6月27日、椿山荘で文京区後援会主催の深谷隆司叙勲祝賀会を開いていただいた。ここは愛弟子の中屋文隆都議会議員が居るから心強い。
 3月4日の浅草ビューホテル、10日のホテル・ニューオータニ、6月24日の中央区ロイヤルホテルと、計4回にわたる祝賀会はこれで全て終わった。
 計1700人もの方の参加で大盛況、古い懐かしい顔、新しい顔・・・、本当に素晴らしい人たちに囲まれて感動の連続であった。
 久しぶりに政治家の醍醐味を味わったという思いであった。

 来賓挨拶でも、心に沁みるような内容で、感慨無量であった。
 中曽根康弘先生は、「深谷君は真面目で正直な人だ」と何度も繰り返し、必ず議長になる人だ」と言われた。
 議長はともかく、敬愛する大先輩から「真面目で正直」という言葉が出されたことが何よりも嬉しかった。
 最近の政治のあり様は、あまりにひどくて、これほど政治家に怨嗟の声が高まっている時は無かったのではないか。
 「政治家の言うことなど信用できない」「政治家は嘘つきだ」、そんな声が巷に溢れている。

 椿山荘の時、毎回看板を担当している大林君の奥さんが、思いつめたような顔で、私に語った。
 「今の政治では駄目です。明日への希望も見えないし、何よりも景気が悪く仕事になりません。こんなにひどい状況をどうやって変えたらいいのでしょうか。私だけでなく皆もそう思っているのです。何か運動を起こすことはできないのでしょうか。せめてNHKにでも投書しようかと思っています。何をしたらいいのか教えてください。」
 あまりに真剣な面持ちに、一体どう答えたら良いのか、咄嗟に窮して、いい言葉も浮かばず、私は思わずたじろいてしまった。
 「私は、先の選挙で10万票も集めていただきながらお応えできなかった。申し訳ないと思っている。ただ、民主党政権を作ったのも、つまらぬ政治家を選んだのも国民だ。やっぱり、選挙で変えるしかない。しかし、その選挙もやりそうもないし・・・」。
 何とも言いようがなく、我ながら歯切れの悪い言葉しか出てこないと、恥ずかしい思いであった。

 そんな時代だけに、「政治家として正直だ、真面目だ」と中曽根先生に評価されたことが何よりも嬉しかったのである。

 中央区の矢田区長も文京区の成沢区長も、私の仕上げた政策について、期せずして同じ内容であった。
 「東京23区は東京都の下請けともいえる行政区であった。なんとか市と同じように自治権を得たいというのが23区全体の願いであった。ところが誰もなかなか応じてくれない。初めて先頭に立って頑張ってくれたのが当時の深谷 自治大臣であった。自民党都連会長でもあったので、一番こうした実情を知っていた。お陰で、今や23区は清掃事業などを中心に、着実に自治権を獲得しつつある。これから一層、区民の為にも活躍してほしい」
 「きちんと見てくれている」と改めて知って、こうした評価こそ、政治家にとって一番ありがたいことだと思った。

 大会が終わって、三々五々帰る人たちの顔はみな明るかった。
 「深谷さんに会えて元気が出たよ」
 「もう一度出て働いて欲しい」
 「あんたが頼りだからね」
 私は嬉しくて胸が熱くなった。

 一体、これからの私の人生はどのようになっていくのだろうか。
 気力体力を含めてまだまだ元気いっぱいだが、しかし、もう決して若くはない。
 「林住期」という本の中で著者五木寛之氏は、「死というものは、前から近づいてくるのではなくて、ある時、後ろからポンと背中を叩くようにやって来るものだ」と書いている。
 別に今、死を意識している訳ではないのだが、必ず訪れる死について考えることは大切なことだ。 
 結局、死ぬまで精一杯働くという以外ない。
 私に、変わらず信頼し期待してくれる人たちの為にも、この国を愛し、この国に少しでも役立つように、これからも若い時代と同じように働きつづける以外にない。よし、どのような立場であっても、ともかく私に出来るすべてを捧げることだ。
 次の世代の人々を育てることも含めて、私にはやるべきことが沢山ある。

 叙勲祝賀会という場で、心優しい応援者との触れ合いを通じて、私の心は、再び燃え始めたようとしているのであった。