言いたい放題 第216号 「ミスの無いブログ」

 私の「言いたい放題は」、近頃、かなりの人が読んでくれているようだ。
 アクセス数が2万4千を超えているというから驚きである。
 ちなみに、これをスタートさせる前は、「深谷隆司のホームページ」を出していて、6万5千を超えるアクセスがあった。政治家のものとしては常にベスト5以内に入っていた。
 ただ、デパートのように色々なテーマに広げ過ぎて、手におえないところは外注までしたものだった。これでは手数も費用も掛かり過ぎる。
 そこで「深谷隆司の言いたい放題」に変え、これ1本にしたのである。
 1回、原稿用紙で5・6枚、週3本程度書くことにした。かなりの量で、昨年は一部をまとめて本にした。角川書店から出た「こんな政治じゃ、日本がダメになる」である。
 ところが、前述のように読者(と言っていいのか)がうなぎ上りに増加すると、ちょっと手を抜いたり、うっかり書かなかったりすると、たちまち反応がおこる。
 「大丈夫ですか」、「身体でも悪いのですか」といった善意の心配だが、これは大変、よほど頑張らなくてはと追われるような心境になる。
 中には、ちょっとしたミスにも気が付いて注意してくれたりする。

 最初の頃は、私が万年筆で原稿用紙に書いて、これを秘書がパソコンに打ち込むというやり方であった。
 しかし、ある時、孫に教えられて、私が直接打ち込むようになった。得意の指一本打法だ。
 原稿も書かずに、いきなり打ち込むのだから、これはまことにもって便利である。しかし、最近になって欠点も多いいことに気づくようになった。
 まず、原稿用紙を前に十分に考えることをしないから、思い違いや、うっかりミスが出やすいということだ。秘書や女房が校正してくれるのだが、思い違いまでは当然気がつかない。
 次は漢字を忘れてしまうということである。
 私等、古い世代の者はボキャブラリーが多い方だと思う。だが、例えばこれを「語彙」と書こうとするとなかなか難しい。分かりにくい時はすぐ辞書を引くことが習慣になっていたが、パソコンでは簡単に出てくるから、その必要はない。だから漢字をどんどん忘れていくのだ。

 数日前、福岡市に住む41歳の方から次のようなメールが届いた。
「いつもこのブログを呼んで(原文のまま)、政治家の判断基準を勉強させていただいています。
 さて、9月17日のブログの文中の、中曽根内閣の時、深谷先生と小泉元総理が売上税の時タッグを組んで反対したとありますが、海部内閣の時の政治改革(小選挙区)の時のお話しではないでしょうか?西岡武夫さんは、中曽根内閣の時は、自民党に復党してまだ、時間があまりたってなかったときではなかったでしょうか?」

 赤面の至りである。
 第二次海部内閣で私は郵政大臣に就いたが、退任した後、にわかに小選挙区制度導入の動きが起こった。
 確かに小泉氏と組んで断固反対の3時間に及ぶ大演説をぶったが、時の総務会長は西岡武夫氏であった。この時、西岡会長はたまりかねて退室し、審議未了で、結局この案は消えた。
 小選挙区制は、今も一貫して反対である。こんな制度がなければ亡国民主党政権など生まれる筈もなかったのだ。
 平成5年、自民党が選挙で惨敗した時、総務会で再び小選挙区制度問題が提案された。
 当時の「サンケイ新聞」(7月28日)の「大変化、政治を追う」というコラムに、次のような面白い記事が書かれている。
 「政権争いでがけっぷちに立たされた自民党と社会党に、27日、政界再編のキャステングボートを握る日本新党とさきがけが、なりふりかまわぬアプローチ作戦に打って出た。
 「随分激しい口論だったな」
 この日、東京永田町の自民党本部で開かれた総務会終了後、加藤六月元政調会長はこう苦笑いを浮かべた。
 たった1時間余りの話し合いで党議決定は小選挙区、比例代表並立制に変更されたが、「野党が過半数を占めた選挙結果を厳粛に受け止めたもの」とさらりと語る津島雄二氏。
 若手の石原伸晃氏も「総選挙の結果で執行部も大きな間違いをしたのを悟った」と、まるで40日前のあの怒号と乱闘騒ぎの総務会は無かったように口をそろえる。
 その席上、ただ一人異議を唱えたのが深谷隆司氏。野田毅氏との間で掴み合い寸前となった。
 深谷氏は「衆議院は直接選挙であるべき、比例制をもってくるのはおかしい」と並立制を批判。「政権をとることに恋々としてはいけない。野党の言葉にすぐついていく人に、とやかく言われる覚えはない。
 議論はもう少し必要だが、党内民主主義に従うまで」と淡々とした口調の中にもやりきれないといった表情。」(以下省略)

 あの時、実は危なく野田氏を殴り倒す寸前だった。みんなが必死で止めてくれたからよかったが、私は空手6段、万が一のことがあったら大事件となっていた。まさに若気の至りであった。勿論、今、野田氏は良い友人にである。

 1986年、中曽根内閣が強行しようとした「売上税」に、私は真っ向から絶対反対を唱えた。連日マスコミは大報道で、大変な話題になった。
 時の幹事長が早稲田大学雄弁会の先輩、竹下登氏で、「こんなことをいつまでも続けていると党から処分されるぞ」と何度も脅かされたが、私は「どうぞ」と笑って答えて挫けなかった。
 最後は幹事長室に呼ばれて、「お前も頑固な奴だな、大隈老公の精神だわな。分かった、今回は撤回する」と断念してくれたのである。
 自民党の、本来なら当然あるべきお咎めは一切なかった。先輩の優しさをかみしめたものである。

 「週刊新潮」の連載コラムで、作家の川上未映子女史が「どんなに人を代え、眼を変えて読み直しても、思いがけないミスがあるものだ」という意味の事を書いていた。物を書くというのは本当に難しい。
 とはいえ、なんとか勘違い、ミスの無いブログにしたいものである。
 とりあえず、もう一度原点に返って、自筆で原稿を書き、秘書に打たせ、校正も自分でやるようにしよう。
 それでも間違えたら・・・。
 「後期高齢者だから、許せ」と言うことにするしかない。