言いたい放題 第195号 「泣いてる場合ではない」

 前にも書いたが、政治家が公の場で泣くような、みっともない姿を晒してはいけない。それも国家や国民の事を思っての涙ならともかく、己に関することで泣くなど、許されることではない。
 海江田万里経済産業大臣は、29日の衆議院経済産業委員会で、答弁中に、なんと泣き崩れたのだ。
 彼は、無責任な菅首相との軋轢に悩み、一時は辞任を口にしていた。
 自民党の赤沢議員は、「政治家に限らず、出所進退を口にしたら辞めなければ価値を落とす。恥ずべきことだ。一体、いつ辞めるのかはっきりさせよ」と追及した。辞任する大臣といくら議論しても意味は無いとも言ったが、これは正論だ。
 ところが、海江田大臣、「出所進退は自分で決めさせてください。もうしばらくこらえてください。お願いします。私は自分の価値はどうでもいいですよ、本当に。私はいいです、自分の価値は」と声を詰まらせたのだ。何を子供みたいなことを言っているのか。
 私は彼をよく知っている。前述したが、私が予算委員長時代の理事の一人で、とても愉快な、好感のもてる人だった。
 それだけに、大泣きの顔がマスコミで報道された時、なんという醜態かと思わず絶句してしまった。

 菅首相を庇う人は、奥さんを除いてもうほとんどいない。
 「一日も早く退陣してくれ。このままでは日本がダメになる」と、多くの国民は危機感を持って、そう思っている。
 私だったら、自分の辞任と合わせて断固彼を引きずり落とすのだが・・・。

 海江田大臣は、仮にも「ポスト菅」といわれている次期総理大臣候補の有力候補であった。人前で自分の身が可愛くて、めそめそ泣くなんて・・・。
 これでは、総理などとても駄目、政治家としてこれでは絶対無理だ。
 せめて、大臣のうちに、所管である保安院のやらせ問題ぐらいはきちんと解決させ、多少の評価ぐらいは残してもらいたいものである

 このところ、国が主催する原子力関連のシンポジウムで、参加者の動員や、発言依頼でかなりの「やらせ」があったと大問題になっている。
 こうした会では、賛成側も反対側も、自分たちの主張を実現させるために、人を動員したり、発言内容を用意することは、よくあることだった。
 むしろ、昔は反対派の動きが活発で、それがいわゆる世論となる場合が多かった。80年代は反対運動が激しくて、主催者の国だけでは説明会が開けない状況であった。一般に原子力は嫌われ者で、賛成か反対かと聞かれたら、圧倒的に反対の答えが返ってきたものである。

 それはともかくとして、自分の信じた道を切り開くためには、一人でも多くの賛同者を獲得することは必要だし、多数の支持者を得て、問題を解決していくことは、民主主義社会では許されることである。
 だが、問題は犯してはならない一線があるということだ。
 それは何かと言えば、賛成側も反対側も「真実」を貫くことで、そこに偽りやごまかしがあってはならないということだ。国家国民の為に、何が本当に大事なのか、その主張や行動の背景が真摯なものでなければならないということなのだ。
 今回の問題では、どうも真実が隠されていて、しかも、不透明な癒着が垣間見える。
 しかも、重要なことは、今回の四国電力のケースでも、中部電力の場合と同じように、原子力安全・保安院が関係していることだ。
 保安院の役目は、原発を規制することではなかったのか。

 四国電力に対して、多くの参加者を集め質問や意見が出るようにと指示したのは保安院だという。他の場合も同様だったが、中部電力などは法令順守の面で問題があると、やらせ発言については保安院の指示に従わなかった。
 重ねて言うが保安院は規制機関だ。それがやらせの首謀者になるとは、とんでもないことだ。
 そもそも、保安院は、1999年、JOC臨界事故で規制体制の強化が課題になった時、まさに 原子力安全の強化のために設立された。だからその役目は安全の事だけを考えることなのである。
 ただ、保安院は経済産業省に属する機関だ。原発推進役の資源エネルギー庁とは組織は別になっているが、人事の交流もあるから、どこまで中立性が保たれ、安全規制を強く貫けるか、実はかねてから私も心配であった。

 菅首相は、「徹底的な事実関係の究明と厳正な対処が必要だ」と述べている。そして、「原発に依存しない社会をめざし、計画的に、段階的に依存度を下げていく」と発言している。それは結構だが、これでまた延命を狙おうとしているように聞こえてくるから困ったものだ。
 率直に言って、ここまできたら、保安院を経済産業省から独立させること以外にない。せめてその道筋ぐらいはつけてもらいたいものだ。

 海江田さん、泣いている場合ではないよ。せめてそのぐらいのことを菅首相にやらせて、彼を道ずれに、いさぎよく身を退きたまえ。