深谷隆司の言いたい放題第676回

 「恩讐を越えて」


712日午前11時から、青山斎場で故鳩山邦夫氏の鳩山家、自民党の合同お別れ会が開かれた。

かつて選挙で散々戦った相手、多少の迷いがあったが、自民党都連から最高顧問として生花を出したとの報告もあったので、私も出席することにした。

会場で名刺を出すと何人かの案内の人が最前列の席に案内してくれる。そこは大臣席で、少し戸惑いもあり、なにかの間違いかと居心地も悪かったが、やがて指名焼香となったら、元総務会長深谷隆司と紹介するではないか。自民党葬だから当然とはいえ、行くまでは想像もしていないことであった。

家内から「泉下で鳩山さんが席を作ってくれたのかも」と言われ、胸に熱いものを感じた。まだ67歳、実行委員長の安倍総理も早すぎる逝去を惜しんでいたが、私も心からご冥福を祈った。


帰宅した午後2時、保坂まさひろ区議が訪ねて来た。

台東区では、服部前都議を区長に出した関係で、これから都議会補欠選挙が行われる。

3人の候補が手を挙げたが、自民党総支部長である私は、大会に代わる総務会を開き、選考委員を選び面接と協議を行った。様々な協議を経て前区議会議長の和泉浩司君を推薦することになり、総務会の議を経て正式に自民党から公認を受けることになった。

候補者の一人太田雅久議長はこの決定に気持ちよく従ってくれたが、保坂君は無所属で出馬すると宣言、決起大会を計画し案内状まで配布した。

そこで私は腹を固め、6日の和泉選対会議で断固戦う決意を表明、ブログでもはっきり戦う宣言をした。

翌日から、どうやら保坂君は出馬しないかもとの噂が立ったが、更に数日後、不出馬のメールが出された。

今日の訪問の冒頭、保坂君から「大変ご迷惑をおかけしました。これからも自民党区議として働きたいのでよろしくお願いします」と率直な言葉があった。

彼を個人的に嫌ったり、排除しようと思ったわけではない。そこまで言ってくれるなら私には異存はない。むしろ彼が気持ちよく党に戻れるよう努力しようと約束した。

「恩讐を越えて」というほど大袈裟なものではないが、色々のことがあって、ようやく一つの良い流れが出来たようで嬉しい。

家内曰く「真面目に、誠実に努力を尽くせば、必ず良い答えがかえってくるものです」、「ハイ、そうですね」と私。  

参議院選挙で自民党が大勝し、都連推薦の中川、朝日両候補が当選、更に私が後援会特別顧問をしている全国区の片山さつき女史も、東京トップで当選した。

自民党都知事候補は元岩手県知事増田寛也氏に決まった。彼は元総務大臣だから、元自治大臣の私の後輩大臣だ。もうタレントやアナウンサーなど、派手な連中は要らない。地味だが行政能力のある、誠実な人を出したい。又忙しくなる。

「いつも他人の為に深谷さんも大変だね」と言われるが、それが私の宿命だ。

和泉君も含めて、一つのすばらしい流れが生まれるよう、又精一杯頑張ろうと思っている。