第253号 「オウム裁判終結に思う」

深谷隆司の言いたい放題 第253号
「オウム裁判終結に思う」

 11月21日、オウム真理教による一連の事件の刑事裁判が、元幹部・遠藤誠一被告の死刑を確定させる最高裁判決によって終結した。
 教団元代表松本智津夫死刑囚が逮捕されてから実に16年半の歳月が経過している。これまで計11人の死刑が確定したが、189人にも及ぶ幹部や信徒が罪に問われるという前代未聞の忌まわしい事件であった。

 私が国家公安委員長に就任したのは1995年(平成7年)のことだが、役職上、この事件と深い関わりを持った。極めて重大な位置づけの自治大臣と兼務であったから超多忙な日々であったが、若い私にとっては、まさに願ってもない活躍の舞台で、今振り返ってみてもやり甲斐のある時代だったなと、感慨無量の思いがする。
 当時はまだオウム事件が十分に解明されておらず、私はその根絶のために奔走したものである。
 就任早々の8月17日、山梨県上九一色村にあるオウム教団施設を視察したが、あの時の光景を今も鮮明に覚えている。
 凶悪極まりない事件を起こした総本山の現場には、まだ多くの信者が残っていて、青白く痩せた異様な目つきの若者が挑発的な態度で我々に接し、中には私の動きをわざわざビデオやカメラで執拗に撮っていた。

 捜査を指揮していた警察庁トップ国松孝次長官銃撃事件もあった。彼とは格別に懇意にしていたし、事件現場も荒川区で妹の家の近くであったから、深く印象に残っている。ついに未解決のまま時効になってしまったが残念でならない。坂本堤弁護士一家殺害事件も同様で、裁判が終わっても、これらの事件の解明を怠ってはならないと思っている。
 この年の12月、カナダのオタワで開かれた「テロ対策国際会議」に出席したが、この特異な事件が世界各国大臣の最大の関心事で、もっぱら私が中心になって説明役を果たしたものである。

 一連の事件後も活動を続けたオウム真理教対策として、団体規制法が作られた。活動実態を常に明らかにし、行動を把握する為に、公安調査官と警察官が団体施設に立ち入り出来るようにしているのだ。(処分は最長3年)
 団体側は3か月ごとに役職員、構成員の氏名や住所、活動に使う土地・建物の所在や規模、資産や負債などの報告義務がある。
 これを観察処分というが、まだこれは続けていかなければならないと私は思っている。今度、更新となれば4度目となる。
 観察処分を続けるべきだと思うのは、麻原崇拝が今なお根強く、「オウム真理教」と名乗る教団は無いものの、そこから派生した団体が今も活動を続けているからである。
 主流派は足立区にある「アレフ」で、もう一つが「ひかりの輪」で、「ああ言えばこう言う」とすっかり有名になった上裕史浩元幹部が代表になっている。
 今でも松本死刑囚への絶対的帰依を強調し、「麻原回帰」の動きが強まっているという。しかも彼等は数億円規模の現金や預貯金を持っているというのだから油断できないのだ。

 ラッシュアワーの地下鉄電車内にサリンをまいて無差別大量殺人を企てた彼らは、自分たちを受け入れようとしない社会を壊滅しようとしたという。信徒は松本被告の指導で神秘体験をし、いわゆるマインドコントロールされて、集団で他者の命を奪った。

 ある文化人と自称する人が、「閉塞社会が原因だ」と分かったような口ぶりで語っていた。
 「閉そく感の背景を放り出したまま、社会に反逆した13人もの人達を、報復のために大量処刑で済ませていいのか」と書いた新聞もあった。なんとも呆れた発言で驚いた。
 今は確かに閉塞感のある時代だ。
 その原因の多くは政治、とりわけ民主党政権になってから顕著だ。これを変えていかねばならないことは当然で、社会全体が厳しく糾弾していくことは大事なことだと思う。しかし、だからと言って、犯罪者に同情し、利口ぶって庇おうとするなどとんでもないことだ。そんな言い方が、ともすると通用するのが昨今の風潮でもあるが、私はそのことがかえって恐ろしいと思っている。
 死刑執行を拒むアホな法務大臣がいるが、それは正義でも何でもない。むしろ責任放棄、厭ならさっさと大臣を辞めればいい。正常な人々の人権を守ることが大事で、だから法律があるのだ。法律を守れない大臣がいることは国家社会にとって不幸なこと、さっさと辞めろと言いたい。

 オウム裁判は一応終わった。しかし、残された被害者及び家族の苦悩は残ったままだ。そして、なぜこうした事件が起こったのか、真の解明もなされていない。関連する残党組織の動きも心配だ。
 私達はオウム事件を忘れてはならない、決して風化させてはならないのだと、大臣時代にいささか関わりを持っただけに、一層、強く思っているのである。