまでも有権者を意識して、妙に物わかりの良い態度をとり続けたり、逆に相変わらず反省反省とへりくだっていては話にならない。
 国民の視点に立って、政治の誤りを断固許さず、小気味よく切り捨てる野党としての対応が不可欠なのだ。
 野党として闘う為には、「百万人といえども、我行かん」の、物事に屈しない強い決意と行動が必要だ。
 これが国家国民の為にマイナスだと思ったら、断固完膚(かんぷ)無きまで追求し、堂々の論陣をはって、正しく変えさせる。それでも駄目なら、退陣を迫り、解散選挙で国民の信を問い、自民党政権を奪還させなければならない。
 今の自民党にそれくらいの気構えが必要なのだ。
 12日から予算委員会が始まる。石原幹事長、石破政調会長とエースの出番だが、果たして成果は如何に、是非期待したいものである。

言いたい放題98号 「ノーベル平和賞に思う」

 予想はしていたことだが、ノルウェーの今年の平和賞を、獄中の中国人権活動家劉暁波氏が授与されることになった。
 彼は、中国共産党一党独裁に反対し、その見直しや、言論や宗教の自由などを求めてきた、中国民主化運動の第1人者である。
 中国在住の中国人がノーベル賞を受けるのは、これが初めてだ。劉氏らの要求する中身は、我々から見れば日常享受している、いたって当たり前のことなのだが、中国にとっては、とんでもないことで、事実国家政権転覆扇動罪で09年に彼を逮捕し、今年2月には懲役11年の実刑判決が出て、現在刑務所に服役中である。
 ノーベル平和賞は、彼の中国での基本的人権を求める非暴力の闘いを評価したものである。彼は弾圧されても決して屈せず、しかも国内にとどまって不屈の活動を続けてきた。この20年、逮捕や拘留をなど4度に及ぶ。
 かつてノーベル平和賞には、チベットのダライ・ラマ14世、ミャンマーの民主化運動家アウン・サン・スーチさんらがいるが、彼らも、あらゆる弾圧を受けながら、決して説を曲げずに闘い続けている。
 自分があのような立場に立たされたら、一体彼らと同じように闘えるだろうか、思わず政治家としての我が身に問うたが、家族やあらゆるもの全てを犠牲にしてでも出来るかと考えると、率直に言って自信がない。
 その意味で、理屈抜きに、今回のノーベル平和賞の劉氏に拍手を送りたい気持ちだ。

 中国は早速報道管制を敷いて、8日夜、北京市内のホテルでは米CNNや日本のNHKのニュースの画面が突然真っ暗になり、音声も消してしまった。中国最大のネット検索サイトも、携帯電話メールも全てストップだ。
 いま時、国の都合で、すえての放送メディアを突然消してしまうなどという話は滅多に聞いたことがない。しかし、現実にこうしたことが起こったのだから、それだけ見ても、中国は言論弾圧の国、独裁国家であることが証明されたようなものだ。

 かつて中国で文化大革命というのがあった。
 1966年から10年にわたって繰り広げられた。約2000万人もの死者が出たという大騒乱だ。その頃、私は当時、招かれてかの地を訪れる機会があった。
 色々な場所に案内されたが、どの建物の壁にも、中国要人の集合写真が麗々しく飾られていた。
 ところが、いずれの写真も、何人かの姿が黒々と墨で消されていて、異様な雰囲気を感じたものだ。
 失脚した要人を、我々の目に映らぬよう、慌てて消したのであろうが、なんだか、今回のテレビ場面真っ暗事件とよく似ている。すべて御都合主義のこうした面は、何年たっても変わっていないのだなと思った。

 1986年6月、天安門広場に集まった学生、市民に向けて人民解放軍が無差別に発砲する大きな流血の悲劇が起こった。
 前にも述べたが、初めは胡耀邦元総書記の死を悼む為の静かな集会の筈であったが、中国政府、中国共産党に対する民衆の大不満のマグマがついに爆発して大騒乱となったのだ。明らかにされていないが、数千人の犠牲者が出たといわれている。
 この時、学生を流血から守ろうと必死に軍と交渉したのが、劉氏であった。
 彼は後にインターネットを通じて、「08憲章」を発表し世界の大きな反響を呼んだ。
 これは中国の民主化を求める文書で、共産党の一党独裁を非難し、自由、人権、民主権などを基本に挙げ、三権分立、言論の自由など19項目の要求を掲げたのである。

 ノーベル平和賞の下馬評に彼の名があったことから、中国はノーベル賞委員会に直接、警告という形で事前に圧力もかけていた。
 受賞後、中国外務省は、「劉暁波は中国の法律を犯しており、その行為は平和賞の趣旨に背いている」と批判、ノルウェーとの関係悪化も示唆している。

 私はかねてから、各国には各々自国の事情があり、己の国をどう治めるか、その手段方法はその国が決めること、他国がいたずらに介入することではないと考えてきた。内政干渉こそ、国際平和を乱すもとだからだ。
 しかし、今や中国は世界第2の経済大国になった。世界の総人口の5分の1を占め、世界に強大な影響を与える国となったのだ。
 本来なら、当然、国際社会に通用する姿に国が変わっていなければならない筈なのだ。
 実は、中国憲法第35条には、公民は言論、出版、集会、結社、行進及び示威の自由を有すると書かれている。
 しかし、いっこうに守られることなく、国内では相変わらず人権抑圧と民主主義が封殺され続けている。
 中国はいくつかの国際協定に署名しているが、それにも違反している。
 だから劉氏で代表される問題は、もはや国内問題ではなく、国際問題なのである。
 オバマ大統領の平和賞の折、若干懐疑的に思ったこともある私だが、ノーベル平和賞委員会は、中国の圧力に屈せず、毅然たる態度を貫いて、立派である。

 中国を変えていくには、国際世論しかない。
 かつて天安門事件の時、アメリカはじめ日本も様々な制裁処置を講じた。
 しかし、今は世界経済の回復のために各国とも、中国を頼りにしていて、腫れ物に触るような対処だ。
 菅首相も、「ノーベル賞委員会がそういうメッセージを込めて賞を出されたわけですから、そのことをしっかり受けとめておきたい」と、慎重というより、知らばっくれて直接的評価さえしていない。
 肝心のアメリカも、中国との関係強化を目指す思惑で、人権批判を弱めつつある。
 なにしろ、中国は米国債の最大購入国にさえなっているのだ。
 欧州も中国政府への批判を避けているが、これも経済分野で中国の依存度が高くなっているからだ。これでは中国を一層増長させるだけではないか。中国の勝手放題の振る舞いをこのまま許せば、国際社会の平和は守れない。

 一方、中国が恐れていることもある。それは、21世紀の超大国を目指す共産党政権が国際的威信を失墜させることへの心配と不安だ。中国にも弱点は多い。決して絶対ではないことも知るべきだ。
 折から、中国で拘束されていたフジタ社員が釈放された。なんと中国船長が逮捕されてから釈放が決定されるまでの19日間より1日長い20日間と、まるで茶番ではないか。
 要するに、日本人逮捕は日本への仕返しだったのだ。
 今、世界では尖閣諸島問題や、ノーベル平和賞問題で、中国脅威論が再び高まりつつある。中国にとっても問題の沈静化は大きな課題なのである。次々と対抗処置を緩めていくことは当然のことである。
 菅氏周辺は、「これは静かなる外交の勝利など」とうそぶいている。
 どこまでも弱腰の、どこまでも無策で呑気な政権で、本当に心許ない。心配だ。
 厳しい国際社会で、日本に真に求められるもの、それは、正義に対する毅然とした姿勢だ。決して事なかれ主義ではないということを、忘れてはならないと私は思っている。

言いたい放題99号 「5人目の孫誕生」

 10月15日午後7時20分頃か、入谷の「天三」という天ぷら屋に向かう車の中で、女房から電話がかかった。比較的おだやかな声で、「産まれました」。
 この日、自民党中央区支部の講演会が6時半から、銀座東武ホテルの2階であった。今日は、私が特に気に入っている後輩の石破茂政調会長の登壇だ。今や自民党の数少ないスターの一人とあって、満員の盛況であった。
 その直前、築地の聖路加病院3階に駆け付けていた。すでに嫁のさゆりが分娩室に入ったと連絡を受けたからだ。
 病院の医師があらかじめ宣言していた予定日が、まさに今日であった。
 先月の私の誕生日の9月29日、すでに彼女のお腹は最大にふくれあがって、誰が見ても出産直前の様子で、出来ることなら、私と同じ日にと思ったが、世の中そう都合良くいかない。
 自民党中央支部の総会の挨拶で、民主党政権の主張の誤りを指摘、こんな政治は日本の将来に禍根を残すと憂いながら、何故か、もう一息調子がのらない、力が入らない。病院の方が気になって仕方がないのだ。
 いっそのこと、「実は私の第5番目の孫が今まさに産まれようとしているのです」と、電撃的に言ってしまおうかとの衝動にかられた。しかし、まてよ、自分の後援会ならまだしも、色々な人も居て、異なった思惑や受けとめ方もあろう。ここは我慢のしどころと話を切り上げた。
 後で気が付けば、挨拶の中で歴史的年数を明らかに間違えたりしていた。心の内なる動揺は隠しきれなかった。

 思えば、今から、7年前のことだ。私は大腸ガンを早期発見してもらい、杏林大学病院で手術を受けることになっていた。平成16年1月26日のことである。私にとってははじめての生命をかけての闘いだった。

 丁度、倅隆介の初の子の出産予定日が、なんとほとんど同じ日だ。もしかしたら、新しい生命と私の生命が入れ代わるのではないかとの思いが心の中にあった。しかし何故か不思議なことに、何の迷いも怖れもなかった。
 手術前日、私の病室は無人であった。皆、新しい生命の誕生の劇的立会人になる為に、聖路加病院に行ってしまったのだ。
 一人ベッドで、やきもきしていると、ついに朗報が届いた。25日男児初孫の誕生であった。
 名前は隆仁、私に何の相談もなく、息子夫婦が勝手に決めたのだが、これは親だからやむを得ない。
 しかし、なんとも良い名前で、この子にピッタリ、将来、政治家になっても立派に通る名前であった。
 次の日は、私は4時間に及ぶ手術を無事終えて生還した。
 産まれたばかりの乳児を雑菌の多い病院へ連れてくることはタブーだが、数日後、早く一目みたい私の願いも、叶えてくれた。嬉しかった。

 以来、満6年間、次の出産の話も、何の前触れもなかった。聞くわけにもいかず、少し物足りなさを秘かに感じていたのだが、ついに待望の喜びが私に訪れたのだ。
 くだんの天ぷら屋でワインをしこたま飲んで、いささか酩酊し、さて散会という時、女房から電話、「慌てて出てきたので、自宅の鍵を忘れました。倅が来るまでやむなく隣の日本海という店にいますから、寄って下さい。」
 浅草は住みやすい場所で、どんなに遅くても、どこかに飲む店がある。大衆飲食店日本海も、その1つで、私自身は滅多に行かないが、隣同士のよしみ、よし、今夜は改めて祝杯だと、かの店に飛び込んだ。
 ほろ酔い加減の女房と、娘の知美、それに孫の香瑠、麻紀が居て、その隅に隆仁が俯して寝ているではないか。
 今まで一人っ子で可愛がられ、お母さんから片時も離れられない、甘えん坊の孫に、今日突然、弟が現れた。
 そしてこれから一週間は病院に居る母親とも、離ればなれになる。多感な年頃だけに、なんとも頼りなく寂しくて、どう対峙して良いかわからない。さっきまで泣きじゃくって、やっと眠ったのだという。

 息子も戻って、自宅2階で再びみんなの祝杯延長戦が始まった。
 私は、大の酒好きなのに、一旦酒席が終わると、それ以上はほとんど一滴も飲めない質だ。
 この2ヶ月あまり続いた腰痛をなだめながら、もうぼちぼち鎮痛剤の効き目が切れるなぁ等と思い巡らし、柄にもなく部屋の一隅でぼんやりしていた。
 と、突然「新しい生命がこの世に生まれたのだ」という実感が、たとえようもない喜びと感動を伴って、胸の内から、グッと湧き上がってきた。
 自分でも不思議と思えるような、予期せぬ激情にも似た歓喜であった。
 私は思わず声をあげて泣いた。
 家族の前で、何の躊躇も羞恥心さえなく、ひたすら涙を流していた。無心であった。

 今、賑やかな2階の居間から、1階の自分の書斎に降りてきて、一人鎮座している。
 いずれ私にも人生の終焉の時が来る。しかし、紛れもなく私の血は、子や孫へと伝わっていく。それは永遠で、無限なのだ。
 今、この思いを、特別な目的もなく、心静かに書き残したいと思っている。

言いたい放題100号 「世紀のドラマ」

 10月13日、世界中の人々が見守る中、地下700メートルに閉じ込められていた33人が無事奇跡的に救出された。
 8月5日に起こった、チリ北部サンホセ鉱山落盤事故以来、実に69日間、良く彼らが耐えられたものと、ひたすら驚嘆するばかりだ。

 チリといえば、まさに地球の裏側だが、実は私にとっては忘れ得ない想い出が残る国でもある。
 実は昭和48年(1973)10月、私は滞在中のブラジルから、クーデターが起こったばかりの戦塵消えやらぬチリに、単身乗り込んだことがあるのだ。
 その3年前、革命によらずに、社会主義のアジェンダ政権が生まれたのだが、全くの無策ぶりに、国は厳しいインフレ、物質不足におちいり、国民は塗炭の苦しみを味わっていた。その不満の声を背景に、クーデターを起こし、新たに生まれたのが、ピノチェット軍事政権であった。
 ブラジルからなら比較的近い。こんな機会は滅多にないことだから、なんとか日本の政治家第1番手で、かの地に乗り込もうと決意したのだ。そして、クーデターのリーダー達と単独会見をしたいと考えた。
 外務省に連絡すると、それは危険で無理な話だと猛反対。そう言われると逆にファイトが出て、勇躍一人チリに向かったのである。
 チリ空港で大ハプニングが起きた。なんと私の全ての荷物が、そのままアルゼンチンに運ばれてしまったのだ。クーデターが成功したといっても、まだ3日しか経過していない。大混乱は無理もないことであった。
 チリ全土には、戒厳令が敷かれていて、夜は10時から夜間外出は禁止だ。仮に止まれと兵士に言われ無視したら、当然射殺されるという物騒な状況であった。
 幸い、クーデターの中心人物の一人グスタボ・レイ空軍長官と直接会談を持つことが出来た。まだ硝煙がくすぶる弾痕の跡も生々しい建物の中であった。この様子は、読売新聞の大きな囲み記事になって、東京にいる家族に、私は面目を施(ほどこ)したものである。
 当時の私は、前年の1972年に衆議院議員に初当選したばかり、それも無所属の劇的な勝利だっただけに、意気軒昂、最も張り切っていた。
 血気盛んな38歳で、怖いもの無しだった。
 今振り返ると、よくあんな冒険が出来たものだと、我ながら感心する。
 今もお世辞で若いと言われるが、この年になると、外国に出掛けるのも少し億劫で、単身でなどとんでもない事、せめて女房同伴でなければ自信がない。
 話は戻るが私は格別閉所恐怖症、700メートル地下で過すなど、想像するだけでも鳥肌立つといった為体(ていたらく)なのである。
 ちなみに、ピノチェット軍事政権はそれから約17年続いた。

 チリは建国200周年を迎え、2月大地震の後、ピニェラ大統領が誕生した。就任式など9月中旬に祝ったばかりだという。
 彼はテレビ局のオーナー等を務める大富豪、エリート金持ちだけに、低所得者層を中心にあまり人気がなかった。就任間もないのに、すでにこのところ支持率も少しずつ下がりはじめていた。事故が起き救出劇となるや、直ちに彼は現場に駆け付けた。心配する被害者家族と共に過し、ついに生還した33人とも感動の抱擁を繰り返した。
 1000人を超す報道陣が世界中から集っていて、だから連日大統領はマスコミの主役であった。
 当然、支持率は上昇したが、災い転じて福となすの、まさに見本であった。
 しかし、なんといってもこの奇跡のドキュメントの主役は、33人の鉱山労働者達だ。とりわけ、全員をまとめあげ、無事生還の立役者になったルイス・ウルアスさんは、中でも大スターである。
 彼は鉱山労働者として30年以上のベテランだが、この鉱山に入ったのはわずか2ヶ月前のことだという。
 そんな短期間の交流で、よくぞ全員の信頼を集めたものだと感心する。脱出が全く考えられない最初の頃から、彼は指導的立場にあったという。
 各々の役割を決め、地下での坑道や避難所のスペースを分け、規律正しいスケジュールを実践させていたのだ。
 彼らの存在が小さな紙切れから発見されて以来、あらゆる手が尽くされ、地上と地下の連係プレーは本当に見事だった。
 世界中からの支援、家族愛、救出チームの努力、技術力、何か一つ欠けていてもこの見事な生還劇は成り立たなかった。
 自ら申し出て最後に地上に出たルイス・ウルアスさんは、大統領に「こういうことが二度と起こらないように」と静かに語った。
 なんという大スターなのか・・・。
 地下に降り、最後まで救出の世話を黙々と続けた6人の救助隊員も本当に素晴らしかった。

 銅の埋蔵国、生産国として、チリは世界1を誇る。あの頃、私も見学したが、4kmにわたる露天掘りの光景は、世界1の観光名所だ。
 しかし、近年、銅の需要が世界的に増え続け、地下へ地下へと無理な採掘が進められ、危険度は益々高くなっていた。
 銅高騰の理由は色々あるが、ここでも目立つのが中国なのだ。あまりにも急激な経済発展を遂げたので、当然、銅の需要はうなぎ登りだ。今や、なんと世界の銅の3分の1の需要国なのである。
 どこまで世界に迷惑をかけるのか、少しは自粛したらどうなのかと本当に腹立たしい。
 救出作業クレーンは中国製だと自慢しているようだが、そんな程度でははじまらない。日本だって、特別な着衣の提供だ。

 素晴らしいドラマは終った。
 しかし、すでに話題になっているように、33人の鉱山労働者の今後の生き方、第2幕がどうなっていくのか気にかかる。
 映画だ、テレビ、小説だ・・・と、このスター達は引く手あまたで、当然、そこには大きな金銭が動く。彼ら一人一人には、もうまとめ上げ導いてくれる優れた一人のリーダーは居ない。
 そして、最も重要なことは、チリという国がこの経験をどう生かしていくのかという点だ。
 喜んでばかりでは居られない。これからの国の行方は、まさにピニェラ大統領の双肩にかかっているのである。

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