第709回「日々張り切って活動」

 深谷隆司の言いたい放題第709回

 「日々張り切って活動」


 2月は活動的な日々であった。都政をめぐっての混乱の中、度々依頼を受けてテレビに出演し論陣を張った。特に「ゴゴスマ」は評判が良く、私が出た日の視聴率は月で一番になり、4.5%という数字となった。

生放送で名古屋の往復はきついが、時に一人旅も楽しいと思えるようになった。これからも番組を選びながら、必要な時は応えていきたいと思っている。


211日は、スキーに行きたいとの孫達の要望で湯沢のNASPAニューオータニ 1泊した。勿論2年ぶりに私も滑った。多少心もとないところがあったが、まだまだいけると確信した。

もっとも家内と、同じスキーならウイスキーのほうが無難と、もっぱらそちらにウエイトを置いたことは言うまでもないが・・・。


自民党政経塾の最後の講義も7日に終わり、37日が卒業式だ。12年目に入り次の生徒募集が始まる。

温故知新塾は2年目に入り、20日の2度目の講義では聖武天皇、鑑真、弓削道鏡・和気清麻呂の人物像とその時代背景を語った。

前回、聖徳太子を語ったが、214日、文部科学省は学習指導要領改訂版で聖徳太子の名前を変えて「厩戸王」とするとあった。確かに聖徳太子は後世になって、その功績を讃えた人々が贈った尊称である(84~100年後説)。しかし、以来1400年も語り継がれてきた。あらゆる文献や資料で聖徳太子と書かれてきた歴史的事実の尊称を何故変えなければならないのか私には理解できない。どうしても変えるなら厩戸皇子ではないか。

1999年、大山誠一氏が架空の人物説を唱えてマスコミをにぎわせたが、歴史学会からは虚妄と無視されている。「実在しない説」はマイナーなのである。そんなことも講義に加えた。


21日、自民党台東総支部大会を浅草ビューホテルで開いた。小池旋風の中、都議に出たいばかりに保坂三蔵親子が自民党を離党したが、そんな折だけに若干気にしたが、会場は500人の超満員で盛り上がった。

国旗、党旗入場から国家斉唱の後、総支部長の私の挨拶、辻代議士の経過報告、丸川珠代大臣、武見敬三、中川雅治、片山さつき各参議院議員、そして服部征夫区長が次々と激励の挨拶に立った。

和泉ひろし都議の血涙下る決意表明の後、自民党区議団が舞台に勢ぞろいしたが、太田雅久議長を中心に一致団結、まさに一枚岩だ。

政木喜三郎深谷後援会長、安倍智下谷医師会会長、黒田収町会連合会長と参加者も台東区の有力者ばかり、和気あいあいの中にも緊張感が溢れ、自民党公認の和泉都議を絶対勝たせようとの強い意欲で燃えあがった。

「この選挙を勝利させて、私は支部長を次の人に譲る」と宣言、私もしっかり頑張ると誓った。稀に見るすばらしい大会で本当に嬉しかった。