深谷隆司の言いたい放題 第244号
「楽しかった、自民党政経塾合宿」

 11月19日、恒例のTOKYO自民党政経塾の合宿を、熱海後楽園ホテルで開催した。合宿も6回目を迎えたが、今回も130名余の塾生の参加で大盛況であった。
 このホテルをいつも使うのは、交通の便が良いことと、なによりも東京ドームの林会長が 私の後援会長だからである。
 昔、熱海は東京の奥座敷と言われ、各種団体の宴会や見本市などでよく使われ、私は都議会議員時代あたりから、月に数回は訪れたものだった。
 石原裕次郎が元気な頃、年末の忘年会は熱海で開かれた。いつも500人を超える大宴会で、石原プロの有名なスターが勢揃いし、彼はそれが終わるとハワイに行くというのが恒例であった。  
 今は、あの頃の名だたるホテルは軒並み消えて、かつての華やかさはすっかり影をひそめてしまっている。
 その中で唯一頑張っているのが、1200人収容の熱海後楽園ホテルなのだ。

 合宿初日は、昼から私の挨拶で始まり、5人の国会議員に講演をしてもらった。自民党が政権を得ていた時代は、講師には何人もの大臣が揃い賑やかだったが、野党になった今は勿論大臣はゼロで寂しい。
 そこで今回は特に新進気鋭の若手議員に参加してもらったのだが、比較的年代が近く、塾生にとってはかえって良かったかもしれない。
 一番バッターは、地元静岡で当選した参議院議員の岩井茂樹氏だ。彼はわが政経塾の3期生である。
 塾が発足して以来6年の歩みの中で、市長や区議会議員など地方議員は80人以上世に送り出してきたが、国会議員は彼が初めてである。
 最近の公募で、次期の衆議院議員候補者に現塾生2名が決まっている。これからは政経塾出身者の国政参加はきっと多くなっていくに違いない。
 2番手は東京4区の平将明代議士、彼は当塾に最初から参加協力している経済通の政治家である。「日本再生の処方箋」とのタイトルで滔々と語った。
 3番手は参議院比例区代表の一期生宇都隆史氏、元航空自衛官で、なんと現在37歳の青年である。
 私が国会議員になったのも37歳の時だっただけに感慨一入、自分にもこんな若い時代があったのだなと、過ぎ去った日々を走馬灯のように思い起こしていた。
 テーマは「日本の危機管理、国家の主権を考える」だが、身近な世代だけに塾生達の質問も活発であった。
 次に立ったのは佐藤ゆかり参議院議員。経済学博士、経済評論家であったから、「世界経済の行くえ、日本が生き残るには」と言うタイトルで、まさに得意分野、世界的に経済問題で混乱している時だけにタイムリーな講演となった。
 最後は、菅義偉代議士、党組織運動本部長だけに何とか党勢を回復させたいとの一念に燃えていた。ただ、相変わらず支持率が上がらない状況だけに、私から見ると苦渋に満ちていて、迫力が「いまいち」といった感じであった。

 夜7時からは、緊張から解放されての大宴会である。私は全テーブルを回って彼らと歓談、大いに痛飲した。食べ飲み語る、こうなったら私も若い連中に負けてはいられない。すっかり青年の気分になってピッチがあがった。

 翌早朝6時半、海岸の広場に集まってラジオ体操、前日は雨だったが、すっかりあがって快晴、オゾンをたっぷり含んださわやかな空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
 私の指導で海に向かって発声練習をしたが、どんなに大声を出しても此処なら誰からの文句も出ない。都会で暮らす者にとって、まさに至福の時であった。

 翌日の午前中は、初の試みとしてグループディスカッションを行った。
 8班に分けて、「世界の中で日本は今後どうあるべきか」、「日本人にとっての日本は、どんな国であるべきか」、「実現に向けて、今、自分たちに出来ることは何か」について議論させ、それぞれの代表者に発表させるという形をとった。
 かなり漠然としたテーマだし、大きい課題だからどうかとは思ったが、今回はいわばデイスカッションの入り口、「自分の考えを持つこと」、「相手の思いを理解すること」、「内容をきちんと消化しまとめること」に重点を置こうと考えていた。

 1時間、侃々諤々の議論が続いて各グループとも盛り上がっていた。
 最後に、8人の代表を次々と壇上に立たせ、グループごとの「まとめ」を報告させたのだが、これは私が教えた「話し方教室」の実践でもあった。
 想像していた以上に発言者の内容、態度、マイクの使い方等、いずれの点でも立派であった。何よりも真剣で真面目だ。私は思わず胸が熱くなった。
 今の時代、どちらかというと軽佻浮薄で自分中心、世界や国家のことを真剣に考える人は少ない。しかも、若い人たちにその傾向が強く残念に思っていた。それだけに、彼らの姿が誇らしく感動的であった。

 わずか2日間と言う短い時間であったが、充実した合宿は終わった。
 今年の授業もこれですべて終了した。
 私は全員と握手を交わし、「頑張れよ」と声をかけ送り出した。
 「僕にとって政経塾は生き甲斐です」と言ってくれた人がいた。中には「研修指導員になることが目標です」と言う人もいた。4期連続皆勤賞の塾生に「研修指導員」という役を与え、全体のリーダーとして活躍してもらっている。
 「それが望みとは、スケールが小さいな」とからかったのだが、内心ではとても嬉しかった。なんとも可愛い連中ではないか。
 わが塾は、原則1年で卒業なのだが、何期も続けてくる人が多い。彼らにとって塾は生活の一部になっているようだ。
 私がそうなのだが、次第に別れづらくなっているのかもしれぬ。

 「なんと真面目でいい人たちが集まっているのだろうか、こんな若い素晴らしい連中が世の中に多く居たら、この国はもっとよくなるのに・・・」   
 第6回目の合宿の、私の率直な思いであった。