第254号 「見つめ支えられて」

深谷隆司の言いたい放題 第254号
「見つめ支えられて」

 今年もいよいよ最後の月となったので、年末のご挨拶と思いサントリーホールデングス社長の佐治信忠氏を訪ねた。
 今は亡き先代社長佐治敬三氏は、私の経済後援会「南洋会」の初代会長を務めてくれた。私の妹が酒問屋に嫁いだことと、中曽根康弘先生の肝いりがあったからだ。
 80歳で亡くなられた後、御子息の信忠氏がそのまま受け継いでくれたのである。
 サントリー創業者鳥井信次郎氏は「やってみなはれ、やってみなわかりまへんやろ」の名言を残したチャレンジ精神の持ち主であった。
 佐治敬三氏は意欲的な事業家であるばかりでなく、これにユーモアに満ちた文化的な精神を加えたような、いわゆる大人の風格を持った魅力的な人であった。
 サントリーホールを建てたが、当時、ヘルベルト・フォン・カラヤンの助言を受け、「ほな、そうしまひょ」の一言ですべてを決めたという。

 信忠氏は「ヒゲのジュニア」と呼ばれ、気負いとは無縁の自然体の人物である。国際化と多角化に乗り出し成功を収めている。私より10年若い。

 応接間に入ると、いつものような張りのある大声で、元気いっぱいで爽やかに現れた。声の大きい人は、何事にも必ず大成功すると私は自分の経験から思っている。
 「いやー、相変わらずお元気ですな、奥さんもお元気ですか」
 「ええ、お陰で二人とも健康に恵まれています。我々二人がこんなに元気なのは、サントリーのサプリメントのお陰ではないかと思っているんです。毎朝、セサミンとアラビタと黒酢にんにくを片手一杯に飲んでいます。もう10年以上続けていますよ。
 その上、食べる時は脂肪を除くために黒烏龍茶、おまけに近頃、夜は角のハイボール、まあ、一日中、サントリー漬けです。」
 これは、決してお世辞では無く、今朝もそんな話を家内としたばかりである。風邪ひとつひかず、不思議なくらい健康なのだ。勿論それ以外のこともあろうが、飲み続けてきたという点で、やはり一番の効果ではないかと、私達の実体験としてそう思っているのだ。
 余談だが、今日は家内の誕生日だ。昭和13年生まれ、73年、風雪に耐え、よくぞ頑張ってきたものだ。
 特に私の妻となってからは、選挙選挙で明け暮れて、それも当選落選と目まぐるしく、長い浪人時代があって、随分苦労を掛けたものだ。
 子供は3人、孫も五人となったが、子育ても含めて心の休まる時も無かったと思う。
 初めての頃は、私が27歳で台東区議会議員初出馬の時であった。
 先輩都議会議員に約束を反故にされて、それどころか選挙事務所を出ていけとかポスターを変えろとか、執拗に嫌がらせを受けていた。
 宣伝カーに乗り込んで事務所を出発する時は、帰った時に事務所が無事なのかと、いつも不安を抱いていた。
 そんな時、必ず2階の窓から身を乗り出して、必死に手を振って送り出してくれたのが家内(嫁に来る前の)であった。
 今でもこれは変わらぬ習慣で、私が家を出る時は必ず玄関で手を振ってくれる。実に48年続いているのだ。
 時々、こんな風に出来なくなったらどうしようと思う時がある。大体、いつも偉そうなことを言い、自信ありげに振る舞っているが、私は一人では決して生きられない。
 絶対に私より先に死んではいけない。
 歳の所為か、最近、特にそんな風に思い、祈るような心地でいる。

 「いよいよ、選挙も近いようですね」
 何のけれんみもなく、私の次の出馬を当然のことと考え、期待込めて言ってくれる。
 「政権交代して、本当に近頃の政治は駄目になった。しかし、民主党は負けるのが分かっているから、任期いっぱいやるのではないか。
 私も歳を取ってきたから、あまり周りに迷惑を掛けなようにしなければ等と考えてしまうのですよ。若い人を育てる為に、自民党政経塾をやっていますが、私のこれからの仕事ではないかと思います」
 「なにをおっしゃいますか!、先生はまだこれからです。時代が変わって年令に関係なく、働ける人に大いに働いてもらう時代ではないですか。私のところもそう考えてます」。びっくりするような真剣な眼差しであった。
 最近は、年金をどう払うか、年寄りに対する支出ばかりが議論されているが、逆に、歳に関わりなく働ける人に大いに働いてもらって、(納税などで)国に貢献してもらいたい。そうしないと国が持たないという意味である。
 さすがに近代的な経営者の発想は違うものだと、嬉しかった。

 確かに、今はひたすら若い人が求められる時代ではある。
 国会議員も若い人が大勢になった。なんとかチルドレンが大流行なのである。しかし、その経験の無さ、未熟さのゆえに、すっかり質の低下が著しくなっていると指摘する人は多い。
 若い人も年を重ねた人も、バランス良く配置され、各々の協力が相まって、初めてまともな政治が出来る筈なのである。年齢制限などナンセンス、誰を選ぶかは元々有権者が決めることなのだ。
 私の周囲には、有難いことに私への期待論が多い。あまりに張り切ってくれてこちらが戸惑うほどである。
 とはいうものの、正直、私の心のなかにも複雑な思いはある。
 もう随分お国に奉仕し、地元の為に働いてきたから・・・と。
 さて、来年どうなっていくのか、それは私にもわからない。時の流れ、時の定めに従っていくしかない。

 いずれにしても佐治信忠氏訪問は、心地よい余韻を私の心に残してくれた。

 世の中には色々の人がいて、様々な角度から見つめ支えてくれている。これからもそのことを大事に受け止めて、誠実に生きて行きたいものだとしみじみ思っている。