第670回「サミットの成果」

 深谷隆司の言いたい放題第670回

 「サミットの成果」


先進7ヶ国の首脳会議が伊勢志摩で行われたが、心配されていたテロ事件もなく無事終って、本当に良かったと思っている。

世界を動かすトップリーダーが続々と訪れる光景に、日本が国際舞台の中心にいると思われて嬉しかった。

なによりも安倍総理の堂々たる対応振り、しかも世界経済を牽引するための政策協調、アジアに目を向かせ、中国の脅威認識を共有させるなど、大きな成果を残したことに感動した。これは政権が安定しているから出来る事なのである。

昔、1983年だが、米サミットに行く中曽根康弘先生に、「日本の総理はいつも端のほうに居て、なんとも頼りない。中心に立ってください」と注文したことがある。

その時、なんとレーガン大統領の隣に立ってくれたのだ。帰国した総理から、「あれはレーガンに、日本の海軍マーチは世界三大行進曲の一つだ(ドイツの「旧友」、米の「星条旗よ永遠なれ」)と話しかけ、そのまま隣に立ったのだ」と聞かされ、驚いたり感心したものだった。

本当は中心が主催国の議長、後は大統領、次が首相で、それも経験年数によって立つ位置が決まるという。中曽根以来、その序列は一層厳しくなったそうだ。

短期間で交替する日本の首相はいつも端なのである。

その中曽根先生に、18日、虎ノ門の事務所でお会いした。98歳、かくしゃくとしてお元気であった。

私の手を握り、「深谷君の手は温かいね、若いんだね」と言われて思わず涙が出た。私の政治家人生は常に先生とご一緒だった。先生が総理の時出された「売上税」に、真っ向から反対してこれを潰したこともあった。不肖の弟子だが、いつも優しく見守ってくださった。

友人の松村博史氏とご一緒だったが、後日彼が出した手紙に、先生自らはがきを書き送ってくれた。その中に「深谷君は尊敬できる政治家です」と書かれていて、又涙であった。

先生の俳句に「暮れてなお 命の限り 蝉しぐれ」とある。老いて尚、死ぬまで国のことを思い、訴え続けたいという熱い心でおられるのだ。

25日、私たちは52回目の結婚記念日を迎えた。この日、自民党政経塾11年目の開塾式、相変わらず定員オーバーの大盛況で、「頑張らねば」と改めて思った。

26日、世田谷湯佐区議の講演、27日、新潟で講演、今夜は政経塾の講義、明日は大阪経済大学の講義で日帰りの旅・・・。

忙しい日々だが、私も「命のかぎり 蝉しぐれ」なのである。