第797回「腱鞘炎でブログ休み」

 深谷隆司の言いたい放題第797回

 「腱鞘炎でブログ休み」

 連日、張り切って原稿をパソコンで打ち続けていたら、すっかり右手首を傷めてしまった。10日ばかりブログを休んだが、溝部さんや何人かの人から「どうした」と心配の声、丁度書きたいことも多かったので、少し頑張って書くことにした。


 一番の印象は、天皇陛下ご在位30年のことである。記念式典が国立劇場で開かれたが、天皇皇后両陛下のお姿、お言葉に涙が流れた。

 丁度、今上天皇がご即位された時、私は郵政大臣として「即位の礼」はじめ「大嘗祭」(だいじょうさい、即位後初の国民の安寧を祈る新嘗祭)など全ての公式行事に家内と共に参列した。

 昭和天皇崩御の時は「大喪の礼」にも出席し、特に「殯宮祗候」(ひんきゅうしこう、仏教で言う通夜、陛下の柩に付き添う)など、決して経験できないはずのことを体験した。歴史の大きな変わり目に、その現場に居られたことは政治家冥利に尽きることであった。

 お言葉にもあったようにこの30年は決して平坦な道ではなかった。日本列島は多くの自然災害に遭遇したが、その折々に何度も被災地を訪れ、被災者に寄り添われた。天皇陛下のお仕事は、国と国民の安寧と幸せを祈ることである。その務めを全身全霊で果たされた。「象徴」天皇のあり方に心を砕かれ、皇室の伝統を守り、広く国民に愛されたてきた両陛下、ひたすら感謝の心しかない。どうかご健康でありますようにと祈るのみである。


 米コロンビア大学名誉教授ドナルド・キーン氏が亡くなられた。万葉集から近現代までの日本の文学を世界に紹介し、日本をこよなく愛した人である。

 谷崎潤一郎や三島由紀夫、川端康成など日本を代表する作家との交流も多かったという。

 この人について私がなによりも嬉しかったことは、平成23年の東日本大震災の翌年、日本に帰化し、日本に留まったことである。放射能の被害等あらぬ風評から多くの外国人が日本から離れたが、そんな中、「日本人とともに生きたい」という彼の言葉は、絶望にあった被災者たちへの激励のメッセージであった。

 勲二等旭日重光章、20年には文化勲章を受章している。96歳の逝去、合掌。


 久しぶりに北海道に行った。「そうだ、北海道に行こう」、どこかのコマーシャルのようだが、ふと思いついて家内と19日から2日間の旅に出た。   

 札幌は横地元秘書、小樽はガラス工芸家浅原千代治氏が歓迎してくれて旧交を温めた。北海道の味を堪能し、勿論痛飲、やっぱり人生愉快である。