言いたい放題 第207号 「代表選あれこれ」

 8月22日、30日と、このところ私の箱根山荘での合宿が続いた。
 22日は台東区の深谷系議員団(自民党台東支部)の夫婦を呼んでのバーベキュー大会だが、政治活動の苦しさやら、逆に生きがいなど、実体験を共有する仲間たちだけに、アルコールも加わって談論風発、楽しかった。
 30日は自民党同志会(福田晃丈会長)で、全国の代表幹部の20人、こちらは冒頭、私の講義1時間の後がバーベキュー大会であった。
 この日は、丁度、民主党の代表選挙当日で、私の講演の半分は「代表選を振りかえって」であった。
 民主党代表選挙は、総理大臣を決める重大な選挙である。
 政権交代してわずか2年の間に、なんと3人目の総理を選ぶなど、彼らが批判してきた自民党政権時代よりお粗末ではないか。こんな日本にとって不幸なことはない。せめて、明日に期待できるような具体的な政策議論の中で粛々と行われることを願ったのだが、やっぱり期待はずれであった。
 これからの日本をどう救うのか、そのための構想力や実行力はどうなのか、いわば、総理大臣の資質を競うのが代表選であるべきと考えていたのだが、相変わらず「数の力」がすべてであった。

 第1回目の投票で、海江田氏は143票でトップに立ったが、彼には自前の票は無い。小沢一郎(約120票)、鳩山由紀夫氏(約30票)をそっくりあてにしての結果である。だから自分の主張をくるくる変えて、まったく節操がない。
 特例公債法案を可決させるために野党と決めた3党合意まで白紙にすると言い出した。マニフェストをなにがなんでも変えてはならないと強調する小沢氏の言いなりであった。
 党員資格停止中の小沢氏が、先頭になっての選挙というのもおかしな話だが、求心力を失うことを恐れた必死の動きは醜かった。
 決選投票で野田佳彦氏が215票で代表となったが、小沢氏支配を逆に嫌っての結果であった。
 事前に、仙石氏などが動いて、野田氏が2位になったら前原陣営は決選投票で野田氏に投票することを決めていた。
 52票得た鹿野陣営は、決選投票では鹿野氏の指示に従うと決め、彼が上着を脱いだら野田氏に投票するように決めていた。
 ワイシャツ姿になった鹿野氏を横目で見ながら、陣営の議員が投票していたと、親しい政治部記者から聞いたが、これではまるで漫画ではないか。
 いずれこれからの党内人事や組閣で、これら一連の動きを見て、論功行賞的人事が行われていくのであろう。

 消去法でいけば、まあ、野田佳彦氏が総理大臣であろうと私は思い、事前に講演などで語っていた。
 彼とは、私が後援会長を務めている、千葉県にある松ヵ根部屋の千秋楽の祝いの席で一緒になったくらいで、格別の交流は無い。ただ、あの時、随分丁重に挨拶してくれたなと思ったことを覚えている。
 彼は早稲田大学の後輩で、早くから政治家を目指していて、千葉の県会議員からスタートする。やがて衆議院議員となるが、次の選挙で落選、3年8か月の浪人生活も味わっている。駅前で25年間も街頭演説を続けてきた。
 「地盤、看板、カバンが無いのだからマイク一本で訴えよ」との松下幸之助翁の教えを守ったのだという。
 何となく私の歩みと似ているようなところもある。
 演説の名手とも言われている。
 代表選挙で、自らを「どじょう」に例えて「金魚のまねをしても出来ない」と「泥臭く、汗をかいて政治を前進させる」と演説した。
 ジョークがうまいと目下大評判のようだが、私はこんな比喩はちっともいいとは思わない。
 いやしくも総理大臣は、日本国家、日本国民の代表だ。自分を卑下して言っているつもりだろうが、天下の総理を「どじょう」などと言ってくれるなと思ったがどうだろうか。
早速、海外メディアはどう翻訳していいか大混乱だ。
 米紙ニューヨーク・タイムズは、「泥の中で食べ物を探す、あまり美しくない魚」と書いている。
 欧米では、演説の中にユーモアを入れることが良しとされている。しかしそれはエスプリのきいた、センスのいいジョークを言うのであって、親父ネタのダジャレを言えというのではない。ダジャレは宴会の席等で言うのであって、公の席で、しかも国家の代表者が言うことでは決してないのだ。
 さてこれから、どんな総理大臣になってくれるのか、まずは人事をどうするのか、そこらから判断したいと思っている。