第434回「充実した日々」

 深谷骼iの言いたい放題第434回
 「充実した日々」

 525日は我々夫婦の結婚記念日だった。実に49年目、お互い心身ともに健康で、どうやら来年の金婚式も無事に迎えられそうである。
 この日はいつものように相撲に招かれていたから、7時過ぎから自宅で身内だけで騒ごうということにした。
 両国国技館、満員御礼で大入り袋が届く。その上、私が後援会長を務める松ケ根部屋の松鳳山が、勝ち越しを掛けた大一番で、大関琴欧州を見事に破って、「これは結婚祝いだ」であった。
 
 こんなに長く暮らしていると、女房へのプレゼントといっても思いつくものが、もう無い。ふと頭に浮かんだのが加山雄三のテレビ「悠悠散歩」。彼が九段の瀬戸物屋を訪れた時、洒落た磁器を手にしているのを見て、家内が欲しそうにつぶやいていた。
 昨日まで大阪で全く時間が無い。昼過ぎに、家内には散歩に出ると誤魔化して、タクシーを飛ばして九段へ。何しろ行ったことも無い店で、結局、稲見君との携帯電話で誘導されながらやっと「珠」なる店にたどり着いた。
 顔を出した途端、びっくりしたのは女主人、昔から私のフンであったとのこと、突然現れた私に驚き喜んでくれた、これも「嬉しい心」であった。
 この後、入ってきた女性客からも丁寧に挨拶される。なんと国会に勤めている人で、二人して「若い若い」と言ってくれる。過去の栄光がまだ残っている?などと勝手に決めて、気分満点であった。
 自宅には「浅草むぎとろ」夫婦、元番記者の秋田夫妻、それに子供、孫、更に身内の恭子、雅代、和美と言った常連だけが集まった。
 乾杯で賑やかになった頃、おもむろにプレゼントを取り出した。3代目和楽庵昭阿弥作の清水焼の器だ。事の次第を口上、手渡すと、家内は珍しく涙を流した、大成功であった。
 外で開く宴もいいが、内輪で、しかも、自宅で開く宴は何の気兼ねも無くて良い。しかも、ワイン等お酒はなんでもあるし、生ビールは妹が酒屋だからもってこいだ。長年の支援者の金太楼鮨に声を掛けると、最高の寿司が安価で届く。
 もっとも、そんな次第だから家内はすっかり出来上がって、早々とダウン、まさに気兼ねなくおやすみになって、花婿だけが取り残されて、ひたすら皆と痛飲を重ねるのであった。
 辻清人代議士、成沢廣修文京区長、北海道の横地元秘書からお祝いの品が届いた。特に知らせたわけでもないのに、よくぞ覚えていてくれたものと、感激一入であった。今日もおかげで充実した1日であった。