第258号 「さよなら談志師匠」

 深谷隆司の言いたい放題 第258号
「サヨナラ談志師匠」

 立川談志師匠のお別れ会が、ホテルニユーオータニで21日11時から開かれた。前半が案内状を持っている人たちだけで、後はフアンの人達となっている。 
 なんと案内客だけでも1000人は越えている。さすが生前の人気は大したものだと、改めて思った。
 弔辞は石原慎太郎知事だけで、献杯の後に落語協会など関係者の挨拶が続いた。

 知事は弔事というよりは、べらんめー口調で毒舌に近い言い方であったが、深い愛情にあふれていて、その関わりをよく知っているだけに胸が熱くなった。
 知事とは久しぶりであったので、長い立ち話をした。
 今の政治に対する批判と、特に自民党への不満を語り、「深谷さん、なんとか言ってくれよ」と繰り返していたが私も全く同感であった。
 途中、挨拶で何人かが私に声を掛けてくれたが、知事は「話し中だから」と、その度にそっけなく遮る。私の方が気を使いたくなるほどの断り方だが、時には傍若無人ともいえる談志と、云いあいながら、長く付き合ってきた知事らしいと思ったものである。

 会場で中央区の礒野義夫氏一家と会った。かつて区議会議長を務めた私の同志で、今はご子息が区議を務めている。彼は談志と格別に親交が深く、25年ほど前、弟子の何人かを引き取って面倒を見てきたことがある。
 築地場外市場で肉まんや焼売を売っている菅商店の社長も一緒だったが、まだ前座見習い中の、立川談春がこの菅商店で働いていた。今では切符がなかなか手に入らない超売れっ子になっている。
 私は今でも落語大好きで、志の輔や談春の会に出かける。落語家たちは義理堅いところがあって、世話になった人への態度は人気者になっても変わらない。 
 はからずもみんな揃って、お別れ会というよりも同窓会的雰囲気であった。
 会費1万円とこれも異例だが、香典をいくら包むか心配しないで済むのだから、気が利いている。
 客の顔ぶれは多彩で随分いろいろな人達と会えた。参議院議員を務めたことがあるのに、政界人の顔は見えず、甘利、小坂両議員と私ぐらいであった。

 最後はデキシーキングスの演奏となっている。前にも書いたが談志はジャズが好きで、このグループの後援会長を務めたことがある。
 もう30年も前のことだが、彼らの演奏会で談志と偶然会い、会場内を二人で籠を持ってチップを集めて回ったこともある。
 そのメンバーであった花岡詠二夫婦と会場で一緒だったが、実は昨夜も会っている。浅草のジャズクラブHUBで「柳澤愼一バンド」に客演していたのだ。
 余談になるが、往年の人気スター柳澤愼一がまだ頑張っているとは知らなかった。現在79歳、優しい老人になっていて、ドラムも叩くし、声も全く衰えていなかった。

 帰りに談志の息女松岡弓子の「父談志との258日」の著書が配られた。
 今年の3月緊急入院し、気道確保の手術以来の闘病生活が、11月21日、亡くなるまで克明につづられていた。
 天才と言われ、落語に人生を賭けてきた談志にとって、声を出す事も出来ないままの闘病生活はどんなに苦しかったことか。

 毒舌と奇行にもかかわらず、誰からも愛された大師匠のお別れ会は、彼に相応しい賑やかさであった。
 本の題名になっている「That’s  a  Plnty」はデキシーランドジャズの名曲だが、談志師匠は家族とこの曲に送られて2011年11月23日、荼毘に付された。
合掌