第672回「戦いすんで日は落ちて」

 深谷隆司の言いたい放題第672回

 「戦いすんで日は落ちて・・・」


 舛添氏の今の心境はそんなところではないか。辞めろコールの中、ずいぶん必死に延命を図っていたが、ついに矢折れ刀尽きて辞任となった。

 この大騒ぎの中、実は何度も彼から電話が入った。様々なマスコミから尋ねられたが、私は一切黙秘で通した。

2年前、当時の石破幹事長の懇請を受け、確認団体の選挙対策本部長を引き受けた。これは自民党の組織ではなく、公明党はじめ各種団体、例えば商工会議所、民主党の最大支持組織連合東京まで入っていた。

 当初私は、舛添氏について、自民党が逆境の時の姿勢が不満であったが、党人として引き受けた以上、「今日から好きになる」と心に決め、全力を挙げて応援した。不思議なことに、そう思って支えるうちに、徐々に彼の良さも分かり、行政手腕や都政への意欲も伝わり、本気で応援することが出来たのだ。

 ただ無事当選した後、なぜか疎遠になる。私も勝たせた後は押し付けがましく尋ねることは一切しなかった。

 一連の騒動の中で私が強く感じたのは、彼には適切なアドバイスをするよき友人、仲間がいなかったということだ。せっかく応援してくれた人々に感謝し、その人達との交友を大事にしていたら、もっと違った経緯になっていたのではないか。

 面従腹背の役人達におだて上げられ、いつのまにか裸の王様になってしまっていた。大名旅行と揶揄される外国視察で2億円以上も使ったと批判されているが、ぞろぞろ着いて行った役人に絡む費用のほうがはるかに多いのだ。

 辞めると決めた朝、彼から電話が来た。「爽やかに辞任の挨拶をするように」と言うのが私の精一杯の言葉であった。

 それにしても、近年のマスコミやネットの影響力があまりにも大きいことに驚かされる。あっという間に9割以上の人が「あの人は嫌い、辞めろ!」一色になるのだから恐ろしい。辞めさせさえすれば「あとは野となれ山となれ・・・」では無責任だし、改革改良につながらない。

 一つ間違えれば、悪評高かった中国の人民裁判の焼き直しになる。もっと冷静な対応があってもよかったのではないかと思う。


 もう、次は誰と候補者探しに興味は移っている。マスコミもそこのところを探りたくて私に何回も連絡がある。

あえて言えば、これからは派手なタレント的な人ではなく、地味だが行政能力のある人を出して欲しいと思っている。

18日(土)、唯一取材に応じたTBS報道特集(5時半頃からか)を参考までにご覧あれ・・・。