第866回「WTOについての日本の立場」

 深谷隆司の言いたい放題第866回

 「WTOについての日本の立場」

 世界貿易機関WTOの事務局長選で、日本は誰を選択すべきか困っているという。最終候補になっているのが韓国産業通商資源省の愈明希(ユミョンヒ)通商交渉本部長とナイジェリアのオコンジョイウェアラ元財務相の女性候補の二人である。

 各国の国益が衝突する国際機関では、トップである事務局長が調整役を担うが、日本との関係悪化が続く韓国の候補か、あるいは中国が推すナイジェリアの候補か、はっきり言ってどちらも日本にとって望ましい事務局長ではないと思う。


 WTOとは世界の貿易の自由と公正を促進するために1995年に設立された国際機関で、加盟国は164か国(2018年)ある。

 世界各国との間で行われている貿易が、自由で公正なものであるかを評価して、自由貿易の障害となる制度や行為を行う国と交渉して改善を図ったり、制度を改善しない国を処罰したりする。

 加盟国の貿易紛争を解決する際、まず一審にあたる「小委員会」で審理し、そこで結論に異論が出た場合、最終的な判断を下すのが「上級委員会」である。上級委員会で裁判の役割を果たすのは7人の委員だが、任期が切れた委員の後任の人選にアメリカが反対して、審理に最低限必要な委員の数が足りず機能不全に陥っているのだ。

 原因は中国との紛争で上級委員会が非常に中国に有利な解釈を示したからだ。又、WTOで中国は「途上国」として扱われ貿易の優遇策がとられている。これに対する不満も大きい。2001年に中国が加盟して以来貿易は拡大し、日本を抜いて世界第2位の経済大国に躍進した。にもかかわらずいまだに途上国扱いは確かに大問題である。

 結局、WTOのルールは、中国のような、大規模な国家資本主義を想定しないものであったと私は思っている。


 私は通産大臣時代の1999年、シアトルで行われた閣僚会議に出席してWTOの無能さを身にしみて感じたことを覚えている。

 アメリカのアンチダンピング濫用をいかに防止するかが当時の私の任務であった。

 アンチダンピングとは自国より不当に低い価格で輸出した場合、輸入国は国内産業保護の為に高い関税を課する制度である。正しく運用されれば国内産業を守るための正当な自己防衛手段だが、不正濫用されれば国内の弱い産業を守るためだけの目的に使われ高い関税障害となる。

 当時この濫用が多発し、特にアメリカが多く、そのために日本の鉄鋼業界は大変な苦労を強いられていた。

 私はロビー活動、バイ会談、フレンズ会合を精力的に行い、分科会議長のペティグルー氏(カナダ)と意気投合し、日本の主張通りのテキストを作成し、分科会としてまとめることに成功した。

 これで日本の主張が通るかに見えたが、なんとその時、バジェスキー議長は突然会議を招集し、会そのものを閉会にしてしまったのだ。

 WTOは失敗に終わったのだが、この時はアメリカのリーダーシップ低下、運営の不手際、強引な議事運営、その上135か国(当時)と国が多く、その4分の3は開発途上国であることも 混乱の要因であった。

 以来、合意が難しい多国間の枠組みよりも、地域ごとに結ぶ貿易協定が主流になっている。FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)、更にTPP(環太平洋経済連携協定)のような連携が多くなったのである。


 まとめる能力も薄くなり、自国優先など問題点の多いWTOにいつまでも依存する時代は過ぎたのではないか。

 莫大な費用負担も含めて日本はWTOを見直すべきではないか。WTOの改革を進めるか、あるいは距離を置く方が日本にとって賢明な道か、新政権に与えられた課題は大きい。