第262号 「あわただしい新年」

深谷隆司の言いたい放題 第262号
「あわただしい新年」

 各所で開かれる新年会に、出来るだけ顔を出そうと飛び回っている。その上、沢山の年賀状の整理と返信だ。更に今年の3月をめどに10冊目の本を出そうとしているのだから、今年は新年早々から多忙を極めている。
 地元3区主催の新年会で、一番盛り上がっていたのは中央区で、まさにこの区を支えている有力者が勢ぞろいしている感じであった。文京区は場所をドームホテルにした所為か、それなりに賑やかであった。
 気のせいか台東区は、少し元気さに欠けていたように思える。参加している人の顔ぶれも団体の人が多いようで、町の役員が大挙して集まったという風ではない。スカイツリーの完成間近で、ここの客をどう台東区へ誘導していくか、これからの区の発展にとって重要な時期を迎えているのだから、もっと活気があっていいのではないかと思った。

 3区とも新年会に出て一番困ったのは、会う人たちが私を見かけると、「いよいよ選挙の時期が近いですね。頑張りましょう」と励ましてくれることだ。有難くうれしいのだが、今、何と答えていいのか戸惑ったりしていた。

 年賀状の整理は楽しい。出来るだけ自筆を添えるのだが、しまいには腱鞘炎になりそうだ。中には「とうとう車椅子になりました」と悲しい内容もある。
 その方の元気だった頃を思い浮かべて年月の流れの速さを痛感したりしている。みんな健康で長生きして欲しいと祈らずにはいられない。

 今日、今度出す本の打ち合わせに産経新聞出版の担当者が来宅してくれた。
 今まで出した本の中で、昭和58年3月に出版した「深谷隆司のさわやかトーク」があるが、これは当時サンケイ出版といった同列の会社からである。
 この本の帯を見て驚いた。まさに今日亡くなったことが報道された、ミュンヘンオリンピック男子バレー優勝監督松平康隆氏が私の為に推薦文を書いてくれていたのである。
 「深谷さんは、江戸っ子気質のたいへん正直で一本気の政治家である。ひたむきでエネルギッシュな行動力には、男も惚れる。そのくせいつも、人を思いやるやさしい気持ちを忘れない。
 裸一貫からの七転び八起きの人生・・・、この苦労はきっと「政治家の金メダル」への道につながるだろう。人の心の痛みがわかる、こんな深谷さんが私は好きだ。」
 今、こうして、この文章を打ちながら、不覚にも私は声を殺して泣いた。
 一体、私は彼の期待に応えて「政治家としての金メダル」を手にしたのであろうか。
 在職25年表彰も、旭日大綬章も頂いた。しかし、それが金メダルなのだろうか、私にはわからない。
 まだまだやるべきことは沢山ある。これからの人生の中で、たとえ立場はどうあれ、ともかく精一杯努力するのみだと、自分に言い聞かせていた。

 今日の新聞に菊竹清訓さんの死去も報じられている。
 大阪万博のエキスポタワーや東京博物館などで知られる世界的建築家である。文京区に住んでいた、私にとって自慢の応援者の一人であった。
 出雲大社庁の社は彼の作品の一つだが、わざわざ見に行ったこともある。最近はお会いする機会が無かったが、83歳であった。
 周囲で次々と知人が無くなっていく。寂しさが一層つのる。     合掌