第621回「新国立迷走は愛国心の欠如」

 深谷隆司の言いたい放題第621回

 「新国立迷走は愛国心の欠如」


717日、安倍首相は2020年東京五輪・パラリンピックのメイン会場となる新国立競技場の設計計画を白紙に戻し、ゼロベースで見直すことを決断した。当初計画より総工費が2倍近く膨れ上がり2520億円と言われ、更に実際には3000億円を超えるなど、あきれるほどの杜撰さであった。

しかも、誰もが責任を回避し、責任のなすりあいに終始し、このままではどこが主体なのかも分からない。結局首相の決断に待つしかなかったのだ。

マスコミを含め反対が圧倒的な声であったが、いざ決断すると、今度は賠償も含めて100億円を超える無駄遣いはけしからんとの声になる。安倍首相も頭が痛いであろうが、それが世の習い、じっと堪えてオリンピックの成功のために最大の努力を尽くすしかない。

オリンピックの誘致までは、皆が心を一つにして頑張って日本開催が決定した。あの時、まるで金メダルを得たような騒ぎであったが、その後はどうだ。それぞれが勝手に動いて挙国一致の体制がない。こんなことでは肝心のオリンピックの大成功など覚束ないではないか。

平成24年、日本スポーツ振興センター(JSC)は国際公募してザハ・ハディド氏のデザインを選定した。彼女の悪評は別にして、私がどうしても理解できないのは、その時の発想に「日本人建築家に任そう」という考えはなかったのかという点だ。

日本で開催する世界注視の祭典は、日本の優れた建築技術や建築家の存在を世界に示す最大のチャンスではなかったのか。なんだか日本人としての気概が欠けているようで残念でならないのである。

選考委員会の長であった安藤忠雄氏は16日の記者会見で「自分の責任はデザイン決定までで、コストは関係ない」と嘯いていたが無責任な話である。自分の権威を保持するため、次の日本の建築家を育てようとしない姿も垣間見えるようで、一種の老害と感じたが、私だけの偏見だろうか。

これからは内閣全体が責任を持って建設を進めることになったからいいが、今までの経過を見ると、お金がいくらかかっても仕方がないといった空気が当たり前になっていた。国民の税金を使うのにこの配慮の無さには驚く。

総じて言えることは、「日本のため」という大儀が忘れられているということだ。まさに愛国心の欠如なのである。

今からでも遅くはない、関係者の総反省と、日本の国威発揚のために総力を挙げてオリンピックの成功に向けて努力するよう強く求めたいものである。


725日は夏の風物詩隅田川花火大会が開かれた。区から招かれて産業会館の屋上での見学となってわが一家も揃って参加した。服部区長の挨拶、太田議長の乾杯と続いたが、世話を焼いてくれる和泉区議はじめ皆身内だから気分がいい。 

このところ10日あまり家内共々重い風邪で外出できず、禁酒生活が続いた。ようやく全快したようで、和服姿にくつろいで久し振りの痛飲となった。

昔、この隅田川花火の復活のために大運動を展開したことがあった。美濃部革新知事の頃で、そのために秦野章警視総監を都知事候補に推し立てて戦ったものだ。昭和40年代のことだが、もうそんなことを知っている人はいない。この歳まで色々な出来事が起きては消えていったものである。


かわいい孫達に囲まれて、家内と共になんとか元気でいられることはありがたい。約2万発の大輪にも酔いしれながらしみじみと思うのであった。

96万人の人出であったという。