第247号 「亡国民主党、ダメ大臣達」

深谷隆司の言いたい放題 第247号
「亡国民主党、ダメ大臣達」

 長い政治生活を重ねてきた私にとって、国会議事堂は自分の人生を賭けたもっとも神聖な場所であった。
 この国の為、国民の為、国会議場で真剣勝負で議論してきたものだ。代表質問に何度も立ち、大臣としてどれだけ答弁に立ったことか。
 今振り返り、あの場所で人生を燃やしたことを誇りに感じ、自分の生涯を通じ、悲しいぐらいに大事な場所であったと改めて思っている。

 その国会議場が、近頃はすっかり荒れているという。やたらと退席し、まるで近頃の大相撲のように空席が目立ち、居眠り議員が多く、そうでない時は野次と怒号が目に余るほどなのである。
 かつて野次は弁論の花と言われ、私も野次将軍と言われた時代もある。それは怒号や騒音ではない。寸鉄心をえぐるような洗練された短い言葉で、相手の誤りを指摘し、思わずたじろがせるような鋭さが無くてはならないのだ。

 近頃の議場を見ると、特に民主党議員のつまらないヤジばかり、その上、離席者が非常に多いのである。
 これは私が指摘するまでもないことで、民主党幹部自身が党の代議士会で発言している。
 11月31日、民主党代議士会で、まず平野博文国対委員長が本会議中に席を離れる議員が多いことを指摘し、「緊張感を持つように」と要請、続いて山井議運理事が「ヤジが行き過ぎている、子供の教育上よろしくないと横路議長が言っている」と紹介した。
 なんとその代議士会も空席が目立ち、司会役の細井代議士会長が、「代議士会は大事だから、出席して欲しい」と呼び掛ける始末であった。まるで小学校か中学校の、それもまさに学級崩壊と言った有様ではないか。
 しかも、その直後の本会議でも離席が続き、空席は民主党だけで30を超えていたのである。

 国民は苦労して懸命に働き税金を納めている。その税金で高い歳費を国会議員に払っているのだ。国会に碌に出ない、政治家としての自覚も熱意もない奴に議員の資格は無い。税金の無駄遣い、やる気が無いのならさっさと止めて欲しい。
 この間まで、国会でいわゆる提案型と称する「仕分け」が行われた。その中で、公務員宿舎問題や公務員の給料削減については喧々囂々の議論はあったが、国会議員の宿舎削減についての発言は見られず、まして国会議員の歳費や定数削減など全く話題にすらしていなかった。
 「隗より始めよ」で、まっ先にやるべきは国会議員の無駄の排除ではないのか。しかもこれはやろうと思えば、自分たちで決めればいいのだから簡単にできる筈のものなのだ。

 今、何かが狂っている。世の常識というものが議会の中で音を立てて崩れつつあるようで心配で不安でならない。

 そのもっとも顕著なのが大臣達の呆れた言動だ。こんな者をどうして大臣にしたのかと、あきれるような連中ばかりではないか。
 11月23日、玄葉光一郎外相は北京を訪問したが、その時、本人の強い希望でチャーター機を用意させようとした。緊急時や辺境の地へ行く場合を除き、外相は民間機を使うのが常識なのにだ。チャーター機の費用は1200万前後もかかる。自民党に来た外遊の了承を求める文書にチャーター機とあったことに仰天して止めさせたのである。
 野田総理が国民に増税を強いようとしている時に、大臣が平気で税金の無駄使いをしようとしていたのである。
 玄葉大臣の非常識ぶりは週刊新潮でも取り上げている。
 「尖閣も中国にさし上げればいいと」飲み会で漏らしたというのだ。絶対に許せない売国奴発言だ。
 しかもこの会をセットしたのはフジテレビの美人記者で、お互いを「玄さま」「マリリン」と呼び合っているというのだ。
 気持ち悪いとしか言いようがない。こんな奴が外交を司る大臣では日本の外交は本当に危ない。

 一川保夫防衛相はブータン国王歓迎の宮中晩餐会を欠席した。民主党議員の政治資金パーティ―に出席するためだが、「宮中行事よりもこちらの方が大事だ」とほざいた。
 問題になると、「(ブータン国王に対して)手紙を出すことを含めてしっかり対応したい」と語ったという。
 「一大臣が一国の国王に謝罪の手紙を出すなどということが、いかに無礼かということも分からないのか」と作家の曽野綾子女史は嘆き、「この一言でも一川大臣が全く常識に欠けた人物だということがわかる」と産経新聞に書いている。
 この大臣は就任直後にも「安全保障には素人だが、これが本当のシビリアンコントロール(文民統制)だ」と発言して物議をかもしている。
 蓮舫行政刷新担当相は、同じ晩餐会で携帯電話を使っていた。これもあきれるほどに礼儀をわきまえない非常識な行動であった。

 平岡秀夫法相は死刑執行に判を押さない。オウム真理教事件の刑事裁判が終わったが、年内に執行しなければ19年ぶりに執行が無い年になる。
 就任当時、「死刑制度の是非を考えている間は、当然執行を判断できない」と消極姿勢であった。
 死刑に反対するのは勝手だが、それなら、死刑執行の義務を有する法務大臣のポストに就かないというのが常識ではないか。要はポストだけは欲しいということなのだ。
 去る10月25日の衆院法務委員会で、4年前に少年法を議論するテレビ番組での彼の発言が取り上げられた。
 少年2人にわが子を殺害された母親に対して「加害者に死の恐怖を味わせれば幸せなのですか? 彼等にも、犯罪を犯すにはそれなりの事情があったのですよ」と悲しみの遺族に詰問し、犯罪者の擁護ばかりしたのだ。
 犯罪を防ぐためにも刑法に照らして厳しく対処するのが法相の責任だ。元々大臣たる資質に欠けていたのである。
 委員会で集中砲火を浴びると、直接遺族のもとに謝罪に行くことで逃れようとしたのだが、なんと訪れた日の翌日は新聞の休刊日であった。大きく報じられることを避けようとした姑息な手段であった。思惑通り各社は目立たないベタ記事ばかりであった。

 まだまだお粗末大臣は多いのだが、なんだか気が滅入って来るので今日はこの辺にしておこう。
 いずれにしても、亡国の民主党、ダメ大臣達なのである。