第257号 「今更、慰安婦問題?」

深谷隆司の言いたい放題 第257号
「今更、慰安婦問題?」

 12月18日、日韓首脳会談が京都において開かれた。約1時間、李明博大統領は終始一貫、慰安婦問題だけを語ろうとしたという。
 去る14日には、ソウルの日本大使館前で、慰安婦問題で「日本政府の謝罪と賠償」を求める集会が開かれ、元慰安婦の少女時代を題材にした記念像まで設置した。
 当然、この問題が中心になることは誰が見ても明らかなのだが、政府の判断は全く甘く、14日の記者会見で藤村修官房長官は、記念像は議題にならないとの見通しを示していた。
 野田首相は、途切れていた首脳同士の「シャトル外交」を復活させるため、10月に韓国を訪問、李大統領の年内来日を強く求めていた。
 竹島問題や慰安婦問題など懸案には焦点を当てず、日韓の経済連携協定(EPA)交渉再開や、貿易・投資の議題に力を注ぐ考えであったという。
 そんなに日本に都合よく事が進む筈もないのに、なんで来てくれと頼むのか。
 韓国では、米韓自由貿易協定を巡って政府批判が強まっている最中だ。慰安婦問題で千回も集会が続いた。記念像の撤去を求める日本に、益々いきり立っている状況の中である。
 「歴史問題が未来志向の韓日関係の障害になってはいけない」と、この問題に言及しなかった大統領だが、4か月後に総選挙を控えているのだから、ここは強く出るのは当たり前なのだ。
 なんと野田政権は外交音痴なのか、呆れるというより悲しくなるではないか。

 韓国政府は慰安婦問題の協議を求めているが、日本側は1965年の日韓国交正常化で締結した協定で、韓国が植民地支配に関する請求権を放棄する代わりに、日本が経済協力資金を支払うことで「決着済み」としているのだ。
 当時の朴正煕政権は、日本からの資金を個人への償いではなく、経済復興に注ぎ、「漢江の奇跡」と言われる高度成長へとつながっていったのだ。
 ところが、91年元慰安婦らが、日本政府に賠償を求めて東京地裁に提訴するに及んで、この問題が再燃された。
 92年、宮沢首相は盧泰愚大統領に謝罪、翌年、河野官房長官も「お詫びと反省」を表明、95年には、アジア女性基金を発足させ、元慰安婦に一人200万円支払うなど07年まで努力をつくした。
 この間、国会で内閣外政審議室長が「慰安婦問題で軍の関与は無かった」と証言したりしている。関与があったか無かったかについては議論の分かれるところではある。

 問題は、国と国とでいったん決めた約束は、歴史の中できちんと刻み込まれ、両国の関係は、その上で誠実に構築されなければならないということである。
 国内の事情が変わるたびに、同じ話を蒸し返し、「謝れ、お金をよこせ」では、正常な外交は保たれない。
 野田首相は、会談で「この問題は決着済みです」とはっきり言ったようだが、この主張は正しい。

 同じことは竹島問題でも言える。
 16世紀末から日本人が渡っていった竹島は、1905年、どこの国も占有していないことを確認した上で、国際法に基づいて日本の領土と確定したのである。
 第2次世界大戦で日本が敗れて、一時期、GHQの訓令で沖縄や小笠原諸島と同様に、日本の行政権から外された。
 しかし、1951年のサンフランシスコ講和条約後返還され、日本固有の領土として認められたのである。 
 このことは米国公開公文書等でも明らかである。
 ところが、この条約批准、発効直後の1952年、李承晩韓国初代大統領は、突然、竹島を含む公海上に、韓国専用海域と称して海洋主権を宣言したのである。いわゆる「李承晩ライン」である。
 日本漁民4千人、漁船328隻を拿捕し、死傷者を44人も出した忘れる事も出来ない悲劇であった。
 この歴史の事実に知らぬふりで、自分の領土と言い張るのだから厚かましいではないか。

 ただ、何故こうも韓国は強気で出るのか、中国もそうだが、やはり日本の力が近年とみに後退していることと無関係ではないと思う。
 要は、なめてかかっているのだ。
 不幸なことに近年、日本には円高や、東日本大震災など次々と困難な事態が起こっている。その上、政治経験が少なく、不勉強な民主党政権になって無為無策な状況が続いている。
 野田首相は、この事を十分に認識して、外国に対して自国の主張を明確に伝えると共に、国力回復の為に、国内政治に全力を尽くさなければならない。
 自民党も妙に野党ずれせずに、この国の為に働いてもらいたいものである。