永年お世話になった中塚泰蔵さんの葬儀委員長を、12日・13日と無事終えたが、その前日は、同じように古い応援者の岩崎英雄さんの密葬で、浦和まで出かけた。
 岩崎さんは文具業界の重鎮で、私が都議会議員に出馬する頃からの後援者である。その頃、文具業界は全盛の時代で、ぺんてるの堀江幸夫氏が私の後援会長に就き、この団体が私の選挙運動の中心的な存在であった。
 時代の変化と共に業界そのものがかなり変化して、あの頃の元気さはない。私を支えてくれた経営者もほとんど物故して居ない。

 そんな中、岩崎さんはご子息善雄さんらと、時代の行方を読み取り、叙勲や褒章に関わる企画や、用品を扱う専門会社「岩崎」を立ち上げ、立派に成功している。
 私が、(勲一等)旭日大綬章の栄に浴した時も、祝賀会などで様々な知恵を貸してくれた。
 岩崎さんは、仕事をご子息らに任せて、畑を耕すなど自然の中で悠々と暮らしていたが、病に倒れ長い養生の後、残念ながらこのたびのご逝去となったのである。90歳の大往生であった。いずれ「送る会」もあるという。

 私の政治生活は、もう50年を超える。政治家であるお陰で随分多くの人たちと出会えた。しかし、出会った人の数だけ別れがある。
 連日と言ってよいほど、近頃は葬儀が多い。その度に往時のあれこれを懐かしく思い起こし、感謝をこめながら見送るしかないのである。

 明るい日程も勿論多い。
 10月12日には、私の長年の知人芦田淳氏のファツションショーが、グランドハイアット東京のグランドホールで開かれた。東日本大震災の後、自粛されたこともあって久しぶりで、私も家内と共に出かけた。
 私等の席は何故か舞台正面の外国大使席だったが、肩書が無いから、それなりに苦労されたのではないかと、私の方がかえって恐縮していた。
 家内が芦田氏の洋服の愛用者で、それが最初の出会いのきっかけだ。
 世界的デザイナーの作品となると、当然、高価でとても手が出ないと一般的には思えるのだが、実はセンスが良くて、時流に流されぬ独自のデザインだから、何年経っても着続けられる。たまに「いつ買ったものか」と聞くと「30年前です」等の答えが返ってきて驚かされる。その上、我が家の場合、娘たちがお下がりを喜んで着るから、実質、安上がりなのである。
 芦田氏は、早くからフランスに進出し、現地に店を持ち、いわば世界に飛躍した日本人デザイナーの草分けといえる。
 ショーはパステルカラーのカクテルドレスから始まって、モノトーンのイブニングドレスまで、いずれも斬新でみずみずしく、とても80歳になる人の作品とは思えぬ若々しさであった。

 10月13日は、湯島天満宮の宮司押見守康氏の祝賀会が、東京ドームホテル「天空」で催された。
 押見氏は、今度、神職階位「浄階」、神職身分「一級」を神社本庁から付与された。やんごとなき世界のことは、私にはあまりよく分からないが、神職としては、なかなか得難い永誉だとのことだ。
 会場には氏子は勿論、関係の錚錚たる人たちが250人も集まって大盛況であった。
 私は押見宮司の横の席で、しかも来賓挨拶のトップに指名されるなど、大変厚遇されて光栄であった。
 挨拶で、私は次のように賛辞を送った。
 「押見宮司がこの湯島天満宮に着任してから45年になる。当時はまだあまり知られていない神社であったが、今では全国的に知らぬ人はいないほど隆盛を極めている。これは押見宮司の努力の成果だ。彼は発想力に優れたアイデアマンで、梅祭りなど四季折々の行事や、中には学業成就の格言入りの白木の鉛筆を考案するなど、次々と新しい開発を行った。
 白眉は新社殿の建立である。
 桃山様式の権現造り、総檜白木づくりの木造建築は、まさに文化遺産だ。しかも、防火地域だから、木造建築の許可が簡単には下りない。建設省に日参し、ついに木造建築第一号の許可を勝ち取ったのだからすごい。
 押見宮司の偉いところは、これらの功績を自慢することなく、全ては氏子様はじめ皆様のお陰と、いつも言い続けていることである。

 次の予定もあったが、これを取りやめ、私は最後まで席にいたが、宴会中、驚くほどの方々が寄ってきて、話に花が咲いた。
 「貴方が頑張ってくれないと日本は駄目だ」
 「ネバー、ギブアップ」
 「久ぶりにあなたと会えてよかった。元気が出たよ」
 「民主党をこのままにしていいのですか」
 「もっと自民党がしっかりしなければ」
 多くの人達に、今の政治に対する色々な不満が鬱積していて、私の顔を見て思わず発散したと言った塩梅であった。

 今まで、少しでも多くの会合に顔を出そうと飛び回って、一か所に腰を据えたことはめったに無かった。
 自分としては誠実に精一杯努力してきたつもりであったが、あわただしく走りすぎてきたかという反省もあった。
 こんなに大勢の人達が、私を大事に思ってくれている。これは嬉しい一つの発見であった。

 帰り際、一人の老人がやってきて、「あんたは偉いなあ」としみじみとした口調で話しかけてきた。
 いいことを言ってくれるなと思ったら、後がいけない。
 「辞めてもなお、こんなに慕われているのだか」だって・・・。
 「いえ、まだ辞めてはいないのです」。

 明暗こもごも、だから人生は面白い。