第758回「旅は道づれ」

 深谷隆司の言いたい放題第758回

 「旅は道づれ」

 政治家を引退して数年になるが、良い友人が多く、いつも私の晩年を支えてくれる。ありがたいことである。

 17日から比較的新しい友人の松村博史氏の計画の下、古い友人の桑山夫妻と私ら夫婦と、5人で4泊5日の長い旅をした。

 松村氏率いる歯科グループ徳真会に頼まれて既に3枚の大きな絵(150号2枚、300号1枚)を描きあげ、新潟、仙台の診療所に飾られている。5月には福岡で開業する診療所に150号の「朱雀」を描くことになっている。完成間近の現場でイメージを得ようということが一応旅の目的の一つだが、まあ、実際は言い訳に過ぎない。

 まず京都の夜を楽しみ、翌朝8時出発で兵庫県に車を飛ばし、淡路市のいざなぎ神宮で、古事記、日本書紀にある国生みの神話を偲んだ。温故知新塾で1年かけて神話から現代までの日本の歩みを語り、「本当はすごい日本人」(幻冬舎)を出しただけに感慨深いものがあった。

 洲本市で司馬遼太郎の書いた「菜の花の沖」の主人公高田屋嘉兵衛の顕彰館を視察し、徳島県に移動、大鳴門橋遊歩道をしっかり歩いて見事な渦潮を見た。

 更に香川県の弘法大師誕生の地にある善通寺に寄り、2時間かけて泊まりは愛媛県の道後温泉だった。

 3日目は、早朝から宗教詩人坂村真民先生のお墓参り、実は松村氏と私は偶然にも坂村先生信奉者であった。「二度と無い人生だから つゆ草の露にもめぐりあいの不思議をおもい 足を止めて見つめていこう」、若い頃から何度もこの詩を暗唱したものである。先生のご息女夫妻と開花亭で昼食を共にしたが、真民先生が如何に生きたか、その素晴らしい話題は尽きなかった。

 「坂の上の雲ミュージアム」も訪ねた。司馬遼太郎描く秋山好古、真之兄弟、正岡子規の3人は、近代国家として成長していく明治日本を支えた人物で、そのドラマチックな生涯は、私の若き時代に心を捉えて離さなかった。三崎港からフェリーに乗って大分佐賀港に着き、その夜は由布院の温泉宿に泊まった。

 4日目は2時間かけて熊本県の雄大な阿蘇山へ。阿蘇神社を詣で、宮本武蔵の墓のある武蔵塚公園にも寄った。私は宮本武蔵の生き様を塾でも熱っぽく語ったが、大いに興味のある人物である。最後は細川家に300石の客分となったが、剣一筋に生きた孤高の剣客に、今でも心魅かれる。

 3年前の大地震ですっかり破壊された熊本城の姿に胸が痛んだ。回復までにあと何十年かかるのだろうか。自然の猛威を恐れ、一方で、われわれは自然にもっと畏敬の念を持つべきではないかとも思った。

 2時間かけて最終地福岡に行き、私の絵が飾られる春日診療所に到着、立派な建物に感嘆、7月はここで私の絵「朱雀」の除幕式が行われると思うと胸が弾んだ。連休は絵画三昧で過ごそうと思っている。

 車での走行距離なんと850キロ、大河内君ら徳真会の二人の秘書さんが運転してくれたが、さぞかし心労も含めて大変であったろうと感謝一入である。

 常に和気あいあいで愉快な日々であった。「旅は道づれ」、この仲間達とこれからも人生を共に歩む。私達夫婦が最長老だけに、一層健康に留意しなければ・・・と今そんな思いでいる。