いつも、少し憂欝な政治の話ばかりに明け暮れているが、それだけでは面白くない。時には心温まる文化芸術の世界を覗くことも大事だ。
 そんなわけで、最近、立て続けに国立劇場小劇場を訪れた。

 10月16日は、昔から応援してくれていた日本舞踊家若柳庸先生の娘さん(といっても今は立派なお師匠さんだが)、若柳庸子さんのリサイタルに顔を出した。
 彼女は今、文京区の目白台で研究所を開き、大勢のお弟子さんに日本舞踊を教えている。
 この日は生憎(と言ってはいけないのだが)、私が塾長を務めているTOKYO自民党政経塾の日で、私は30分しか居られない。
 幸い第一部は「北洲」という素踊りに近い一人舞台で、吉原芸者の恋偲ぶ美しい姿を踊った。久しぶりに見るのだが、その成長ぶりには目を見張った。
 あの大きな舞台を存分に生かして見事に踊るのだが、その一挙手一投足のすべてに無駄も揺るぎもない。指の先まで神経が行き渡っている。
 仮に所作の一瞬一瞬をカメラに収めても、確実に一幅の絵になる。浮世絵に描かせてみたいと思った。
 ぴったり30分、心を残して小劇場を後にしたが、しかし十分に踊りを堪能することが出来て満足であった。
 第二部の演目は「隅田川」だが、これは女房に任せた。「もう見事で、説明のしようもありません」とのことであった

 20日は、同じ舞台で今藤長十郎さんの「三味線の響き」を観た。いや、聴いたというべきか。
 舞台は、三味線の家元を中心に、大鼓(おおつづみ)、小鼓、笛などのお囃子がずらりと並んで豪華絢爛である。
 長唄は、三味線音曲の一つで、江戸時代には歌舞伎舞踊の伴奏音楽として発達した。義太夫などの「語り物」と異なり、歌を中心として「歌い物」といわれる。
 今藤長十郎さんは女性で、四歳から舞台に立ったという四世家元である。
 日本の伝統文化、長唄細棹(ほそざお)三味線の魅力を伝えようと、定期公演は勿論のこと、NHKなどにも積極的に出演、海外にも進出して活躍している。ちなみに父である先代は人間国宝だった。

 この日の出し物は三部構成で、源義経のドラマである。
 最初の「五條橋」は、ご存じ義経と弁慶との運命的出会いを描いた作品だ。子供時代に聞かされた二人の立ち回りを、激しく器楽的に描写して優れていた。
 第二部は新しい作品で、義経と静の悲恋を描いている。
 第三部が、いよいよこの日の中心の「勧進帳」である。

 源頼朝の怒りをかった義経は、弁慶らと北陸を通って奥州に逃げるのだが、加賀の国の安宅(あたか)の関所を通過するときの様子を歌舞伎にしたものである。
 関所を守る富樫左衛門は、すでに山伏姿の一行の情報をうけて知っている
 そこで、「勧進帳を読んでみよ」と命ずる
 この時弁慶少しも騒がず、持っていた巻物を勧進帳であるかのように装い読み上げる。この問答があまりにも迫力があって素晴らしい。
 部下の一人が義経に疑いを持つや、弁慶は主君を金剛杖で叩く。あまりに悲しい弁慶の心情を察して、富樫は騙されたふりをする。

 勧進帳のこの三役は、歴代看板役者が生涯に一度は演じる、歌舞伎の代表作の一つとなっている。
 ちなみに七代目松本幸四郎の弁慶、六代目尾上菊五郎の義経、十五代目市村羽左衛門の富樫による勧進帳が絶品といわれ、映画にも記録されている。

 正直言って、長唄三味線の本格的舞台を見るのは初めてである。
 長唄なんて、何を言っているのか分からないから、私には無理だと言っていたのだが、こんなに夢中になったのには訳がある。一つの秘密の発見があったからだ。
 まあ、発見と言うほどの事もないのだが、要は歌詞をしっかり追いながら読むということなのだ。素敵な詞章がそのまま心に沁み込んでくるようで、決して飽きない。
 特に今回の「勧進帳」は問答入りだからよけい迫力がある。
 肝心の三味線も、本調子から二上がりになって、唄の旋律が段階的に盛り上がって独特の雰囲気を作り出す。
 三味線と囃子の間合い、素晴らしい技巧、さすがに見事で時間を忘れさせた。
 欠点は場内が暗くて字が読みにくいという点だった。

 しかし、それでも決して肩がこることはなかった。
 肩がこったのは、この感激をどう伝えようかと苦心して書いた、このホームページの時である。