第892回「戦い済んで日が暮れて・・・」

 深谷隆司の言いたい放題第892回

 「戦い済んで日が暮れて・・・」

 東京都議選挙を必死に戦って、全てが終わった今、いつものことだが満足感と少しばかりの虚しさを感じている。

 4年前、小池旋風が起こり自民党は過去最低の25議席にとどまり、現職議員の3分の2を落としてしまった。

 台東区で言えば和泉浩司君が約2千票差で落選、中央区でも石島ひでき君が敗れた。文京区の中屋文孝君は当選したが、その差200票足らずで薄氷を踏むような思いであった。

 自民党都連の最高顧問として、今回は雪辱を期し、公明党と合わせて過半数を得ようと努力していた。当初はマスコミの予想も含めて「いける」という感触であった。

 ところが小池知事が突然過労で入院するというハプニングがあった。我々は又いつものパフォーマンス、敵前逃亡と思っていたが、世論はさにあらず、むしろ同情票が集まる結果となってしまった。

 入院後の読売新聞の世論調査で、自民党は30%の支持からなんと23%に落ち込み、都民ファは11%から18%へ、共産党も支持を増すという結果が出てしまった。 

 しかも、選挙最終日、知事は都民ファースト候補応援に走り出し、それぞれの事務所でマイクを一切使わず、ただ手を振って励ました。車には酸素ボンベまで用意して、と喧伝する芸の細かさだった。

 一方、自民党代議士の不祥事や、コロナ対策の遅れ(実際はワクチン接種1日100万回などかなり成果を上げているのだが)、五輪開催への不安など、厳しい状況もあって内閣支持が低迷し、これらが都議選に大きな影響を与えてしまった。

 結局自民は選挙前の25議席から33議席に増えただけ、公明党を足しても過半数には至らなかった。これでは続く衆議院選挙も心もとない。

 肝心の私の地元だが、中央区は石島候補が圧勝、開票を待たずに当選確定。台東区も鈴木候補が順調に票を伸ばしトップ当選を果たした。

 しかし、文京区の中屋候補は出口調査で早くから劣勢が伝わり、開けてみれば共産党、都民ファ候補に大差で敗れてしまった。それでも獲得した票は2万5千票、この数は大変貴重なものである。

 夜8時に石島事務所で当選祝いの挨拶、鈴木君の場合は当選が決まるまで待って11時近くに事務所で祝辞、その後、なんともつらい中屋事務所に、和泉、太田両区議、桑原君と3人で向かった。

 深夜なのに50人近くの応援者が集まっている。辻代議士が「申し訳ありませんでした」と皆に涙声で謝罪した。

 私は逆で、「ここで涙を流しても意味はない。我々はやるべきことは全部やった。勝負は時の運だ。めそめそしている場合ではない。皆さんに感謝しつつ、明日から4年後の選挙に向けて再出発だ。私も高齢で4年先はわからないから今回全力を尽くすと選挙中には言って戦ったが、すこぶる元気で、このままなら後20年くらいは大丈夫、さあ、一緒に張り切ってスタートしよう」と大声で檄を飛ばした。

 今夜(5日)は「引き揚げ体験を語る」講演が銀座である。月刊「Hanada」の連載で次回は同じテーマで2回続けて書く。丁度戦後76年目、あの頃を知る人はわずかしか生きていない。時期を選んで請われるままに、戦中戦後の「語り部」として一層頑張らねばと思っている。

 戦い済んで日が暮れて… 、しかし、私にはゆっくり眠っている暇はないのだ。