またまたあのお粗末大臣が、こともあろうに被災地であきれた放言を繰り返した。言わずと知れた松本龍復興担当相のことである。
 許されざる暴言、愚行と批判の文章を書いて、さてホームページに載せようとしたら、たちまち辞任だ。辞めればいいというわけにはいかない。せっかくワープロを打ったのだから、やはり掲載することにした。

 7月3日、東日本大震災の被災地である岩手・宮城両県を松本大臣(おっと、もう「前」がつくのだ)が視察し、知事らに会った。その折の、数々のあきれた発言と行動が大問題になったのである。     

 まず、岩手県庁の玄関前で、「キックオフだ」と叫んで、なんとサッカーボールを達増拓也知事に蹴り込んだ。ニュースを見た時、これは正気の沙汰かと一瞬疑った。今なお苦しむ被災者が見たら何と思うのだろうか。
 陳情をしようとする知事を制して、「国は進んだことをやっている。それに(県)は追いついてこなければいけない、知恵を出したところは助けるが、出さないやつは助けない」と述べた。
 一体、震災以来、国が何をしたというのか。政府の無策、無能のために、もはや天災でなく人災だと言われているのに、そんなことはお構いなしに、勝手なことをほざいている。
 「助けてやらない」とは何事か!
 大臣がそんなに偉いとでも思っているのか。国家国民の公僕たることもわきまえていないのか。上からの目線で、これほど高飛車に物を言う大臣など見たことも聞いたこともない。

 更に「自分は九州の人間だから、東北の何市がどこの県とかわからない」とも言ったという。
 私は大臣を5回やったが、行動するにも発言するにも、その前に徹底的に調べたり聞いたりして、間違いの無いように事前の準備をしたものだ。
 大臣だから何でも知っているという訳ではない。しかし、大臣の発言は重いし、一言の誤りは国の行方さえ左右しかねないのだ。だからいつも緊張し、慎重であらねばならない。 
 まして、今回の訪問先は本当に苦労の連続の被災地ではないか、地図と首っ引きで、現地の状況をしっかり把握していなければならない。それが担当大臣たる者の当然の務めだ。

 次に訪問した宮城県では、村井嘉浩県知事が、自分より後に応接室に入ってきたことに怒って、「お客さんが来る時は、自分が入ってから呼べ。しっかりやれ」と怒鳴った。視察に来た大臣はお客さんではない。何を勘違いしているのか。どうやら、自分を迎えに出ないことで激怒したようだ。
 私の大臣時代、知事はどのように迎えてくれたか、いろいろ思い出してみたが、まず、いつも玄関で必ず待っていたように思う。まあ、それなりに敬意を表してくれていたのであろう。
 松本大臣にすれば、「俺を馬鹿にしている、なめるな」とカチンときたのであろう。多分、本当に、なめられていたのではないかと思うが・・・(笑)。
 何の具体的な対策も答えもなく、ただ恰好だけの視察を繰り返す大臣や政治家達の姿に辟易しているというのが、現地の人達の偽りなき思いではないか。
 菅首相をはじめ閣僚たちが、何人も大挙してかの地を訪れたことか。
 行かないよりはマシかもしれないが、ただ手ぶらで(何の対応策もなく)、つまり単なるパフォーマンスで来られたのでは、手間ばかりかかかって、迷惑以外のなにものでもない。知事の側にはそんな不満もあったのかもしれない、あって当然だと思う。
 せっかく大臣が行くのなら、その地域の為になんらかの答えを持っていかなければならないのだ。

 平成7年、私は自治大臣兼国家公安委員長を拝命した。
 この年の暮れも押し詰まった12月27日に、私は長崎県を訪れたが、当時のことを懐かしく想いかえしていた。
 その4年半前、長崎県の雲仙普賢岳で大災害が起こったが、住民は相変わらず家にも戻れず苦労していた。高田勇知事はじめ大勢の県会議員が大臣室に何回も陳情に来た。
 彼らの要望は、「災害対策基金530億円が積まれ、その金利で復興に当たってきたがこれが次年度で切れる。なんとか延期して欲し」ということと、「低金利時代にはいっているので、対策基金を1000億円に増額してほしい」というものであった。
 自治省の幹部らは、「基金は200億円程度の増額でいいのではないか、県もその程度を期待している筈」ということであった。
 しかし、私は「基金はそのまま残るのだから税の無駄づかいにはならない。むしろ、ここは満額回答して、彼らに元気を持ってもらおうではないか、期限も5年延長しよう」と決断した。(ちなみに3%程度の利子として150億円が活用できる)
 私は、現地に乗り込んで、この回答を自ら発表した。待機していた100人をこえる知事はじめ県会議員等は、歓呼の声をあげ、涙を流して喜んでくれた。私も自治省の幹部たちも思わず胸を熱くした。
 その日のうちに帰京したが、名残惜しくて、随行の役人たちと一緒に、浅草のうなぎ屋で痛飲した。国と地方はこうして結ばれていくのだと、改めて思い、お互い大きな勉強になったなと語り合ったものだった。
 松本前大臣は、そんな心を通じ合う事など微塵も考えてはいなかったのだ。

 ようやく、国会が正常化しようとしている時だけに、松本前大臣の暴言は、大きな火種になるところだった。
 最初は相変わらずの強気だったが、夕方には「お詫びをしたい」と言い出した。しかし、後の祭りだ。今日になって、早々と辞任となったが、就任以来、わずか1週間である。
 菅総理は慰留したというのだから、あきれるではないか。

 松本氏は、福岡1区で衆議院議員当選7回、旧社会党から社民党を経て民主党に入ったが、前々から発言の乱暴さが問題になっていた。
 祖父の治一郎氏は、「部落解放の父」と言われた参議院議員であった。
 驚くのは政界有数の資産家で、公開された昨年の所得は民主党で2番目に多く、資産公開では8億円を超えていた
 まあ、そんなことはどうでもいいのだが、駄目なのは大臣としての資質が元々無かったということで、こんな人を大臣にした菅氏にこそ任命責任があるのだ。          
 そこのところを国会できちんと糺してもらいたいものである。

 それにしても、近頃の政治家達、とりわけ大臣たちの行状を見るにつけ、なんとレベルが落ちたものかと、嘆かずにはいられない。
 国を愛することも、真剣に努力することも忘れて、あるのは自分の事だけ、保身だけだ。
 やっぱり、民主党政権では駄目、菅首相の一刻も早い退陣こそ必要と、結論はそこに行くしかないのである。