このところ、熱心な応援者達から、「いよいよ出番ですね」と期待を込めて何度も連絡が入っていた。私の答えは一貫して、「いや、残念ながら、民主党は解散しません」と答えるしかなかった。
 彼らの動きを詳細にみると、すべて自分の事しか頭になく、しかも「選挙だけはしたくない」の一点で共通していた。選挙をやれば大半の議員が落選すると恐れていたからだ。
 「政権交代」ということだけを旗印に、出来もしない政策をマニフェストと称して並べ立て、国民にあり得ないバラ色の幻想をまき散らした。
  政権を獲得した途端、それが「羊頭狗肉」だとわかって、支持率は一気に、まるで崖を転がり落ちるように下降線をたどっていった。

 そこへ東日本大震災という未曽有の大地震と津波が襲った。その上の原発事故だ。菅総理は運が悪いという評論家もいたが、私に言わせれば、このような国難の時こそ、政治家として腕の見せどころ、全人生を賭けて、もてる力を発揮してこれを乗り越えなければならないのだ。
 ところが、菅総理は何も出来ない。やることがほとんど後手後手で、その無能ぶりが明らかになった。しかも、いつも他人のせいにして弁解ばかり、その上感情あらわで、怒る、叱る、怒鳴るで、自分で責任をとろうとしない。
 為政者たる者の、もっとも大事なことは、自ら汗をかくことだが、嫌なこと、困ることは全て相手に押し付けてしまう。
 私と親しい幹部の役人が時折、私を訪ねてきて、菅総理に呼ばれるのが一番つらいと愚痴をいう。一生懸命説明してもろくに聞こうともせず、最後は怒鳴られて帰るのがオチだというのだ。

 こんな総理は早く辞めさせなくてはいけない、これは圧倒的な国民の声だ。
 ところが困ったことに、国会でその狼煙を上げたのが、あの小沢一郎氏ではないか。
 政治と金の問題であれだけ騒がれた人だ。今、自らの資金管理団体の土地取引事件で元秘書たちが裁かれ、この秋には判決が下される。本人の公判も始まるかといわれている人が、正義の味方のように辞任要求の旗を振ったのでは話にならない。
 「負ける戦いはしない、我々が主導権を握る」と連日票固めを行い、テレビなどマスコミをにぎわせ、自分ではその存在感を示してしているつもりのようだが、かえって逆の流れになっていく。
 そこへ、あの鳩山由紀夫前総理がいつものようにしゃしゃり出る。
 能力が無いことが分かって総理を辞めさせられ、もう選挙にも出ませんと一度は明言したのに、平気で心変わりしたと議員を続けている人だ。
 直接会って、「おやめなさい」と辞任を迫ったというが、「あんたに言われたくないよ」というのが菅総理の本音であろう。

 はっきり言って自民党も情けない。多分に小沢氏に振り回され、彼の力を過信し、造反者の数や勢力を読み違えたのだ。
 中堅、若手議員から「一部の長老らは、菅総理を追い込んだ後、小沢グループとの連携を模索しているのではないか」との疑心暗鬼の声も出たという。本当かどうかは定かではないが、もしそんなことを少しでも考えていたとすれば、自民党の前途は危うい、まさに自殺行為だ。

 一方の菅総理側は、もし不信任案が可決されれば衆議院解散、総選挙に踏み切る構えを見せていた。すでに総務省幹部などと協議までしたというから芸が細かい。前述のように選挙はしたくないという議員心理を逆手にとったのだ。
 こんな国難の時、一体政治家は何をやっているのか、国民の怨嗟(えんさ)の声が広がっている時、選挙などできるはずもないのだが、もしかしてと不安に駆られる議員も多いのだ。
 ぎりぎりまでマスコミは「崖っぷちの攻防」などと、まるで選挙不可避かの様な報道ぶりであった。一方で、国民の側に立ち政治家の動きを批判しながら、一方で混乱を囃し立てている。所詮、マスコミも商売、営業なのである。

 昼から開かれた民主党の議員総会は、やっぱりと思わせる「つくりごと」であった。菅総理の尤もらしい国民向けの演説(もう聞き飽きたが)、そして最後に、大震災と原発問題をある程度片付けたら辞めるかのような発言をした。
 すかさず鳩山氏が立って、何を言わんとしているのかわからないが、要は菅総理の決断を了解し、民主党議員あげて不信任案を否決しようということなのだ。続く、辞任要求の急先鋒であった筈の原口議員も同じ主張で、これで一件落着となってしまったのだ。

 午後から開かれた本会議では予想通り293対152の絶対多数で、不信任案は否決された。逆に言えば菅内閣は信任されたということで、彼は内心笑いが止まらないのではなかったか。

 本会議の後、色々な議員がインタビューを受けていたが、その言い分が何とも面白くて笑ってしまった。
 案の定、菅総理退陣の時期についての判断はそれぞれバラバラで、みんな自分に都合のいいように受け止めている。
 鳩山氏は、比較的早い時期で、夏までとはいかないという。
 これについては、すでに岡田幹事長が否定していて、あくまで一定のメドがたったらということで、時期を決めたわけではないと明言している。
 災害や原発問題は、簡単に終わる話ではない。第一、どこを区切りとするかなど全く曖昧で、だからいつ辞めるかの確証もないのだ。「まだ解決していません」と言い続ける限り、「どこまで続く泥濘(ぬかるみ)ぞ」なのである。
 ほんの午前中まで、不信任案に賛成すると言っていた原口氏など、「政党人として、野党の出した不信任案に賛成するなど、あってはならないことです」とぬけぬけと言っていた。
 「菅総理は、若い人にバトンタッチしたいと言っていたが、あなたは代表選挙にでますか」と聞かれると、厚かましいことに「はい、出ます」と答えていた。朝令暮改、言ったことをくるくる変える人などに総理になどなって欲しくないものだ。
 前日、不信任案に賛成する為に、筋を通してと副大臣を辞めた人が何人かいたが、やはり反対票を入れていた。きっと、早まったと辞めたことを後悔しているにちがいない。
 張本人の小沢氏は欠席、子分の中で賛成票を入れた人がいたが普通なら除名は必至、気の毒な事である。
それにしても小沢氏を囲んで70人以上も集まったが、あれは一体何だったのか。小沢氏にしてみれば、主導権を取ろうとしての最後のあがきであった。まさに背水の「数集め」であったが、夢破れたということである。

かくて、茶番劇は終わった。残ったのは空しさだけであった。