就任以来1年3か月、ようやく菅首相が辞任記者会見を行った。
 もう辞めていく人だし、今までも彼については何度も書いたから、せめて「ご苦労さん」とでも言おうと思っていたが、会見を聞いて呆れて、やっぱり一言、書きたくなった。

 「やることはやった。一定の達成感を感じている」と記者団に語ったが、恥ずかしげもなく、よく言えるものだと感心する。
 菅政権は、何もやらなかった、いや出来なかったというのが、一般常識なのだが、相変わらず、そこのところが分かっていない。
 では聞くが、国家の為に役立つことで、一体何をやったのか。

 最初に彼が打ち出したのは消費税の増税であった。それも自民党が提案する10%だという。他人のせいにするなと思ったものだ。考えてみれば、いつも自分の責任でことを進めようとは決してしない、それが菅流なのだ。
 おまけに増税路線を進める為に、自民党の与謝野馨氏を担当大臣の経済財政相に引き抜いた。よくやるよと呆れたが、大臣のポスト欲しさに飛びつく人も問題ではあった・・・。
 今、増税をやれば、景気はさらに落ち込んで大混乱になること必定だ。結局、2010年代半ばとか、先延ばしにして曖昧のうちに終わらせてしまった。
 昨年6月、「新成長戦略」を閣議決定し、法人税率の引き下げを盛り込んだが、これもあっさり見送られた。
 環太平洋経済連携協定(TPP)はどうなったのか、あれほど勇ましく叫んだのに、農業関係者の反対で行き詰まったままだ。

 挙げたらきりがないほどだが、何故出来なかったかと言えば、ほとんどすべてが菅首相の思いつき、独断で発表してしまうからだ。しかも度々その発言もぶれるのだから話にならない。
 政策を実現させるために大事なことは、まず政権与党内できちんと議論させ、意見を一つにまとめあげることだが、そんな根回しなどわれ関せずで、反対者を説得することなど全くしようとしなかった。

 思いつきが多いから、政策に一貫性が無い。
 「脱原発依存」は彼が残した唯一の成果という人がいるが、冗談ではない。「2030年までに総発電量の半分を原子力でまかなう」という民主党政権の目玉ともいうべき「エネルギー基本計画」を作ったのは誰なのか。
 あれは5月に決めたので、6月からの菅政権ではないなどとは言わせない、彼も議論の中心にいた責任者なのだ。
 「原発に依存しない社会」とは口先だけで、具体的な道筋など全く示してはいないのだ。

 とりわけ酷かったのが東日本大震災の対応だ。
 震災の翌朝、ヘリで東京電力福島第一原発の視察を行ったが、誰が見てもただのパフォーマンスに過ぎなかった。いや、それどころか首相の突然の視察への対応の為、担当者は振り回され、結果において1号機の水素爆発を招いた。
 被災地を訪問した時も、あまりにおざなりで、意見も聞かずわずか10分で去ろうとして、被災者から罵声を浴びた。
 今も、かの地は、放置されたままの瓦礫と放射能の恐怖の中で、被災者は呻吟している。復興のために何もしてくれないとの、住民達の切実な声を知っているのだろうか。
 
 おまけに官僚嫌いの菅氏、世界から評価されている官僚たちをフルに活用しようともしない。
 やたらと対策本部を次々と立ち上げる。なんでこんなに同じような本部を創るのか、これでは説明する人も大変だと私は苦笑を禁じえなかった。

 もっと驚いたのが、自分の周りにやたらとブレーンをおいたことだ。有識者か学識経験者か知らないが、種々雑多、色々の人を参与や特別顧問に任命した。
 この連中は素人だから、菅首相がああ言ったこう言ったと、外へ向ってべらべらしゃべり、その度に物議をかもし、問題になったりした。
 中には政権への不平不満をぶちまけて、辞めていくものも出るお粗末さであった。
 大臣も酷かった。こんな人物を天下の大臣にしていいのかと私は怒りさえ感じていた。政治に対する国民の失望を増幅させたのもこれらお粗末大臣の言動であった。

 深い配慮も、統率力もなく、人を見る目もなければ人に任せる器量もない。所詮、単なる市民運動家で、およそ為政者、総理大臣としての器ではなかったのだ。

 「私の在任期間中の活動を歴史がどう評価するかは、後世の人々の判断に委ねたい」とも語った。
 およそ歴史が評価するような、大げさなことは皆無ではないか。この人は自分の事をどれ程のものと思っているのだろうか。
 最後まで笑わせてくれる人だと、妙に感心させられるのであった。