第501回「細川氏晩節を汚すか」

 深谷骼iの言いたい放題第501回
 「細川氏晩節を汚すか」

 23日告示の東京都知事選挙に誰が出るのか、色々の名前が挙がって賑やかだ。
しかし、今名前の出ている人で、是非応援したいという人物は、残念ながら見当たらない。
 特に驚いたのは、あの細川護熙元総理が名乗りを挙げようとしていることだ。
なんでも、近く小泉純一郎元総理と会って支援を要請し、応じてくれたら出馬する意向だとのことである。
 その場合、原発反対でタッグを組む意向らしいが、すでに共産党候補も同様の構えだから、一緒にやるとでもいうのだろうか。
 はっきり言って、いくら都が東京電力の大株主などの事情があるにせよ、原発問題を都政の主要な課題とすることには無理がある。
 一千万人を超える巨大な首都東京には様々な課題が山積している。そうした課題をどう処理するのかはそっちのけで、原発問題だけに振り回されたら、困るのは都民だし東京の明日は無い。
 原発問題をやりたいなら、小泉氏細川氏共、もう一度国政復帰を果たして取り組めばいい。はっきり言って小泉氏など、現職総理の時は原発推進役だったではないか。如何に一般受けするからと言って、具体的な対案も無いまま、今になって反対と叫ぶのは、政治家として無責任な姿勢なのである。

 細川護熙氏が、華々しく政権を得た時、私は予算委員会筆頭理事であった。野党自民党の急先鋒として激しく論陣を張り、わずか263日で倒閣に追い込んだものだ。
 細川政権は急ごしらえの連立政権で、消費税など様々な政策で考え方がバラバラでまとまらない。ところが突然、「国民福祉税」という名の消費税案を出し、私が徹底追及するとわずか1日で撤回するお粗末さであった。そんな状態だから肝心な予算案さえ立てられない体たらく、こんな政権が続いたら日本が駄目になると痛感し、敢えて悪役を買って出て「武闘派」と言われながら奮闘したものであった。
 しかも、実際に細川氏が政権を投げ出したのは、自身のスキャンダルの故であった。
 1982年、彼は東京佐川急便から1億円を借り入れた。何故借りたのか質問すると、マンションを買うためとか、山門や土塀を直すためとか言い訳を続けた。ところが調べてみるとそれらは借りる前に全て支払っていて嘘であることが判明した。    
 要は、彼が昭和58年の熊本知事選挙に出馬する直前に借りた政治資金であった。明らかな政治資金規正法違反、又は税の対象となる問題であった。
 細川氏はこの借金は9回に分けて返したと主張した。我々の調べでは返していない筈、それなら領収書を出すよう要求すると、「引っ越しなどで失くしました」と言う。ところが、そのうち1枚が佐川本社で見つかりましたと、領収書を提出してきた。今でも私はその現物コピーを持っているが、捺印も無ければ印紙も無い、振出人の氏名も書いていないインチキものであった。
 先に辞任した猪瀬前知事と、なんとぴったり同じ状況ではないか。5000万と1億円の違いだが、額ははるかに細川氏の方で2倍だ。猪瀬氏が駄目で細川氏がいいわけはない。この点だけ見ても細川氏は知事選挙に出る資格はない。
 しかも更に、NTT株取引問題も出てきた。結局、火だるまになって政権を投げ出したのである。

 もう20年も前の事で時効だから、誰にも話したことがない裏話を書こう。
 1億円をどうして返済したのか追及した時、大和銀行参議院支店に細川氏の政治資金2つの口座があることが判った。そこでの出し入れが判れば全容が解明できる。それならば大和銀行にそれらの書類を提出するよう請求しようとなった。参議院でのやり取りでは出せないの一点張りであったが、私は、それなら国政調査権を行使しようと主張した。
 ある夜、昔私の処でわずかな時期働いた国会議員が訪ねてきて「どうかそれだけは勘弁してください」と言う。私の片腕だった政調会の保科弘君に相談すると、「もう今更そんなことは出来ないでしょう」。
 その代議士に断りを入れると、「これで終わりですね」としみじみした口調で言ったが、事実それで決定的な細川政権の終焉になったのである。

 私は予算委員会で何度も質問に立ったが、もっぱら政策論で疑惑追及は、最後の証人喚問以外一切したことは無かった。それでも辞める総理の姿に心を痛めたものである。
 その後、細川氏は陶芸家として成功し、折々に名文を雑誌に書くなど、文化人として悠々の暮らしを続けて来られた。秘かに私はほっと胸をなでおろし、立派な人なのだと敬意の念で見つめてきたのである。
 しかし、なんと知事候補として浮上してきて驚かされた。誰の甘言に乗ったのか残念でならない。人はいつまでたっても欲(名誉欲)には勝てないのか。「夢よもう一度」など、愚かな思いなのだ。
 彼は75歳、私と同じ老人だ。私達が今やるべきは、人生の長い歩みで得た経験と知識を生かし、若い人達を育てることだ。
 どんなに元気であっても、「俺が」としゃしゃり出てはいけないのだ。
 細川護熙という文化人に「晩節を汚して欲しくない」と思うのは私一人であろうか・・・。