言いたい放題 第211号 「許せない大臣の軽挙妄動」

 昨日、野田新内閣の大臣達の軽率な発言を批判したばかりだが、その日のうちに、またもや鉢呂吉雄経済産業大臣の馬鹿な発言が大問題となっている。早速追加して書かなければならないことを情けないと思っている。

 8日、野田首相は就任後、初めて福島県入りし東京電力福島第一原子力発電所を視察、更に佐藤雄平知事と会談したり、自衛隊員や作業員を激励した。
 行かないより行った方が良いに決まっているが、就任直後の視察は恒例のようになっていて、形ばかりを繕っているようで私はどうも気に食わない。
 もっと、どっしりと構えて、しっかり熟慮検討し、具体的な対策や提案を用意してから現地を訪れるというのでなければ、単なるパフォーマンスで終わってしまって、ほとんど意味がない。
 それどころかかえって、迷惑をかけるだけではないかとさえ思えて危惧していた。

 そんな折の鉢呂大臣の問題発言だから、あきれるよりも怒りが込み上げてくる。
 「周辺町村の市街地は、人っ子一人いない、まさに死の町という形だった。」と記者会見で語ったのだ。政府が避難命令を出しているのだから人がいないのは当たり前ではないか。
 大熊町の渡辺町長は、「好きで避難したのではない。故郷を死の町なんて言われたらたまったものではない。避難者の気持ちを考えて発言して欲しい」と怒っている。なんとも、やりきれない思いでいるに違いない。当然の怒りだ。
 首相は即座に反応し、「不穏当な発言で、直ちに謝罪と訂正をして欲しい」と記者団に話した。不思議なことに、直接鉢呂大臣を叱りつければいいものを、何故、記者会見で間接的に伝えようとしたのか、そこのところも分からない。

 鉢呂大臣も、あわてて謝罪記者会見をしたが、何を言っても後の祭りだ、それで現地の人々の怒りや苦しみが消えることはない。

 この発言も最低だが、実はもっと重大な断じて許されない言動をしていた。
 彼が視察を終えて、都内の衆院議員赤坂宿舎に戻った時、取り囲んだ記者の一人に、着ていた防災服をなすりつけるようにして「放射能をつけちゃうぞ」と、信じられないような悪ふざけをしたのだ。
 経産相は言うまでもなく、原子力政策や原発事故の補償問題などを直接扱う担当大臣だ。
 放射能はまさに人の命にかかわるもの、特に放射能汚染問題は国を挙げての最大の脅威になっている。冗談や悪ふざけが許されることではない。ましてこの解決のために身命を賭して働かなければならないのが経済産業大臣ではないか。

 私は何度も大臣を経験しているから、取り囲む番記者の対応は心得ている。
 彼らの言葉や筆によって、大臣の言動が国民に直接伝わる。だからどうやって正確に自分の考えや思いを伝えていくか、いつも真剣に考えて発言したものだ。
 記者とのコミュニケーションは大事で、一緒に飲んだり、大いに語ったりするのだが、どんな時でも決して油断はしない。
 出来れば、本物の人間関係、信頼関係を作って、彼らを最大の武器として活用することも考えた。事実、これはかなり成功して、未だに家族的な交流を続けている人たちも多い。

 鉢呂氏は、私がテロ対策特別委員長として、インド洋における国際貢献問題に取り組み、苦労した時の野党民主党の筆頭理事であった。
 穏やかな人で、いつも協力的で、私は好感を持っていた。ただ、最大の欠点は、自分では何も決断できないで、いつも問題を持ち帰っては党本部と相談してくるというのが常だった。
 ちなみに相談する相手は誰かと言えば、それは間違いなく小沢一郎氏であった。

 鉢呂氏は万年野党議員であった。それがひょんなことから与党になって、おまけに想像もしなかった大臣にまでなってしまった。
 今回の閣僚達も圧倒的に初めての人が多い。何しろ初めてのことだからどうしていいのかさっぱりわからない。大臣としてどう行動していいのか自分一人では皆目見当もつかない。その上、野党経験者ばかりだから、大臣のあり様を教える先輩もいない。
 急に周りがにぎやかに動き出して、「大臣、大臣」とちやほやしてくれる。
 なんだかわからないうちに偉くなったような気持になって、無分別な発言をしてしまう。中途半端な者が有頂天になることぐらい怖いものは無い。
 他の大臣も概ね似たようなものだが、まさに鉢呂大臣はその典型的な姿なのではないか。

 最初だから仕方がないと同情を寄せるわけにはいかない。大臣の言動は国家国民の運命が掛かっているのだ。
 はっきり言って、気の毒だが鉢呂氏には大臣の資質が無い。
 国会で問責決議を出そうとの動きがあるが、自分から辞めた方がいい。
 もう一度出直して、政治家の勉強をしなおしてくる必要があると思う。
 随分厳しい言い方だと思われるかもしれないが、重ねて言う。
 政治家、とりわけ大臣の言動には国家国民の運命が掛かっているのだと・・・。