言いたい放題 第212号 「ああ、嘆息するのみか・・・」

 10日に、私は直ちに辞めるべきだと書いたばかりだが、その夜のうちに鉢呂吉雄氏、経産相を辞任した。
 民主党政権になって、何とも問題続出の日々、あまりに変化が速すぎて、私の「言いたい放題」も、うっかり横着でもしようものなら、たちまち時期遅れになって仕舞う。
 この速さが政治や政策の実行という面であれば、どんなに良いかと思うのだが、そちらの方はさっぱりなのだからお話にならない。

 前述のように、私がテロ対策特別委員長の時の野党の筆頭理事が鉢呂氏であった。
 割合協力的であったし、決して悪い印象の人ではなかっただけに、なんだか気の毒という思いもある。
 彼は北海道4区選出の元社会党議員、当選7回目にして晴れて初の大臣になった。就任してわずか9日、まだ何もしていないのにとは思うが、大震災で犠牲になっている人々の事を思うと、絶対に許されぬことと言わざるを得ない。  
 やっぱり大臣の器ではなかったということなのか。

 辞任のインタビューを見ると、昼間のうちは辞める気はなかったようだし、何よりも何故辞めなければいけないのか、そこのところがご本人にはよく分かってない節があった。
 「死のまち、という言葉は言うべきではなかった、ただ、人っ子一人通らないことを表現するのに、私の言葉ではあれしかなかった。」と語っている。単なるボキャブラリーの無さを批判されているのではないことに気づいていないのだ。
 自分たちの責任ではないのに、町を追われて暮らす被災者の心を少しも分かっていないことが問題なのだ。苦労に必死で耐えて、懸命に努力している人々の心を逆なでして、そのことに一向に気づいていない。記者会見でもその点についての深い反省は全くみられなかった。

 「放射能をうつしちゃうぞ」と言った発言についても、「記憶は定かではないが、大変厳しい現地の状況を共有してもらおうと、非公式な懇談という気安さもあって・・・」と弁解している。非公式なら何を言ってもいいという考えがそもそも駄目なんだよ!
 福島出身の子供たちが、疎開先の学校で放射能をうつされるといじめに合っている。駐車場に止めてあった福島ナンバーの車が壊された事件も現実に起こっている。なによりも福島産の物は避けようとする風評被害は拡大される一方なのだ。その事に心を痛める人でないと担当大臣は務まらない。
 相次ぐ大臣達の無責任な言動、これでは現地の人達との信頼関係は築けない。信頼関係なくして、被災地の復旧復興は不可能だ。

 鉢呂氏が野田首相に会い辞任を告げると、あっさり了承されたという。
 自分でこれぞ良かれと自信をもって決めたのではなかったのか。元々、大した期待は持っていなかったのか。だとしたら、任命した側こそ随分無責任な話であって、自民党の石原幹事長が言うように「任命責任を追求」されて当然のことである。

 そもそも、野田政権発足にあたって最大の目標は、如何に党内融和を図るかということであった。党役員人事も閣僚任命もその点にこだわった。
 新しい顔ぶれを見て、バランスが取れていると一般的には好評だった。だから60%以上の支持率となった。
 しかし、私の思いは逆で、これでは必ず問題になると最初から主張してきた。すでに具体的に指摘しているように、先の代表選における論功行賞的色彩も濃いし、それだけに問題児が多すぎるのだ。
 玄葉光一郎外相は、米軍普天間飛行場問題で、「踏まれても蹴られても、誠心誠意、沖縄の皆さんと向き合っていく」と、もっともらしく語ったが、この発言も沖縄の人々から反発を招いている。
 「踏まれても蹴られても」では、最初から対決姿勢、もっと言えば、まるで喧嘩腰ではないか。軽輩外相と言われてはいたが、なるほどと妙に納得できるから悲しい。

 まあ、それにしても、なんと勝手なお粗末な発言がこれでもかこれでもかと続出していることか。
 党内融和優先のツケが早くも回ってきたということだ。
 言うまでもないことだが、政治をしっかり進めていくためには、人事において適材適所が絶対条件だ。
 もっとはっきり言えば、適材適所で行こうと思っても、しかるべき人材が、民主党にいないということではないか。
 野田政権発足早々の躓き、初の失敗というが、これが始まりの第一歩となるのではないか。
 ああ、空に向かって嘆息するのみか・・・・・・。