前に、世に鉄人はいないと書いたが、あれほど傲岸無礼な態度で記者たちを恫喝した小沢一郎氏、なんとその夜、救急車で運ばれて緊急入院した。
 具体的な病名も発表されたが、一番の原因はストレスであると某医者が語っていた。一見強気で頑丈に見えても、所詮、人間とは弱いものだと改めて思い、早く治ってもらいたいものだと願ったが、どうやら自宅療養となった様子である。

 今更、ここで小沢批判をするつもりはないが、最近の政治家たちの言動を見るに、どうも道徳観に欠けている人が多いように思えてならない。
 昔、先輩たちから、「代議士の士は武士の士だ。武士の心得は恥を知ることだ」と教えられたものである。今は亡き稲葉修先生であったか・・・。
 ある講演会で、政治家たちの倫理観の欠如を嘆いたら、終わった酒宴の席で「もともと政治家に道徳観を求める方が無理な話ですよ」と言われてショックだった。「いえ、ブラックジョークですが」と訂正してはいたが、本音であることは勿論だ。
 同じ席で、さらに話題が広がり、「この間なんか、難しい問題だから政治家に任せられないと言った官僚がいましたよ」。
 難しい問題だから政治家にやってもらう、というのが当たり前なのに、そこまで政治家がなめられる時代になったのかと、悲しくなった。

 民主党政権になって、鳩山さんも菅さんも、政治主導、官僚排除を謳い文句にしてきた。しかし、あまりに政治運営で経験不足が目立ち、その上、無知無能な政治家が多くて、たちまち行き詰まった。
 わずか2年間で総理大臣3人目、せめて野田政権に期待したいものと思ったが、最初から官僚頼りで、一層、彼らに振り回される様相になっているのではないか。
 国会議員諸君、せめて、当たり前の道徳観を持ち、国民が少しでも前途に夢を抱けるように、真剣に政治に取り組んでもらえないものか。

 最近のニュースを見ると、親が子を虐待したり、子が親を殺害するなど悲しい事件が多い。おれおれ詐欺で騙されるお年寄りの事件は連日だ。
 東日本大震災でのボランテァ活動で、ほっとする美談も多かったが、その一方で空巣泥棒や、被害者目当ての詐欺事件もある。 
 なんだか日本人全体の道徳観も次第に後退しつつあるように思えてならない。

 今の時代の特徴について、「食べ物に困らない、衣服住も一応足りている、責任は持たない、変化を求めない、世間(世界)に関わりたくない」、そんな感じだと言った人がいた。
 何か似たような光景があると思ってよく考えたら、それでは刑務所と一緒ではないかと気が付いた。拘束されていない点だけが違うのか、いや大なり小なり人は拘束されているからそれも同じか・・・。

 日本がこんな状態になった原因は何だろうか、やはり戦後の教育に問題があったとしか思えない。

 昨年の10月29日、私は京都の護王神社に頼まれて講演を行ったことがある。(一部このページでも紹介した)
 テーマは「教育勅語について」であった。この日が明治23年教育勅語発布の記念日だからである。(正確には30日発布)
 その時、丁度良い機会だからと、改めて教育勅語について調べ直したのだが、実に国民のあり様を示していて、これこそまさに明治以降の日本人の徳を醸成させた、優れた教育の基本が網羅されていると思った。

 それまで日本の道徳はシナの本を源にした儒教思想と、これに仏教の倫理観を取り入れたものであった。
 しかし、シナは西洋諸国に食い荒らされていて見る影もなく、仏教も廃仏毀釈運動で勢いを失いつつあった。
 近代化を目指す日本は、新しい倫理観を示す必要があった。
 事前に開かれた全国地方長官会議でも、啓蒙主義的教育政策に批判の声が続出し、新しい道徳教育の必要性が論じられた。
 そんな動きを背景に、井上毅内閣法制局長官の起草、元田永ざね枢密院顧問が捕捉して完成したのが教育勅語であった。
 政治的にも宗教的にも中立の、普遍的な倫理観になっている。
 後に日本は、日清戦争、日露戦争に勝利するのだが、それまでほとんど世界に知られていない小国日本が、どうしてかの強大な国に勝てたのか、一気に注目を集めた。そして、そればかりでなく、国際条約を守り、相手国の捕虜や傷病兵を手厚く保護した倫理観の高さに、世界の人々は驚嘆したのであった。
 教育勅語は、英、仏、独、中、で翻訳され高い評価を受けている。

 12の徳目の1つ1つを読むと、儒教や仏教の倫理観のみならず、西欧の道徳観も取り入れていて、非常によく調和されていることに気づく。
 この教育勅語をすべての学校で教え、唱和させ、これが国民の道徳観として定着し、日本の新しい時代を切り開くバックボーンとなったのである。
 いずれ改めて本分の詳細にわたる解説を試みたいと思っている。

 敗戦を迎えるや、GHQは日本を完全に支配し、無力な三等国にしようと様々な手を打った。教育勅語の廃止を議会で決議したとはいえ、これが彼らの圧力によるものであったことは言うまでもない。
 私に言わせれば、7年にわたる占領下で決められたことは本来無効であって、独立を回復した時、再検討されるべきであったと思っている。

 ともあれ教育勅語を捨て、文部省と日教組によって、日本人は倫理観の薄い道徳観の無い人種になりつつある。これは大変なことである。
 文言や言い回しを含めて、教育勅語を其のまま再現させることには無理がある。しかし、こうした時代だからこそ、その精神を拳拳服膺して、次の世代に伝えていかなければならないと思うのである。
 
 その為には隗より始めよ、まず政治家が道徳的、倫理的暮らしを実践していかなければならない。
 まあ、それが難しくて困っているのだが・・・・・。