深谷隆司の言いたい放題第681回

 「選考委員長の大役に」


 自民党が都知事選挙に敗れて混乱が続いている。知事候補者選考過程については、直接関与する立場になかったのでつまびらかには分からないが、少なくとも自民党本部の決定であったことは間違いない。しかし大敗するや、安倍総裁も二階幹事長も、早速小池知事と面会し、「一本取られた」、「打ちかたやめ」と言い、協力体制を打ち出した。それはある程度やむをえないことだが、直接戦った自民党都連はすっかり取り残された形になって、それどころか世論やマスコミの好餌になっている。

 知事が都議会自民党を訪れた時、総務会長一人しか出迎えなかったこと、議長に会いに行くと、一緒の写真をという記者の注文に応じなかったこと、更には石原会長の記者会見で「本来の責任は党本部の幹事長にある」と責任を転嫁した云々・・・。もはや何をやってもことごとくが批判の対象になっている。

 党規に反した場合、当然懲罰の対象になるが、どうもうやむやになる公算が高い。豊島区など、なんと知事選挙が終わった直後、81日に支部総務会を開き問題の若狭勝衆院議員を支部長に決めてしまい、党のために尽くした9人の自民党区会議員が路頭に迷うことになってしまった。

 勝てば官軍と言うが、これでは政党は存続できない。きちんとけりをつけるべきだと私は思っている。 

4日、幹部会合で石原会長、内田幹事長等五役が責任を取って辞意を表明し、今日(5日)、11時から開かれた支部長常任総務合同会議で正式に辞任が決まった。

問題は、これから新役員をどうするかだが、席上、突然都連役員選考委員会名簿が配られ、なんと私が選考委員長になっていた。

知事選挙の時も、出陣式の日、突然、石原会長から確認団体の選対本部長になって欲しいと懇願され引き受けたのだが、これでは時間がなく、十分な体制を組むことが出来なかった。

今回も、直前のことで戸惑ったが、混乱の時だからと甘んじて引き受けることにした。正直に言えば、この歳になってもいざという時には頼りにされているということで、これは喜ぶべきことなのかもしれないと思うのである。

挨拶で「いつまでも後ろ向きでいてはならない。今までの執行部の努力に感謝し、これからも自信を持って前進しよう」と檄を飛ばした。

会合の部屋を出ると早速マスコミ陣に囲まれて大変な騒ぎとなった。馴れているとはいえ、失言や誤解の無いよう、心して発言した。

改めて思うことは大変な役目を引き受けたということで、選考委員会の結果次第で、自民党都連の興亡が決まるといっても決して過言ではないのだ。

五箇条のご誓文ではないが、「広く会議を興し、万機公論に決すべし」で、しっかりみんなの声を聞き、誰もが納得するような立派な人事を決めたいと思っている。

帰宅後、増田ひろや氏が挨拶にこられた。誠実で朴訥な人柄で、話すうちに、この人を応援したことは決して間違いではなかったと改めて思い、胸が痛んだ。

「どうか体を大切に、元気で頑張って下さい。今度、パワースポットといわれる娘恵理の家で、残念会、いや、激励会をやりましょう」と提案した。

今夜は和泉浩司夫妻らを招いてお祝いの会を主催する。

人生悲喜こもごも、波乱万丈であった自分の越し方を振り返りつつ、感慨無量の思いであった。