第240号 「外交は覚悟と器量」

深谷隆司の言いたい放題 第240号
「外交は覚悟と器量」

 環太平洋経済連携協定(TPP)をめぐって、民主党内は賛否両派に分かれて大混乱である。プロジェクトチームも例の鉢呂吉雄氏が座長だから、最初から上手くいくわけがないと思っていたが、まったくその通りだった。
 民主党として交渉参加の姿勢を決定できないまま、両派に気兼ねして曖昧な表現で、結局、政府に判断を預けることになった。
 これを受けて野田総理はアジア太平洋経済協力会議(APEC)の首脳会議で、日本の交渉参加を表明するつもりのようだが、支える体制がこんなに弱い状態で一体どこまでやれるのか、国の命運がかかっているだけに心配でならない。

 TPPについては、民主党だけでなく、いたるところで賛否両論に分かれて大きな騒ぎになっている。色々な世論調査でも、賛成がやや多いいが、どちらかと言うと拮抗しているといった状態だ。
 その責任は、やはり政府、野田政権にあると思う。
 TPPに参加すれば、何がプラスでどこがマイナスなのか、何故、もっと丁寧な説明をしなかったのか。
 最初から参加する気だったのだから、当然、情報開示を徹底しなければならないし、何よりも野田総理自らが説得にあたるべきだった。そうした当り前の努力を怠ってきたことが今日の混乱を招いている。

 私は、基本的に、TPPに参加することに賛成である。
 参加して、日本の国益のために堂々と主張すべきは主張していくことが大事なのである。
 一度交渉に参加したら抜けられない、と言う人がいるが、交渉もしないうちからそんな後ろ向きのスタンスでは、外交を通じて世界に伍していくことなど不可能だ。最初からそんな構えでは足元を見透かされて、まともに相手にしてもらえない。
 貿易自由化は避けがたい国際社会の趨勢だ。しかし、何でも容認するのでなくて、日本にとって受け入れられないものは「NO」と言えばいい。
 現時点でも、アメリカ議会等で不都合な事は受け入れられないと言う声も出ている。他の交渉参加国も同様だ。だからこそ、これから様々な難しい交渉が始まるのである。
 TPPで、日本だけ門戸を開けと言われるのではない、逆に相手にも開けと主張できるのだ。
 例えば、アメリカはトラックに25%も関税を掛けているが、これを下げろと主張できる。同じ思いの他のアジアの国と連携して交渉すれば、二国間の交渉より、多国間の交渉の方がメリットがあるではないか。
 アメリカに振り回されると心配する人がいるが、他のアジアの国を味方にすればそんな心配はいらないのだ。

 外交交渉について私は、何度も実体験を積んできた。
 1999年11月、私は通産大臣としてアメリカ・シアトル市で開かれた第3回世界貿易機関閣僚会議(WTO)に参加した。 
 WTOは1994年、ウルグアィランドで合意し、95年に発足した多角的貿易体制を作るための国際機関で、この時は新ラウンドを立ち上げるというのが目的であった。
 
 通産大臣として最大の交渉は「アンチダンピング問題」であった。
 ある商品の輸出向け販売価格が国内販売価格を下回る状況(いわゆる不当安売り)になった時、これを提訴して制裁を加えるという仕組みだが、当時、アメリカは日本に対してこれを執拗に濫用していた。(特に日本の鉄鋼輸出に対して)
こうした恣意的行為は、保護主義につながるから何らかの対応をすべきだというのが日本の主張であった。
 いわば大国アメリカとの戦いだから私は燃えて、日本の主張を理解してもらうために、様々な国の大臣と意欲的にバイ会談を重ねた。当時の加盟国は135ヶ国であったが、その4分の3を途上国が占めている。これらの国はアメリカをよく思っていない。こうした国の大臣を味方につけることが大事なことだが、会談を通じてかなりの成果を挙げていた。(帰国後の12月7日の記者会見で、「どこの国の大臣よりも私が一番多く他国の大臣と会ってきた」と語った記録が残っている)

 アンチダンピング問題を扱う分科会の議長は、カナダのぺティグル―大臣だったが彼とは特に親しくし、元々仲の良かったEUのラミー委員(ベルギーの大臣)と組んで報告書を作り、これを分科会の決定として公表した。(ラミー委員とはお互いの国を訪問しあい食事している。ちなみに日本ではうなぎの大江戸に案内した)
外交での仲間作りは本当に重要と思ったものである。
 ところがアメリカは頑として譲らない。
 ある時、同行の通産省の役人が飛んできて、「今、河野洋平外務大臣がアメリカの大臣につかまって困って居ます」という。
 私は押っ取り刀でその会談に割り込んだ。
 かの大臣、「このままでは、クリントン大統領の沖縄サミット訪問はどうなるかわからない」と言い出した。
 私は思わず、「来たくなければ来なくていい」と声を荒げた。気の優しい河野大臣は困った顔をしたが、一番困ったのは通訳で、「どう訳したらいいのですか」。
 米国大臣「いや、そういう声もあるということで・・・」と最後は言葉をにごしていた。

 役人の情報は早い。今度は「クリントン大統領が直接小渕総理大臣に電話を掛けるらしい」と言う。
 私は日本時間の明けるのを待って、小渕総理に電話を掛け、事情を説明し「順調に言っているので任せて欲しい」と伝えた。
 後日談になるが、結局クリントン大統領の電話には小渕総理は出なかったようであった。もう時効だが、どうやら居留守を使ったらしい。なかなかの人物であったと、懐かしく想い出している。
 
 アメリカは本当にしたたかであった。
 なんと会議の途中でいきなりグリーンルームでの会議を招集し、バシェフスキ―議長が「新ラウンドの立ち上げについて合意出来ないので、ムーア事務局長に後の対応を委任して、会を閉じます」と一方的に閉会してしまったのである。
 グリーンルームに集められた国は25か国程度で、格別の規定もない。
 呼ばれなかった圧倒的多数の国から、「透明性が無い」などと非難が出ていた。
 農業問題も含めて何の進展もなかったからだが、かくてこのWTO閣僚会議は新ラウンドを立ち上げることなく不調で終わってしまったのである

 外交は国と国との国益を掛けた戦いである。TPP交渉参加も、日本の為に何を主張し、どうまとめていくべきか、しっかりした方向性を固めていなければならない。熟議熟考が必要なのである。行き当たりばったりで、参加すればいいというものではない。
 彼が所信表明で言った、まさに「覚悟と器量」が必要なのである。
 野田総理にそれがあるのか。やっぱり不安だ・・・。