深谷隆司の言いたい放題 第237号
「食べ、飲み、ジャズを聞く至福の夜」

 10月最後の31日、恒例の「深谷夫婦を囲む会」が、ステーキ懐石「定谷」で催された。といっても、メンバーは私の元秘書で仲人もした大西英男君(前都議)、中屋文孝君(都議)、それに弟分の服部征夫君(都議)各夫妻と私達の8人である。
 どちらかというと、いつも「親を囲んで」といった雰囲気の会で、私たちにとって最高に楽しい集まりなのだ。
 数年前から続いていて、私も含めて交代で得意な店を選んで会合を持つ。
 別に高級店とは限らない、ひたすら、みんなを喜ばせるような店を選び、案内する。
 前回は中屋君が当番で、文京区水道にあるイタリアン料理店「リストランテ・ラ・バリック東京」だった。この店は、私の熱心な応援者の御子息が経営する店だが、今や大人気で、よほど早くに連絡しないと予約がとれない。

 今回は服部君が当番であった。
 さすが選んだ店は、地元根岸である。
 上野の山の北東にあたる根岸は、江戸時代、静かな田園が広がり、文人墨客の集う風雅な土地として知られ、橋場と並んで二大別荘地と言われていた
 池波正太郎の「鬼平犯科帳」や[剣客商売]などの作品でもお馴染みだ。
 かつては花柳界の地としてもにぎわい、私の区議時代までは料亭も多く、芸者さんも大勢いたが、今はほとんど無い。
 鶯谷近辺のホテル街などは、花柳界跡の名残だという人もいるが、地元の人間としては、そんな紹介は避けたい。

 ステーキ懐石の店「定谷(さだや)」は、まだ良き時代の風情の残る根岸柳通りから入る。
 この辺りは、昔ながらの一軒家が密集しているところで、細い路地がくねくねと続き、こんな場所に店があるのかと訝しく感じるくらいであった。
 そういえば、根岸に住んだ正岡子規は、「うぐいすや、同じ垣根のいくまがり」と詠んでいる。
 この店も一軒家を改造したもので、だから、友人の家を訪れたと言った心安さがある。
 一階はオープンキッチンで、ここに座ればオーナーシェフの定谷さんが、目の前で調理してくれる。
 我々は二階の部屋だったが、ここは1日1組の客しか受けないから、我々のような声が大きく喋り続けるタイプの者にはもってこいである。
 料理は、15,000円コースと、20,000円コースになっている。旬の物を最高の状態で提供する、をモットーにしているから、その度に内容が異なるという。
 確かに「鮭児」が出されて、思わず女房と顔を見合せた。鮭児は何万本の鮭からやっと獲れる超貴重なものだからだ。
 創作料理も、勿論肉料理も申し分ない。
 出されたワインが、アメリカワインの「りんどう」で、またびっくり。これはかの地で日本人が作ったワインで、まだ日本でそんなに出回ってはいない。好事家の間でようやく話題になっている逸品なのである。
 みんなよく飲みよく語る.すっかり気分が良くなったところでオーナーが登場、「深谷先生の総理を期待して乾杯」と音頭をとるではないか。
 お世辞とはわかっても、客の心をぐっと鷲掴みするから憎い。
  定谷住所 根岸4-3-2 TEL03(3874)2406

 帰途、何となく別れを惜しんで、私は彼らを雷門にあるジャズの店「浅草HUB」に誘った。
 この夜は、丁度、私がよく知っている薗田憲一とデキシ―キングスが出演していたからである。
 このジャズバンドが結成されてから50年になる。残念ながら憲一氏は他界したが、現在は子息勉慶君がトロンボーン奏者として頑張っている。
 このバンドに、いつも私の会などに出演してくれるクラリネットの花岡詠二氏がいた。
 彼とよく一緒に来てくれていたドラムの楠堂浩己氏が今はこのバンドのリーダーだ。この人のドラムは、力強いビートを持ったダイナミックなもので、デキシー界で今やトップではないかと思う
 舞台の何人かのプレーヤ―が私を見つけて合図してくれる。
 会場は満員で、音に合わせて肩をゆすり、足を踏み鳴らしてデキシ―ジャズの世界にすっかり入り込んでいる。世代的には私と同年配の人が多く、若き良き時代を振り返り懐かしんでいるのだ。
 私のメンバー達も酒とジャズに酔いしれているようだった。
 皆、厳しい環境の中を精一杯頑張っている。時にはすべてを忘れて、こんな至福の時があっていい、としみじみ思った。
 私等夫婦にとって、本当に素敵な夜であった。